Long Stories

□世界は君を救えるか
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  裏界への一歩


 一方、裏会総本部の中にある異界…覇久魔の最深部。
 時音は既に何時間も走り回り、まほらを探し続けていた。
 外の様子や時間はもはや分からないが、良守たちも既に宙心丸の封印の大詰めへと進み始めているはず。
 それなのに、自分がまほらを説得できなければ何もかもストップしてしまう。
 そんなプレッシャーの中、時音がついに動かし続けていた足を止め、痛む喉から声を絞り出す。



「…まほら様ぁ…!」



 すると、ついにその声に反応が初めて帰ってきた。
 しかしその言葉は時音が予想したどの言葉とも違っていて。



【――呼べ。】

「っ?」

【俺と話しをしたくば…あの娘を呼んで来い。】



 あの娘…?
 聞き返した時音に声が静かに答えた。
 その名に目を見開いた時音ははっと胸元に入っている式神に手を伸ばす。



【――…間、黒凪。】

「え…」

【何百年も昔に…一度眠りを妨げられた事がある…。】



 あの娘はお前よりよほど此方に近しい奴よ…。
 その言葉を聞いて時音が迷わず胸元にある式神を握りしめ、そちらに向かって口を開いた。



「黒凪ちゃん――!」


『!』



 黒凪がぴく、と肩を揺らし顔を上げる。
 そんな黒凪に隣に立っていた正守が彼女の顔を覗き込んだ。
 


「黒凪?」

『…時音ちゃんが呼んでる。』



 薄く光る式神を胸元から取り出し、黒凪が空を見上げる。
 すでに竜姫と七郎が巻き起こしているこの嵐はゆうに5時間ほどこの裏会総本部付近に停滞している。
 恐らく警報が既に出され、周辺に住む人々はここら一体を離れていることだろう。



「行きなよ、黒凪。時音ちゃんが君を呼ぶってことは、覇久魔の主の説得に難航してるんだろ?」

『…すぐに戻るからね。』

「うん。」



 途端にまばゆい光を起こし、黒凪の式神が彼女を包み込んだ。
 そうして姿を消した黒凪を見送り正守が先ほどの彼女と同じように空を見上げる。
 もう日が落ちかけていた。



『――来たよ、時音ちゃん。』

「黒凪ちゃん…!」



 黒凪が時音の顔を見て眉を下げる。
 額には汗がにじんでいた。
 随分と走り回ったことが見て取れる。



【――…あぁ、来たな】



 そして耳に届いたその不思議な声に2人が振り返ると、そこには髪の長い美しい少女の様な姿をした存在が浮かんでいた。



「(この人が…まほら様…? 美少年というよりは、美少女って感じだけど…)」

『お久しぶりです。…そろそろ起きるべきでは?』

【…いや…まだだ…】



 まだ俺が手を下すには早過ぎる。
 淡々と言った目の前の存在に黒凪が目を伏せた。



【――覚悟は?】

『出来ています。』

【…なら良い。お前が現れたと言う事はその女が言っている事も強ち間違いではないのだろう…。】



 恐らく封印のことを言っているのだろう、黒凪が小さく頷いた。



【結局随分と時間を費やしたな…。】

『…ええ。』



 眉を下げてそう応えた黒凪が時音をその場に座らせ、その頭をぽんと撫でる。
 そんな黒凪達には目も向けず、そこに浮かぶ存在が上の方に目を向けながら口を開いた。



【… "上" の鎮圧に行け。】



 この真っ暗な空間に響き渡るような不思議な声。
 そんな声でそうとだけ言い黒凪に目を向けた存在は次に時音に目を向け、黒凪をこの空間から吐き出すように彼女の背後に入り口を作り、彼女を押し出した。



【俺はそこの女ともう少し様子を見る。】

『…はい。』



 そうして黒凪がこの異界から吐き出され、時音が改めてそこに浮かぶ存在に目を向ける。
 黒凪とその存在が交わしていた会話の意味を考えながら――。た。






























「全く…! 零号も遥も、水月まで何処へ行った…!」



 苛立った様子で屋敷の中を歩き回る日永。
 そんな彼が通り過ぎた廊下に吐き出された黒凪は振り返った日永の視線から逃れるように壁に隠れる。
 そうして何も言わずに去っていった日永に息を吐き、黒凪が徐に正守に電話をかけた。



≪っ、もしもし?≫



 電話口から破壊音のような音が聞こえてくる。
 やはり既に開戦したらしい。



『異界への入り口は見つかった?』

≪いや、まだ…≫

『複数ある建物の内、中央に立つ建物の中に宝物殿がある。その天井画が異界の入り口だから。』

≪っ、わかった。黒凪は今どこに?≫

『もう異界の中だよ。早くおいで。』



 黒凪の言葉に「わかった」と返して正守が通話を切る。
 そして携帯を仕舞い、壁を通り抜けながら日永が探していた水月たちを探しまわる。
 そうして黒凪は日永よりも先に彼女らの居場所を見つけ出した。
 黒凪がその部屋に入り込んだ途端に怯えた記録室特有の瞳が黒凪を映し、奥のベッドで眠っている遥を護るように立ち上がる水月。
 そんな水月に黒凪が眉を下げた。




『…水月様。』

「っ、」



 水月と遥に近付こうとすると、水月が目を見開き一気に邪気が溢れ出す。
 黒凪を近付けまいとしているのだ。
 その様子に目を細め、黒凪が足を止める。



『…水月様、外に出ましょう。』

「…え」

『そろそろ日永殿の命も尽きる頃です。…貴方はあの人の側に居なければならない。』

「…そう、貴方はあの人から本当に全てを教えて貰ったのね…。」



 眉を下げ、泣きそうな顔で言った彼女に黒凪が微かに目を見開いた。
 …思い出されたんですか。
 黒凪の言葉に水月が小さく頷いた。



「なんて惨いことを、私はあの方にしてきていたのかしら。」

『…貴方のお人柄は、それとなく分かっているつもりです。今回日永殿から離れたのは彼を助けるためですね。』

「…ええ。…月久様に言われてこの部屋に。」



 月久。その名前に黒凪が目を見開く。



「月久様は零号を乗っ取っています。恐らく零号が月久様の前の憑代の体を破壊した時…」

『(あの時に…?)』



 全く気づけなかった。
 やはりあの人はあれでも相当上位の術者…生き延びていたのか。



『来てください、水月様。』

「でも私は…」

『日永殿は月久殿が生きていることに気づいていない。』



 このままでは。
 苦い顔をして言う黒凪に水月が目を見開く。
 そして2人で遥を連れて部屋から出た途端、ざわ、と呪力が何処からともなく溢れ始めた。



「この力…」

『遅かったか…』



 黒凪が眉を寄せ、水月の手を取って走り出す。
 そしてもう片方の手を屋敷の壁に這わせ、この異界の中の状況を把握するように黒凪の気配が広がっていった。



『(日永殿は…、!)』



 方向を変え、血を流して倒れている彼の元へと向かう。
 零号…嫌、月久が零号の力を使って剣を具現化させ、日永に向けているのが見えた。



「あの…!」

『月久殿が日永殿に致命傷を負わせたようです。』

「そ、そんな…」

『でも…相打ちが妥当かな。』



 え。と水月の言葉が止まる。
 ザワ、と巨大な呪力が日永から溢れ出した。
 日永殿が月久殿に黙ってやられるなんて…その力の差が許さない。
 


『私は先に行きます。水月殿も急いでください。』

「あ…」



 水月が今まで目の前を走っていた少女に捕まれていた、己の手首に目を落とす。
 きっと壁をすり抜けた方が早いと、…まだ迷う私を足手まといだと、判断したのでしょうね。
 そしてもそ、と動いた腕の中の遥に目を向け、目覚めた遥に泣きそうな笑顔を向けた。



『――日永殿…!』

「…黒凪」



 背中に大きな風穴を空け、項垂れている日永。
 そんな彼の傍には同じほどの致命傷を受けた零号、いや、月久が倒れている。
 日永はそんな月久を前に徐にその力を彼の方へと向かわせていった。



「…私を…殺すのは少し待て…。月久から、記憶を取り戻す…までは…。」

「――な、」



 聞こえた声にはっと目を見開いて振り返れば、そこには先ほど教えた異界への入り口を抜けてきたのだろう、唖然と目を見開いて日永と月久を見る正守が居た。
 当然の反応だろう。倒そうと意気揚々と乗り込んだものの、その対象は既に戦闘不能とは…。
 正守は目元を片手で覆い深いため息を吐いた。



「…なんだよ、結局こんな役回りか。」

「…あぁ、お前は墨村の…」



 お前も私を殺しに来たんだな。
 衰弱した様子で言った日永に「…一応、ね」と墨村が困った様に言った。
 放っておいても死ぬ様な傷だ、胸を張って殺しに来ましたと言える様な状況でもない。



「もう少しだけ待ってくれないか、…月久の記憶を探っている最中だ」

「…そいつはあんたの部下だろ?…まさか逢海月久が乗っ取ったのか?」

「まあ、そんなところだ。此処まで気づけないとは…我ながら情けない…。」



 その言葉を聞いて眉を寄せた正守が静かに日永に近付いた。
 やはり今までそんな風に他人の身体を乗っ取って生きて来たんだな。
 正守の言葉に日永が目を伏せる。
 それを見て正守が続けた。



「お前達のくだらない兄弟喧嘩の所為で何人犠牲になったと思ってる。」

「…。」

「…黙るなよ。お前等の所為で…!」

「お前は自分の異能をどう思う?」



 唐突に返された質問に正守が言葉を止めた。
 ゆっくりと起き上がる日永の背に手を添える黒凪。
 ――お前は、自分の運命を呪った事があるか。
 再び問う言葉に正守が眉を寄せ、黙り込んだ。質問の意図を思案するように。




 私は嫌いだったんだよ。


 (自分の異能が嫌いだった。)
 (…自分の運命が憎かった。)
 (全てが、)
 (全てのものが気に食わなくて。)

 (淡々と紡がれた言葉は)
 (虚しく消えてゆく。)


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