Long Stories

□世界は君を救えるか 番外編
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  しろとくろと、

  500000hit企画にて制作した番外編。
  火黒と夢主の完結後のお話。



【…すまぬな、人の子】

【オイ、本当にあいつだけで大丈夫なのか?】

『心配ありません。"あれ"は強いので。』

【…フン。お前程の者が従わせている妖は格が違うと言う事か】



 左右に座る狛犬に返答を返しながら神佑地の核となる部分を修復している黒凪。
 彼等の会話に出ているのは核の力が弱まった所為で大量に押し寄せている妖を退治している火黒だ。
 彼はニヤニヤと笑いながら走り回って妖達を斬り伏せていっている。



『…。うん、こんなものですかね。』

【おお、見違えたのう】

【…あぁ。流石は眺める者に選ばれただけはある】

『選ばれただなんてそんな。元々こういった仕事は我々が担当していますし』



 私はただ、何か問題が生じた神佑地を感じ取って走り回るだけです。
 眉を下げて笑いながら言った黒凪に火黒の目がチラリと向いた。
 彼女はここ数年を眺める者に課せられた"任務"の為に日夜走り回る日々を送っている。
 眺める者に人でもなく妖でもなく神でもない存在へと書き換えられた彼女はそんな日々に疲れを見せる事は無かった。



『では頼めますか?』

【構わぬが…お主の部下であるあやつの身も危ういぞ】

『大丈夫ですよ。他の妖達とは比べ物にならない程頑丈なので。』

【だったら遠慮なくやらせてもらうぜ】



 狛犬がゆっくりと目を閉じ、一気に神佑地の力が膨れ上がる。
 途端に周囲に居た妖達がその力に当てられて消滅して行った。
 一方の火黒は黒凪の言った通り消滅する事は無く、力に飲み込まれると何ともない様な顔で黒凪の側に着地する。



【終わったのかァ?】

『うん。ありがとね、疲れた?』

【いや?別に。】

【――よくやってくれた、人の子よ】



 また何かがあれば頼む――…。
 そう言い残して沈黙が降り立ち、妖も容易に寄りつけぬ程の澄んだ空気が神佑地に充満した。
 火黒とてこれ程までに澄んだ場所では居心地が悪いだろう。
 黒凪は狛犬に頭を下げて早急に神佑地を後にした。



『…わ、もう夜が明けたね』

【あ?…あァ、らしいな】



 2人で空を見上げて朝日が昇る様子を眺める。
 黒凪がすぐに人皮を取り出し箱から飛び出した皮が火黒を飲み込んで言った。
 やがて人と相違ない姿になった火黒は朝日に目を細めサングラスを掛ける。



「この後の予定は何かあったかァ?」

『んーとね、この後は裏会総本部に行って近況を竜姫辺りに訊かないと。』

「ふーん。忙しいねェ」

『今日のお供はあんたなんだから最後まで付き合って貰うよ。』

「へいへい」



 背中を丸めて歩き出した火黒に眉を下げ、その背中をばしっと叩く。
 チラリと目を向けると本日も1日を跨いで働いていた上に昨日の内には一睡もしていない彼女の異常とも取れる程に元気な姿に目を細めた。
 …その身体さァ。ぼそっと言った火黒に黒凪の目が向けられる。



「君は気に入ってんの?今の状況。」

『気に入ってるよ?どんなに動いても疲れないし、何よりあんた達とずっと一緒に居られる。』

「……。」

『ずっと気にはなってたんだ。妖混じりも妖も人間とはやっぱり根本的に違うからさ』



 ただの人間に戻った時、やっぱりその差は顕著に出るだろう。
 それが宙心丸を封印して外に出た時に最初に思った不安だった。
 目を細めてそう言った黒凪は突然大きく目を見開いて振り返る。



『…近くの神佑地で何か問題が起きたみたい』

「……行かねェと頭痛がするんだよなァ」

『そうだね、急ごうか。』



 ズキズキと痛む頭を片手で押さえながら走り始めた。
 すると大きな壺を抱えた男が前から走ってくる。
 その男をじっと見ていた黒凪は隣を通り過ぎた男を目で追っていった。
 その様子を見た火黒は咄嗟に男の腕を掴み「うわっ!?」と焦った様に振り返った男に目を向ける。



「こいつかァ?黒凪」

『…うん、そうっぽい。』

「な、なんですか貴方達は…!」

「―――!」



 火黒が微かに目を見開いて固まった。
 その様子を怪訝に見ながらも男が抱えている壺に手を伸ばす。
 ゆっくりと手を触れると神佑地の力を随分とため込んでいる事が確認できた。



『…お兄さん、お寺か神社から盗んだんでしょ』

「っ!」

『駄目だよ。そういう物はね、盗むと災いが…』

「ゆ、友人を救いたいんだ!この壺があればどんな傷をも癒してくれると噂で聞いた!」



 こんな壺にそんな力があるだなんて、お、俺だってそこまで信用しちゃいない!
 でもこんなものに頼らなきゃいけないほど俺の親友の容体が悪いんだ!
 眉を寄せて焦った様子で言った男に黒凪がため息を吐いて火黒に目を向ける。
 火黒は未だにじーっと男の顔を穴が開く程見つめていた。



「…ふーん、あんたまだ友人なんてモンの為に走ってんだなァ」

『ん?』

「え、…あの、…何処かで…?」

「あんたにゃ無理だ。あんたは大事な場面で躊躇う」



 どうせその友人なんてのも救えやしねえ。
 にやにやと笑ったまま言った火黒に男が唖然と立ちすくむ。
 だがその様子は友人を助けられないと言われた事に打ちひしがれたと言うよりは何かを思い出そうとしている様で。
 黒凪はその様子を見るとチラリと壺に目を移した。



『…お兄さん。これはね、傷を治すものじゃないんだよ』

「…え、」

『この壺は過去の記憶を見せるもの。人の噂なんてものは信憑性がないものばかりだからね、変な尾ひれがついてそんな噂になったんだろう』



 ああ、過去とは言っても君の人生だけじゃない。
 この壺は前世の記憶をも思い出させる―――。
 黒凪が再び壺に手を触れ呪力を溢れさせる。
 ビクッと一瞬固まった男はゆっくりと壺の中を覗き込んだ。



「…本当に前世の記憶も思い出すのかァ?」

『それ相応の呪力が与えられたらね。…この人の事、あんた知ってるの?』

「別に?…ま、見た顔ではあるがなァ」



 男は暫く壺の中身を見たまま動かない。
 そんな男を火黒は何度か周りをうろついて壺を覗き込んでは根気強く待っていた。
 …もしかすると本当に過去に会った人物で、自分の事を思い出すんじゃないかと楽しみにしているのかもしれない。
 普段と同じようにニヤニヤと笑っている火黒の心情は分からなかった。



「――…黒田君」

「お。」



 火黒の声に男がばっと顔を上げた。
 …黒田君なのか?
 男の声に火黒がニヤリと笑う。
 すると男は苦しげに眉を寄せた。



「その姿…、そうか、人間の道を踏み外してしまったんだな」

「…まあなァ」

「君は…君はそれで幸せなのか…?」

「……ま、それなりには幸せなのかもしれねェなァ」



 男は火黒の言葉に大きく目を見開くと眉を下げて顔を伏せた。
 そうか、…私では役不足だったんだな。
 男の言葉に火黒の手が黒凪の頭に乗せられる。



「あんたも懲りねェな。他人の為にそこまでするかよ。」

「…私は君を救えなかった事をとても後悔している。…でも結果的に君が救われたのなら」



 私のあの"失敗"もそこまで酷いものではなかった様だ。
 火黒の脳裏に過去に友であった坂井の顔が過った。
 でもそうなると私はどう動けば良いのか分からくなってしまうな。…困った、
 そこまで言った坂井に火黒が口を開いた。



「…好きにしろよ。」

「!」

「好きに動けばいいんじゃねェの?坂井さんよォ」

「…そうだな、君がそう言ってくれるのならそうなんだろう。…黒田君」



 ふっと坂井の瞳の色が暗くなる。
 そうして次に光が宿った時、彼は周りを何度か見渡した。
 そんな坂井が持つ壺を奪って火黒に放り投げる。
 受け取った火黒は焦った様に壺を取り返しに来る坂井を避け、側の塀の上に立ちニヤリと笑った。



「弱くなったなァ」

「な、何を…と言うかその壺…!」

『壺に頼るぐらいなら友人を励ましに行け。』

「!」



 …多分君にはそっちの方があってる。
 坂井の驚いた様な目が黒凪に向いた。
 君のその真っ直ぐな所、誇っていいよ。
 修正不可能なぐらいに歪んだバカを必死に人間に戻そうとした君は凄い。



「…え、あれ…?」



 ぽろぽろと坂井の両目から涙が溢れていく。
 慌てた様に目元を拭う坂井の姿に息を吐き、火黒が徐に歩き始めた。
 それを見た黒凪はぽんと坂井の肩を叩いて火黒の元へ走って行く。
 涙で歪む視界の中で振り返った坂井は口を開きかけ、一旦止まって声を発した。



「…また!また何処かで!…、く、くろ…」

「その名前はもう捨ててんだよ。」

「…それでも私の中では黒田君だよ」



 …相変わらず馬鹿な野郎だなァ。
 呆れた様にそう言って火黒は壺をひょいと黒凪に投げ渡した。




 唯一の友と呼べる人


 (今は幸せなんだっけ?)
 (…"それなりに"な)
 (それなりに、か。…それでも幸せに思ってくれてるなら嬉しいね)
 (あ?)
 (…無理矢理にでも連れてきて良かった。)

 (あの時のあんたはあまりに痛々しくて)
 (放っておけなかったんだ)


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