Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


 …さて、どうしたものか。
 宙心丸が閃たちと遊ぶのを横目に、屋敷の上に座って考える。
 つい先ほどには、早速操った扇一族の人間たちを使って裏会を落としたと連絡が入っていた。
 昨日の今日という短時間での裏会滑落は…正直、日永殿が相手だと妥当だと言える。



『(これからは正守たちと協力して裏会を取り戻して…、扇一族の人間たちの命も極力奪わず取り戻す。それから、裏会総本部がある覇久魔へと…)』

「…黒凪」

『うん?』



 顔を上げれば、そこには何処か険しい顔をした良守が立っている。
 そうだ、この子にも色々と話してあげないと。
 なんたって、この子も紛れもなく私たちが巻き込んだ被害者の一人なのだから。



「あの、さ。…大体の事のあらましは時守から聞いた。けど…黒凪からも聞いておきたくてさ。」



 正直、俺は時守よりもお前の方が信用になると思ってるし。
 それに…お前の気持ちも聞いておきたいって言うか。
 そこまで言った良守に黒凪が微笑み、口を開く。



『君には、本当に沢山迷惑をかけた。それに見合う価値があるか分からないけれど、聞いてくれる?』



 小さく頷いた良守に黒凪の視線がつい、と宙心丸に向かう。
 風が吹いて、宙心丸の白髪と黒凪の白髪が揺れて太陽の光に充てられてキラキラと光った。



『――あの頃の父様は、誰の目にも明らかなほどに狂っていたそうだ。』



 その言葉に良守が微かに目を見開く。
 私がこの世に生まれ落ちた時…いや、その前から。
 父に教わったことはただ1つ。
 …この世界を、恨め。だ。






























 私たちが生まれたのは真夜中の事で、私が最初に生まれ落ち…そしてそのすぐ後に弟が生まれ落ちた。
 その瞬間だったと聞く。巨大な邪気が溢れ出し、烏森家の屋敷にいた人間全員が一瞬のうちにその命を奪い取られたのは。
 それは母である月影も例外ではなく…偶然にも任務で外に出ていた父、間時守が辿り着いたときには月影は霊体となっていた。



「…月影? これは一体…」

【我が子たちを抱いてあげて下さい…。】

「…我が子、たち?」



 時守が赤子を包む布を開くと、確かにそこには2人の赤子が横たわっている。
 しかし赤子たちを見る時守の表情は決して歓喜のものではない。
 むしろ、表情を凍り付かせていた。



【…そちらの、顔が見えている方が姉です。こちらは弟…。】



 そう、顔が見えている方が私で。
 ものすごい濃度の邪気に顔を覆われているのが、弟の宙心丸だった。



「…力を、奪い合っているのか…?」



 時守がゆっくりと邪気に覆われた我が子、のちの宙心丸を持ち上げた。
 そこで理解する。この子はこの城の者全員の生気を吸い取り、…姉はそれに抗う様にその子から力を奪っていた。
 そして力を奪い、それが蓄積されるごとに姉の方はその体を成長させていっている。
 まるで、弟から逃げる術を身に着けるかのように。



【もうその子達を抱く事が出来るのは貴方だけです。時守様。】

「!…月影、」

【我が子と共に生きる力が無い事が…とても苦しゅうございます。】

「待て、姿が…」



 月影が姉、のちの黒凪の頭をゆっくりと撫でる間にも彼女の姿が薄まり、声が遠のいで行った。
 それに比例するように時守の表情が焦りと恐怖と、悲しみと…色々な感情で歪んでいく。



【…後は頼みます。】

「駄目だ月影! 独りにせんでくれ…!」

【貴方にはこの子達がおりまする。】



 機嫌が良いとよく笑うのですよ。
 月影の姿が消えていき、ついには何も見えなくなった。



【――時守様? 】



 と、外に待機していた筈の斑尾の声が聞こえた。
 振り返れば、そんな斑尾の背後には時守が連れている妖達全員が集まっている。



【凄く良い匂いがするもんだから全員来ちまったんだけど…】

「…外に出るぞ。」



 父親が来て安心したのだろうか、眠ってしまった双子を抱えて黒曜達と共に城の外へ。
 それからも父と…私は随分と苦労した。宙心丸の力を抑え、他人を巻き込まないために。



「おぎゃあ、おぎゃあ…」

「ん…、よし、宙心丸…」

『良いよ、父様。そのままで。』

「…え」



 宙心丸を城から連れ出し、妖達を交えて育てること…わずか1週間。
 黒凪は既に3歳ほどの姿になり、言葉を流ちょうに話し…宙心丸の力を退ける術を持っていた。
 時守が驚いたように斑尾や白尾に目を向ける。彼らから見ても、宙心丸だけでなく…黒凪も十分に奇妙な人間だった。



「(いや、この子は…この2人は、人間なのか?)」

『…安心して、私の魂蔵はこの子の様に命は吸い取らない。それに、無意識に力を放出することもない。』



 ただ、力がある土地から吸い取るだけ。
 でもそれを無意識のうちにやってしまうのも今日まで。
 腕の中でぐずる宙心丸を見下ろし、黒凪が徐にその、邪気に包まれた顔に手を伸ばし――雲を払うようにして邪気を取り払った。



「!」

「う…?」

『この子の目は父様だね…。』



 そう言って、黒凪は月影と同じ黒い瞳を時守に向けた。
 ただ一つ月影の目と違うことと言えば、その冷たさだろうか。
 そこの見えない真っ黒な穴の底をその目に宿したような、そんな暗い瞳。
 ――時守は、のちに斑尾に聞いた。偶然にも時守が眠っている間…彼だけは見ていたらしい。
 黒凪がどのようにして1週間のうちにそれほどまでに成長したのか。



【時守様…あれはもはや、人とは言えない代物だとアタシは思うねえ。】



 土地の力を吸い取って、ミシミシ音を立てて体を成長させてさあ。
 それに加えて、言葉や経験…世界のこと。全てをその体に蓄えていた。



「――その時のこと、覚えてるのか?」

『うん。とにかく私は宙心丸に殺されてしまうと怯えていたから。だから必死に1週間の時をかけて力を集め、自分に使った。』



 言葉を覚えて父とコミュニケーションを取る方法を学び、世界の情報を受け取り…。
 そして父が纏う絶界を読み取り、宙心丸の力から自身を護るための膜の作り方を学んだ。
 そうして父と共に宙心丸を順当に育てていたある日…事件は起こった。



「――姉上! 時守が街に出るそうだ! 共に行こう!」



 今でも覚えている。
 この何も知らない子供は、私が何を知っているのか…何を考えているのか。
 そんなことを知ろうともせずただ無邪気に笑って。
 私がどれだけこの世界を恨んでいるのか、知りもせず。
 しかしそんな宙心丸が自身がこの世界には存在してはいけない存在なのだと、それに始めて感づいたのはなんでもない昼下がりだった。



「だから箱から出てはならぬと言ったのです!!」



 この時、時守はすでに宙心丸に父親として接することを辞めていた。
 それを見て黒凪もそれとなく父の考えを読み取り、それに従っていた。
 黒凪は水分を抜かれたように枯れ果て倒れた人間の間を縫い、時守と宙心丸の元へと向かう。
 時守はそんな黒凪を見ると、焦ったようにその手を掴み引き寄せた。



「姫様、早く…!」

『…。』



 力強く握られた自身の手首を見下ろし、その手を振り払って黒凪が宙心丸の頭に手を乗せる。
 そして宙心丸の力を吸い取れば、目に見えて溢れ出していた宙心丸の力が収まった。
 黒凪が手を離せば、それを掴んで宙心丸が黒凪と時守に目を向ける。



「や、やはりわしの所為か…?」

「っ!」

「わしの所為で皆死んだのか?」

「ち…違います! これは、…これは病です! 原因不明の病が流行っており、殿が怖がってはいけないと…!」



 この時にはすでに分かっていた。
 時守は宙心丸を護りたいだけなのだと。
 私はその手助けをする為だけの存在で、宙心丸を彼と共に生涯守り続けていかなければならない存在で。
 それが、私なのだと。



「――…っ」

『良守君?』

「そんなの、理不尽だ…!」



 宙心丸も、お前も! 全部…何もかも、周りにあるのは理不尽なことばかりだ。
 そう言って目に涙を浮かべる良守に黒凪が微かに目を見開く。



『…いや、そんなに思いつめるほどの事じゃあ…』

「思いつめることほどのことだよ!」

『でも、もう辛さなんて覚えていないんだ。昔からだし…』

「それがおかしいんだって!」



 お前、時守に心を殺されてる。
 そう声を震わせて言った良守に黒凪が目を見開いて固まった。
 そんな中、時守が音もたてずに降り立ち、それを見た良守が拳を振り上げる。
 しかし霊体の彼にその拳が届くはずもなく、時守は自身の顔元を通り過ぎた拳に目を向けるだけ。



「お前、いい加減にしろよ…!」

「僕に怒りをぶつける君の気持ちは痛いほど分かっている。だけどどうか分かってくれ。此処で止まるわけにはいかない。」

「なんで今なんだ⁉ どうせ、母さんが家にロクに帰ってこなかったのもあんたが関係してるんだろ⁉」



 良守の言葉に時守が小さく頷いた。
 


「確かに、守美子さんには早い内から協力をお願いしていた。だから君の元にもロクに帰ることができなかっただろう。なにせ、何年も黒凪を探すために全国を走り回っていて貰ったからね。」



 私は…我々はずっとこの時を待っていたんだよ。良守君。
 その言葉に良守の鋭い眼光が時守を貫いた。
 


「400年もの間、君ほどあの子に気に入られる術者…共鳴者を。そして黒凪にそぐわないほどの才ある術者を。」



 黒凪、守美子さん。この2人の技術と、宙心丸の力を存分に引き出せる共鳴者の良守君。
 この3人が居れば…あの子の完全封印はきっと上手くいく。



「確かに宙心丸の封印が大切なのは分かる。世界の為にも…あんたの為にも。けど、あまりに犠牲を生み出しすぎじゃないのか。」



 こんな方印なんてシステムつくって、今まで何人の結界師が兄貴みたいに負い目を感じて居場所を失ったと思ってる⁉
 母さんがいなくて、利守だって、父さんだってずっと寂しかったんだ!
 時音だって烏森を護るために毎晩駆り出されて、怪我だってして…!



「分かっている。あまりにもたくさんの人に迷惑をかけてきたことは。」

「…っ、」



 良守が強く拳を握り、時守に背を向けて言った。



「…俺が絶対に宙心丸を完全に封印する。…もうこんなのは、俺の代で終わりだ。」

「――姉上ー! あーねーうーえー!」

『…はいはい。』



 宙心丸の元へと黒凪が向かっていく。
 …だから。
 そんな黒凪を横目に続けて良守が時守に向かって言う。



「完全に封印を終わらせたら…黒凪を解放しろ。」

「…。それはどうだろうね。」

「あ?」

「私は常々分からないんだ。…黒凪は宙心丸ほどの異常性を抱えてはいないが、逸脱していることに変わりはない。…あの子もこの世界には居てはいけない忌み子なのかもしれない、と。」



 そう言った時守に良守が固まった。



「…まさか。」

「ま、とにかく…もしも黒凪を救いたいと願うなら修行に集中することだ。いいね。」

「…上等だ。やってやるよ。」



 時守が小さく微笑み、宙心丸の元へと向かっていく。
 良守は屋敷の屋根の上からそんな時守と黒凪を見下ろし、息を吐く。
 そして覚悟を決めたように空を見上げた。


 
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