Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


「貴方の口ぶりからして、自然支配系の能力は本来のものではない。となると、さっき俺に使おうとしていた精神支配系の能力がそれにあたるはず。」



 つまり貴方と兄弟である総帥の能力も同じ、精神支配系。
 月久の表情は変わらない。しかし否定も肯定もしないため、図星を突かれたのだろう。
 確かに今まで疑問に思うことはいくつかあった。
 400年もの間、ただの異能者であるこの兄弟がどうやって生き延び続け、裏会を支配し続けたのかが。



「まさか今まで…他人の体をその能力で奪って生き延びてきた。なんて言いませんよね。」

「…」

「挙句、400年もの間その能力を使って裏会を支配し続けてきた。なんて。」



 そんな口ぶりであるが、何処か確信を持ったようなそんな口調で言った正守。
 月久は暫し沈黙を落とすと、微かに挑戦的な笑みを浮かべて言った。



「だったら?」



 と。
 その返答に正守は頭を抱えてしまいたくなる。
 色々なことが頭の中を回る。
 ということは、この自然支配系の能力は彼が体を乗っ取った人物のものか…?
 いつからそんな私利私欲のために裏会の情報を利用していた?
 今までも何人もの才能ある異能者が彼ら兄弟に体を乗っ取られてきたのだろうか。
 そんなことをして生き延びてきたこの兄弟はもはや…



「(…もはや、人間ではない。)」



 正守の軽蔑の視線が月久に向けられる。
 そんな中、徐々に近づいてくるバキバキと木々を破壊する音に月久が頭上を見上げ、正守もそれに続いた。



「…黒凪ですよ。大方、私が貴方に精神支配系の術を掛けようとした事に気付いて来たのでしょう。」



 本当…つくづく相性の悪い。
 呆れた様に言った夢路に「え?」と訊き返す正守。
 夢路は薄く笑って口を開いた。



「以前…彼女にも精神支配を仕掛けた事がありましてね。」



 正守が微かに目を見開く。
 そして外側から様子を伺う閃もやっと彼らの会話が耳に入るまでに入り込むことができ、途端に飛び込んできた月久の言葉に目を見開いた。



「性別が違うのでね、憑代にするつもりはありませんでした。ただ…あの能力を手元に置いておきたかった。それだけ。」



 そこまで言って少しだけ沈黙を落とし、月久が言った。
 後悔しましたよ。…そして酷く失望した。



「彼女が私の意図に気づきながらも、何の防御もなく頭を差し出した時には驚いたものです…。」



 自分では到底無理な行動だと思った。
 気づけば操られ、自死を強要されるかもしれない。
 精神的な苦痛を与えられるのかもしれない。
 私はそんな混乱の中、彼女の頭の中へ自分の意識を送り込んだ。
 そこまで言って、月久が自嘲を浮かべた。



「私の幾通りもあった予想はことごとく外れた。…彼女はただ、目に見えて防御する必要がないと判断しただけだった。」



 私がその頭の中に入ろうとも…うわべの部分だけを見せて、肝心なところは何一つとして見せなかった。
 彼女は今まで私が洗脳を試みた人間の中の誰よりも、何よりも…何食わぬ顔をして、私を完全に拒絶したのだ。



「――本当に気味の悪い。」



 …知っていますか? 墨村君。
 バキ、とすぐ頭上で木が折れた音がする。
 正守の隣に降り立った黒凪に月久が笑みを見せた。



「我々精神支配系の能力者にとって…貴方達の様な人間は最も信頼するに値しない。」



 正守が微かに目を見開き、黒凪は眉を下げる。



「当然の様に他人を拒む術を持ち…その心情を微塵も見せようともしないお前達結界師など、信用出来るものか。」



 そんな月久の言葉に閃は黒凪がしたように眉を下げ、思った。
 分からないでもない。いや、寧ろ共感さえ覚える。
 でも俺は…頭領や黒凪を信じたい。だからそうしている。
 …あいつにはそんな奴、1人も居ないのか?
 ぐぐぐ、と1本木が大木の中心から空へと向かって伸びていく。



「(逃げる気か?)」



 零号が身を乗り出し、空へと伸びていく木に目を凝らす。
 相変わらずその中身は見えそうにないが、あの部分に月久がいることは間違いないだろう。
 片手を持ち上げ、零号が傍に無数の剣を具現化させていく。



「…こんばんは、間さん。」

『…月久殿、日永殿の部下が外で待ち構えています。逃げましょう。』



 そんな黒凪に言葉は返さず、笑顔だけを返す夢路の目に感情など一切無い。
 完全に彼女を拒否し切った様なその目に、黒凪が少しその表情を歪めた。



『月久殿…』

「貴方を間時守の代わりに育てようと言い出したのは兄です。」



 黒凪が口を閉ざす。
 最初は腕の立つ部下になれば良い…そう思って私もそれに手を貸しましたが。
 残念ですよ。何の意味もなかった。



「あんたな…!」

『そんな嫌味はいいですから。早く。』



 思わず月久を怒鳴りつけかけた正守が冷静な黒凪に目を向ける。
 そしてそんな彼女の表情を見て、心が痛んだ。
 ああ、きっと彼女はずっと昔から…そう、きっと逢海月久にその頭を覗かれた時から、自分が彼にどう見られているのかを理解していたのだろう。
 そりゃあそうだ。世界を恨む間時守の思いを受けて生まれてきた彼女が、どうやって他人を信じられる?
 それも、まだ世界のことを何も知らないただの子供だった彼女が…。



「…夢路さん。彼女があんたを拒絶したのは、何もあんたを――」

「貴方に護られるぐらいなら奴の攻撃など甘んじて受けましょう。」

『…。来ましたよ。』

 

 途端にものすごい勢いで無数の剣が月久の周辺に突き刺さっていく。
 3人を包んでいた大木が一瞬で破壊され、正守は絶界で自身と黒凪を護り瞬時に月久の姿を探した。
 そして力なく落ちていく彼を見つけ、そちらに向かっていく。
 地面に力なく倒れる彼の傍に到着して絶界を消せば、月久の冷たい目が再び2人を捉えた。



「…夢路さん。総帥を止められるのは弟である貴方だけだ。だから…」

「…奴は止まりませんよ…。」



 掠れた声でそうとだけ返し、月久の目がちらりと黒凪の顔…正確には頭に向いた。
 そして彼女の頭の中に居座る小さな海蛇を見るとゆっくりと右手を持ち上げ、人差し指を彼女の眉間に向ける。



「…残っていますよ。」

『…あぁ、わざと残していたんです。日永殿も私の行動が気になっていたようですし、私も日永殿の居場所を把握しておきたかったので。』



 不愉快なら消しますよ。
 そう言った黒凪は言葉の通り、頭の中に残っていた日永の意識を完全に消滅させた。
 兄である日永の力、海蛇が跡形もなく消えていく様を見ていた月久が暗い空を見上げ、口を開く。



「貴方は既に分かっている筈だ。奴は私と共に作り上げたこの裏会を完全に破壊し…過去を消し去るまでは止まる事は無い。」

『…。』

「和解の余地はありません。…正直心当たりがあり過ぎて困っているのですよ、恨まれる理由など。それ程私は散々奴を利用してきた。」



 黒凪が目を伏せ、月久がゆっくりと体を起こした。
 黒凪。そして貴方ならわかるはずだ。私が今更何者も信用できない、この感覚が。



「私も貴方も…随分と長い時間を生きて来た。」



 そして沢山の人にも出会ってきた。
 沢山の口先だけの信用ならない人間に出会い、その薄い考えを暴いてきた。
 その度に人間の薄情さに失望し、信用することを辞めた。



「貴方はきっと…様々な人間や妖をその力で拒絶し続けて来たのでしょう。…いや。」



 拒絶せざる負えなかった。
 黒凪は何も言わない。
 そんな彼女に月久が続ける。



「…もう…慣れてしまったんですよ。貴方も私も。そして諦めてきた。」



 月久の言葉にぐっと拳を握り、正守が一歩彼に近付いた。
 その行動に黒凪が彼を見上げ、月久も微かに目を見開いた。



「だったら俺は貴方を信じてみる。それを証明して見せますよ。」

「(…掛かった。)」



 月久が表情に出さず、心の中で口元を吊り上げる。
 これでこの男は拒絶を止め、私を受け入れるだろう。
 そうなれば私はついに…結界師の体を手に入れる事が出来る。
 そして日永などいとも簡単に――。



「!」



 しかし次の瞬間、月久は更に大きくその目を見開いて動きを止める。
 そこには彼と、正守を包む結界が張られていた。



「…何です、これは」

「これで "同等" でしょう?」

「!!」

「俺は今回の事には命を懸ける覚悟だ。…だから貴方にも同等の覚悟を要求します。」



 協力関係を結ぶ為なんですよね?
 真っ直ぐと月久を見て言った正守に、立ち上がりかけていた腰を降ろし尻餅を着く月久。
 そんな月久を見て黒凪が目を見開いた時、その瞬間に零号が月久を目視し攻撃を加えた。
 反応が遅れ、無数の剣に貫かれる月久。飛び散った血に正守が大きく目を見開き彼に手を伸ばす。
 黒凪も飛び散った月久の血を見ると振り返り、火黒と限に目を向けた。



『火黒、限!』

「おっと。勘弁してくれ…。」



 すぐさま逃げる様に移動した零号に目を細め一気に跳び上がる火黒。
 そしてものすごい速度で自身に近付いてくる火黒に「げっ」と目を見開いた零号の剣が火黒に放たれるが、それらを遅れて飛び上がった限が全て弾いた。



「チッ…!」



 焦った様子の零号に火黒が刀を振り上げた時、彼らの間に操られた奥久尼の部下たちが身を挺して割り込んできた。
 火黒の目が一瞬で黒凪に向き、彼女の首が横に振られると舌を打ち、急ブレーキをかける。
 そして顔を上げれば零号は既に逃亡した後だった。
 そんな火黒を見ていた黒凪の隣に鋼夜が音もなく降り立ち、正守を含めた3人で倒れている月久の元へ。彼はすでに息絶えている。



【――惜しかったですね。墨村さん。】

「…奥久尼さん」

『うん? 殺された第九客の?』

【ええ。霊体なので何処にでも侵入できますしね。】



 あっけらかんと言った奥久尼にその半透明の体を見る黒凪。
 散々でしたね。そう言った黒凪を横目に正守が月久の遺体を見つめながら言った。



「…もっと良い方法、あったんでしょうか。」

【私はあれが最善だと思いますよ。】

『同感だね。…最善を尽くしてもどうしようもないことはあるから。気を落とさずね。』

「…」



 それでも浮かない表情の正守に目を細め、奥久尼が言った。



【墨村さん、貴方は自分を責めてばかり。そう言う所は弟さんとよく似ていますね。】

「!」

【それは貴方の長所でもあり短所でもある。…どんなに万能な人間でも出来ない事はありますよ。】



 優しく語り掛ける奥久尼に正守が少し笑みを見せた。
 そんな正守の表情を見た途端に一気に奥久尼の姿が更に透明に近付いた。
 思わず正守も黒凪も「あ。」と声を漏らし、彼女を見る。
 何となく想像が付いてしまった。



「…まさか成仏…」

【ええ。大分足掻きましたがそろそろ時間ですね。】

「待ってください、貴方はまだ満足なんてしていないんでしょう? 何故…」

【確かに満足はしていません。まだまだ解き明かしたい謎も沢山ある…でも諦めは付きました。】



 これで良いんですよ。
 最後まで墨村さんに協力する事が出来ず、それだけは少し心残りですが。
 冗談交じりに言った奥久尼の姿が徐々に消えていく。



【墨村さん、貴方は迷うよりも前に進む方が合っている。多少無茶な事をしても貴方なら大丈夫。…どうぞ悔いの無い様に…。】



 すっと消えた奥久尼に思わず言葉が出ない様子の正守。



「頭領ー! 黒凪ー!」



 しかし上空に浮かぶ黒曜に乗っている閃が大きく腕を振ってそう叫ぶと、すぐに顔を上げて笑顔を見せ、正守がそちらに手を振った。



「…とりあえず、夢路さんが亡くなったし数日後にある十人会は荒れるだろうな。」

『ここまでくれば、もう真実を話して協力者を仰ぐほかないだろうね。』

「ああ。話が通じそうなのは第二客の鬼童院ぬら、そして第三客の竜姫ってところかな…。」



 まだまだやること多くて嫌になるよ。もう。
 そう呟いて空を見上げる正守。
 彼の背中はどこか悲しげで、しかし今まで以上にぴんと伸ばされた背は彼の覚悟を表しているようだった。


 
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