Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


【黒凪。】

『うん?』



 突然耳元で囁かれた己の名前と肩の微かな重み。
 ばっと右側を見れば人影は無く次は左側から「こっちだ」と声が掛かった。
 小さくため息を吐いて振り返る。
 今度はそこに居た。全身が包帯で覆われた妖が此方を見て笑っている。



『火黒…あんた毎回夜になったら人皮脱ぐね。』

【あの皮かぶってると肩凝るんだよなァ…】

『ふーん。…ま、皆慣れたみたいだし良いけどね。』



 火黒が妖だとカミングアウトした日はそれはそれは煩かった。
 包帯人間だーとか強そうだとか目がでかいとか口がでかいとか。とりあえず箱田が煩かった。
 それでも今日で黒芒楼から帰って1ヶ月。烏森では今の所大きな事件は起きていない。
 …此方はそうでもないけれど。



「頭領は何処だ !?」

「お、黒凪。」



 せわしなく夜行に戻ってきた戦闘班主任、巻緒。
 そしてその後ろについていた実質夜行 No.3 である細波。
 ここだけの話…細波は以前我々夜行の情報を扇一郎に流しており、今の今まで軟禁状態だった。
 とは言っても、今は人員があればあるだけありがたい状態…彼も駆り出されている様だ。



『…また神佑地狩り?』

「あぁ。また力のある土地から力がごっそり奪い取られてる。ただ…それだけじゃない。」



 黒凪の目がちらりと細波に向けられる。
 細波は継続して正守を探し回る巻緒にちらりと目を向け、そして口を開いた。



「…お前が疑われてる。」



 彼女の目が細まり、その目がつい、と東の方向に向けらえる。
 そんな様子を見つつ、細波が続けた。



「今夜にでも裏会の人間が此処に来るはずだ。お前を拘束するために。」

【クク、コイツを拘束出来たら誰も苦労しねェけどなァ。】

「ただ…何処からこの話が出たのかが分からないんだ。十二人会の幹部だと俺は睨んでるが、正直…あの人意外にわざわざ信ぴょう性もないのに俺たちをを煽るようなこと…」

『…そう。』



 そう返すと黒凪が徐に立ち上がり、探査用の結界を夜行全体に広げ、限と閃を呼び寄せた。
 限と閃は黒凪と火黒、そしてそんな2人を見上げるようにして立っている細波を交互に見る。



「細波さん? なんかあったんですか…?」

「いや、その…」

『軽く2人にも説明してあげてくれる? 細波さん。』

「…まあ。うん…。」



 怪訝に己を見る限と閃の視線を見返しながら細波が先ほど黒凪に伝えた事をまた復唱するようにして説明すると、明らかに2人の機嫌が悪くなったのが分かる。
 その様子を見つつ、ちらりと黒凪に再び目を向けるようにした細波が冷や汗を流しながら焦ったように彼女の名前を呼ぶ。



「いやいや、頼むから大人しくしといてくれよ…? さっきも言った通り裏会の連中が来るし…」

『あんたは保守的だから分からないだろうけど…仮に裏会の使者が来たって、正守は私を簡単には渡さない。それよりもあの子は今何が起こっているのか知りたいはずだし。』



 …ま、いい加減あの子も神佑地の修復ばかりに駆り出され続けている上、そんな話を聞いたらキレても仕方ないけど。
 途端に何処からともなく冷たい殺気が流れてくる。正守のものだろう。
 以前扇一郎との件でこっぴどく脅されている細波にはきついらしい、彼の言葉が止まる。声さえも出せないらしい。



『それじゃあ私は少し裏会の方に行ってくるから。』

「ぉ、おい、頭領が来る。」



 細波の震える声にちらりとそちらに目を向けると、それはもう、恐ろしい形相の正守が歩いてきていた。
 ぞぞ、と危機を察知したように鳥肌を立てて限と閃が黒凪の後ろに避難する。
 そして彼の目が此方に向き、後ろの限と閃が更に縮こまった。



『正守、あんたもう休んだら?』

「…いや。そんなことをすると君にしわ寄せが行くしさ。」



 正守のイライラが少しだけなりを潜めたような気がした。
 しかし彼は依然苛立っていて、黒凪の後ろにいる限と閃は目線さえ彼に向けようとしない。



「…黒凪。俺後で奥久尼に会ってくるよ。」

『奥久尼って?』

「十二人会の。…ちょうどさっき、まるで巻緒からの報告を待っていたように奥久尼からの使者が俺に連絡を寄こしてさ。」



 君が今回の神佑地狩りの主犯かどうかは別として、その噂を流した人物には心当たりがあるってさ。
 勿論その情報をもらうには色々と要求されるだろうけど…ま、上手くやっておく。
 そう眉間を抑えながら言った正守に黒凪が目を逸らし、口を開いた。



『扇一郎はまだ生きているらしいんだよね。』

「…やっぱり?」

『うん。七郎君取り逃がしたらしい。まあ…扇一族の中には扇一郎の腹心も多いみたいだし、何処からか私の依頼が漏れたんだろうね。』



 今扇一郎は身を隠していて、まだ見つけられてないらしい。
 どうせ上手く部下を使いながらこっちへの嫌がらせを続行している感じだろう。



『だから奥久尼と取引をするなら扇一郎の居場所を知っている場合のみにしておくこと。いい?』

「…扇一郎は俺がやっていい?」

『…何、怒ってるの?』

「うん。それはもう、かなり。」



 うすら笑みを浮かべて言った正守。
 限と閃の鳥肌がすべてを物語っている。本気だと。



『…まあ、いいけど。あまりあんたにはお勧めはしないけどね。』

「…その忠告、無視をすれば後悔するかな?」

『するね。』



 黒凪の目を見て小さく笑った正守は何も言わずに背を向け、どこかへと歩いていく。
 その背中を同じように何も言わず見送った黒凪は限と閃、そして火黒に目を向け小さく笑みを浮かべた。



『じゃあ行くよ。あの様子を見ている限り…私ももう少し手を貸してあげないとね。』

「行くって…何処に?」

『――…裏会総本部。』

「はあ⁉ 自分から捕まりに行くわけじゃないんだろ⁉ まさか喧嘩でも売りに行くつもりか…⁉」



 まさかの発言にさらに焦った様子の細波。
 しかし振り返った黒凪の目を見た彼は直感で自分の予想が外れていることを感じたのだろう、口を閉ざして息を飲んだ。



「何を、するつもりだ…?」

『…この事件の大元らしき人と…少し交渉をね。』

「この神佑地狩りの犯人を知ってるのか⁉ なんでそれを頭領に言わない!? 全員で結託して叩けばまだ…」



 そもそも、ここまで被害が出るまで放っておいたなんて知れれば…
 あながちお前が疑われていることも間違いじゃないんじゃ…。



『いや、今でも半信半疑だよ。…ま、手を子招いていた理由は、』



 今でも信じがたいから、なんだけどね。
 眉を下げて笑った黒凪の表情には、微かに失望と…悲しみと、色々な感情が見え隠れしていた。



『(…ま、ある意味育ての親でもあるわけだし。)』



 そんなことを考えて黒凪が独り自嘲を浮かべる。
 いや、言い訳か。こんな自分の人間臭いところが時折嫌になる。



『細波さん、貴方の好きに正守に報告してくれればいいよ。私は私で動く。』

「(よく言うぜ…。俺が何を言ったって、頭領はあんたを信用するに決まってる。)」



 心を読まずとも分かる、あの人が…あんたの周りにいるそいつらが。
 細波の目が限、閃、火黒に向く。
 …どれだけあんたに心酔してるか。
 それ以上は何も言わずに歩き去っていく黒凪の背中を見送り、細波は一人ため息を吐いた。






























 数時間後、黒凪達は既に裏会総本部へと侵入を果たしており、黒凪は裏会の総帥がいる異界への道を限達と共に進んでいた。
 そして数分ほどして道を抜け異界へと入り込むと、静かに周りを見渡す限、閃、火黒の3人の隣を通り黒凪は1つの屋敷へとまっすぐ歩いていく。
 突然入り込んだ黒凪に警戒してか、総帥の部下である零号と参号が黒凪達の前に立ち塞がった。



『限、火黒。』

【俺1人で十分だって】



 瞬く間に零号と参号の目の前に移動した火黒が不気味な笑みを浮かべたままその手にある刀を振り下ろす。
 その様子を見た黒凪は忘れていたという様に微かに目を見開くと「殺しは無し。」と火黒に声を掛けた。
 チッと舌を打った火黒の手から刀が消え、斬撃の代わりに首に手刀が入る。
 倒れた2人を横目にそのまま屋敷に入ると高い子供の声が黒凪の耳に飛び込んできた。



「随分ご挨拶だな。」

『…日永殿?』



 声がした方向に目を向ければ、そこには黒髪に特徴的な瞳を持つ少年が1人。
 無表情に己へ近付いてくる少年の顔…もしくは瞳をじっと見つめた黒凪がそう声を懸けると、少年が口を開く。



「あぁ。体を入れ替えた。」

『…これはまた随分若い憑代に入りましたね。』



 黒凪が少し腰を屈め、改めて日永の目をじっと見つめる。



『(…おかしいな、この憑代を選んだ理由が分からない。特別力も感じないし…。)』



 何も言わず見つめ合う日永と黒凪を怪訝な目で見つめている限達。
 そんな中、火黒が此方に向かって近付いてくる足音にちらりと目を向けた。



「遠!」

「…遥。」



 遠(えん)。笑顔で此方に走り寄り、そのまま日永に抱き着いた少女。
 当の本人、遠の体を憑代とする日永はそんな少女を抱きとめ、彼女を遥(はるか)と呼んだ。
 黒凪は何も言わずその様子を眺め、徐に目を見開き遥の手を掴み取る。
 遥はびくっと肩を跳ねさせ、黒凪の手から逃げるようにおずおずと後ずさった。



「…その手を離せ、黒凪。」

『…。』



 再びかち合う日永と黒凪の目。
 今回の彼らは互いを睨み合うようにしていた。
 その様子を見て遥がぶんぶんと黒凪の手を振り払おうと腕を振り、黒凪が徐に少女の手をぐっと真上に持ち上げる。



「いたいっ」

「お、おい黒凪…」



 目に涙を浮かべる遥に焦ったように手を伸ばす閃。
 しかし黒凪の目を見るとびたっと動きを止めた。
 日永はその瞬間、己の目から黒凪の視線が離れたと同時に日永が力を行使するように目を微かに見開く。
 途端に黒凪の腕に無数の海蛇が絡みつき、その様子に閃だけが目を大きく見開き、黒凪の腕をつかんで無理くり遥の手を離させた。



「遠…!」



 遥はすぐに黒凪から逃げるようにして遠、日永の元へ。
 日永はちらりと閃に目を向け、自分の力のイメージである海蛇を的確に黒凪の腕から払う様を見てその目を細める。



「(俺と同系統の力を持つ妖混じりか。)」


「お、おぉぉ…ビビった…」

『…ありがとう。閃。』



 そしてちらりと日永は少し離れたところに立つ限と火黒にも目を向ける。
 あの2匹は似たような系統の力を持っているな…あの金髪の妖混じりとは違って戦闘に特化したタイプ。
 黒凪に手を出せばすぐにでも飛び込んでくるだろう。



「…遥。このお姉さんと少し話がしたいんだ。向こうに行っててくれるか?」

「わ、分かったぁ…」



 まだ涙をその目に溜めたまま、また逃げるようにして屋敷の奥へと引っ込んでいった遥。
 その背中を見送り黒凪が徐に日永に近付きその肩を掴んだ。
 日永はそんな黒凪に抵抗する様子もなく、その視線だけを彼女に向ける。



『貴方がその憑代を選んだ理由がわかりました。…確かにあの遥ちゃんを乗っ取っても、あれでは力を使えない。』



 あの少女には異能者としての才能がまるでない…。
 あれではたとえ、魂蔵があっても彼女自身力は使えないでしょうからね。
 魂蔵。その黒凪に限と閃が反応し、黒凪に目を向ける。



『となると方法は1つ。彼女の共鳴者かつ、まだ才能のある人間に乗り移ること。』

「あぁ…この短期間でそれほど良い共鳴者が見つかる筈もなく、結局はこの憑代に落ち着いた。憑代事態に力はないが、遥が居れば事足りる。」

『…まだ引き返せます。もう止めませんか。』

「俺が今更、お前の言葉を聞いて止まるとでも?」



 その言葉に黒凪の表情が微かに歪む。
 それを見て限が直感する。
 今黒凪は微かに悲しんでいるのだと。



『…8つもの力がある土地が消え、その土地神も死んだのですよ。どれだけ甚大な被害か…』

「お前ならわかるだろう。俺の覚悟も…それをお前が止められるのかどうかも。」



 黒凪が眉を下げ、日永もまた、それを見て微かに眉を下げた。
 奴を生かす価値は何処にもない。
 黒凪の目が日永に向いた。



「…お前には、あるらしいがな。」

『…そりゃあ私も人間ですから。情というものがね。』



 日永の目が黒凪から離れ、異界の空へとその視線を移す。
 そして徐にその口を開いた。



「月久も動き出してる頃だぞ――今頃は」

『――!』



 突然目を見開いて固まった黒凪に日永が嘲笑すると
 ぼそりと「馬鹿な奴だ。」そう言った。



「お前の監視下でなく力のある土地の力はすでに俺が根こそぎ奪ってある。今更あいつが俺に追いつくためには…多少のリスクを取ってでもお前の監視下を狙うほかにはないからな。」

『…急いで移動するよ。』

「え…いいのか?」



 閃の言葉に小さく頷いて日永に背を向ける黒凪。
 限と火黒もちらりと黒凪を見送るだけの日永に目を向け、その後をついていく。



「(…何故攻撃してこない? 黒凪は奴の計画を邪魔する筆頭のはずだ…。)」



 火黒が目を逸らしても、限だけは日永の姿が見えなくなるまでその警戒を解くことはなかった。
 もう一度振り返り、最後に日永の顔に目を向ける。
 そして限は微かに目を見開いた。
 その日永の、黒凪を見つめるまなざしに。
 途端にその腕を黒凪に捕まれ、限の目が彼女へと向く。
 そして次に黒凪が式神を取り出し、それを含め限達全員を1つの結界で囲む。



 
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