Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


「そろそろ良守君を連れて守美子さんが来る頃かな。」



 ぽつりと呟くように言った時守にため息を吐いて火黒がソファの上で足を組み換える。
 すでに夜になっているため、彼は人皮を脱いでいた。



【つっまんねェな…まだ来ねェのか?】

【さっきからつまんねぇしか言ってねぇなお前。サルは馬鹿でヤダねェ。】

【あ"?】



 火黒が九門に目を向けニヤリと笑うと九門がサササッと時守の背後に隠れた。
 しかしその巨体から全く隠れられていない九門は蜥蜴の様な顔にライオンの様な長い鬣。そして猿の様な体を持つ時守の所有する妖である。
 黒凪はそんな九門と火黒のやり取りを遠目に見つつあくびを一つ。



≪……ご主人、さま≫

『!』



 頭に響いた声に黒凪が体を起こし、傍にいた限がびく、と肩を跳ねさせる。
 少し遠くにいた閃、火黒も黒凪に目を向け、時守もちらりとその視線を自身の娘に向ける。

 

「…黒凪?」

≪――神佑地狩りです。ご主人様。≫



 もう一度耳に届いた声にバッと立ち上がり黒凪は最も窓に近い位置に寝転がる火黒の手を掴み、窓の外を睨むようにして見る。
 何処の式神だろう。少し遠い。



『屋根の方に連れて行ってくれる? 火黒。外に出た方が方向がわかりやすいから。』

【ハイハイ。】



 何も言わず従った火黒は気だるげに黒凪を持ち上げ窓から飛び出す。
 怪訝に眉を寄せた限と閃もついて行き、数秒遅れて時守もその後を追った。



【何だァ? また式神からの連絡でも入ったか?】

『まあね。…緋田郷か』



 黒凪のその一言に時守も同じ方向に目を向けるとそのまま黒凪に声をかける。



「緋田郷がどうかしたのかい?」

『また神佑地狩りだと思う。…父様、黒曜貸して。』



 良いよ。と快く返答を返し時守が空を見上げる。
 空の雲が渦巻き龍の尾が家の前に降りてきた。
 強大な妖気に目を見開いた限と閃は何も言わずその尾に乗り込んだ黒凪について行く。火黒もニヤニヤと笑みを浮かべたままそのあとを追った。
 するりと尾が持ち上がり、火黒が気を利かせて黒凪を抱え、そのまま龍の頭の方へ。



【急に私を呼ぶとはご挨拶だな黒凪…】

『ごめんね。…急で悪いけれど緋田郷まで行ってくれる?』

【緋田郷? …六十刈の所か…】

「…むそがり?」



 すう、と風を切る様に進み始める黒曜。
 物凄い風に片目を瞑りつつ閃が「むそがりって!?」と声を張り上げて問う。
 黒凪も風に眉を寄せると火黒の肩をぽんと叩いた。
 チッと舌を打って火黒が盾になる様に風が吹く方向に背を向ける。



『六十刈様は緋田郷の土地神のこと。』

「むそがり様って言うのか…」

『唐傘を持ったお地蔵様の姿をしていてね。攻撃力は結構ある神様なんだけれど…。』

【…確かに緋田郷の方の空が荒れているな…】



 止まった黒曜に礼を言って下を見下すと、畑や森が多い中微かに小さな地蔵の様なものも見える。
 土地神である六十刈を探せば、開けた場所で1人唐傘を持ち空を見上げていた。
 その視線の先を辿れば小さな子供が2人と男が2人。六十刈から少し離れた地面にもう1人少年が立っている。



『火黒、降りるよ。』

【あぁ】

「黒凪! 土地神の前に居る奴見えるか!?」

『?』



 限の背に乗りながら言った閃に目を向ければ能力を使った為か閃の目が変化している。
 閃は限に掴まりながら眉を寄せ口を開いた。
 もう死にかけてる! …閃の言葉に微かに目を見開き眉を寄せる。



『…火黒。』

【あ?】

『降りたらあの子を殺してやって。』

【…良いのかァ?】



 もう助からない。
 黒凪の目に六十刈の前に立つ少年が映る。
 彼の目は既に虚ろで立っているのがやっとと言った所だ。
 しかし日永の洗脳で無理に動かされているのだろう。



「ああ。来たのか。」

『…日永殿…』

「烏森の件で手一杯だと聞いていたんだがな。」



 顔を上げれば妖の様なものに乗りながら隣に遥を連れて日永が降りてくる。
 日永は薄く微笑み両手をポケットに入れていた。
 遥が日永の服の袖をぎゅっと掴み、黒凪から逃げるようにその背に隠れる。



「この間、遥に触れたな。」

『…それが何か?』

「力が大幅に抜かれていた。…余計な事を。」

『そんなただの女の子に、魂蔵があるからと言って持たせて良い力の量ではありませんから。』



 黙れ。日永がそう言い放ち少年に目を向けた。
 少年に向かっていた火黒はピクリと目を見開いた少年に微かに眉を寄せる。
 少年の両目から血が流れ、日永が指をくいと折り曲げる。



【―――…!】

『六十刈様…!』



 六十刈がガタガタと震え始める。
 力の根源である異界への道が無理に歪められ、開かれようとしているのだ。

 

【ヤ…メ……ロ】

『火黒!』



 わぁったよ。
 気だるげな声と同時に少年が火黒の刀によって切り裂かれる。
 飛び散った血に閃が眉を寄せ、目を逸らす中、黒凪は六十刈の元へと走っていく。
 それを見て日永が小さく笑った。



「もう遅い。道は開かれた。」

『! (六十刈様が土地神から引き摺り下される…っ)』



 ブルブルと六十刈が震える。
 それに呼応するように土地も自身の様に揺れている。
 苦し気な六十刈の声が土地に響き渡った。



【ヤメ……ロ…!!】

『…結。』



 眉を下げ、諦めた様に黒凪が構えた。
 途端に時が止まったように沈黙が降り立ち、日永が大きく目を見開き足元の妖を操り一気に神佑地から距離を取った。
 その判断が幸いし、間一髪で黒凪の真界に入り込まなかった日永は遥を片手で抱きしめつつ目を見開いてその様子を見る。
 真っ白な結界が、神佑地を包み込んでいた。



『(間に合った…)』

「なんだ…その術は…!」

『…ただの結界術ですよ。』

「…はは…お前、もはや人間ではないな。」



 呆然とした様子で笑った日永は緋田郷から手を引く事にしたのか妖と共にゆっくりと暗い雲に向かって行く。
 去って行った日永を見送った黒凪は土地を修復し、開かれた異界への扉を完全に閉じた。
 そうして真界を解けば六十刈はゆっくりと神佑地を見渡しふわりと浮き上がり、ドスンと着地する。
 そんな風にして数歩で神佑地の中心に移動した六十刈は徐に唐傘を回し始めた。



「…雨?」

「…この間の神佑地と同じだな。」



 限の言葉に閃が周りを見渡せば、倒れていた木や花が元に戻りやがて森の中からドスドスと5体の地蔵が姿を見せた。
 その地蔵は六十刈と同じくらいの小さな地蔵達で、彼等に道を譲る様に火黒が少し動く。
 火黒の隣を通り過ぎた地蔵達は先ほど火黒に切る伏せられた少年の周りを囲みカポ、と口を開いた。
 途端に口からブシャッと血の様な液体が飛び散り、それにまみれた少年の遺体がドプンと地面に沈む。



「うぷ…」

『掃除してるんだよ。神佑地を立て直してるんだ。』



 口を押えて目を逸らす閃の頭を撫で、説明するように言った黒凪。
 地蔵たちは少年の遺体を沈めた地面を閉じると、くるりと振り返りまたゆっくりと進み始める。
 その様子を見て火黒が徐に言った。



【人間を粗大ゴミみたいに扱うんだなァ…神様ってのは。】

『生きている世界が違うからねえ。』



 やがて地蔵達は六十刈の横一列に並び、動かなくなる。
 遅れて黒凪の式神も姿を見せ黒凪に深く頭を下げた。



「ご主人様、ありがとうございました。」

『…景色は元通りになっている?』

「はい。…六十刈様も喜んでいらっしゃいます。」

【おい黒凪…】



 低い低い声が上空から降りてきたと同時に黒曜の頭がドスン、と地面に降りてきた。
 その音にギギ…と振り返った六十刈だったが、黒曜の顔を見ると再び背を向ける。
 目を細めた黒曜はフンと目を細め、黒凪に目を向けた。



【そろそろ夜が明ける…。さっさと戻るぞ。】

『解った。…じゃあね。これからも緋田郷をよろしく頼むよ。』

「かしこまりました。」



 深く頭を下げた式神の頭を軽く撫でて黒曜に乗り込んだ黒凪達は、そのまま空に飛び上がる黒曜と共に雲の上に出た。
 地上とは違ってとても静かで風の冷たい空。龍にでも乗っていないとこんな体験はできないのだろう、焦っていた行きとは違って限も火黒も何処か楽しそうに空の旅を楽しんでいる。
 そんな中、徐に夜風に当たりながら閃が黒凪に目を向けて口を開いた。



「…あの式神さ、結構自我みたいなの持ってんだな。俺が墨村の家にいた時に見た式神はもっとこう…はんぺんみたいな、のぺっとした奴だったような…。」

『神佑地に残していくような式神だから、かなり精密に作ってあるの。…それこそ自分で判断して私に連絡を寄こしたり、土地や土地神を護れるようにね。』

「咲耶姫の所でも夕上家の人と上手くコミュニケーションを取ってたしな…。あれもいわば土地を護る、っていう事か。」

『うん。でも無口な六十刈様と仲良くやれてるのかな、あの式神。』



 黒凪の言葉に「くくく、」と喉の奥で低く笑った黒曜。
 何さ。と黒凪の目が黒曜に向けられると、それに合わせて黒曜の目もゆっくりと此方を見る。



【ああ見えて人好きだぞ、アイツは。】



 そんな黒曜の言葉に限が微かに目を見開いた。
 死んだ子供の死体を躊躇なく沈めたあの神が、と言った所だろう。
 また黒曜が喉の奥で笑った。



【そりゃあ死んだ奴には興味はねぇだろうよ…。ただ、生きてる奴は別さ。】

『…ふーん。』



 黒凪が満月を見上げて小さく笑う。




 緋田郷の六十刈様。


 (六十刈様、綺麗なお花が咲いていました。冠にどうでしょう)
 (………)
 (喜んで頂けましたか?)
 (…アリ…ガ……ト…ウ)
 (ふふ、よかった。)


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