Long Stories

□世界は君を救えるか
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  世界への一歩


【お前、数百年経っても考えは変わらないか?】

『…はい。』



 次々に現れる城や妖、人に神…全て良守が今まで出会ってきたものばかり。
 ついには限や閃、火黒に正守など、私達と同じように真界にいる者たちの姿も。
 その様に宙心丸がとても嬉しそうにはしゃぎ、走り回っている。



『紆余曲折はありましたけど。』

【らしいな。】



 おそらく他の位置にいる眺める者から記憶でも受信しているのか、そんな曖昧な返事を寄こしてくる。
 そして黒凪はそんな眺める者に小さく笑みを浮かべて口を開いた。



『随分と他人事のようにおっしゃりますね。』

【ん?】

『貴方が言うから…』



 黒凪が目を伏せる。
 父も私も、”その気” になったんですよ。
 ――400年前、裏会を創立するため、総本部を立てるために覇久魔の主であるまほらと眺める者が眠る異界へと足を踏み入れたあの日。



《全て "眺めていた”。人間風情が因果なものを生み出したものだ。あの存在をどうするつもりだ?》



 "あの存在" とは宙心丸の事だろう。
 交渉のためにやってきた私と父、間時守は初めて出会ったこの世に存在する説明のつかない存在…眺める者にそう問いかけられ顔を見合わせた。



「…私としましても、今の封印では不完全であることは重々承知しています。どれだけ時間がかかるか分かりませんが…いつか、必ず完全に封印して…」



 そう応えた時守ではなく、眺める者が徐に黒凪へと近付いていく。
 そして黒凪を至近距離で眺めながら、眺める者が重ねて言うのだ。



《ならば ”これ” はどうする?》



 時守が目を見開いて、黒凪に目を向ける。
 黒凪はただただ無表情に眺める者を見つめ返していた。



《お前もこの世界から逸脱した存在…。必要のないものだ。》



 そんなお前はどうする?
 黒凪がちらりと時守に目を向け、その目を微かに見開いた。
 彼の顔が悲しみに歪んでいた為だ。
 そしてその顔を見て黒凪がすぐに目を逸らす。
 今でも覚えている。その時なんと思ったのか。



《…ならば貴方に食われてしまいましょうかね。》



 ぴく、と眺める者が動きを止めた。
 時守も静かに息を飲んだのが分かった。
 ――ああ、駄目だ。私は存在してはいけない存在らしい。あの恐ろしい弟の様に。
 ならば消えてしまわなければ。誰にも迷惑をかけず。…そう、父にも。



《…何故俺が?》

《おや? 貴方は秩序を保つ存在ではないのですか?》

《違うな。俺は眺めるだけだ。》

《本当に?》



 眺めるだけで良いのですか?
 …何を根拠に言っているのか。眺める者は微かに目を細めた。



《貴方の様な存在には…少しでもこの世界を救って頂きたいものです。》



 また細められていた眺める者の目が真ん丸に見開かれる。
 そして次に動いたのは、その口元。
 ゆっくりと持ちあがり綺麗な弧を描いた。



《…良いだろう。全てが終わり――お前の生きる意味が無くなった時。》



 お前の存在ごと全てを食ってやろう。
 それがこの世界の為ならば――。



『…私はね。』

【?】



 眺める者の言葉を思い返し、顔を上げた黒凪は小さく笑ったまま口を開いた。



『ずっと貴方に食べられるものだと思っていましたよ。…でも、違ってよかった。』



 誰かの為に犠牲になるのが最期なら…まだ美徳がありますから。
 静かに顔を上げた。
 空からまだまだ良守が作り上げた大量の妖達などが落ちてくる。
 その様を黒凪と同じように眺めて、それから眺める者は徐に浮かび上がり何処かに消えて行った。
 恐らく真界の外に出たのだろう。



『(今更私が怖気づくとでも思っていたのだろうか。)』

「お姫様。」

『…守美子さん。』



 抑揚のない声に振り返った黒凪は隣に並んだ守美子と共に巨大な真界を改めて見上げた。
 随分と大きな真界を作ったものですね。
 黒凪が言うと「これで心配事はないかと。」そう守美子が言う。



「きっとこれでお殿様も楽しく生きられる…。」

『うん…。』

「――母さん、黒凪」



 良守の声に振り返る。
 未だ無想状態である彼の背後には限、閃、火黒に、正守と七郎も立っていた。
 そんな彼らに微笑み、黒凪が改めて真界に目を映して言う。



『宙心丸の為にここまでしてくれてありがとう。…これであの子はきっと最期まで幸せに暮らせる。』

「…そうかな、」

『うん。…出口の場所分からないでしょ? 案内するね。』



 黒凪の視界に宙心丸の元へと走っていく自分が入った。
 良守が作ったのだろう、その姿を見て眉を下げ歩き始める。
 すると背後で「良守!」と宙心丸が声を上げた。



「こんなに面白き世界は最高ぞ! ありがとう!」

「…っ、」

『ね。』



 眉を寄せ、目を伏せた良守に笑顔を見せる。
 そして数分歩き続け、徐に足を止めると黒凪の前に真っ暗な道がまっすぐに広がっていた。



『この先をまっすぐに進めば外に出られるから。』



 そう言って振り返った黒凪に、全員が堅い表情を向ける。
 その表情に気づかないふりをして――黒凪が守美子に目を向けた。



『それじゃあ私は此処まで。…守美子さん、皆を頼みます。』

「っ、」



 途端に閃がパシッと黒凪の手首を掴んだ。
 そして良守も無想を解き、道を戻ろうとした黒凪の行き先を塞ぐ。



「…もう良いんじゃねーの? 散々自分を殺して宙心丸と時守の為に生きて。自分の好きなようにすれば。」

「そうだよ! こんなのねえよ…! お前がここに残る必要なんてねえだろ!?」

『残る必要があるんだよ。』



 え、と閃が言葉を止める。
 良守も予想外のその言葉に動きを止めた。



「…時守が言ってたような、忌み子だとか、そう言うのだったら、」

『それもあるけど…、』

「ちょっと待ってくださいよ。忌み子?」



 七郎がその表情に微かに怒りを滲ませて言った。
 それはちょっと賛同できないな。と。



「力が大きすぎるからですか? それだけで忌み子?」



 ふざけるな。
 誰がそんな力を望んだんです?
 少なくとも…望んだのは貴方じゃない。



「だからって自由に生きることを許されず、こんなところに残れって? …貴方の父上がおっしゃったんですか、そんなこと?」

「…。」



 七郎の言葉を聞いて彼自身も思うところがあったのだろう。
 限が拳を握り、姿を現さない時守を探すように視線を周辺に巡らせた。



『…そんな風に言ってくれてありがとう。でもね、そこをクリアしても…私はここに残る必要がある。』



 この封印は内側から完全に閉じることで完成するものなんだ。
 この400年の間で何故父様が封印に失敗したか…それはもう確認済でね。
 それは、技術ある術者が内側から封印を完全に閉じなかったため。



『此処に居る人間でそんな芸当が出来るのは…守美子さんか、私か。』



 そこまで言うと全員が絶句し、閃が思わず黒凪の手首から手を離した。
 離れていった閃の手を見送って、黒凪が呟くように言う。



『私はね、生まれた時から世界に拒絶されるような、そんな感覚を感じていた。』



 火黒が言ったように、大きなズレを感じていた。
 それを解消しようとしたよ。でも無理。
 私の存在自体がこの世界に不必要で、寧ろ害だったから。



『此処に残ることは諦めることじゃない。…受け入れることなの。そしてそれが ”正解” だと…私は何百年も前に学習している。』



 …だから私は1人でもがくあんた達を放っておけなかった。
 黒凪の目がゆっくりと限、閃、火黒…正守、そして七郎に向いた。



『生まれた時から選択肢がないことは確かに悲しいことのように思うかもしれない。…でもね、そんなに辛いことでもないよ。私にとっては当たり前のことだから。』



 この世界の理を破壊することなんてできない。
 すべて最初から決まっている。
 それを、私ごときが覆せないことだって…もう分かっている。



『だからね、皆分かって。』



 私は此処に居なければならなくて…この別れは最初から決まっていた事だって。
 それが分かっていたならもっと独りで頑張っててくれよって話だろうけど。



『せめて最期に…私みたいにこの世界に振り回される人達を、自分なりに助けてみたかっただけなんだ。』



 私はその辛さを知っているから。
 それに私には、ありがたいことに人よりも化け物じみた力があったから。だから。
 ぽつりぽつりと話す黒凪に皆口をつぐんだまま動けない。
 …最初に動いたのは限だった。



「受け入れろって言うなら、俺はもうやり方を知ってる。」



 黒凪にゆっくりと近付いていき、彼女の手を限が掴んだ。
 閃が顔を上げ、火黒、正守と七郎も限に目を向ける。
 お前について行く。…お前が行くなら俺も此処に残る。
 限の言葉に黒凪が微かに目を見開いた。



「ずっと護り続けるって決めたんだ。…だから一緒に居る。」

『…馬鹿。もう護る必要だって無くなるんだよ。』

「それでも俺は、…黒凪の為に生きるって決めたから。」



 お前がここから出ないなら、それを受け入れて…俺も残るよ。
 たどたどしく、しかし微笑んで言った限に閃も徐に口を開いた。



「俺だって今更逃げたりしねーよ。…お前が残るんなら俺だって残る。俺だってずっと一緒に居るって決めたんだ。」

『閃、』

【あー…まあ俺も君のトコ以外に行き場ないしなァ…】



 火黒の言葉も聞いて、黒凪が眉を下げる。
 七郎と正守だけは何も言わない。否、言えない。
 彼らには外で待つ人々が居る。残る事なんて出来ない。
 良守も、守美子も何も言わなかった。
 そんな彼らをちらりと見て、黒凪がゆっくりと限を見上げる。



『(…もう入り口も近い。この真界から吐き出してしまうことぐらいは…)』

【――君が居ない世界でどう生きていけば良いか、俺にはもう分からねェし。】



 黒凪の動きが止まる。
 ああ、同じことを遠い昔に思ったことがある。
 あの時は辛かった。それこそ胸が張り裂けそうなぐらいに。
 涙がぽた、と落下した。



『っ、』



 脳裏に沢山の人が過った。
 口元を片手で覆う。嗚咽が漏れない様に。



「…。時間が無いわ。」



 守美子の言葉にはっと目を見開き背を向ける黒凪。
 彼女の手が限と閃の手からするりと抜ける。
 次にその手を焦ったように掴んだのは正守だった。



「…君が居なくなるのは俺だって嫌だよ。…初めて俺を認めてくれた人なのにさ。」



 別れを惜しむ様に紡がれる言葉に更に黒凪の両目から涙が零れる。
 目に見えて揺れ動いている彼女を見て七郎も足を踏み出して、正守と同じように彼女の手を取る。



「黒凪さん、僕は…貴方が此処に残りたいなら受け入れようと思っていました。」



 でもどう見ても貴方はそれを望んではいない。
 貴方は忌まわれてなんていない。
 嫌なことはそうだと言わないと、避けていかないと…それこそ呑み込まれてしまいますよ。



『っ、でも他に封印を完遂する方法なんて…』



 涙ながらにそう言った黒凪に守美子がすっと片手を上げた。
 1つ思いついたんだけれど。
 無表情に言う守美子に全員の目が向く。



「貴方程の力があれば限りなく本物に近い式神を作る事が出来る筈よね。」

『え…』

「ほら、さっき眺める者…だったかしら。彼に力を貰っていたでしょう?」



 あれだけで数十個分の神佑地の力に匹敵するわ。
 それに追加して日本中に散らばった貴方の式神の力を貴方の元へ戻し…それでも足りなければ私達の力を足しにすれば良いじゃない。



「ありがたいことに、貴方にはそれだけの力を蓄える器があるんだから。」



 感情の読めない笑顔を見せて行った守美子。
 確かに理屈では可能だ。
 皆の視線が黒凪に集中する。



「どうかしら。それだけの力を一点に集めた式神なら内側から完全封印を完遂する事は出来そうだけれど。」

「――駄目だ。完全封印にそれは少し危険過ぎる。」



 その声に顔を上げる。
 時守が守美子の隣に立っていた。
 それは貴方もよく分かっている筈だ。
 時守は守美子を責めるような口調で言い、守美子を睨む。
 しかし守美子は目を伏せ、頬に手を当てて言った。



「…確かにそうね。でも私は元から良守や正守の為になれば良いと動いていただけだから…。」



 その言葉に良守と正守が目を見開いた。
 そして守美子が「完全封印もしたいけれど、黒凪ちゃんも残ってほしいんでしょう?」そう言って視線を彼らに投げると、2人とも静かに頷く。
 それを見て微笑んだ守美子に時守が焦ったように黒凪に目を向けた。



「黒凪。分かっているだろう、この封印だけは失敗できない。そんなリスクかけるられるほどお前は…」



 良守が構える。
 それを見た時守が「待ってくれ、」と更に焦った様子を見せた。
 ここは良守の真界の中だ。大方彼に滅されるとでも思ったのだろう。
 しかしその予想とは反して彼の周りにぼんっと煙が起こっただけで。
 その様子に目を見開き、時守が顔を上げた時――良守が時守の頬を殴りつけた。



 
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