Long Stories

□蓮華の儚さよ 番外編
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  貴方に恋をした

  原作前のお話なので過去編です。
  2人の関係性が変わった時のお話。



『…ユウ、そっち行った。』

「あぁ」



 アクマを破壊しつつ、一瞬だけ互いに近付いた間にそうとだけ声を掛けた。
 声を掛けられた神田も慣れた様に返答を返し、対応に向かう。
 やがて全てを破壊し尽くした2人は息を吐き、徐に近付いた。



『怪我は?』

「ない。」

『うん、だろうね。』



 セカンドエクソシスト計画が行われていた研究所から逃げ出して5、6年程経った。
 2人の関係性は相変わらずのまま。
 主に黒凪が神田を護る様に彼の前を歩き、彼の為に動き。
 そして時折彼を鼓舞するが己の弱みだけは見せない。
 研究所に居た頃のまま。何も変わらない。



「…なぁ」

『うん?』

「お前、横腹。」

『私は良いの。治るし。』



 じんわりと血の滲む己の横腹を一瞥して黒凪が歩いて行く。
 その背中を無表情に眺めて後に続いた。
 いつも彼女が前を歩く。俺を護る様に。
 …身長だけは、やっと俺があいつを抜かした所だ。



「『――!』」



 微かな気配に同時に振り返り、イノセンスを構える。
 途端に大量のアクマが襲い掛かって来た。
 2人は無表情のままに応戦する。しかし大量に降り注ぐ弾丸に頬や足を掠め、毒が身体を駆け巡った。
 すぐに毒は浄化されるが、侵された瞬間の痛みはある。



『(――ホント、なんでこんな所で戦ってんだろ)』



 此方の世界に生まれ落ちて随分と経つ。
 それでも"生前"の頃の記憶がたまに過るのは変わらない。
 本当は今頃、好きな様に大学に行って、友達と遊んで、仕事に就いて。
 そんな事をしている筈だったのに。どうして。



「…おい!」

『!』



 迫るアクマの拳に目を見張る。
 …あぁ、本当にどうしてこんな所で。
 殴られた衝撃で身体が浮き上がり、背中にゾワッとした浮遊感が広がる。
 攻撃を受けた両腕はかなり痛い。
 駆け寄ってくる神田が視界の隅に入り込んだ。



『(ユウ)』

「っ、」

『(私、本当はあんたを護れる程強くなんか――…)』



 神田の背後にアクマが集結した。
 その事に気付いた彼はカッと目を見開いてイノセンスを振り上げる。
 途端にアクマが一気に斬り伏せられ、必死の形相で神田が手を伸ばしてきた。
 ぐんっと腕が引っぱられ、ぶら下がる。…足場は無い。



『……っ、』

「…っはー…」



 安堵した様な神田のため息が聞こえた。
 ぷらぷらと揺れる自分の身体と遠い地面を見て目を細める。
 離すなよ、と声をかけて神田が腕力だけで私を引き上げて行った。



『(なんだ、こんなに力あるんだこの子)』



 大の大人サイズの女片腕で持ち上げて。
 っ、と一瞬だけ苦しそうに息を吐いて、地面に突き刺さったイノセンスに力を込めて黒凪を持ち上げ、片手で抱きしめる。
 その力強い腕に顔に熱が集まる。一方の神田も胸元に当たる黒凪の柔らかい胸に一気に顔に熱が集まった。



『「(…そう言えばこいつ)」』

『(男だったなあ)』

「(女、だったな)」



 …ありがと。と黒凪が声をかけ、顔を上げる。
 顔を赤くさせた2人で顔を見合わせ、同時に目を逸らした。
 ――…途端に、声が頭に響く。



《駄目よ》

《駄目だ》



 この人は私のものだから。
 この人は彼女じゃない。
 …だから、駄目だ。
 同時に酷く痛んだ頭に意識が向き、自然と2人の距離が離れる。
 やがて痛みが治まった頃には周辺にはアクマなんて勿論居なくて、静まり返っていた。



「…大丈夫か?」

『…うん。大丈夫、治まった…』

「……横腹は?」

『横腹?…あぁ、治った。』



 そうか…。
 そう安堵した様に言った神田に黒凪が目を向ける。
 筋肉質な背中、腕。ごつごつした首、角ばった手。
 もう子供の頃の様な弱そうな雰囲気など何処にもなかった。
 あの頃のユウは細いくせに威勢だけは良くて。
 …今となっては本気で喧嘩をすれば負けてしまいそうだ。



『……。あんたももう男なんだねえ』

「あ?」

『私を持ち上げられるとは思ってなかったよ。』

「…お前も思ってたよりは軽かった。…重さはあったがな」



 女っぽい?そういたずらに聞いた黒凪に神田が徐に頷いた。
 そんな神田にへにゃ、と気の抜けた笑みを向ける。
 そんな顔を初めて見た神田は「は?」と目を見張り固まった。



『ずっと気ィ張っててさ、嫌だったのよ。』

「…気…?」

『そ。気を張ってたの。あんたを護る為に。』



 でもあんたが強くなってて安心した。
 そんで、もう私が頑張らなくても大丈夫なんだって分かったら、一気に気が抜けて。
 …なんかどっと疲れた…。
 そう言って肩から力を抜いた黒凪に神田が手を伸ばそうとして、びたっと腕を止める。



「(…チッ、腕が動かねえ)」

『ユウ?』

「…。…護ってやる」

『ん?』



 これからは俺がお前を護ってやる。
 …男ってのは、女より強いモンなんだろ。
 眉間に皺を寄せて言った神田にほんの少しだけ目を見開いて、眉を下げる。



『うん。じゃあよろしく。』

「…あぁ」




 この日から全てが愛おしい。


 (この日から互いを好きだと思うようになった)
 (この日から護るものと護られるものが代わって)
 (この日から愛し合うようになって。)

 (そしてこの日から)
 (互いにすれ違うようになったのだ。)


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