Long Stories
□世界は君を救えるか
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裏界への一歩
「ったく…ここまでくると幹部連中も鬱陶しくなってきた。」
ムカデの背に乗って夜行へ向かう最中、両手を組み苛立った様子で正守がそう言った。
そんな正守にちらりと視線を送り、黒凪が小さく嘲笑を浮かべる。
『にしても、夢路殿も随分と焦っている…』
「あぁ。…今回の騒動の現況ではないにせよ、無関係ではないだろうに…よく飄々としていられる。」
あの人、初めて会った時から読めない人だとは思っていたが…やっぱりどうも分からない。
そう言って正守がため息を吐いた時、彼の携帯が着信を知らせた。
「…もしもし。刃鳥?」
携帯を耳に押し当てた正守を見て黒凪も彼の携帯に耳を近づける。
≪頭領、大首山で妙な影を確認したと報告が。近場の戦闘員を送ろうかと思ったのですが…いかんせん、神佑地なものでどうしたものかと。≫
『じゃあ私が行くよ。手が空いているし。』
「いいの?」
『うん。あんたはちょっと休んでなさい。』
立ち上がり、黒凪が徐に大首山がある方向へと顔を向けた。
それを見た蜈蚣が徐に小さなムカデを彼女の前に出現させる。
それに気づいた黒凪が蜈蚣に笑顔を向け、ムカデに飛び乗った。
『ありがとう蜈蚣さん。使わせてもらうね。』
「はい。…お気をつけて。」
ムカデが徐に東の方向へと進み始める。
丁度良い、限達が居る屋敷も大首山へ向かう道の途中にある。
『――限、閃、火黒!』
上空から聞こえた黒凪の声に宙心丸や良守と話していた限と閃、それから木の上で寝っ転がっていた火黒の視線が黒凪に集まった。
黒凪を見つけた宙心丸がぱあっと笑顔を見せ、その短い腕を必死に振り回してアピールしている。
良守も徐に上空を見上げ、黒凪に手を振った。
『ごめん良守君! 神佑地で何か問題があったようでね、今から向かうの! 限達連れていくね!』
「…分かった! 宙心丸は見ておくから! 気をつけろよ!」
「悪い墨村、行ってくる。」
「後でな宙心丸。」
あ、おい…。
そんな宙心丸の言葉には返答を返すことなく限と閃が黒凪の結界を伝って上空のムカデの上へ。
火黒も同じようにしてムカデに乗り込むと、大首山がある方向に目を向けた。
続いて感が鋭い閃もそちらに目を向け、ぞわ、と立った鳥肌に腕を撫でる。
「うげ…すげえ邪気。」
『急いで処理をしないと…大首山のクシナダ様が倒れればここら一体の神佑地も共倒れになる。』
やがて大首山に辿り着き、限が#NAME1##を抱えてまじないが懸かっているであろう、土地の中心へ。
『…咲耶姫の所に掛けられたものと全く同じだね。クシナダ殿の力がまじないで押さえつけられている。』
「…なら前みたいに外せば…」
『うん。出来るけど…。』
限にそう返し、数秒程黙り込んで黒凪がまじないの中心に手を差し込んだ。
途端にその位置を中心にぐにゃりと空間が歪み、黒凪の手を飲み込んでいく。
そうすること数分。閃の目が変化し、黒凪の傍から飛びのいで縮こまった。
「な、んだよこの邪気…!」
『うーん、やっぱりクシナダ様相当怒ってる。』
「はーん。まじないを崩せばそのクシナダがキレてえらい事になるワケね。」
火黒が黒凪の手を以前呑み込んでいるその波紋を見下ろしながら口元を吊り上げる。
この波紋の先にある異界にこの大首山の主、クシナダが縛り付けられている。
それもかなり頭に血が登った状態で…。
『…ついてくる? 閃、限。』
薄く笑って言った黒凪に限は神妙な顔で頷き、ちらりと心配げに閃に目を向ける。
特別感覚が鋭い閃にとってクシナダの邪気や殺気に当たっているのはかなり辛いはず。
そんな閃がちらりと火黒に目を向ければ彼は特に邪気に臆した様子も無く行く気満々の様子で。
閃はごくりと生唾を飲み、黒凪に目を向けた。
「…行くよ。俺はお前を護るって決めてんだ。」
分かる。自分の中にある妖の血がこの大首山の主の怒りに充てられて怯えているのが。
それでも、俺はこの恐怖に打ちたないといけない。
でないと…目の前の少女に置いていかれるような、そんな気がしてならないから。
『…分かった。じゃあ入るよ。』
歪みが広がりより一層巨大な波紋が広がる。
そして合図をするように振り返った黒凪に応える様に全員でそこに飛び込んだ。
…目を開き、中を見渡すと意外にもそこには外の世界と全く同じ景色が広がっている。
ズシン、と大きな足音が響いた。
【何の用だぁ…?】
『クシナダ殿。』
【…んん? …どこかで見た覚えがある…】
巨大な首を抱えた、これまた巨大な体が膝を着きその首を黒凪へと近付けていく。
ぎょろりと開いた大きな目が黒凪を映し、その体を舐めるようにつま先から頭のてっぺんまでをゆっくりと観察していった。
そして徐にその目が微かに細められる。
【あぁ…300年程前に来た結界師の小娘か…。】
『大首山の異変を聞きつけやってまいりました。』
【ふん、人間ごときが…まだ大層にも “均衡を保つ” 為にとでも言うつもりか…?】
『ええ。おっしゃる通りです。』
閃がちらりと困ったようにクシナダにそう答えた黒凪に目を向ける。
“均衡を保つ”。確か黒芒の化け狐も黒凪にそう言っていた。
そうか…間時守が烏森という異物を作り上げてから黒凪は今まで代わりにこの世界の均衡を保つために奔走していたのか。
神々には大層だ身分不相応だなんだと馬鹿にされながら…。
【…昨晩だ…妙な人間がまじないを掛けて行った…】
力が押さえつけられて酷く不愉快だ。
そう言ったクシナダが気だるげに眉を寄せる。
【お前なら解けるんだろうな…】
そう地を這うような低い声で言ったクシナダに黒凪が小さく頷くと
今すぐにやれとプレッシャーをかける様にクシナダの邪気が彼女に降り掛かる。
「(なんつー圧力だよ…! そんな感じでいったらほとんどの術者が対処する前にぶっ倒れるっつーの…!)」
『まじないはすぐに解きます。…ですがクシナダ殿。まずはその怒りをお鎮め下さい。』
【…人間ごときがわしに命令か…?】
巨大な手が黒凪に伸ばされ、それを見た火黒が両手に刀を出し、限も手を変化させ、閃も爪を伸ばして黒凪の前に立ちふさがった。
ぎょろりとクシナダの目がそんな3人に向き、殺気が3人を地面に沈めるように真上から降りかかる。
【…ふん。中途半端な妖を従えよって…下賤な。】
『…怒りをお鎮め下さい。貴方が怒りに翻弄されては近場の土地神達が焦ってしまう。』
そこまで言って黒凪が目を細める。
最悪、怒りが収まらないようなら荒療治も仕方がないか…?
クシナダの目が再び黒凪に向き、その心情を読むように暫し沈黙した。
【……良いだろう…。今夜ケリをつけろ…。】
クシナダの手がゆっくりと離れていき、改めて黒凪がこの異界にかけられたまじないに目を向ける。
そろそろ外の世界は夜になる頃だろう。
恐らく今夜、まじないで力を押さえつけられたクシナダを神佑地狩りの連中がこの異界の外へと引きづり出し、そして六十刈の様に力を奪うつもりなのだろう。
『…外に出るよ。』
「解った。」
「人皮脱ぐぜ?」
『あ、待って待って。箱出さなきゃ。』