Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


 そうして七郎や正守たちとも解散して次の日に。
 黒凪は騒がしい屋敷の様子に頭までかぶっていた布団から顔を出した。
 するとタイミングを見計らったかのように閃が襖を開く。



「よ。起きたか?」

『おはよ…。…誰か来てる?』

「雪村が良守の服とか届けに来てんだよ。」

『…あ、そーなの…』



 会いに行かねーの?
 閃の言葉に布団に入りながらもぞもぞと動く黒凪。
 するとまた襖が開けられ、黒凪は眠る布団の側で胡坐を掻いていた閃が振り返る。
 襖を開けたのは限だった。



「…雪村が、会いたいって。」

「誰に?」

「お前等と…あと火黒。」

「…そういや火黒は何処に…」



 キャー!
 そんな時音の悲鳴が屋敷に響き渡る。
 続いてどんがらがっしゃーんと何かが落ちるような音と「お前時音に何をー!」と言う良守の声。



「…うん。良守たちのとこだな。」

「そうだな。」



 閃と限が徐に黒凪を見下す。
 あとは黒凪を連れていけば良いだけだが…。
 以前もぞもぞと布団の中で動くだけの彼女に閃が改めて口を開く。



「おい黒凪。雪村が会いたがってるってよ。」

『んー…眠い…』

「はー。限、悪いけど。」

「あぁ」



 布団を引っぺがし黒凪を背に乗っけて階段を下りていく限。
 閃も布団を軽く畳むとその後をついて行った。
 そうして3人で時音と良守が居る部屋に入ると案の定、時音をからかった様子の火黒が部屋の隅でにやにやと笑っている。
 振り返った時音に限が背中に乗る黒凪を見せるように背中を向けた。



「連れて来た。」

「あ、寝てたの!? ごめん、起こしちゃって…」

「いや…もう随分と寝てるから、起こそうと思ってたところだ。」



 おい黒凪。
 そう言って軽く体を揺らした限に黒凪が薄く目を開き、あくびを一つ。
 そして限の背中の上で体をぐっと伸ばした彼女は髪を手櫛で整えながら時音に目を向けた。



『おはよう時音ちゃん。こんな辺鄙な所までよく来たね。』

「ううん…、私こそごめんね。まさかまだ寝てるとは思っていなくて…。」

『昨日も会議だとか色々あって夜遅くまで出かけてたものだから。』

「そうなんだ…」



 心配げな表情で黒凪を見つめる時音。
 そんな彼女の目を見返して、黒凪が小さく微笑んだ。



『時音ちゃんの方はどう? 空身は?』

「とりあえず出来るようにはなったの。…後は覇久魔の主を説得出来るかどうか。」

「ああ…、宙心丸を封印する覇久魔の今の主の説得役って雪村なんだな。」

「うん。」



 すげー、大役だな。
 そう感心した様子の閃に対して不安げに頷く時音。
 確かに彼女も正統継承者ではあるが、間近で良守君の天才っぷりを見ていると…自身をなくすのも頷ける。
 それに覇久魔は数ある神佑地の中でも最上級。それが余計に彼女の不安を煽るのだろう。



『良ければこれを持って行って。私の式神なんだけれど…』

「え…、いいよ、私自分で頑張るし…。」

『うん、もちろん時音ちゃんなら大丈夫だと思うんだけれどね。…覇久魔の主は少し特殊だから。もしもの時のために。』



 時音が徐に式神を受け取り、それを胸元にしまう。
 そんな彼女を見て黒凪が思い出したように「ああ、後もう1つ。」と続けた。



『覇久魔の主の名前はまほら様。見た目は端正な顔をした美少年っていう感じだからね。』

「え…、会ったことあるの!?」

『遠い昔に一度だけ…裏会を創設する際に。』



 でもそんなに心配することはないよ。
 まほら様は寡黙でおとなしいから。
 ただ…無理に眠りを妨げてしまうと不機嫌になるから、慎重に異界へと進むこと。
 そう言った黒凪に時音が真剣な顔をして頷いた。






























 そうして時音も屋敷を後にし、良守はいつものように修行に明け暮れる中、
 夜になり集まり出した妖達を倒していた閃、限、そして火黒。
 そんな彼らを見守る黒凪の傍に時守が音もなく現れた。



「――…裏会奪還の決行日は明晩だそうだ。」

『そう…竜姫から連絡があったの?』

「ああ。必然的に封印も明晩となる。…覚悟はできているね? 黒凪。」



 小さく頷いて黒凪が妖達を退治する為に走り回る3人を見て、微笑む。
 その様子を静かに見下ろしていた時守が屋根の上によじ登ってきた良守に振り返った。
 そんな良守の背中には宙心丸が張り付いている。



「明日の予定についてちょっと話したいんだけど…。」

「ああ、勿論だ。…丁度妖の方もあらかた片付いたようだし、最終確認といこう。」



 そう言っている間にも黒凪の傍に既に限達3人が集結していた。
 そして彼らも決行が明晩であることを聞くと、閃と限が緊張の面持ちを浮かべる。
 そんな中、宙心丸だけがわくわくした様子で口を開いた。



「ついに明日、戦があるのだなっ!」

「…ああ。楽しみにしとけよ、宙心丸。」

「うむ!」



 良守が宙心丸に笑顔を向け、改めて時守と黒凪に目を向ける。
 時守も宙心丸に笑みを向けると黒凪に向かって口を開いた。



「姫様は明日、まずはどちらにいらっしゃるご予定で?」

『正守たちといるようにするよ。まずは彼らと一緒に裏会を奪還して、それから封印に向かう。』

「承知しました。…丁度迎えも来たようですしね。」



 そんな時守の言葉に小さく笑い、遠くからこちらに近付いてくる小さな竜巻に目を向ける。
 竜巻の中から姿を見せたのは七郎だった。



「明日の最終確認にメンバー召集が掛かってますけどどうします? 来るなら一緒に行きますけど。」

『ありがとう、一緒に連れて行ってくれる?』

「はい。」



 ふわっと浮かび上がった黒凪に限達の目が向く。
 その視線を受けて黒凪が徐に口を開いた。



『裏会奪還はあんたたち無しで行ってくるよ。…万が一にも総帥に操られると、私の気が散ってしまうから。』

「姉上がわしと一緒にいられぬのは悲しいが…限と火黒がおるならば良しとしよう!」

「え、俺は?」

「閃も特別に許してやろう!」



 そんな宙心丸たちのやり取りを微笑ましく見守り、黒凪が七郎に目を向ける。
 その視線を受けた七郎が黒凪を連れて飛び上がり、招集場所へと急いだ。





























「それじゃあじゃあ最終確認だけど。」



 集まった鬼童院ぬら、正守、七郎そして黒凪の顔を見渡して竜姫が口を開いた。



「総帥討伐の決行は明晩。…決行の数十時間前から私と七郎で一般人を遠ざけるために嵐を巻き起こすわ。決行はその嵐が止んだ後。」

『物理的に総帥に近付いていくのは私と正守と…それからぬら達でいいんだよね?』

「ええ。あんたたち3人は総帥の精神支配が聞かないからね。」



 結界師である黒凪と正守、それからぬらが既に支配している鬼たちは総帥の支配を受けない。
 主に黒凪とぬらが操られた扇一族の人間たちを相手取り、正守は一人総帥である日永の元へと一直線に進んでいく。



『以前にも言ったけれど、日永殿が憑代としているのは遠(えん)という黒髪の少年で、これまでの神佑地狩りの力を蓄えているのはその妹である遥(はるか)という少女。』



 今回の戦いに参加している子供なんてこの2人ぐらいだろうから、見つけるのはたやすいはず。
 そんな黒凪の言葉に正守が静かにうなずいた。



「それから…烏森の件だけど。」

『うん。』



 静かに切り出した竜姫にかすかに目を見開いて正守が黒凪に目を向ける。
 黒凪はその視線を受け、説明をするように口を開いた。



『総帥を討伐した後の裏会はぬらや竜姫が中心になるからね…土地のことも明確にしておかないといけないから。』

「そういうコト。…で、改めて確認になるけど。」



 烏森を覇久魔に移し、覇久魔の主を…嵐座木神社に移動するということで良いのね?
 そんな竜姫の言葉を受けて返答を返したのは黒凪と、それから七郎だった。



「はい。」

「七郎…あんたほんとにやるの?」

「ええ。なんて言ったって黒凪さんからの直々のお願いですから。」

「全く…此処にいる全員に言える話だけど、危ない橋を渡るわよね。」



 とにかく、皆明日は気を引き締めてかかること。
 そこまで竜姫が言ったところで、裏会の方で一瞬だけ跳ね上がった力に全員がばっとそちらに顔を向ける。



「今のは…裏会…?」

「…いや、というよりは覇久魔の方って言った方がいいかしらね。」

『(…ああ、始まったのか。)』



 正守と竜姫がそう呟き、1人納得した様子の黒凪に目を向ける。



『多分うちの結界師が1人…覇久魔に侵入したんだろう。鞍替えの説得でね。』

「まさか、時音ちゃんが?」

『うん。』



 そうか…
 そう言って心配げに再び裏会の方へと目を向ける正守。
 黒凪も同じようにすると、徐にその目を細めた。



『(ただ、この感じはまほら様じゃない…。やっぱり出てきたか。)』






























「まほら様! この土地を頂きたいのです、話を聞いてください!!」

【………】

「まほら様…!!」



 暴れるように溢れ始める力を空身で受け流しながら、何処にいるかもわからないまほらに向けて叫ぶ時音。
 そんなことが怒っている異界の真上に位置する裏会の総本部の中で眠っていた日永が暴れ始めた土地の力に薄く目を開き、起き上がった。
 そして周りを見渡し目を細める。



「(…遥が居ない)」



 身の回りの世話をしていた筈の水月の姿も同様に見当たらず、徐に立ち上がる。
 窓の外を見れば既に朝になっているらしい。しかしその天気はとても晴天とは言えないもので。
 日永の能力に支配された能力者達は外に降りしきる豪雨に打たれながら無表情に本部の中を巡回していた。
 外に降りしきる雨が落ちる音を聞きながら、とある部屋に遥と共に閉じこもっている水月がぽつりと呟いた。



「――本当にこれで良いのかしら。」



 そんな水月に遥を見ていた零号が振り返る。
 そして彼が持つその瞳を見た水月は目を伏せた。
 その様子に薄く笑った零号が徐に彼女に近付き、その肩を掴んで顔を上げさせる。



「日永を止めたいんだろう? ならば俺のいう通りに動け。」



 そう言ってうすら笑いを浮かべた零号の瞳は、月久のものに酷使していた。


 
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