Long Stories

□世界は君を救えるか
8ページ/61ページ



  墨村正守への一歩


「…少し速度を上げるぞ。」

『うん。ありがとう。』

「別に良い。代わりに向こうに着いた時の対処を迅速に頼む。」



 ざざざ、と山の中を翡葉に担がれながら移動する。
 目指すは裏会実行部隊、夜行の本部。
 烏森の任務に当たっている間は帰る事は無いと思っていたのだがけが人も多く出ている緊急事態だと言われてしまえば仕方のない話だ。



『(限、良守君たちとうまくできるといいけれど。)』



 少し不安だけれど、今夜と明日の夜は限だけで烏森での補佐を担当することになるだろう。
 そんなことに考えを巡らせていた時ポケットに入れていた携帯が着信を知らせた。



≪黒凪?≫

『おはよう限。夜行の本部の方でごたごたがあったらしくてね…。だから今京と一緒にそっちに向かってる。』

≪…それでお前が?≫

『心配しなくても大丈夫。今回は正守君の代わりだから。』



 わざわざ私が向かうのだから、どんな惨劇なのかと想像したのだろう。
 限の不安げな声にすぐさま事情を手短に話すと、限は納得したように「わかった」と返答をした。



『それじゃあ限、数日烏森はあんたに任せるね。』

「ああ。…気をつけろよ。」

『うん。』



 そろそろ本部に着く頃だ。通話を切り、正面に目を向ける。
 副長である刃鳥から連絡が入ったのは昨晩のことだった。
 夜行は小さな施設を複数所有しており、そこにはまだ戦闘に出ることのできない子供たちや非戦闘員が集まる寮などその目的は多岐にわたる。
 それらの大半以上が数日の間に何者かによって襲われたのだという。



『数日間も事件が続いているのに、正守君が間に合わないなんてね。』

「頭領は今回遠方での任務が複数入っていたらしい。ま、それもすでに終わらせてこっちに向かってるらしいが…」

『それでも距離的に私の方が早く着くわけね。…私1人でどうにかなる話なら良いけれど。』

「…。お前の方が頭領より力は上なんだろ。」



 そんな事無いよ、と目を逸らすも「頭領が言ってた。」となおも翡葉が言う。
 黒凪は今度は何も言わない。
 それでも翡葉は続けた。
 これから戦場に向かう中、彼自身何かをしていないと気持ちが落ち着かないのかもしれない。



「やっぱり数百年生きてるだけはあるだろ。頭領は土地神クラスとも余裕に渡り合えるはずだって言ってたぞ。」

『それは買いかぶりすぎ。』

「それに…」

『それに?』



 頭領は、
 そう続いた翡葉の言葉の次を待つように沈黙する黒凪。
 今になってこれを言っていいのだろうか、そう彼は不安になっていた。



「お前を…(信用していない、というか)」

『?』



 ちらりと翡葉の色素の薄い、緑色の瞳が黒凪を移す。



「…俺は…お前を怖いと思ったのは、正直初対面の時だけだ。」

『? うん。』

「でもやっぱり経験や実力があると違うんだろうな。頭領は…」

『私をまだ怖がってる?』



 まさにそれを暗に伝えたかったのだが。
 その黒凪の言葉に頷いてしまうと、なんだか彼女を傷つけてしまいそうで。
 そんなことを考えていた翡葉が言い淀んでいるとずっと走っていた森から抜けたのか、視界が開けた。
 その先には夜行本部が見えて、目を凝らせば奥の方で煙が見える。



『!』

「(連絡が入ったのは随分と前なのに、まだ居るのか? …仲間を殺した奴が。)」



 ザワ、と殺気が翡葉から溢れ出した。
 黒凪は肩に担がれた状態で翡葉の頭に片手を置く。



『相手は私がする。…生きてる子が居たら一か所に集めておいて。』

「…分かってる。わざわざお前を呼び戻すほどの相手だ、俺じゃあな…」

『いい子。』



 小さく笑った黒凪は翡葉の肩から降りると煙が上がっている方向へ走り出す。
 ざざ、と妖気のする場所で足を止めれば血塗れで倒れている仲間の上に一人の男が立っていた。
 帽子と、首に長いマフラーを身に着けた男。
 この人物を私はよく知っている。
 …ただ、周りにふよふよと浮いている黒い玉は初めて見たのだが。



『無道さん。』

「やはり正守君が来ないとなると君か、黒凪ちゃん。」

『なんです? その黒いのは。』



 これかい?陽気に言って、くいと人差し指を折り曲げ黒い玉を操作する無道。
 受けて見れば分かるさ、そうとだけ言うとその玉が一斉に黒凪に向かった。
 それを見て結界を体の周りに反射的に作り上げる黒凪だったが玉が触れた途端にその結界がどろりと解けだした。
 その様子に少し目を見開いた黒凪は絶界を発動し次こそ玉を退けた。



『おお凄い。結界を溶かすなんて』

「そうだろう?いやぁ、"こっち"に来て良かった」

『…一応聞いておきますけど、"こっち"とは?』

「君なら分かるだろう?」



 ぞわ、と嫌な予感がした。
 私は無道の元に"妖気"を辿ってやって来た。
 人間である彼から妖気が出る筈が無い。
 …と言う事は。



『…残念だ。人間を辞めてしまうとは。』

「ご名答。案外気分は良いものだよ。」



 再び大量の黒い玉が黒凪に迫る。
 それらを一気に絶界で弾き、ぐん、と無道との距離を詰めた。
 無道は特に黒凪の接近を避けるでも邪魔をするでもなくどこか甘んじた様子でその絶界を受け、彼が瞬く間に消滅した。
 …しかし。



『…』

「私の通り名を覚えているかな? 黒凪ちゃん。」



 再びぽんっと手品のように現れた無道に黒凪は表情を変えず、絶界の幅を更に広げた。
 それによって彼は再び消滅するがすぐに先ほどと同じように再生する。
 ついに黒凪も表情を不機嫌に歪ませた。



『ふむ、改めて魂蔵持ちが相手だと面倒極まりないなあ。』

「何だ、知ってたのか。」

『身内にその類の人がいるもので。』

「ほう。身内…。」



 再び無道を絶界で消滅させる。
 そんな黒凪を見て再生を終えた無道は「殺し方は分かっているらしい」と笑った。
 そして大量の黒い球体が黒凪の元へ一気に向かっていく。
 …そんな時だ、黒凪が襲われていると勘違いした閃が焦ったように飛び出してきたのは。



「黒凪! 気をつけろ、その黒いのに皆…!」

『!(閃…!)』



 黒凪が反射的に振り返るとその隙を突いたように無道の周りに残っていた複数の黒い玉が閃の元へ向かう。
 黒凪はすぐに閃の元に結界を配置しようと指を構えた。



「良いのかい? 此方に気を使わなくて」

「影宮! 戻れ!」



 閃にすぐさま翡葉の蔦が撒きつき彼を引きずっていく。
 それでも翡葉の蔦が閃を追う黒い球の勢いに勝るはずもない。
 黒凪が十重にも重なった結界を閃の前に配置しその瞬間に黒い球が黒凪の横腹を伝って彼女の腹部を貫通する。
 血を吐きだし倒れる黒凪。
 無道はそんな黒凪を笑顔のまま見下し、唇を舐めた。



「ごちそうさま。」

『…残念。』



 傷が一気に塞がり黒凪がゆっくりと立ち上がる。
 その様子を見て一瞬唖然とした無道はぱあっと笑顔を見せた。



「ほう!成程!」

『(よし、閃は無事だね…)』

「君も同類か! いやぁ、まさかの展開だな!」



 なぜか嬉しそうな無道に片眉を上げつつも再び構える黒凪。
 無道は笑顔のまま両手を上げ、黒い球体を構えた。
 そして再びぶつかり合う2人。
 しかし一向に互いの距離が縮まらない中、決着が中々つかない。



「いやあ、久々に高揚しているよ! なんたって…」

「――黒凪!無事か!?」

『!(正守君、来たか)』

「同族とこうして戦うのは初めてだからな!」



 やっと任務先から駆け付け、今しがた戦闘に入ろうとしていた正守は己の耳に飛び込んできた無道の言葉にまるで出鼻を挫かれたような、そんな顔をした。
 黒凪はそんな正守に目を向けることなく、正守の登場で出来た無道の一瞬の隙をついて結界を彼の体に突き刺した。
 再び血を吐いて絶命した無道だったが次の瞬間には笑顔を浮かべてこちらに目を向ける。



「君とは長期戦になりそうだ。正守君も来た事だしそろそろ失礼しようかな。」

「!まっ…」

「ああ正守君。君とはまた今度だ」



 黒い球体に足を乗せ、背中を向ける無道。
 それを見た黒凪は最後のあがきだというように結界を足場に無道の元へ飛び上がり手を伸ばした。



『(届け、届けば勝つ…!)』

「!」



 黒凪の手を見た無道は己の背中が急速に冷える感覚を感じ、スピードを上げ夜行本部から逃げるように姿を消した。
 一歩届かなかった黒凪は地面に着地し、無道が姿を消した方向を睨むと、足元に広がる惨劇に目を移す。



『(…情けない、あんな若造を逃がしてしまうとは。)』

「黒凪。その腹、大丈夫か?」

『…。うん。問題ないよ。掠っただけだから。』

「そうか…」



 少し安心したように息を吐いた正守はしっかりと夜行の救護班がまだ機能していることを確認すると黒姫を呼び出しすぐさま無道の居場所を探り始める。
 その様子を横目に修復術で服を修復していた黒凪は徐に顔を上げて構えた正守の左手首を掴んだ。



「うわ、びっくりした…」

『ちょっと待っていて。あと少しで服の修復が終わるから。』

「…分かったよ。(ま、この人がいたら、俺が一人で行くより楽にことが進むか…。ダメだな、冷静になれ。俺…。)」



 自分自身頭に血が上っていた自覚があったのだろう、正守は目頭を押さえ頭を横に振った。
 と、静かになった現場に気が付いたのだろう。
 翡葉と物陰に隠れていた閃が飛び出し、黒凪へ一目散に向かっていく。



「黒凪!」

『うん? ああ、閃…』

「お、お前大丈夫なのか!? さっき"また"死んでただろ!?」

「え…お前また?」



 正守は閃と翡葉から飛び出した言葉に眉を寄せた。
 また死んだ、だって?
 そう確認する様に言った正守に次に驚いたのは閃と翡葉の方だった。
 え、知らないんですか!?と言った風な反応に正守は更に混乱する。



「…志々尾が暴れた時に俺と翡葉さんを護って1回死んでるんです。」

「は…?」

「え…結界師って皆そんなことできるんじゃないんですか?」

「いやいや、結界師だってそんな芸当はムリだろ…」



 そうだろ? 黒凪。
 そう向けられた正守の視線に黒凪が観念したように肩を竦める。



「…無道さんが言ってた"同族"ってのはこれの事か?」

『まあ…そうだね。どちらかといえば体質のようなものだなんだけれど。』

「一体どういった…」

『簡単に言えば自分以外の者から力を奪う事が出来、その力を自身の中に無尽蔵に蓄える事が出来る。人はそんな人間を "魂蔵持ち" と呼ぶ…』



 その力の使い道は私達の自由。
 分け与えるもよし、自分に使うもよし。
 さらに力が蓄えられているうちは、その力が絶えない限り本人が死ぬことはないというチート性能付き。
 初めて聞く体質、というか能力に言葉が出ない様子の3人。



『さっき無道さんが息の根を止められても何度も生き返っていたのは、魂蔵の力によるもの。』



 黒凪の視線がちらりと倒れている夜行の面々に向いた。



『倒れている皆の状態を見る限り、恐らく全員彼に命を奪われたんだろうね。それは勿論全て蓄えに回るわけだから、今の彼を何度殺せば終わるのか…』

「…なるほど、思っていたよりも厄介そうだ。」

『うん。だから今できる最善は…』

「これ以上力をため込む前に、叩くこと。」



 正守の言葉に頷いた黒凪。
 それを見て正守はすぐに蜈蚣を呼び寄せた。
 幸いにも蜈蚣は無事だったようで、すぐにこちらに駆け寄りムカデを召喚する。
 それに乗り込んだ黒凪は不安げにこちらを見る閃と正守に目を向けている翡葉に目を向けた。



『閃、心配してくれてありがとう。京と一緒にここをお願いね。』

「…気をつけろよ。」

『うん。』

「頭領、此処の後始末は俺がしときます。お気をつけて。」

『あ、京。ちょっとこっちきな。』



 ああ、と黒凪がしようとしている事に気づいた翡葉が黒凪に向かって手を伸ばす。
 そんな彼らの様子に見当がつかないのだろう、正守は小首を傾げてその様子を見ている。
 黒凪は翡葉の手を握り、少し目を細めた。
 途端に湧きあがった物凄い力に正守が目を大きく見開き、黒凪に目を向ける。
 率直に思ったのだ、烏森と似ていると。



『…どう?』

「あぁ。これならいつもよりマシに動ける。」

「じゃ、此処は頼んだ。」

「はい。」



 頭を下げた翡葉と閃に片手を上げて返す正守。
 そして黒凪と正守は蜈蚣と共に無道の元へ進み始めた。
 無道が逃げた場所までは少し距離がある。
 夜風に当たりながら正守が徐に口を開いた。



「…さっき翡葉にしたのは?」

『魂蔵にある力を少し分けただけ。魂蔵持ちは誰でもできるみたい。』

「ふーん。なんか魂蔵持ちってとことんチートっぽいね。烏森みたいだ。」

『はは。言えてる。…でも烏森はそんな次元のものではないからなあ。』



 あれは神佑地の中でも特別だからね。
 まだ正守自身烏森についてはわからないことばかり。
 しかし黒凪が言った、特別、次元が違うという言葉にだけは妙に納得が行く。
 それほど烏森は特殊な場所だから。

 そんな会話をしていると無道が居ると思われる場所へ辿り着く一行。
 そこは小さな祠がある神佑地だった。
 神佑地である事に気付いた黒凪と正守は脳裏に過ったある"可能性"に眉を寄せる。



 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ