Long Stories

□世界は君を救えるか
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  世界への一歩


「ざけんな! いつまで黒凪を縛り付ける気だよ!! 七郎の言う通りだ…黒凪が忌み子な訳がねえだろ、今までコイツが何か悪い事したのかよ!!」



 時守は何も言わない。
 黒凪だってそうだ、なんで自分がこの世に存在しちゃいけないみたいに言うんだよ…!
 その言葉に黒凪が目を伏せたままに応える。



『私は、この世界から逸脱していて。必要のないもので…。』

「だ、誰がそんなこと言ったんだよ…!」

『…眺める者や、土地神達が…。』



 ぐ、と黒凪の答えに閃が言葉を詰まらせる。
 時守も目を伏せ、黙り込んだ。
 七郎さえもはっきりとこの世界に力を持つものたちからそんなことを言われたことはないのだろう、何も言えない様子で立ちすくんでいる。



『きっと私は、生まれた瞬間からこの世界には受け入れられてはいない。それは、(…きっと父様も同じで)』

「違う!」



 良守が言った。
 黒凪と時守が顔を上げる。



「それは絶対に違う…!」



 泣きそうな良守の声に、限達も顔を上げ彼に目を向ける。
 良守はずかずかと黒凪の目の前に向かうと、その手を取って言った。



「お前のこの手で救われた奴が何人いると思ってんだよ! お前に感謝してるやつがどれだけいると思ってんだよ…!」



 自分が受け入れられていないなんて、絶対に言うな!
 世界がお前を受け入れなくたって、俺達が受け入れてんだから…!!
 その良守の言葉に突き動かされるように閃と限が動いた。



「俺だって何度この世界に受け入れられていないと思ったか…! だけどお前が受け入れてくれたから! だから、生きる意味を見つけたんだ…!」

「…お前が言うなら、俺は眺める者にも負けない。…もう二度と、必要ないなんて言わせない。」



 そんな2人の言葉にまた黒凪の頬を涙が伝う。
 その様を見て時守が唖然とし、そして閃と限に続くようにして集まってきた火黒や正守、七郎にもそのまま目を向けた。



「その力が逸脱しているというなら、俺達皆逸脱者だよ。黒凪。」

『っ、正守…』

「君に居場所がないのなら、俺の所で良ければずっと居れば良い。夜行の誰も君を逸脱しているなんて思ってもいない。…君は俺達にとっては普通の女の子だ。それは君だって分かってるだろ?」

【相手が世界だろうが何だろうが、君を異常だと判断する線引きなんてくそくらえだ。】



 断ち切ることが必要なら、俺がしてやるから。な?
 あやすように言った火黒が黒凪の頭を撫でる。
 そして最後に七郎が口を開いた。



「確かにあの世界は残酷だ。好きなものだけが広がるこの世界の方が幾分も心地よいでしょう。…だけど。…戻りましょうよ。黒凪さん。」



 この世界に貴方を思いやってくれる存在は、誰一人としていない。
 外の世界にしか、彼らは居ませんよ。
 黒凪の涙腺が更に崩壊したのかもしれない。
 彼女が顔を覆い、顔を伏せた。



「…良いのかよ、時守。このまま行けばアンタは自分の奥さんも、宙心丸も犠牲にして、…最後に黒凪まで犠牲にするんだぞ…!!」



 父親なら最後ぐらいそれらしくしろよ!
 あんた、ずっと宙心丸の事ばっかりじゃねーか…!!
 その言葉に時守が息を飲んだ。



「黒凪はあんたが思ってる程大人染みてもねえし、強くもねえんだぞ! …あんたは黒凪の父親なんだろ!!」



 だったらちゃんと向き合って、娘の幸せをちゃんと考えろよ!
 っ、と洩れた嗚咽を抑える様に黒凪が口元を抑えた。



「黒凪はこんなに此処に残りたくないって言ってんだぞ…!!」



 時守の目が黒凪に向いた。
 外の世界で作った大切な人たちに囲まれ、その中心で必死に次々にあふれ出る涙を拭おうとしている黒凪に時守が目を細め、目を伏せる。



「…黒凪、」

『っ、』



 涙で濡れた黒い瞳が時守に向く。
 その目を見て、時守が考える。
 ああそうだ。この子の目は月影のものだ。
 長らく正面から見ることをしなかったから、忘れていたなあ…。



「お前が出来ると思うのなら、やってみなさい。」



 私の所為で生まれ持ってしまったその強大な力を――自分の為に使う勇気があるかい。
 誰かを護る為、世界の秩序を護る為…それだけの為だけに奮ってきた力を、自分の為に。
 涙を拭いながら黒凪が震える口を開く。



『あの世界に、戻って良いのかな。…私なんかが。』



 震える声で言った黒凪に時守が眉を下げる。
 ああ、私は今までこの子になんて事を。これほどにまで世界を怯える様になってしまったのは他でもない、私の所為だ。
 …自分で世界を恨むなと言っておいて。



「お前が彼らを信じ、頼ることが出来るのなら…きっと大丈夫だよ。」



 そこまで言って、時守が顔を上げる。
 そしてまっすぐに黒凪の目を見据えて、言った。



「今まで本当に、すまなかった。」



 そう言って立ち上がり、黒凪に背を向けて一言「精一杯やりなさい。」そうとだけ残してその場から時守が消える。
 封印に備えて宙心丸がいる方へと向かったのだろう。



『…っ、よ、よし』



 涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま黒凪が顔を上げ、胸元から式神を取り出した。
 そしてその式神に力を籠めようとして、もう一度だけ確認するように周りの面々の顔を見渡す。
 その視線を受けた彼らは黒凪に笑顔を向けた。
 大丈夫。そう暗に伝えるように。



『(…落ち着け…、失敗は許されないんだから。)』



 黒凪がすうっと目を閉じ、各地の神佑地に残る式神達から一斉に力を引き抜いて行く。
 それと比例して沢山の力が黒凪の元へと集結し始めた。
 空間を歪めるほどの力に守美子と正守が目を細める。



「…大した力だわ。」

「今までこれ程の力を日本各地に放っていたなんて…。驚かされてばかりだよ、全く。」



 全ての力を体に宿し、そして1枚の呪符に集結させていく。
 それでも黒凪の表情は晴れない。
 …封印を内側から閉じる事はかなり高度な技術と力を必要とする。
 しかも良守が作ったこの真界の規模はかなり大きく、術者への負担も少なくはないだろう。



『(これだけ集めても、まだ足りない…)』

「正守。」

「え?」



 守美子が徐に正守の手を掴み共に黒凪の背中に手を添える。
 途端にその力が一気に吸い取られ、守美子と正守が耐えきれずその場に倒れ込んだ。



「か、母さん⁉ 兄貴⁉」

【んじゃあ俺のも。】

「(んー…、妖混じりが2人と良守君が一人居れば僕も運んでくれるかな。) えい。」



 どさどさ、と火黒と七郎が倒れる。
 2人が倒れ込む姿なんて想像すらもできなかったのだろう、閃が「うわあ…」と目を剝いている。
 そんな彼らを見て限も恐る恐る手を伸ばすが、その手を閃がパシッと焦ったように掴み取った。



「馬鹿、お前まで力を抜かれてこんな状態になってみろ、誰が全員運ぶんだよ!」

「あ、あぁ」

『…うん。こんなもので十分かな。』



 黒凪の言葉に顔を上げると呪符には見た事が無い程に力が籠められ、呪符は薄く光を怯えていた。
 あれが普段は目に映ることすらもない呪力なのだとすると、かなりの濃度の力だということになる。
 やがて黒凪が徐に呪符を地面に落とすとぼふんっと煙が現れ黒凪にそっくりな式神がゆっくりと立ち上がった。



「…私は何をすれば?」

『この真界を内側から完全に閉じてほしいんだけれど。』



 黒凪の言葉に「んー…」と顔を上げる式神。
 随分と精密に作られた為か表情も口調も本人に限りなく近い。
 少しげんなりした顔で周りを見渡した式神は黒凪に向き直り「ま、良いでしょう」とため息交じりに言った。



「私に注ぎ込まれた力がこれだけあればこの大きさでも閉じる事は可能です。…但し、レクチャーぐらいはしてくださいね」

『うん。』



 じゃあやりますか。
 背を向けてのそのそと歩き始めた式神。
 数歩進んだところで思い出したように彼女は足を止めると、くるりと黒凪に向き直った。



「…外に出るまで何分ほど必要ですかね?」

『大体3分程かな。』

「了解。…じゃあね。」



 最後に小さく笑って手を振る式神。
 彼女の目は限と閃に向けられていた。
 そんな仕草でさえも本人と見間違う程で、2人は思わず眉を下げる。
 そして空間を歪めてどこかへと消えた彼女を見送り、良守が守美子を、限が正守と七郎を、閃が火黒を担いだ。



『それじゃあ行こうか。』

「…時守ー!」



 歩き始めた黒凪達が良守の声に顔を向ける。
 時守は良守の言葉にこたえて現れることはしない。
 それでも良守は続けた。



「あんたの身体はこの真界の中じゃ実体を持てるようになってる! あと、宙心丸の時間も進ませた! …いつか名乗ってやれよ! いつまでも子供じゃねーんだぞー!」



 黒凪が小さく笑う。
 そして空間に響くような時守の「ありがとう」という言葉に良守も笑った。
 やがて歩き進めること数分、後一歩で出口だというところで黒凪が足を止める。
 そんな黒凪を振り返り、良守がその手を引いた。



「あ! 出てきた!」

「わー! 頭領が倒れてる!?」

「良守! 守美子に何があったんじゃ⁉」

「え、ぼぼぼ坊っちゃん…⁉」



 外に出た途端に夜行の面々や時音たち、七郎の部下などが群がってくる。
 そんな彼らの間を縫ってやってきたのは夜行の救護班で、すぐにぐったりとしている面々の処置に当たり始めた。
 そんな中、黒凪は視線を巡らせ空中に浮いている眺める者へと目を向ける。
 向こうも黒凪に気づくとにやりと笑い、一瞬で黒凪の目の前へとやってきた。



【なんだ、やはり未練があって戻って来たのか。】

『…ええまあ、そんな所存です。』

【ならばどうする、俺に食われるか?】



 その言葉にぐったりとしていた正守、七郎、火黒が反応を示し徐に立ち上がる。
 彼らにはねのけられた救護班が焦ったように声をかけるが、彼らはゆっくりと黒凪の元へと歩いて行った。
 限と閃も同じように黒凪の元へ駆け寄り、眺める者から護るように黒凪の前に出る。
 そして良守も同様にした。



『約束を破る様ですみません。ですが…食われるために出てきたわけではない。』

【…てっきりあの妖混じり共に引き摺られて出て来たかと思えば…。】

『この世界で生きることを決めました。此処でこの命を捨てることはできません。』

【……ふん。やっと生きた人間の顔をしたな。】



 …だがお前の様な巨大な力を持った人間を放ってはおけない。
 ぶわ、と巨大化した眺める者。
 それを見た限が手のひらを変化させ、良守も構えて黒凪の前に立ちはだかった。
 閃も申し訳程度ではあるが爪を伸ばし、眺める者を睨みつける。
 その背中を見て眉を下げ、黒凪も徐に眺める者を睨み、残っている呪力を解放した。



【俺に楯突くか。流石は逸脱者――】



 そこまで言って眺める者が殺気を溢れさせた限と閃に目を向ける。
 そして徐に目を細め、感心したように言った。



【…ほう。お前達ももう只の妖混じりではないらしい。】



 眺める者の言葉に黒凪が少し眉を寄せる。
 そんな黒凪をじっと眺める者が見つめ、小さく笑う。
 そして口元をもごもごと動かし始めた。
 


「う、わ!?」

「!?」



 それを見た黒凪が閃と限の腕を引いて背後に移動させ、ぷっと吐き出された力を絶界で弾いた。
 そしてすぐさま構えた黒凪が眺める者を睨み、真界を繕うとする。
 その様子を見た眺める者は一瞬で黒凪の絶界すれすれに移動すると「まあ落ち着け」と笑った。



【殺す気はない。…俺を信じろ。】



 黒凪が眺める者の意図を図るように彼の目をまっすぐに見据える。
 そして暫しの沈黙ののち、黒凪が徐に絶界を解いた。



「お、おい…!」



 絶界を解いた黒凪に目を見開いた閃が彼女に思わずと言った様子で手を伸ばす。
 それを黒凪が片手で制すると眺める者の手が伸び彼女の頭に乗った。



【喜べ。――昇格だ。】

『…昇格?』



 お前ほどの逸脱者はそういない。
 その力、この世界の均衡を保つ為に奮え。
 眺める者の手に淡い光が集まり黒凪の心臓が大きく跳ね上がった。
 思わず心臓を抑えた黒凪に再び眺める者が口を開く。



【――この世界が滅びるその時まで。】



 膝をついた黒凪を見た閃と限が泣きそうな顔をして黒凪の元へと駆け寄っていく。
 力を大幅に失ってふらふらながらもそれを見た七郎と正守が眺める者を睨み、微かに残った呪力を引き出そうとする。
 しかしそれを制したのは黒凪だった。
 2人を安心させるように笑顔を見せ、その視線を眺める者へと向かわせる。



『…不老不死にでもしたんですか?』

【あぁ。お前を人のままで野放しにしていると色々と面倒なのでな。】



 だったらいっそ、人でなくなってしまえば良い。
 はっと目を見開いて限達を見れば「心配ない」と眺める者が言った。



【お前の魂蔵に共鳴しているその妖混じり共はその寿命も跳ね上がっている。お前のように早々死にはしないだろう。】



 その言葉を聞いた黒凪はゆっくりと眺める者を見上げて小さく笑った。



『…私の為にやってくれたんですか?』

【何かの為になんて不毛な事はしない。…俺達がただ眺めていられる様に駒を作ったにすぎないさ。】



 薄く笑って浮かび上がった眺める者は嵐座木神社の方向へゆるゆると進み始めた。
 一旦まほらの元へ向かうつもりなのだろう。
 黒凪は何度か体を動かし、そして振り返った。



『それじゃあ皆、とりあえず戻ろうか。』



 
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