Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


 一方の黒凪達一行は数十分程時間をかけて裏会総本部へと辿り着いていた。
 黒曜が動きを止めたことを受けてまず閃が下に向ける。
 そして絶句した彼の様子を見て黒凪も本部に目を向け、その目を細めた。



【…ありゃあ大したモンだなァ】



 黒曜、火黒、閃、限…そして黒凪。
 5人の視線の先には既に見知った裏会総本部はなく、代わりに巨大な塊と化した森が佇んでいた。
 いや、森とは言えない。あれでは木々で作られた大木だ。



「――よう。早かったな。」



 黒曜の少し下あたりに浮かんでいる零号が黒凪達を見上げてそう声をかけ、振り返った黒凪とその視線を交える。
 そしてここら一体を覆った黒凪の気配に零号がひゅうと口笛を吹き、彼の視線が大木に向く。



『正守は何処にいる?』



 黒凪の言葉に限と閃が微かに反応を示し、黒凪と同じようにして零号に目を向けた。
 しかし零号は此方に目を向けようとしない。



『居るのは分かってる。でも "何処" かは分からない。』

「さあな。…あの犬に聞けよ。」

『…確かに、正守の気配を持った見覚えのないのがいるけれど。』



 零号が示した先に目を向けると、そこには正守の結界の上に立つ一匹の黒い毛に刃の様な尾を持った妖犬が立っている。
 その視線を受け、彼…鋼夜も黒凪に目を向けた。



『…君、正守の新しい使い魔かな。』

【ただ協力してやってるだけだ…奴の犬になったつもりはない。】

『それは失礼。…正守の居場所は分かっている?』

【…あの大木の中だ。】




 やはりそうか。そう思って木が生い茂って作り上げられた大木に目を向ける。
 あれは異能者の力によって形成されたものに違いない。
 その上、中を見られないように徹底的にガードもつけられている。



【逢海月久とかいう異能者が作ったものだ…。】

『…。』



 なるほど。ならばあれが “今の憑代” の能力…。
 じっと大木を見つめる黒凪の隣に寄り、閃が呟くように言う。



「覗けるところまで覗いてみたけど…やっぱり頭領の居場所までは感知できなかった。あの中身、かなり深い。」

『うん。あれを崩すのは苦労するだろうね。』



 だから日永殿の部下も手を子招いている感じかな。
 そう言って零号にも目を向け、黒凪が息を吐いてその場に胡坐をかく。
 無理に突破することはできるけれど…それをすると日永殿の部下にも侵入を許す事になる。
 それでは月久殿が危ない。



『仕方がない。あの構造上、内側から破る分にはそう頑丈ではないはず。…正守が出てくるのを待とうか。』



 もちろん、何もせずに待つわけではないけれど。
 また黒凪の意識が広がっていき、月久が作り上げた大木を覆い…その中を覗くように意識を隙間から滑り込ませていく。
 それを横目に見ていた鋼夜が目を細めた。



【(…この大木を作った男も真の自然支配系能力者だが…)】



 この女もそう相違はないな。
 特にこの理不尽な程に巨大な力は…並みの妖や異能者だと対峙する以前に絶望し、その戦意を喪失させることだろう。
 一方大木の中に月久と共に入り込んでいた正守は己の周りを囲う月久の分身を睨みつけていた。
 まさに敵の手中にいるという状態の中、正守は至って冷静にこの場を切り抜けようと模索していた。
 そんな正守の心中を知ってか、月久は無理に彼に気概を加えようとはしない。
 正守が息を吸い込み、口を開いた。



「…手を組みませんか。夢路さん。」

「…」



 正守を囲う複数の月久が静かに彼の目にその視線を向ける。
 彼の真意を測ろうとしているように。



「貴方の考えが理解出来ませんね。先程まで貴方は私に対して悪し様に言っていたでしょう。」

「貴方に理解を示したわけではありません。ただ…今総帥を止める手立てとして貴方に動いて貰うのが1番効率が良いだけだ。」

「ふふ、”止める” ?」



 それでは私は何の役にも立たない。
 貴方はまだ何も理解していないらしい…。



「この先何があっても私と兄が和解する事はありません。…何故なら…」



 ざわ、と一瞬で汗が噴き出し、心臓の鼓動が早まる。
 その静かで鋭利な月久の殺気が正守だけでなく…全てを拒絶するように溢れ出した。
 その殺気に黒凪と共に外側から中を探っていた閃も当てられ、その背中に汗が噴き出す。
 そして体の震えを抑えるように腕を抱え込んで、そして。



「(…この殺気に混ざってるのは、完全な拒絶だ。)」



 あの巨木の様に、本体に何物も寄せ付けず…誰も信用せず。
 たった一人でいることを強く望む、強い強い拒絶。
 …この拒絶の感情によく似たものを持っていた人物を…俺は知っている。



「(そうだ…黒凪が夜行に来る前の頭領に似てるんだ。)」



 細波さんに人の感情や考えを読む術を教わり、好奇心のままに頭領へとその力を伸ばした時。
 一瞬。そう、あれは一瞬だった。
 俺の影が頭領を覆った時…頭領の冷たく暗い目が俺を捉えた。
 その瞬間に俺が読み取ったものは何もない。…そう、何も見せてはくれなかった。



「なぜなら…私は元より兄を殺すつもりですからね。」



 正守をまっすぐに見つめ、月久がそう言った。
 つまり彼は兄を止めるつもりなど毛頭ない。



「確実に殺る自身があります。」



 返答を言い淀む正守に重ねるように月久が言う。
 何を躊躇する理由が? 兄の息の根さえ止めてしまえば…この全ての騒動も白紙に戻る。
 …協力にはお互いの利益が一致していないと。
 正守が顔を上げた。



「私の考えに乗るならば協力しても良い。兄の処遇がどうなろうと…貴方が思い描く結果にはそう相違ないでしょう。」



 そんな月久の言葉を一言一句受け止めながら、正守は考えていた。
 果たして俺はこの人のような判断を下せるのだろうか、と。
 もしも良守が世界の敵になり…それを討たなければならなくなった時。
 果たして俺は、あいつの命を奪いたいと、そう思うだろうかと。



「…まあ、協力するとは言っても…貴方も到底信用出来そうには有りませんがね。」



 突然及び腰になった様子の月久に正守の目が彼の分身の1人を捉える。
 貴方 “も” ? それはどういう意味だ?
 そこまで考えて、はっと周りを見渡す。
 木の幹の間を縫って此方に流れ込み始めているこの気配…これは。
 月久の分身たちも徐に大木の幹に覆われて見えることのない、上空へとその視線を走らせる。



『――!』



 その視線の先にいる黒凪は閉じていた目を開き、その視線を大木へと落とす。
 そして木々の間から此方をじっと見ているその瞳に気が付くと微かに目を細めた。
 …此方を、見ている。



「――裏会を創設する際、間時守と黒凪には随分と世話になりましてね。」



 裏会の最深部を異界に位置することを決めた時…私と兄は異界への道筋と空間を作る為、空間支配術を扱う術師である間時守に連絡を取った。
 しかしその時、彼は大きな封印術を扱った反動で霊体同様の姿になっていて…異界の形成なんて高等技術はとても出来る状態ではなった。



「そこで彼の代わりとして送られた存在が間黒凪です。」



 今でも思い出す。あの目…表情。
 この世界を恨むだけの、亡骸のような気配。
 信用がならなかった。
 誰の為でもない。何の為でもない。
 …ただ、彼女にはその力と技術があっただけ。



「…まあ、結局彼女は我々の要望を見事にすべて具現化してくれましたがね。」



 その功績を見て兄は彼女をとても気に入っていた様ですが…400年経った今でも常々思う。
 信用がならないと。まったくその心内を見せないあの小さな少女が。
 正守はただただ静かにその話を聞いていた。



「…なので調べさせてください。」



 周辺から蔦が延び、中央に立つ正守を縛り上げる。
 それを見下ろし、正守が月久に目を向けると彼は笑顔を見せた。



「協力関係になりたいと言ったのはそっちだ。これぐらい構わないでしょう。」

「…待ってください、これじゃ不公平だ。協力関係にあるなら同等の立場であるべきでしょう。」

「なら貴方の条件は?」

「総帥の能力を教えてください。」



 月久がちらりと再び上空へと視線を寄こす。
 成程。やはり兄が気に入るだけはある――甘い。
 此処まで来てまだ私も、兄も殺さないつもりでいるのか。



「驚きました。黒凪さんが貴方に伝えていないとは。」

「…あいつは、何もあんた達兄弟を殺すつもりでいるわけじゃない。」



 …ま、俺がこんな状況にまで陥ってしまえば…言うかもしれませんけど。
 そう言った正守が改めて己を包む大木達、そして拘束する蔦に目を向ける。



「血縁者には似た傾向の能力が出る筈です。総帥は貴方と同様に自然支配系能力者ですか?」

「…以前はそうでしたがねえ…」

「以前? …どういう事です?」



 そう正守が聞き返した時、彼の肩が微かに異常を察知したように跳ね上がる。
 その様子に夢路が微かに眉を寄せ、正守の足元に目を向けた。
 途端に外にいた黒凪も立ち上がり、黒凪が大木の真上へと結界を足場に向かっていく。
 一方の閃は集中しきっていてそんな黒凪に気づかず、ぼそぼそと呟くようにして言った。



「…何か変だ。月久って奴の能力は植物を操るんだろ…?」



 閃の声に限が彼の元へ向かい、その言葉に耳を傾ける。
 そして閃の言葉に微かに目を見開いた。



「なのになんで…奴から精神支配術の力を感じるんだ…?」



 しかも、頭領に向かって。
 限が黒凪に視線を向けた途端に大木の真上に立った黒凪が大木へ向かって降りていく。
 そしてそれについて行こうと足を踏み出した火黒の腕を咄嗟に掴み彼を静止した。
 絶界が黒凪を覆い、大木の表面を消滅させながら黒凪が中へと入っていく。



「(…黒凪には気づかれたか。だがまだこの男には気づかれていない…)」



 月久の視界に音を立てず慎重に正守へと向かっていく、己の力を具現化したクモヒトデ達。
 外側からこちらの様子を伺っていた黒凪には気づかれることは想定していた。
 だがあの熱い木々の壁を破壊してこちらへ向かうには時間がかかるはず。
 その間に…この男を乗っ取ってやる。
 クモヒトデが正守の首元にまで乗り上げ、ついにその首に触れた。――その瞬間。



「うわっ!」

「…チッ」



 反射的に発動された正守の絶界がクモヒトデを焼き切るように消滅させた。
 そして自分の術に触れた月久の術を瞬時に読み取った正守が月久を睨む。
 頭上から聞こえる木々を破壊しながら向かってくる音、それから黒凪の気配。
 それらを正守も月久同様に気にかけながら徐に口を開いた。



「…成程。貴方は精神支配系の能力も持っていると。」

「!」

「――俺を操ろうとしたんですか?」



 その正守の言葉に月久の目がすっと細められ、殺気が正守へと向けられる。
 正守はその殺気を受け、何処かあきらめた様子で目を伏せた。



 
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