Long Stories
□世界は君を救えるか
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裏界への一歩
黒曜がゆるゆるとその尾を地面へと伸ばしていく。
いつの間にか目的地についていたらしい。
火黒が徐に黒凪を抱え、尾を伝って地面へと「ずどん」と鋭い音を立てて着地する。
…途端に。
「うおぉおっ⁉」
と、叫びながら守美子と共に此方に到着したらしい良守が跳びあがった。
そんな良守に「よォ」と口元を吊り上げる火黒、そして黒凪も「や。」と片手をあげた。
「お、お前ら一体どこから…」
「姉上ではないかっ!」
『…やあ。宙心丸。』
良守の肩に乗っていた宙心丸がそのままこちらに手を伸ばしてくる。
それにこたえるように火黒の腕の中から降りようとした黒凪は、ふと火黒をちらりと見上げる。
火黒の手が黒凪をそのまま行かせようとしないのだ。むしろ微かにその手に力が入ったような気がした。
『(火黒?)』
火黒は口元を微かに吊り上げたまま、まっすぐに宙心丸を見ている。
遅れて降りてきた限、そして閃も火黒の傍に着地し、はたと良守を見て…そして、その肩に担がれている宙心丸を目に映した。
やはり双子なだけはあり、似ているから…彼らも直感で気づいたのだろう。
良守の肩に担がれ、ぽかんとした顔で小首を傾げているこの少年が烏森なのだと。
「(この子供が、黒凪の弟…。)」
生まれた瞬間に黒凪に死を意識させ、今まで結界師たちをあの地に縛り付けていた…全ての根源。
そして、恐らく一番の被害者でもある。
ごくり、と閃が緊張した面持ちで生唾を飲み込んだ。
背後に聳え立つ、時守が用意した小さな屋敷。
その中に入って緋田郷での一件があるまでの間に黒凪からすべてを聞いた。
そう、何もかも。何があったのかも…。
「良守、降ろせ!」
「ん、あぁ…」
じたばたと良守の肩の上で動いた宙心丸に、良守が少し心配げに黒凪を見つつ彼を地面へと降ろした。
そして此方に向けられるキラキラとした宙心丸の、黒凪によく似た瞳。
火黒の腕がぴくりと動いた。
「姉上ー!」
『…火黒。』
黒凪へ向かって両手を広げて走ってくる宙心丸。
火黒が黒凪を降ろし、途端に黒凪の胸に宙心丸が飛び込んだ。
そんな様子を見て、また思う。
巨大な力を生まれながらに与えられてしまったこの少年は…きっと、限られた人の胸の中にしか飛び込んだことがないのだろう。
力のない存在に触れるだけで、そのものの命を奪い取り、また力を与えて破裂させてしまう。そんな存在として生まれてしまったが為だけに。
「久しぶりだな、志々尾。影宮。…それと火黒も。」
「…おう。元気だったか?」
「雪村は?」
そんな風に会話をする良守たちを横目に黒凪が腕の中にいる宙心丸に笑顔を向ける。
生まれた時も、場所も一緒だったのに…容姿を除いて私たちはこれほどにまで違ってしまうんだね。宙心丸。
「姉上、遊ぼう!」
『うん…』
お前は何もこの世界のことを知らないのに…私はこの世界について、ほとんどすべてを知ってしまったよ。
お前はまだこの世界へ期待しているから、とても楽しそうなのに…私はもう、期待なんてとうの昔に忘れてしまった。
ぴりりり、と携帯が音を鳴らし、なんだ⁉ なんの音だ⁉ 鳥かっ⁉ そう騒ぐ宙心丸。
その無邪気さに思わず笑みが浮かんだ。
『少し待っていて、宙心丸。』
「む、それはわしよりも大切なことなのか?」
『…お前と同じぐらい大切なこと。』
むー、と頬を膨らませる宙心丸。
そんな宙心丸に良守が近付き、また此処に来た時の様に彼を肩車した。
「よし、俺と中にいこーぜ。宙心丸。」
「…うむ。良いぞ。」
「志々尾と影宮も来てくれよ。一緒に遊んでやって。」
限と閃が顔を見合わせ、黒凪に目を向ける。
黒凪は携帯を耳に押し当てながら彼らに向けて小さく頷いた。
それを見て2人は良守についていき、火黒は面倒ごとから逃げるようにどこかへと姿を消した。
『…さて。元気にしてた?』
そう電話口に声を掛ければ「うん」と普段通りの口調が返って来た。
しかし彼の声は少し疲れている。
≪総帥が裏会の破壊に本腰を入れ始めてるみたいでさ。…奥書院が破壊されたよ。≫
『…成程。裏会の記録を全て燃やした、と。』
≪うん。…勿論、奥久尼も殺された。≫
それも図ったように、十二人会で黒凪の無実を主張してくれた後のことだ。
それを聞いた黒凪は微かに目を見開き、そしてそのまま視線を地面に落とす。
『…そう。』
≪… "全てを終わらせる" って過去も全部無かった事にするって言う意味なんだな。≫
まさにそういうことなのだろう。
彼は何より…今となっては裏会の全てを恨んでいるだろうから。
裏会と共に築かれた記憶も思い出も、何もかも。
≪ま、総帥にも色々とあるんだろうから無理に理解しようとは思わない。…たださぁ。1つ気に入らない事があって。≫
『うん?』
≪黒凪、蛇の目って知ってる?≫
『あぁ…その組織を創設した時のことは覚えている。彼女たちの未来予知には随分と助けられた。』
≪…その蛇の目も総帥によって解体させられたよ。どうやら各神佑地や烏森にも今回の騒動の警告に訪れていたらしいし、多分その所為で。 ≫
『蛇の目を管理してたのも日永殿だから…そりゃあ彼の邪魔をするようなことをすればそうなるだろうね。』
でも罰を与えるだとかではなく解体って…それってさ、未来も奪うって事だろ?
正守の言葉に微かに黒凪が目を見開く。
そして「そうだね、」と返せば「俺さぁ」と少し気だるげに正守が口を開いた。
≪裏会のくだらない過去に興味はないし、幹部もクソみたいな奴ばっかりだから殺されようが別に構わないんだけど。≫
『…なんだか口悪くなった? あんた。』
≪ははは、元々こんなだよ。…ただ未来だけは奪われるのが癪でさ。≫
未来、か。…考えた事なかったな。
口には出さずそう思った黒凪は眉を下げ空を見上げる。
≪ま、全ての原因も分かってるんだ。俺もそろそろ本格的に動こうと思って。≫
『うん。』
≪そこでさ、明日に裏会で会議があるんだけど来てくれない?≫
『分かった。じゃあ明日そっちに行くね。』
ありがと。じゃあ。
そうとだけ言って通話を切った正守に小さく笑って携帯を閉じる。
『…未来、ねえ。』
空に浮かぶ雲を見上げて呟いた。
「…おや。」
夢路が襖に目を移し、その向こう側からこちらに向かってくる気配に目を細める。
その視線の先にある襖が開き、まず正守が部屋に入り込む。
そしてその後に続いた人物にザワッと十二人会の幹部達が眉を顰め、顔を見合わせた。
『失礼しますね。』
何食わぬ顔で正守に続いた黒凪が徐に奥久尼の席だった席…第九客の席に腰を下ろす。
すると第三客の席に座っていた竜姫が「ふはっ」と耐えきれないように笑った。
『どうも。席が一度に沢山空いたと聞いたもので。』
「…どうも。此処に入るのは禁止だと以前お伝えした筈なのですがねえ…」
『昔の馴染みだということで。』
「先に裏会の幹部から降りたのはそちらですよ。」
夢路と黒凪の視線が交差する。
確かに、400年前に父である間時守、それから総帥である逢海日永、そして夢路。
この4人で裏会を立ち上げた時、黒凪は裏会の幹部の位置に居た。
それを降り、好きに動くようになって久しく300年と少しぐらいだろうか。
…いつの間にか裏会も取るに足らないものになってしまったように思う。
この程度の術者ばかりを集めて、たいそうに会議など開いて。
こんなもの…創立した側からすれば破壊することなどたやすい。
「…仕方ありませんね。貴方を無理に退けることなどしている時間はありません。」
「このまま会議を進めるおつもりですか?」
「彼女の神佑地狩りに関する疑惑は奥久尼さんによって既に払拭済みですから。」
そう言った夢路に幹部達は不服ながらもその口を閉ざした。
そして彼が徐に空席となった幹部席に目を走らせる。
「間さんの言う通り、既に第九客である奥久尼さん、第十一客の狐ノ塚さんが犠牲になっています。」
「結界師の連中が怪しい。」
「同感だ。第七客は奥久尼と何やら取引を交わしていたと聞いたぞ。」
「狐ノ塚ともよく衝突していたしな…」
口々に正守と黒凪を睨みながらそう言い放つ幹部の面々。
それに賛同していないのは非難の的である正守、そして第二客の鬼童院ぬら、第三客の竜姫のみ。
「待ちなよ。黒凪達が犯人だとして…やり方が雑過ぎる。」
「なんだと?」
「同感だな。俺と黒凪ならもう少しうまくやる。」
竜姫に賛同するように、そして挑発するように言った正守に幹部たちの鋭い視線が向かう。
それに追い打ちをかけるように黒凪が口を開いた。
『裏会の幹部でもある連中がここまで意気地なしとは…情けない。』
「何っ⁉」
『もし私がお前たちを殺すつもりだったなら…今頃皆あの世だよ。』
そんなことも分からない程度の術者が、笑わせないでおくれ。
黒凪から溢れる静かな殺気に幹部たちが一様に口を閉ざす。
「…静かになった事ですし、話を続けます。」
そう切り出した夢路に皆の視線が集中した。
「現在裏会の管理室はもはや機能せず、幹部の数ももはや9人にまで減ってしまった…。今となってはこの混乱を目の当たりにして裏会を見限る方々も出てきています。」
もう一刻の猶予もない。
夢路の静かな声がしんとした会議室に響く。
ことの根源を知っている正守は続く夢路の言葉に集中している。
…さて、どう出る?
「そこで――これより一時的に全ての権限を私1人に預けて頂こうと思います。」
ざわ、と幹部たちが騒ぎ始める。
竜姫も微かに目を見開き、鬼童院ぬら、そして黒凪に目を向けた。
ぬらも伏せていた視線を上げ、夢路にその視線を向けている。
「これからは私の決定に従うようにお願いします。」
「いや、お待ちを…。総帥の意向は?」
「総帥には私から話を通しておきましょう。良いですか、これは裏会を護る為の措置なのです。依存のある方は後で私の所へ。ご納得頂けるまでお相手しましょう。」
すらすらと言った夢路に幹部達の会話が完全にストップする。
沈黙の中、竜姫が右手を上げた。
1つ質問なんだけど。そう言った彼女に「どうぞ」と夢路が微笑む。
「夢路、アンタ本当に裏会を護る気ある?」
「勿論。ですからこの様な措置を取るに至ったのです。私は本気ですよ。」
そう言い放ち、夢路が徐に立ち上がった。
それではお開きです。
彼の言葉に続いて立ち上がる幹部達。
誰1人夢路の元へは向かわなかった。