Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


≪――え、本当にこっちを手伝って大丈夫なのか?≫

『うん。烏森を裏会総本部がある覇久魔に封印することになったから…結局日永殿に裏会を奪われたままだと前に進めないからね。』

≪…そっか、分かった。じゃあ早速だけどいつものカフェに来てもらってもいいかな?≫



 ちょうど君に連絡を取ろうかと思案していたところなんだ。
 そんな風に言った正守に小さく微笑んで限達を置いて1人正守の元へと向かう。
 そしてカフェの前に立つ正守を見て眉を下げる。



『ふふ、酷い顔だね。』

「此処まで忙しくなるとね…」



 黒凪が徐に背伸びをして正守の頬に手を伸ばす。
 それを見た正守が徐に背を屈めると、意図も簡単にその手が彼の頬に触れた。
 途端に彼の顔色が幾分か回復し、そしてちらりと正守が己の右側に視線を寄こす。



「…何してるんです? こんな公衆の面前で。」

「ちょっと体力補給をね。」



 黒凪もそちらに目を向ければ、怪訝な顔をした七郎が立っている。
 そんな彼を見て正守の頬から手を離しかけた黒凪の手を正守が掴み取り、背をかがめたままで七郎に微かな笑みを向けた。



「来てくれたということは…一緒に総帥を叩きに行ってくれるってことで良いかな?」

「…。ええまあ。あなた方には急がなければならない理由があるみたいですしね。」

「それは君も一緒だろ?」

「…まあ。」



 歯切れが悪い七郎にふ、と笑みを深めて正守が黒凪から手を離す。
 そして人気のつかない路地裏に入ると、七郎の風に乗って空へと浮かび上がった。



「取りあえず龍仙境ですよね。アポは何時に?」

『特に何も伝えてないから、気にしなくていいよ。』

「え。…急に行くと怒るんじゃ…、竜姫さんですよね? 会いに行くの。」

『大丈夫。風神雷神には負けたことないから。』



 そんな黒凪の言葉に肩を竦める七郎を横目に正守が「ああ、」と口を開く。



「あれだっけ、扇二蔵と竜姫が昔暴れまわってたとか言う?」

『うん。性懲りもなく烏森の方へも向かっていったものだからね。』



 その後何度かリベンジされて…で、結局顔見知りみたいになったというか。
 リベンジしたんだ…。と七郎と正守の考えが一致する。
 ブイブイ言わせてたそうだし、怖いもの知らずだったのだろうか。



「…ちなみに昔の父ってどんなだったんですか?」

『んー…、今で言う捻くれたヤンキー?』

「…。ヤンキー…うーん。」



 全く想像がつかないのだろう、七郎が腕を組んで小首を傾げる。
 そうこうしているうちにも目的の地に着いたらしい、七郎が進む勢いを緩め竜姫を探すように周りを見渡した。



「着きましたけど…何処だろう?」

『ごほん。…竜姫ー!』

「そんな呼び方で来るわけ…」

「はいはーい。」



 来た…、と正守と七郎の考えがまたシンクロする。
 竜姫はひらひらと手を振りながら現れると、黒凪の背後に浮かぶ正守を見て目を細める。



「あら。まーた黒凪のお気に入りの墨村クンじゃない。何、彼があたしに用事?」

『まあ、そんなところ。』



 気を利かせたように七郎が正守と黒凪を地面に降ろし、竜姫も地面に足をつける。
 そして真剣な面持ちで竜姫の元へと向かう正守を無表情に見上げた。



「…今のこの状況を変えたいと思っています。裏会をあのままにはしておけない…。」

「それであたしに手伝えって? …あんた、夢路がやられた時も1人だけ無事だったんだってね。」



 総帥相手に何も出来なかったくせに役に立てるわけ?
 鋭い竜姫の言葉に正守が静かに頭を下げた。



「手伝わせてほしい気持ちはあるが…俺の力が不要と言うならそれでも構いません。…裏会を、救って欲しい。」



 その言葉に竜姫が微かに目を見開き、黒凪に目を向ける。
 おそらく思っていた反応を寄こさなかった正守に驚いているのだろう。
 確かに我々結界師は心内を見せることはあまりないし、竜姫からしてみれば生意気で不愛想な新米結界師程度に思っていたはず。
 でも正守は状況を冷静に判断し、最善を尽くせる賢さがある。それは、力に恵まれた正統継承者にはできない芸当だと言えるだろう。
 ふう、と息を吐いた竜姫が静かに正守の肩に手を置き口を開いた。



「わかった。ゴメン、きついこと言って。正直見直した。」



 竜姫の言葉に正守がばっと顔を上げる。
 そんな彼の目に飛び込んできた竜姫の表情は今までのもののどれよりも優しいものだっただろう。



「元々あたしも総本部襲撃前から今回の件に対して動こうとは思ってたの。でも必要な駒がいまいち集まらなくてねー。」



 君と七郎が来てくれるなら動き易くなるかな。
 小さく笑ってそう言った竜姫に正守が安心した様に眉を下げた。
 その顔を見た竜姫はくす、と笑うと正守に背を向けぐっと体を伸ばす。



「さーて、じゃあ鬼姫ちゃんを呼んでメンバーは確定かな。」

「鬼姫…鬼童院ぬらか…!?」

「あら、あんたもあの子を仲間にしようとしてたクチ?」



 小さく頷いた正守に黒凪と竜姫が困った様に笑い、竜姫がすぐに「ムリムリ」と手を横に振る。



「あの子もかなり臆病だからねえ。あたしもあの子の心を開くのに50年掛かったわぁ。黒凪はどれぐらい?」

『さあ…。どうだろう。そもそも心を開いているのかね。』

「なーに言ってんのよ、あの子あんたのこと結構好きだって。…ま、あの子に関しては若造が頑張ってもどうにもならない問題だあね。」



 ケタケタと笑う竜姫を横目に黒凪が徐に携帯を開いた。
 連絡は無い為封印の方は大きな動きは無い、か。
 携帯を見る黒凪に近付いた竜姫は彼女の顔を覗き込んだ。



「何、忙しいの?」

『ううん、今の所は大丈夫。』

「そか。んじゃあ今晩ここでメンバー召集があるから、このままゆっくりしとけば?」



 そう言って歩き始める竜姫に3人もついて行く。
 正守は逸る気持ちを抑える様に胸元を抑えた。






























 そうして会議も滞りなく終わり、大体の裏会襲撃のタイミングを定めて今回は皆解散することに。
 参加していたぬらが静かに立ち上がり鬼たちと共に帰っていく様を見送り、黒凪、七郎、正守の3人も建物の外に出た時。
 3人を待ち構えていた人物に黒凪と七郎が足を止め、怪訝に正守がそんな二人に目を向けた。



「黒凪、こちらは…」

『ああ、正守は初めて会うのね。…父の間時守。』

「「え?」」



 正守と七郎の声が重なる。
 そして何も言えず時守を見つめる正守の隣で七郎が徐に口を開く。



「黒凪さんのお父様だとは…驚きました。…嵐座木神社襲撃の際には忠告をありがとうございました。…結局、事は良いようには進みませんでしたが。」



 笑みを張り付けるようにしながら言った七郎を横目に正守が右手を握りしめ、なんと声をかけてよいか分からない様子で黒凪に目を向けた。
 黒凪はそんな正守を見て眉を下げると時守に目を向ける。
 そんな視線を受けた時守は笑顔を正守に向けた。



「君は守美子さんのご子息の正守君かな? 良守君から話は聞いているよ。」



 その言葉に正守も時守に目を向け、そして七郎がした様に笑顔を貼り付けて口を開いた。



「…こちらも、黒凪から色々と聞いていますよ。」



 正守の言葉に時守が目を細める。
 そして正守と七郎の2人に目を向け、徐に口を開いた。



「良守君から頼まれていてね。私たちが作った烏森の因果に縛り付けられていた君、正守君と…」

「…」



 時守の目が正守につい、と向き、そして七郎に向けられる。



「黒凪の大切な友人である扇七郎君に全てを話してくれ。と。」

「え、良守君って…嵐座木神社を守ってくれた彼ですか?」



 頷いた時守に七郎が怪訝に小首を傾げる。
 確かにあの襲撃時、黒凪さんは僕と一緒にいたけど…わざわざ間時守を使わせて僕に…?
 そんな七郎に時守が細くするように口を開いた。



「まあ、一度良守君の真界に入っているから…色々と見抜かれてしまったのではないかな。」

「え”。」



 時守の言葉に不自然に動きを止めた七郎。
 そんな七郎に笑顔を向け、時守が主に彼に向けて話し始めた。
 烏森が何なのか、黒凪と自身が今、何を目標に動いているのか…。
 もちろん、肝心な部分は多少省いて。



「――と、いうことでね。」

「…。」



 数十分後に終わった時守の話を聞き終わった七郎は絶句していた。
 というより、黒凪にかける言葉が見つからなかったのかもしれない。
 そんな七郎の反応を予想していたように見ていた時守は冷静な正守に目を向ける。



「…随分と冷静な反応だね。黒凪からあらかたは聞いていたのかな。」

「…ええ。まあ。」

「本当に今まですまなかったね。」



 そんな時守の謝罪にちらりと目を彼に向け、正守が目を逸らして言う。



「別に気にしはしていません。」



 その言葉に時守が微かに目を見開き、黒凪が正守に目を向ける。



「貴方が作ったこの…切磋琢磨するように仕掛けたまじないでしたっけ。其処の部分は黒凪のおかげでもう吹っ切れたので。」



 薄く笑みを浮かべて己の右の手の平を見下ろし、そう言った正守に時守が眉を下げる。
 そして安心したように言った。



「よかった。やはり君は我々とは違う。」



 眉を下げて言った時守に正守の目が向いた。
 我々。その言葉には黒凪も入っているのだろうか。
 ふとそう思った。



「君は私ほど愚かじゃない。…君は周りの人間を信じる事が出来る。」



 そんな君に私が教えられることなど少ないが、一つ伝えるとするならば。
 そう言って微笑んだ時守に、七郎もやっと彼に顔を向けた。



「世界を恨むな。…ただ、それだけだ。」



 それを聞いて正守も、七郎も心の中で嘲笑した。
 誰が何を…誰の前で言っているんだか。
 まずはあんたの目の前に立つ…自分の娘にそれを言ってやれよ。
 少なくともあんたより黒凪の方がそれを知っている。そしてそれを教えてくれた。


 
 
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