Long Stories

□世界は君を救えるか
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  墨村正守への一歩


『入り口は…』

「…見つけた。」



 小さな社の中に鏡が此方を向いておいてある。
 その表面が微かに波打つ様に揺れていた。
 正守は躊躇する事無くその鏡の水面に手を差し込んだ。



「…聞こえるか、土地神よ。そちらの神佑地に侵入した男が居る筈だ。」



 そんな正守の手に続くように黒凪が手を差し入れる。
 途端に水面が少し揺れたような気がした。



『…淡幽殿、黒凪です。中に入っても良いですか。』



 途端にずるりと手が現れ正守と黒凪の腕を掴み、そのまま力づくで中に引きずり込んだ。
 そしてどさ、と倒れ込み顔を上げれば苦しげに項垂れている土地神、淡幽と
 その前でゆらゆらと浮かび笑顔を浮かべている無道が目に入る。



「おや、随分遅かったな?」

「…無道さん」



 無道は一歩前に出た正守に笑みを深める。
 一方の黒凪は淡幽の上で大きくなりつつある無道の操る黒い球体に眉を寄せた。
 淡幽の疲れ切った目が黒凪の方に向く。
 その視線を追うように己の背後を振り返れば彼の使いである少女達が大量に倒れていた。



『(惨いことを…)』

「大量に此処の者を殺めた様ですね。それ程力と寿命が必要ですか。」

「ふふふ、何に対しても理由を求めるところは本当に変わらんな。」

「…何故仲間を殺した。不死身と謳われたアンタが妖に身を落としてまで力を追い求めるとは到底思えない。」

「はて、それはどうかな。」



 ぐあ、と淡幽がうめき声をあげ眉を寄せた。
 途端に彼の腹の上にあった、限界にまで膨れ上がったかのような黒い球体が無道の元へ向かう。
 それを見送った黒凪が徐に淡幽の額に手を触れる。



「黒凪、土地神は無事か?」

『…どうにか出来る。神と妖には比較的力を分けやすいから』

「"神と妖には"? …ふはは、正守君。また君が選ばれることはないらしいな!」

「選ばれる?」



 知らないのか、ならば教えてやろう!
 わくわくとした表情で無道が言った。
 正守は眉を寄せ無道を睨む。



「魂蔵持ちには他人に力を分け与える能力がある。ただしその対象は"共鳴者のみ"。」

「共鳴者…?」

「ああ!どうやら彼女の共鳴者は神や妖の類だけらしい!つまり万が一にも君ではない!」



 それはつまり、たとえ君がここで俺に瀕死に追い込まれようとも
 黒凪ちゃんはお前には何も与えられない。
 なぜなら君は選ばれていないからだ。黒凪ちゃんの魂蔵に。
 ひひひ、とまた無道が笑う。
 正守が絶界を発動させた。



「話はそれだけか?」

「なんだ、思っていたよりキレてるな」

「…」

「噂に聞いたが、弟の方に正当継承者の証が出た為に家出して来たんだろう? 裏会には。」



 ざわ、と正守から殺気が溢れだす。
 その様子を見た無道は「素直だな!」と笑うと黒い玉を刃物の様に尖らせ正守の絶界にぶつけた。
 淡幽の力を吸い込んだ無道の力は強大で絶界ごと正守を斬りつける。



「それだけの才能と実力があっても、君は一度たりとも満足した様子を見せなかった。」



 正守の目が無道に向き、その目を見た無道がにやりと口元を吊り上げた。



「それは何故か? 誰にも、何にも "選ばれなかった" という劣等感が君をいつまでも縛っているからだ。」


【…ぐ、】

『!…淡幽殿、ご無事ですか。』



 ゆっくりと目を開いた淡幽は虚ろな目で黒凪を見た。
 その様子からかなりの生命力を奪われたと想定できる。
 黒凪が再び淡幽に声をかけようとした時、無道の周りを巨大な妖気が包んだ。
 変化する。そう直感で感じ取った黒凪は顔を上げ、無道と正守に目を向ける。
 そしてようやく妖気の渦が晴れた先には青年の年齢まで若返った無道が立っていた。
 その様子を見た正守が無表情に言う。



「…まさか、若返る事が目的だとでも?」

「違う。それでは不完全だ」

「ならば何の為に―…!」

「一から全てをやり直すのさ。赤ん坊に戻り、生まれる前に戻る。」



 そんな事が可能だとでも、
 そう言いかけた正守の言葉を遮って無道は言った。
 出来るさ、今の俺なら。



「全てを始めからやり直し、矯正し!……そうして俺は完全になれる…」

「…」

「不服だと言いたげな顔だな。そんなに俺がこの判断をした事が気に食わないか?」



 無道の手に先程とは比にならない程の妖気を纏った黒い刃が現れる。
 その鋭い刃が再び正守の絶界を切り裂いた。
 正守は無表情になると結界を足場に走り出し無造作に結界で無道を攻撃していく。
 無道はその攻撃を往なしながら口を開いた。



「おいおい随分乱暴だな。怒りは集中力を遮ると教えた筈だぞ?」

「…」

「くくく…分かっているぞ。君は俺を手本にしていた、だからショックを受けている。」

「…違う」



 俺を信じたのだろう?
 小馬鹿にした様に、しかし重く。
 発せられた言葉に正守の顔が微かに歪んだ。
 黒凪は淡幽を回復させながらその様子を目を逸らさず見ている。



「あの化物揃いの裏会の中で俺は少しでもまともに見えたんだろう! 違うか!」

「う、ぐ…!」



 無道の猛攻についに顔色を少し変えた正守。
 そんな彼を様子を見て黒凪が眉を寄せる。
 しかしまだ淡幽の元からは離れられない。



『(正守君…)』

【…数百年ぶりだな、結界師…】



 声を発した淡幽に驚いて黒凪が振り返る。
 まだ完全に力は取り戻していない様子だが、幾分か顔色は良くなっていた。
 あの男の元へ行け。此処はもう良い。
 無表情に放たれた言葉にもう一度淡幽の顔を覗き込んだ。



『…淡幽殿、この地を完全に閉じる事は可能でしょうか?』

【元よりそうするつもりだ。これ程まで荒らされては立て直せん…】

『わかりました。…ただ少しお待ちください。』

【分かっている…。巻き添えにならぬようにしてやれ。】



 そろそろ決着を付けようか、そう言った無道が再び黒い刃を2つ作り上げ正守にぶつける。
 正守はどうにか絶界で受け止めたが今までとは更に比にならない程の妖気とパワーに眉を寄せた。
 ミシミシと絶界が音を立て、正守が痛みに顔を歪ませうめき声をあげる。
 そんな正守の背中に黒凪の手が添えられた。



『…正守君』

「!」



 正守が驚いたように黒凪を見た。
 そりゃあそうだ。絶界の中には何人たりとも入ることができないはずなのに。
 そんなことを正守が考えている間にも黒凪の力の影響で
 ぐん、と威力が上がった絶界は無道の攻撃を消滅させた。



「…どうやって絶界の中に、」

『できるか半信半疑だったけど、術を読めたから。』

「術を読めたとしても、絶界は…」



 正守の言葉に黒凪が小さく微笑む。
 途端に、無道によってつけられていた正守の傷が一気に塞がった。
 その様子を見て無道が微かに目を見開く。
 無道の表情を見た黒凪は挑戦的に微笑み、正守は何が何だか分からないと言う様に唖然と黒凪を見ている。



「…まさか。」



 無道の言葉と同時か否か。
 正守と完全に同調した黒凪の力も加わり絶界が一気に広がった。
 絶界に触れた無道が一瞬消滅し再び生き返る。
 黒凪がにやりと笑い膝をついている正守の首に腕を回しぐっと自分に引き寄せた。



『この子は私の "共鳴者" らしい。』



 正守が大きく目を見開き無道も眉を寄せる。
 その一瞬を見逃さず黒凪が一瞬淡幽を見た。
 その目を見た淡幽がすうっと目を閉じる。
 すると無道の身体から羽が溢れ出し、突然の出来事に無道が目を見開いた。



「なんだ…?」

『土地神に喧嘩を売るからこうなるんですよ。淡幽殿はこの世界を完全に閉ざします。…もう逃げられない。』

「ふん、その程度の事…」

『いや…例え最大限に力をため込んだ魂蔵持ちでも攻略は不可能です。世界を閉じると言う事は中に居る万物は完全に解体されるということなのでね。』



 無道の目に微かに動揺が見えた。
 黒凪が付け足す様に「空間支配術の術者は別なんですがね。」と言うと無道がすぐさま背を向ける。
 しかし正守がすぐさま立ち上がり黒凪を抱えて無道の元へ向かった。
 無道のマフラーを掴み取る正守。
 そのせいで彼が絶界に触れその体の一部が消滅した。



「逃がさない。あんたには聞きたい事がある」

「ぐ…!」

「何故貴方がそこまで変わったのか。…それだけ聞きたい」



 それを教えてくれたら一緒に逃げてあげますよ。
 正守がゆるく笑って言った。
 その言葉に耳を貸さない無道は更に小さな少年の姿に変化すると今までで最大の妖力を籠めて神佑地にぶつける。
 しかし崩壊は免れる事は出来ず妖力も瞬く間に解体された。



「っ…」

「答えて下さい、無道さん」

「…ふふ、嘘付きめ」



 無道が今度は自分から絶界に入り込んだ。
 体が消滅する中無道は正守の首元をぎりぎりと締め付ける。
 その予想外の行動に正守は目を見開いた。



「こんな他人を拒絶する結界でどうやって俺を助ける! 言ってやろう、お前の本質を!」



 すぐ目の前で己の絶界の威力によって消滅していく無道を間近に見る正守の瞳がぐらりと揺らいだ。



「お前は拒絶する事でしか世界を作れない!…お前はずっとこれから先も独りだろう、そんな人間を」



 烏森が選ぶものか――!
 カッと正守が目を見開いた。
 そんな時、黒凪が無道の手を掴む。
 すると無道は一瞬で塵の様に消滅し、すぐさま少し離れた場所で再生する。



『余計なお世話ですよ、無道さん。実際烏森が正守君を選ばなかったのは単純に相性が悪かっただけ。』

「っ…」

『それにこの人を独りにする気は毛頭ありませんから、心配しないで。…少なくとも私だけは、この子に何度拒絶されようともその中に入り込めるようですから』



 正守のどこか泣きそうな、驚いているような…様々な感情が混ざったような顔が黒凪に向く。
 そんな中無道は黒凪を睨むと、やがて諦めた様に笑顔を見せた。



「…良いだろう、冥途の土産だ。俺が変わった理由を教えてやろう。」

「!」

「俺は気づいてしまったのさ、この世に存在する圧倒的な存在に…!」



 何度刃向かっても勝てなかった。
 何度も何度も虫けらの様に殺された。
 無道の言葉に正守は眉を寄せ黒凪は無表情に無道を見る。
 無道の表情が怒りを含んだものに変わった。



「俺は自分の能力を特別なものだと自負していた。…だが違った。これまでの激しい嫉妬を覚えたのは初めてだったよ。」



 俺はこの圧倒的な存在にこれ以上無様に敗北を期することをしたくなかった。
 "だから人間を辞めた"。奴等に近づいたんだ。
 「奴等?」正守が眉を寄せながら問い返す。
 そろそろ無道の身体が神佑地の消滅に伴い消えかかっていた。



「お前も目の当たりにすれば俺の言っている事が分かるさ。」

『分からなくていい。』

「!」

『力を追い求めるだけなんて虚しい事はしなくて良い…。』



 黒凪が静かに言い放った。
 そんな黒凪を見ていた無道はバラバラに消え去りながら笑い、口を開く。
 微かな声だった。



「…変わったか?」

『?』

「君の様な人間が側に居れば」

「!無道さ…」



 ふっと周囲が暗くなった。
 おっと、と黒凪が絶界を強くする。
 しかし正守は耐え難いのかガクリと膝を着いた。
 完全に閉じた世界を見渡しすぐさま正守が黒姫を出現させる。



『…入り口は?』

「…。あった。丁度俺達の右に」

『分かった』



 黒凪が手を伸ばしそのわずかな歪から道を作り上げていく。
 手際の良い黒凪に正守が微かに笑った。
 ん?と正守を横目に見る黒凪。



「ついて来てもらってよかった」

『…うん。…ほら、行くよ』



 手を伸ばす黒凪。
 しかし正守は戦闘の疲れもあってかその場で意識を失った。
 ため息を吐いた黒凪は自分の身体に魂蔵に蓄えていた力を流し込む。
 すると黒凪の身体が少し成長し20歳程の姿になった。
 着物がきつくなり髪が腰まで伸びている。



『…重っ』



 どうにか正守の腕をつかんで持ち上げ、出口へ向かって歩いていく。
 やっとの思いで外に出た黒凪は足元に結界を作り上げ、夜道の中を進む。
 すると遠目に待機している蜈蚣が見えた為手を振った。
 すぐに蜈蚣が近づき正守を血相を変えてムカデに乗せる。



「黒凪さんもすぐ…に……」

『うん? …あ、ごめん。元に戻すから』



 黒凪の身体が元に戻り、14歳の姿へ。
 ぱちぱちと瞬きする蜈蚣ににこりと笑顔を向けた黒凪は微かに感じた気配に背後を振り返る。
 そして黒凪は結界で足場を夜行とは逆方向に長く作ると蜈蚣を振り返った。



『正守君を夜行本部へ送っておいて。私は後から向かうから。』

「わ、わかりました…」



 手を振って蜈蚣を見送り、歩き出した黒凪。
 暫く歩いてやっと視界に入った人物は黒い髪を1つにまとめ、念糸で拘束した龍の上に胡坐を掻いていた。



 
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