Long Stories
□世界は君を救えるか
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世界への一歩
≪…それじゃ……閉…ます≫
『…うん。』
随分と声も聞こえなくなった式神に眉を下げて「ありがとう」そう呟く様に言うと式神が最後に小さく笑った気がした。
恐らく術者である黒凪と式神の繋がりが完全に切れた…つまり封印の扉が完全に閉じられたということだろう、ぶつ、と糸がちぎれるような音が1つ。
「黒凪?」
『…あぁ、正守』
不自然に廊下のど真ん中で止まっていた黒凪を見つけた正守がはたと動きを止め、微かに目を細める。
そして今しがた出ようとしていた己の部屋に黒凪を招き入れるようにしながら言う。
「封印はどうなった?」
『ついさっき完全に閉じたよ。…成功した。』
「そっか。」
『…心配だった?』
いや、そろそろだと思ってさ。
そんなふうに言う正守の前を通って彼の部屋に入れば中には鋼夜が座っていた。
彼は黒凪を睨むと、つい、と正守に目を向ける。
「封印が終わったところ申し訳ないんだけど、頼まれてくれるかな?」
『わざわざ封印が終わるのを待っていたところを見ると簡単な事ではなさそうだね。何、あんたでも難しいこと?』
「ああ。なんたって開祖が仕掛けた封印を解かないといけないから。」
ああ…。そんな風に言って黒凪が鋼夜に改めて目を向ける。
そして「失礼」そんなふうに断って彼の頭に手を乗せた。
鋼夜が途端に思い切りその眉間に皺を寄せたわけだが、望みが叶うなら、と我慢しているらしい。
『…。成程。』
そう呟いた黒凪を眺めつつ正守が思う。
彼女曰く、彼女はあの日…眺めるものに昇格を言い渡された時、その存在を人ではないものへと書き換えられた。
その状況を彼女なりに説明すると、まあ、世界が味方になった、との事らしい。
正直今でもよく分かっていないが…人間である自分では到底理解出来ない事なのだろうということだけはわかる。
『そうか、あの山かあ。今は裏会の施設やらが色々と立ってるし、全てを元に戻すには時間がかかるなあ。』
【…】
『でも帰りたいんだもんねえ。あの頃の様に…。』
黒凪が考えるように黙り込む。
そして再び鋼夜に目を向けて小さく笑った。
『きっとこの世界には君みたいに居場所を奪われた存在が沢山いる。この手のひらから零れるほどの…沢山の存在が。』
だから零れていない小数ぐらいは、助けても罰は当たらない。
途端に黒凪がその場から姿を消した。
その様を、そして彼女の言葉を聞いて固まった鋼夜が少し驚いたように部屋の中に視線を巡らせる。
しかし彼も本能で分かっていた、彼女はもうこの部屋の中にはいない。
途端に烏森の封印が終わってから夜行の屋敷へとその本体を移動させられていた斑尾と白尾が姿を見せ、揃って同じ方向へと目を向けた。
そう、斑尾と鋼夜がいた森の方向だ。
途端に夜行中の電話が一斉に音を立て始める。それは正守の携帯も同じで。
「…はいもしもし。」
≪ちょっと! 裏会の施設がなんか急に覇久魔に転送されてきたんだけど⁉ これあんた達がやったの⁉≫
「いやだなあ、空間関連の術が全てうちの仕業だとは…」
≪じゃあ違うわけ⁉≫
「…まあ、うちなんですけど。たぶん。」
はあ⁉と竜姫の声が正守の携帯から漏れてくる。
鋼夜の背中の毛がぞわぞわと逆立ち、斑尾が目を細めた。
そして黒凪が先ほど姿を消した時と同じようにして鋼夜の傍に戻ってくる。
『よし。おいで、鋼夜。』
【…】
鋼夜がちらりと斑尾に目を向ける。
その視線を受けて斑尾も鋼夜に目を向けると、静かに言った。
【アンタもバカだねえ…。まだあの森に拘ってたのかい。】
【…そりゃあ、故郷なんでな。】
【…アンタはいつか…前を向かないといけない。後ろばかり振り返って。ホント馬鹿だよ。】
鋼夜が静かに目を細め、黒凪の方へと歩いていく。
そして黒凪と鋼夜がその場から姿を消し、斑尾が静かに本体がある犬小屋の方へと戻っていった。
それを見送り、白尾も同じようにする。
一方の鋼夜は目の前に広がる森を見上げ、静かに黒凪を見上げた。
【世話になったな。】
『…私は君よりも若造だけどね、これだけはわかるよ。』
【あ?】
『君は頑固だ。』
あ? と幾分か低く、不機嫌になった声が鋼夜から返ってくる。
その声に小さく笑って黒凪が鋼夜の鋭く暗い瞳を見返して言った。
『斑尾の言うとおり、前を向きたくなったらいつでも私の所においで。』
【…ふん】
鋼夜が静かに森へと入っていく。
そして懐かし気に首をもたげて、嬉しそうに森の奥へと消えていった。
それを見送って黒凪が再び夜行に戻れば、幾分か疲れた様子の正守が携帯を胸元にしまって黒凪に目を向ける。
「お疲れ。次は裏会の話なんだけどさ。」
その言葉を聞いて黒凪が正守の手に触れる。
途端に体力が回復したのか、正守が小さく「ありがと」と言った。
『一応転送した施設を何処に配置するかは考えたんだけどね。ほら私そう言う才能はないから。』
「大丈夫だよ。施設ごと移動できるなんてホント君ぐらいだから。そういう見栄えとかは後で考えればいいし。」
…鋼夜、なんて?
そう言った正守に「喜んでいたよ。」そう言って黒凪がちらりと斑尾の本体の方へ目を向ける。
斑尾は何も言わない。
『で、確か新しいトップはぬらになったんだったかな?』
「そ。まあ実際に仕切ってるのは竜姫さんだけど。今は復興で忙しいから…彼女が生き残った元幹部に圧力を掛けて働かせてる感じかな。」
『正守は? 勿論幹部でしょ?』
まあ…また末席スタートだけど。
気だるげに言った正守に「良いじゃん、どうせ新しいの入るよ」と励ます様に言う。
すると正守が少し嫌な顔をした。
「そう言えば竜姫さんに人寄せパンダ的な役割を任された様な。なんだっけかな、ホワイトな職場感を前面に押し出せとかなんとか。」
『へー、良かったね。なんか頼りにされてるみたいで。』
「実際に今1番動ける状態にあるのは俺だからね…。」
はは、とやつれた様な表情で笑った。
恐らく夜行の仕事と共に様々な事を竜姫に任されているのだろう。
他人事の様に聞いていた黒凪は「頑張って。」と薄く笑った。
しかしその言葉を待っていましたと言わんばかりに正守が顔を上げ黒凪を見る。
「他人事だと思ってるだろ? そうでもないよ、残念ながら。」
『ん?』
「竜姫さんと鬼童院さんの強い希望があってさ。」
ほい、と1枚の紙を手渡される。
静かに目を通した黒凪は「えー…」と肩を落とす。
「黒凪。君には裏会の創始者として相談役の地位について貰うって。ああそれからもしもの時の抜け道とか大事なものを隠しておく異界とか、色々設置してほしいのもあるって。」
半笑いで言った正守に黒凪が項垂れる。
竜姫さん、結構自信持ってたよ?
その正守の言葉に黒凪が怪訝に顔を上げた。
「前までの得体の知れない裏会は嫌いだったかもしれないけど、新しく立て直した裏会は君にとってそうでもない筈だって。」
『…まあ正守が居るから良いけどさ。』
「お。」
『了承したって竜姫に伝えといて。』
どーも。
げんなりした様子の黒凪に笑顔で言った正守は「ありがとな」ともう一度礼を言うと手元の湯呑を傾ける。
そして何かを考えるようにして空を眺めている黒凪に正守が再び口を開いた。
「…俺さ、結局夢路さんの事だけは理解出来なかったよ。」
『ん?』
「総帥は意外にも人間らしい人だったから…どことなく理解はできたんだけど。」
あの人には人間らしく矛盾もあったし、情にも脆かった。
そんな人間性だから、余計に暴走しやすい人だったんだろうなって言う印象があるし…なまじ力がある分キレると手が付けられない。
そんな感じ。
その正守の見解に同調するように黒凪が眉を下げて小さく頷いた。
「…でもやっぱり夢路さんだけは、どうしても。」
そしてその言葉に目を伏せ、黒凪が静かに言った。
『あの人はもはや…自分が人ではない何かになってしまったのだと、そう理解していた。ただそれだけだと思うよ。』
「…。」
『対する日永殿は最後まで自分が人であると信じたかった。それがあの兄弟の分かれ道。』
どっちが正解だったかは分からない。
日永殿は結局目的を果たせたけれど、最後はなし崩しになっていたし。
月久殿は最初は優位に立てていたけど、結局何年たっても人を信じる事が出来ず…人を利用する事しか出来なかった。だから最後の最後に誰も居なくなって。
『自分の事を理解しきれず破滅した日永殿と、理解し過ぎたが故に全てを失った月久殿。果たしてどっちが…』
「…俺はどちらかと言えば総帥派かなぁ。」
俺も最後まで自分は人間だって信じてたいから。
例え激情に支配され、人道を踏み外しても。
薄く笑って言った正守に小さく笑って黒凪が徐に立ち上がる。
『うん、君は人間だよ。…その枠から外れる様な事は私がさせない。』
「うん。ありがと。…あ、そうだ。竜姫さんが時間が空いたら裏会総本部へ来いって。多分相談役の話だと思う。」
『了解。』
そして正守の部屋から出ると木の上に座っていた火黒がこちらにちらりと目を向け片手をあげた。
それに笑顔を向けると荷物を運んでいたらしい閃と限も姿を見せる。
「あ。話終わったのか?」
『うん。』
「…頭領、なんて?」
『いやー…裏会の相談役に抜擢されちゃった。』
黒凪の答えに限が微かに眉を下げる。
また忙しくなるな。そう言っているような表情だ。
『大丈夫大丈夫。上手くやるよ。あんたたちもいることだしね。』
「ならいいけど…。あんまり無茶はするなよ。」
『もう無茶はしないよ。』
目を伏せてそう言って、黒凪が徐に火黒に目を向ける。
その視線を受けて火黒が何も言わずに木から降りてきた。
『それじゃあ早速お供をお願いしてもいいかな。裏会まで。』
おう。そう嬉しそうに言って閃と限が運んでいた荷物を傍に置いた。
途端に風が吹き、黒凪が空を見上げる。
不思議だ。あれほど恐ろしかった世界が自分を護ってくれているような気さえしてくる。
もう一人じゃない。これから先も色々なことが起こるだろうけど。
きっともう大丈夫。
世界は君を救えるか
2017.01/30