Long Stories

□世界は君を救えるか
39ページ/61ページ



  裏界への一歩


「…やはり、同族の人間が疑われたとなるとそう悠長には構えていられないようですね。」



 お忙しい中、よくおいで下さいました。
 顔全体を覆っている布の目元の部分からきらりと両目を光らせ、目の前に座る正守に向かって奥久尼がそう言った。
 穏やかに構える奥久尼とは違い、全くの隙を見せず…笑顔すらも見せない正守。
 奥久尼はそんな正守からひしひしと感じる静かな怒りに目を細めた。



「随分とお怒りの様で。少し落ち着かれては?」

「…すみません。」



 そう口では言っていても、全く収まる様子のないその怒りの感情。
 奥久尼は着物に覆われた右手を口元に持っていき、静かに口を開いた。



「ここまでくれば一郎さんもかなり躍起になっている事がわかりますしね。」

「…。」

「以前十二人会で貴方と共にいらっしゃった方。彼女が一郎さんの暗殺をもくろんだ様でしたが…身内に依頼したことが仇となったのでしょう。」



 正守の目がちらりと奥久尼に向けられる。
 その視線に奥久尼が微笑むようにその目を細めたのがわかった。



「扇一族にも何人か私の部下を送り込んでいますから。」



 これで私の情報の信ぴょう性を理解頂けたかしら。
 正守はその言葉に何も言わない。
 それを肯定と取ったのだろう、奥久尼が続ける。



「一郎さんの居場所を知りたいですか?」

「…対価は?」

「貴方達結界師の能力について。」



 内容によっては間黒凪さんに懸けられた疑いを晴らすことも出来ます。



「裏会がすでに黒凪さんの捕獲に動き出しています。早く手を打たれては?」



 ふ、と小さく正守が笑った。



「疑いを晴らすことにはそれほど俺は興味がない。…彼女を捕まえられる存在なんて、いませんから。」

「…。」

「俺は何より…怒っているんです。奴の私利私欲のおかげで部下を幾度も危険に晒し…果てには彼女の動きを鈍らせうるような疑いまでかけて。」



 いい加減…鬱陶しい。
 正守の暗く冷たい目が再び奥久尼に向いた。



「…扇一郎の狙い…それから奴についての情報。それが対価です。」



 居場所だけだなんて、そんな薄っぺらい情報だけでは遠く及ばない。
 挑戦的に言った正守に奥久尼の目がすっと細められる。



「…なるほど。分かりました。」



 その奥久尼の返答に正守が小さく笑みを浮かべる。
 奥久尼は暫く間をおいて語り始めた。



「…まず一郎さんという人物について話しましょうか。」



 あの方は、ある種あなたに何処か似た…悲しい人なのですよ。
 その言葉に微かに正守の目が見開かれる。



「一郎さんは正統継承者となるために…様々なことに手を染めておられました。肉体改造、禁術の行使…。上げるときりがないほどに。」

「…」

「それでも結局正統継承者は他のものに内定してしまってね。それが貴方が十二人会に入る少し前のことです。」



 自身を含めた6人の兄弟全員と…肉体改造によって合体までしたと言うのに。
 目を見開いた正守の脳裏に以前の黒凪の発言が蘇る。
 1、2…そんな風に扇一郎を見て数字を数えていた。



「とはいえ、今はその数を4人に減らしているはず。」

「…じゃあ見つかった死体は…」

「一郎さんによって切り捨てられた力の弱い兄弟達でしょう。」

「…屑が…」



 正守の言葉に目を伏せ、奥久尼が続ける。



「一郎さんの今の狙いは、恐らく烏森を何らかの手を使って手に入れ、自身の力を高めること。」



 その為、間黒凪を烏森の警護から離す為にあらぬ疑いをかけ…彼女と墨村さん、貴方の邪魔をしている。
 そこまで聞いて正守がちらりと奥久尼に目を向ける。



「貴方の狙いは?」

「…私はただ真実が知りたいだけ。それから…」



 過去の例、事件の記録を見ても烏森は危険視され、手を出すべきではない禁断の土地…。
 あれほど危うい土地に手を出され…世の混乱を招きたくないだけですよ。




「さて。ここからは貴方の番です、墨村さん。」



 あなたの話を聞いてから…一郎さんの居場所をお教えしますよ。
 細められた奥久尼の目を見返して、正守が徐に口を開いた。



























「…え、」

『此処は夕上家が所有する神佑地でね。』



 瞬きをした瞬間、どこか開けた神社のような場所に立っていた黒凪達一行。
 驚いたように周りを見渡す閃の横で一歩を踏み出した限はカサ、と音の鳴った足元に目を向け、そこに落ちている結界師が扱う式神の呪符を拾い上げる。
 すると近くの草木が揺らぎそこから1人の女性が血相を変えて飛び出してきた。



「あぁ結界師様! ご到着に感謝します…!」

『夕上さん…』

「此方へ! どうやら神佑地の中心に何かまじないを掛けられている様で…!」



 黒凪と話している女性はすらりと身長が高く、長い黒髪が癖毛の為かうねっている。
 先程まで異能を使ってその神佑地にかけられているというまじないを解こうとしていたのか、彼女の周りには赤黒い液体が浮いていた。
 その液体をじっと見ていた火黒はすんと臭いを嗅ぎニヤリと笑う。



【それ血だろ? 人間ってのは変な異能ばかり持ってんだなァ。】



 怪訝な目で火黒を見た女性だったが、すぐに黒凪を見ると現場に急ぐように歩き出す。
 それから数分、現場へと向かう最中に閃が耐え切れなくなったのか黒凪の名を呼んだ。



「此処までどうやって移動したんだ? てか、一体何が…」

『この神佑地にはあらかじめ私の式神を付けておいたの。』

【成程なァ。さっきの話を聞いてる限り、この土地もあの神佑地狩りとかいうのに襲われてるんだろ? それをその死神を通して感知したってところかァ?】

『ま、そんなところ。』



 暫く草木をかき分けて進んでいるとやがて視界が開け、黒凪の視線が平原の真ん中に咲く小さな一輪の花に向いた。



『…あぁ、代替わりを。』

「ええ。つい1月前に。」



 そんな言葉を聞きつつ花の元に向かい、黒凪が徐にしゃがみ込む。



『起きていらっしゃいますか?』



 途端に微かな光が灯り、いつの間にか花の側に現れていた小さな少女に黒凪が微かに微笑む。
 少女は花の色と同じ桃色の着物を身に着け、その大きな瞳を黒凪に向けていた。



【…この忌々しいまじないを今すぐに解け。お前なら出来よう。】



 ぎろりと向いた目に眉を下げ「分かりました」と頭を下げた。
 ふん。と顔を背け少女が周りを見渡す。
 悲しげに見渡す少女に夕上が眉を下げた。



「まじないの所為で枯れてしまいましたが、ここらには沢山の花が咲いていました。…咲耶姫様が代替わりをなさってすぐの事でしたから悲しんでおられるのです。」



 分かっていますよ。
 そう返して目を閉じる黒凪。
 彼女から白い結界が広がり神佑地を包み込んだ。
 その様子を咲耶姫は目を見開いて眺めている。



【おい人間。…この力、本来ならば貴様の様な人間風情が扱ってはならぬ代物よ。…あまり乱用はするでないぞ。】



 咲耶姫(さくやひめ)の言葉に微かに目を見開いた黒凪は眉を下げ「はい」と笑った。
 それと同時にパキ、とまじないにヒビが入り弾け飛ぶ。
 途端に咲耶姫の元に本来の力が戻り彼女が微笑み、その手を上げると限達の足元に花の芽が生え成長していく。



「花が…!」

『咲耶姫殿、お調子はどうでしょう』

【うむ、悪くない。】



 笑った黒凪が真界を解き咲耶姫が立ち上がる。
 彼女が「出て来い」と声を掛けると花達が一斉に咲き誇った。
 その様子に夕上が安心した様に息を吐くと「姉さん!」と男の声が響く。
 夕上が振り返ると彼女とよく似た細身の長身な男が走って来ていた。



「…清輝、貴方どうして」

「神佑地狩りに遭ったと訊いたから帰って来た。それより一体何が……」

【――…む、】



 咲耶姫が徐に視線を上げ、空に浮かぶ巨大な絨毯に目を細める。
 黒凪も同じようにしてそれを見ると、徐にその視線を限と火黒に向けた。



『…火黒、限。あれ落とせる?』



 絨毯の上には2人の女と1人の少年がまず見え、その後ろには男の様な影が2つほど見える。
 2人の女は黒装束を着ていて顔が見えない。



「…黒凪、足場をくれ」

【どう落とす? 斬り刻むか?】



 爪をゴキ、と鳴らしてしゃがんだ限と両手に刀を出して殺気を空に向ける火黒。
 その様子を見て眉をひそめた夕上家の男…清輝と呼ばれた彼が口を開いた。



「待て、余計な戦闘は避けた方が良い。美しいこの土地が荒らされる。」

【其奴の言うとおりだ。これ以上土地を荒らすでない。】



 清輝に続いて言った咲耶姫の言葉に小さく舌を打った黒凪は神佑地を結界で覆い侵入を防ぐ様にガードした。
 黒凪の結界に微かに目を見開いた黒装束の女はまじないを発動させ結界にぶつけ、眉を寄せた黒凪は女が乗っている絨毯の様なものを結界で貫いた。
 その衝撃で敵のまじないが解け、絨毯も結界の影響で動くことが出来ずその場で結界から逃れるように動いている。



【諦めの悪い奴よのう】



 黒凪が目を細め、その力と気配が上空に広がっていく。
 黒凪の力に呑まれると上空の異能者達が目を見開き、頭に直接響く声に思わず己の耳を抑えた。
 去れ。とそんな言葉が異能者達の頭に直接響き渡り、ミチルの頬を汗が伝う。



「…帰りましょう、カケル」

「え!? なんでさミチル! あんな奴1人ぐらい…!」



 食い下がるカケルの肩をぐっとミチルが掴んだ。
 去れ。…また声が聞こえる。
 ミチルは苦しげに眉を寄せた。



「お願いカケル、私に此処は辛い…」

【よォ。】



 聞いたことのない…低い声。
 背後に誰もいるはずがないのに、真後ろから聞こえた。
 驚いて振り返った時、此方に手を向けて走ってくる壱号、弐号が見えた。



「ミチル様、カケル様!」



 ミチルとカケルの目が、自分たちを至近距離で眺めている包帯男…火黒へと向かう。
 途端に火黒の後ろに壱号、弐号と向き合うようにして限が降り立ち、戦闘態勢に入る両者を見たミチルが「止めて!」と声を張り上げた。



「…もう帰ります。此処にも手は出しません。」

【へぇ?】

「どうか此処は穏便に…。」

「妖が粋がるなよ…!」



 カケル! と焦った様な声が響き、火黒の目がぎょろりとカケルに向いた。
 彼女がまじないを作るしぐさをし、火黒を睨みつける。
 ――途端に、目にもとまらぬ速度で火黒の刀が彼女の脳天からつま先までを駆け抜けた。
 血が舞い、ミチルにもそれが降りかかる。…しかし彼女は叫ぶ事はせず、また頭を下げた。



「どうかお許しください。」

【チッ】



 ただただ頭を下げるしかないミチルを暫し見つめ、火黒がつまらないものでも見るように舌打ちをした。
 限は微かに眉を寄せて倒れているカケルと、そして「お願いします」と許しを請うミチルとを交互に見る。



『――火黒、限。もう良い…戻っておいで。』

「…火黒」

【…わぁったよ。】


 黒凪の言葉を聞いて限が火黒に目を向け、火黒も吐き捨てるようにそう言った。
 そして遥か上空に浮かぶ絨毯からためらうこともせず降りて行った火黒と限を見送ったミチルは壱号と弐号に指示を出し、絨毯を貫いていた結界が解かれたことを確認すると神佑地から逃げるようにして去っていく。
 その様子を見ていた黒凪は地上に降りてきた火黒と限に小さく微笑むと咲耶姫と夕上姉弟に目を向ける。



『とりあえず難は去ったかと…。』

「ええ…ありがとうございます。」

「?…花子に随分とそっくりな姿をしているな。」



 突拍子もなくそう放たれた清輝の言葉にそちらに顔を向けると、彼の視線はまっすぐに黒凪を指している。
 すると黒凪は合点が言ったのか「あぁ、」と式神を取り出し、その場に放り投げた。
 途端にボンッと煙を吹き出しながら黒凪にそっくりな式神が現れ、ちらりと清輝に目を向ける。



「結界師様の式神だとは知っていたのですが、お花が好きな子なので"花子"と…。」

「ボクが直々に付けた。華麗だろう?…それにしても花子。まさか君が式神だったとは…。」

「申し訳ございません。清輝様。」

「別に構わない。それより本人の方だ。…この式神は300年も前から我が家に居ると先代に聞いたが?」



 ええ、300年前にこの屋敷に置いて行きましたから。
 あっけらかんと言った黒凪に「ほう、」と笑う。
 清輝は胸元から数枚の写真を取り出し、ぴっと黒凪に向ける。
 そこには彼等の先代と、そして無表情に写真に写る黒凪の式神が映っていた。



「この写真を見る限りずっと君の式神だ。…まさか不老不死だとでも?」

『少し特殊な事情がありましてね…400年程生きて来ました。』

「それは面白い。是非君と少し話したい事が…」

『そろそろ帰っても?』



 すちゃ、と片手を差し出した状態で固まった清輝。
 もう一度「君を、」と言いかけた彼の前に次は限が入り込む。
 徐に閃も清輝の手首を掴んだ。
 そんな限と閃をちらりと見て閃の手を払うようにすると、そのまま眼鏡をくい、と上げる。



「…ボクの誘いを断ると?」

『時間が無いものでね。』



 徐に黒凪が式神と手を繋ぎ、そして余った片手を限、閃、火黒に差し出した。
 すぐに閃は手の平、限は手首と言った具合に黒凪に捕まり、ちらりと火黒を見ると彼は黒凪の頭に手を置いた。



「フッ…残念だ。君にはとても興味が湧いたのに。」



 眼鏡をもう一度くいと上げ、やっと諦めたらしい清輝が笑顔で手を振った。
 そして瞬く間に消え去った黒凪達を見送り、残った黒凪の式神 "花子" は何事も無かったかの様に歩き出した。
 咲耶姫も目を細め姿を消し、夕上姉弟は咲き誇る花畑を見渡すと顔を見合わせ笑った。


 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ