Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


 式神を伝って夜行に戻った面々。
 それを発見した刃鳥がすぐに黒凪の腕を掴んで部屋の中へと放り込んだ。



「驚いた…。さっきまで裏会の連中が夜行の中をくまなく探していたところよ。」

『ということはもう帰ったんですか? その人たち。』

「まあ、とりあえずは。でも…これから貴方を指名手配するって。」

『はは。…それはまた。』



 特に焦った様子もなくそう言って笑った黒凪。
 そんな彼女とは裏腹に「指名手配!?」と慌てる閃。



「とりあえず、くれぐれも捕まらないようにね。捕まらないだろうけど。」

『ありがとうございます。』



 刃鳥が部屋を出ていき、その襖が閉じられる。
 すると唐突に閃の携帯が着信を知らせ、すぐにそれが止まって次は限の携帯が鳴り始める。
 閃と限でその画面を覗き込むと、そこには墨村良守の文字…。



「…もしも」

《志々尾っ⁉ 黒凪はっ!?》



 スピーカーにしていないのにスピーカーかのような音量で離し始めた良守。
 特に耳の良い限だ、耐えきれず携帯を思わず耳元から離した。
 それでも「黒凪は何処にいる!?」と続けざまに聞こえてくるのだから、どれだけ焦っているのだか。



「ここに…」

《良かった、そこに居んだなっ!?》

《もしもし限君!? ついさっき裏会の人たちがうちに来て…》

《おう、俺ん家も時音ん家もめちゃめちゃに引っぺがしていきやがって…》



 黒凪を指名手配してるとか、重罪人だとか色々と俺らを脅すし…。
 限の困ったような目が黒凪に向き、黒凪がその携帯を受け取った。



『ごめんね2人とも。今正守と色々と動いてるから、あまり気にしないで。そのうち収まる話だから。』



 それから一言二言を交わして通話を切り、黒凪が近付いてくる気配にちらりと廊下に目を向ける。
 どうやら彼も沢山の着信を受け、その対応をしているらしい。



「…ですから、黒凪は大丈夫ですって。…はい。ええ。何もしてませんよ。」

《〜! 〜!?》

「裏会の幹部が烏森を狙っているようで…。ええ。それで黒凪を陥れようとして。…はい。だから大丈夫です、お爺さん。」



 電話をしながらこちらに向かってきている正守が襖を足で開いた火黒にちらりと目を向ける。
 そして部屋の中に居る黒凪に片手をあげると、そのまま部屋に入り一言交わしてその電話を切った。



『繁守さんから?』

「うん。裏会の奴等、実家にも来たってさ。良守もかなり心配してるみたいだよ。…ま、それも明日には解決する話だからいいけど。」



 その言葉に黒凪が正守に目を向けた。



「扇一郎の居場所はわかった。明日にでも叩きに行くつもりだけど…来る?」

『うん。…七郎君も呼んで良い?』

「ああ、うん。それでいいよ。…一郎本人以外はもう…俺は良いから。」



 目を伏せてそう言った正守に眉を下げ、その頭をぽんと撫でる黒凪。
 そんな黒凪に正守の穏やかな目が向き「ありがとう。」そうぽつりと呟いた。
 そして黒凪は徐に襖を開くと目に入った朝日に目を細め、人皮を火黒にかぶせた。



『じゃあ限、閃、それから火黒。あんたたちはとりあえず休んでいて。』



 そうとだけ言って姿を消した黒凪にため息を吐き、閃と限が正守に頭を下げて自室へと引っ込んでいく。
 火黒もぐっと体を伸ばすと退屈そうにどこかへと歩いて行った。
 そして1人になった正守は目を伏せ、扇一郎のことを考える。



「(…正直、ぞっとした。もしも俺が奴ほど力に飢えていて…見境をなくし、力を蓄えたとして。)」



 それでもこの右手に、あの方印が出ず…弟の良守に出たかと思うと。
 …俺もああなっていたのかもしれない。
 時折、怖くなる。
















 そして日も登り切り、正守がふと目を開く。
 この1か月、休みもなく走り回っていたせいだろうか、気づかないうちに眠っていたらしい。
 背を起こし、がちがちに固まった肩を動かすように首を曲げれば、ゴキ、と嫌な音がした。



「(相当疲れてるな…座ったまま寝たなんていつぶりだ?)」

『…正守、起きた?』

「ん…」



 イテテ、そう呟きながら起き上がり襖を開く。
 その先には黒凪と、その隣に見知らぬ青年が立っている。



『彼が扇七郎君。今日は一緒に行くから、よろしく。』

「…よろしくお願いします。」

「…よろしく。俺は墨村正守。」



 正守の視線が七郎が身に着けている制服に向かう。
 …きっと授業中なのにも関わらず黒凪に連れてこられたに違いない。



「(…まあ良いか。扇一郎を取り逃がしたっていう負い目もあるだろうし。)」



 何も言わず彼の隣を通り抜ければ、黒凪が正守の隣に並ぶようにして歩き始める。
 そして正守の手を徐に掴み、力を流し込んだ。



「…ありがとう。」

『うん。』



 そんな風にだけ会話を交わし、何事もなかったかのように歩き始める2人。
 そんな2人の背中を眺めながら七郎はこれから命を奪いに行く自分の兄たちを今一度思い返す。



「…」



 自分に責任などないと、そう割り切れるほど非情ではない。
 高校生にもなればもう十分に分かっている。
 自分の様に才能と力に恵まれた人間が日陰者を作ることは。
 自分が、兄たちをあれほどの化け物にしてしまったことが。



「(…隠れていればよかったのに。)」



 そうすれば…わざわざ追いかけて殺すこともなかったのに。
 目の前のこの人だって、きっとそんな僕の気持ちを察して…放っておいてくれたのに。
 ――もう誰も、逃げられない。





























 数時間ほどかけて扇一郎が潜伏している山奥の寺へと辿り着く。
 黒凪は徐に正守に目を向け、正守が1人で中へと入っていった。



「…大体の要件は分かっている。」



 無謀なことよ。
 そう言って扇子を閉じた扇一郎を一瞥して正守が口を開いた。



「こそこそ影で色々とやりやがって。今までビビって手を子招いていたのはどっちだ?」

「…なんだと?」

「お前、家と力にこだわりすぎなんだよ。そのくだらない意地とプライドのために…何人危険に晒したと思ってる。」



 正直、この男がそれらに固執する気持ちを俺は何よりも理解しているつもりだ。
 だが…こいつには見境がなさ過ぎた。



「…最期ぐらい束でなく1人で来いよ。弱虫が。」



 途端に暴風が吹き、寺が木っ端みじんに吹き飛んだ。
 その瓦礫の中に立っている正守の体の周りには絶界が張られており、先ほどの暴風でのダメージはないに等しい。
 顔を上げれば上空に扇一郎が浮かんでおり、徐にその手に握られている扇子が振り下ろされた。



「!!」



 その風を絶界で受けようと思った正守は目を見開き、体を引いた。
 途端に自分の肩を少し斬りつけながら、ぱっくりと絶界に切り口をつけ鋭い風の刃が吹き抜けていく。



「(…やはり想像以上だ。これだけの風を無尽蔵に放てるその呪力…。)」



 そこまで考えて徐に眉を下げる。
 ――そりゃあ此処までなって駄目じゃあ、嫌になるよな。
 どんなに自分を犠牲にしたって敵わないんじゃ…心も捨てたくなるだろうさ。



「いつまで逃げ回るつもりだ?」



 広範囲の風の刃が襲い掛かり、それを避けていこうとも完全に避けることは難しく、いくつか体の横腹をすり抜けていく。
 すり抜けていく、と言ってもただの風ではない。
 説明するなら恐ろしく切れ味のいい日本刀が横腹を抉っていく感じ。
 何度も食らっていると、流石にやばい。
 正守が構え、扇一郎の右足を結界で押しつぶした。



「ぐあぁぁあっ!」


「うわー…痛い…」



 押しつぶされた兄の足を見て七郎が顔を歪め、ばたばたと落ちる血を見て目を逸らした。



「(ったく、早く分裂しろよ…弟の七郎と対峙する時には最初からそうしてたんだろうが…!)」



 自分の体を護るように風を周囲に纏わせた扇一郎。
 ダメもとで結界を突き刺してみるも、高速回転する風の刃に結界は通らない。
 やがてその足の痛みに怒り心頭なのだろう、扇一郎は巨大な竜巻を自身の周りに出現させた。



「(っ、マジかよ…!)」



 舌を打ってしばらく竜巻を観察する正守。
 …別に構わない。これぐらい想定していた。



「…よし。」



 正守が徐に立ち上がり、式神を取り出して力を籠め始める。
 そして自分そっくりな式神を作り出し、竜巻へと向かっていった。
 彼の式神は竜巻の上から、本体は下の方から中へと向かっていくらしい。



「彼、兄たちを分裂させられますかね。」

『できるさ。』



 即答した黒凪に七郎が目を向ける。
 途端に扇一郎を中心とする巨大な竜巻が大きく揺れた。
 そして微かにまた、兄の悲鳴が聞こえる。



「…本当だ。」



 そう七郎が言った途端に竜巻の中から小さな4つの竜巻が飛び出した。
 目視ではどれが誰だか分からない。
 黒凪がちらりと七郎に目を向けると、彼が徐に4つの内の1つを指さした。
 それが “扇一郎” なのだろう。
 4つの小さな竜巻が四方八方に向かっていく。
 それを見て黒凪が静かに構えた。



「(後で落ち合うぞ、お前たち。)」

「(…兄上、何かおかしい)」

「(あぁ…風が、)」

「(風の音が――止んだ。)」



 ”扇一郎” が怪訝に弟たちに目を向ける。
 なんだと? 風の音が止んだ?
 何を言っている。自分には聞こえて…
 そこまで思ったところで体が結界に囲われ、周囲が無音の空間へと変貌する。



「(何っ…⁉)」

「逃がさない…お前だけは。」

「っ…き、貴様…」

「扇一郎。…あんた、見境がなさすぎるんだよ。」



 弟のことだって、ロクに見ていない。
 だから気がつかないんだ。お前だけが黒凪の結界からあぶれたことに。



「甘いんだよ。」

「くっ…、くそっ…!!」



 途端に正守の結界が中にいた ”扇一郎” を押しつぶした。
 そしてちらりと背後に位置する巨大な黒凪の結界に目を向ける。
 その結界は四方八方に猛スピードで移動していた扇二郎、扇三郎、そして扇四郎を捉えるほどに巨大で。



「なんだ…⁉ どうなって…」

「お、おい。あれ――」

「し、七郎っ!?」



 それぞれの風が動揺で揺れる。
 そんな彼らの元に彼らが出せるであろう最高速度以上の速度で近付いていく七郎の顔に迷いはない。



「に、にげ――」

「だが何処から⁉」

「マズいぞ…!」


「(逃げられないよ、兄さん。)」



 わあっと3つの竜巻が七郎から逃げ惑うように結界の中で右往左往する。
 それらをあざ笑うように目にもとまらぬ速度で七郎が1人、また1人とその息の根を止めていく。



「(そして――僕ももう、逃げられない。)」

≪お前の失態の所為だ。七郎。≫



 脳裏に父の言葉が過る。
 そうなのかもしれない。あの時…意地でも全員を葬っていれば。
 そうすれば兄たちはもっと楽にこの世から離脱出来たのだろうか。
 自分たちを誰も選んではくれない、この世界から。
 こんなふうに虫けらのように籠の中で殺されず――もっと人間らしくあの世へ行けたのだろうか?



「(――いや、無理か。)」


「ひっ…」



 ここまで人間から外れてしまっては、もう。
 最後の1人の息の根も完全に断ち切り、途端に解かれた結界から零れ落ちるように海へと消えていくかつては兄だった肉片たち。
 それらを見送り、そして自分とは違い、一歩も動くことなく全てを終わらせうることができたであろう、黒凪に目を向けた。



「(…僕には分かる。)」



 遠目に彼女へ近づいていく正守が見えて、そちらに目を向けて手を振っている黒凪が見える。
 遠くから見ていても目立つその白髪…そして巨大過ぎる力。
 この距離からでも感じる恐ろしさ、そして…悲しさ。孤独。



「(あの人は間違いなく僕と同類だと。)」



 ただ違うのは、あの人は俺の様に影を作る側の人間ではない。
 陰に追いやられた側の人で。孤独で、無力で。
 ただただ知りたい。今までどうやって生きてきたのか。
 …けどあの人は。



「(絶対に僕には教えてくれないだろうな。)」



 眉を下げ、徐に黒凪と正守の元へと向かっていく七郎。
 正直言いたいこと、考えたいことは山の様にある。
 だけど今はその時じゃない。



「お疲れさまでした。大丈夫ですか?」

「…君こそ。お疲れ。」

「いえ…。」

『お疲れ様。』



 ちらりと黒凪に目を向ける。
 彼女の目は正守を主に捉えていて、申し訳程度にこちらに投げられた視線に自分は微笑むしかなかった。
 無駄にクラスメイトの女の子たちに笑顔を振りまいている自分の性分に少し感謝した。
 …それぐらい癖づいていないと、今この笑顔は出せない。



「じゃあ僕はそろそろ行きます。これでも依頼が山の様に来ていますから…。」

『うん、ありがとう七郎君。二蔵によろしくね。』

「…はい。」



 そうとだけ言って竜巻に包まれ七郎がこの場から去っていく。
 それを見送り、正守が徐に横腹を手で覆った。
 じんわりと血が黒い着物に滲んでいっている。
 それを見ている黒凪を見て正守が徐に口を開いた。



「いやあ、あの竜巻を見たときはもう死ぬと思った。」

『それでも突っ込んで行ったじゃない。』

「…そりゃあま、やばくなっても君がいるからさ。」



 傷がみるみるうちに塞がっていく。
 黒凪の魂蔵から力が流し込まれ、疲労感さえも消えていくようだった。



「でもこのままじゃ過労死する…」

『言えてるね。…まだ神佑地狩りの方は解決していないし。』

「はあ…」



 そうため息を吐いて空を見上げた正守がふと視線を一点に留める。
 胸元に結界師の文様を付けた白いカラスがこちらに向かってきていたためだ。



 
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