Long Stories
□世界は君を救えるか 番外編
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体育祭をやったなら。
限、閃、黒凪が烏森学園に在学中。
全員が良守とクラスメイトで良守と黒凪、閃は楽に済まそうと借り人競争に参加。(限は運動神経を買われてリレー等)
しかし黒凪の運動神経が最悪過ぎて足をつり、代わりに限が借り人に出たお話。if。
「っしゃあ志々尾!こうなったら1位狙おうぜ!」
「……。」
「よ、よろしくな影宮…」
「おう。さっさと済まそうぜ」
ちなみにペアは良守と限、閃と他クラスメイトといった具合である。
4人共1年2組である為同じ色のビブスを身に纏い横に並んだ。
順番の関係で同じクラスでありながら同じタイミングでのスタートとなった。
走り出そうと構える4人の視界に地面に置かれた封筒が入る。
それぞれ目の前の封筒に狙いを定めた。
「それでは、…よーい…」
パン、と音が鳴り一気に走り出す。
原則として片方の手首が紐で括りつけられているペア同士。
閃はペアの男子生徒を、限は良守を半ば引き摺る勢いで封筒に向かった。
ほぼ同タイミングで封筒を取り中身を取り出した。
「!」
「おい志々尾、なんて…」
限が開いた紙にば同級生の女子゙。
微かに眉を寄せばっと目を背後に向けた。
良守も限の紙を覗き込むと「黒凪だな」と何気なく呟く。
目を細めた限は良守を脇に抱えて自分のクラスのテントへ向かった。
「……ねぇ、志々尾君こっち向かってない?」
『へ?』
「ホントだ…。てかあんなに必死にやってくれるんだ、志々尾君」
そりゃあ昨日(無理やり)約束させたからねぇ。
体育祭を精一杯楽しむ事。手を抜かない事。
…手を抜いたら逆さ吊りだって言ったし。
あはは、と1人笑っていると本当に此方に向かってきている限。
彼は良守を抱えたまま物凄い勢いで、かつ無表情に此方に迫っている。
「…間さんの事見てるよ?」
『え゙。…私走れないんだけど』
上着を肩に掛けて膝を抱えて座っている黒凪。
彼女は表情で嫌だと限に訴えたが問答無用で限に抱えられる。
そのままゴールに向かって走り出された。
限に小脇に抱えられながらチラリと良守を見る。
良守は黒凪を見ず高等部のテントを凝視していた。
一方閃のペア。
紙を開いて見えた文字ば高等部の女子゙。
隣に立つペアの男子は「知り合いなんて居ないんだけど…」と途方に暮れた様に言う。
閃の脳裏に時音が浮かんだ。
正直自分が呼んで出て来てくれる高等部の女なんて時音ぐらいだろう。
限を見れば彼は既に走り出していた。
「……。」
《体育祭を精一杯楽しむ事。手も抜いたら駄目だからね。そんな事したら逆さ吊りにしてやる》
ゾクッと嫌な悪感が閃の背中を駆け巡った。
諦めたら駄目だ。色んな意味で。
俺にやる気が無い事ぐらい黒凪ならすぐに気づいてしまう。
…何としてでもやり遂げなければ。
「来い!」
「えぇっ!?影宮君当てがあるの!?」
「あるよ…!出来れば呼びたくない奴が1人!」
ダダダダ、と高等部のテントに向かう。
友人とお茶を飲んで休んでいた時音は此方に向かってくる金髪に目を向けた。
あ。なんか見た事あるのがこっちに。
それぐらいの気持ちで見ていた時音だったが、次の瞬間に聞こえた声にばっと顔を上げた。
「雪村!雪村ー!」
「……あれ時音の事じゃ…」
「…え゙。」
「ゆーきーむーらー!」
や、止めなよ影宮君!雪村先輩って高等部のマドンナだよ!?
そう言った同級生に「知るか!」と返して再び名前を叫ぶ。
ああ、借り人か。
そう呟いて立ち上がった時音は靴を履き閃に向かって走り出した。
その足の速度は全生徒の予想を反してかなり速い。
「こっち!」
「!…居た、」
「で、出て来てくれた…?」
唖然と同級生が呟く中閃が手を伸ばし時音の手を取る。
…ちなみに原則として連れて来た相手にはゴールまで触れていなければならない。
時音と閃の足の速度はかなり速い。
同級生はほぼ引き摺られていると言っても過言では無かった。
「お前なんで時音とて、て、手を…!」
「あぁ!?ルールにあっただろうが!こんなルールがなけりゃ誰がこんな短パン女と…!」
「何ですって!?」
「お前時音に何て事をぉぉ」
物凄い勢いでゴールに向かって行く限。
それを見た時音と閃は徐に顔を見合わせた。
どうやら2人共負けず嫌いらしい。
閃達の速度が上がる。
一応高校生として可笑しくない程度に速度を出していた限はその速さに思わず少し目を見開いた。
「おい志々尾!時音に気ィ使ってると追いつかれるぞ!」
『…うわぁ、早い…』
チラリと背後を見る。
物凄い速度で此方に迫っていた。
接戦で走り抜ける同クラスのメンバー達に1年2組の生徒達は一様に「おおお…」と目をひん剥いている。
一方その様子を温かい目で見守っていた教頭。
彼は隣に現れた新任の教師に「どうかしましたか?」と訊かれるとにこやかに口を開いた。
「いえ、私がまだ生徒達に体育を教えていた時に変わった生徒が居た事を思い出しましてね」
「変わった生徒?」
「ええ。普段の授業ではかなり運動神経が悪い子だったのですが3年生の最後の体育祭の時だけ物凄い記録を残したんです」
あまりに運動神経も悪く言動も年配の方の様であだ名は「長老」でしたが…。
リレーでアンカーを任された時は見事に上位の3人を物凄い速度で抜かしていきました。
教頭の目に限と良守が入る。
そして手元のパンフレットに目を向けた。
「そういえば彼も墨村君でしたねぇ」
「1位は2組の墨村君、志々尾君ペア!2位は同じく2組の影宮君と田中君のペアでした!」
しゃああ!と喜ぶ良守を横目に時音が息を吐く。
閃は疲れ果てた様子で肩で息を吸っていた。
時音は小さく笑うと丸まった閃の背中に手を乗せる。
「負けちゃったわね」
「…いいよ別に。同じクラスだし。…限に勝てるなんて最初から思ってなかったしさ」
『閃ー!』
限に降ろされ黒凪が走って閃を抱きしめた。
驚きで固まった閃を時音が見て笑う。
良守も降ろされると彼は一目散に時音に向かった。
その様子を離れた位置で見ていると限の肩にぽんと手が置かれる。
ばっと振り返るとニヤリと笑った人皮をかぶった火黒が立っていた。
「よぉ。楽しんでるなァ」
「!…火黒」
「あんだよ。呼ばれたのは俺の方だぜ?なァ黒凪」
『うん。私が呼んだ』
あっけらかんと言った黒凪に良守が眉を下げる。
睨む事を止めた良守にまたニヤリと笑った火黒はチラリと背後を見た。
そして面白そうに目を細めると「なァ」と良守に目を向ける。
「あれって君のお兄さんじゃないの?」
「は?んなワケ…」
「よ。良守」
「なんだとー!!」
目をひん剥いて絶叫する良守。
そんな事などお構いなしに時音が少し驚いた様に「こんにちは」と笑顔で言った。
正守も普段通りの着物姿で笑い「こんにちは」と返す。
すると正守の目が黒凪の背後に向いた。
振り返るとにこやかな教頭が立っている。
「おやおや、懐かしい人がいるねぇ」
「お久しぶりです」
「丁度君の事を思い出していたんだよ」
突然の教頭の言葉に驚いた様子の正守は「どうしてまた」と首を傾げる。
すると教頭はにっこりと微笑み良守を見た。
正守は「ああ、」と納得した様に言うと良守の頭に手を乗せる。
教頭の笑みが更に深まった。
「私も弟君だと気付いたが、私は彼を見て思い出していたんだよ」
「!」
「…志々尾、ですか」
「ああ。よく似ていたんだ、クラスメイトの為に全力で走り断トツの成績でゴールした君にね。」
教頭の言葉に時音も良守も、閃も黒凪も限も驚いた様に正守を見た。
正守は困った様に眉を下げ頬を掻いている。
にっこりと笑った教頭は「これからも頑張って」そう言って正守の肩を叩き去って行った。
「…兄貴」
「あの人は校長先生の他に唯一俺達の事を知ってる人だよ」
「!…なんだ、俺等の事知ってんのか」
「ああ。だから俺みたいなのにも寛容なんだ」
学校何ていつもサボってたのに。
少し寂しげに言った正守は「んじゃあ俺仕事に戻るから。」と背を向けて去っていく。
ふんと目を逸らした良守だったが正守の背中を見て時音が呟いた。
「…やっぱり兄弟ね。」
「はぁ!?何処が!」
「優しいトコ。…正守さん、多分この種目だけ見る為に来たんだと思うよ?」
「は、…んな馬鹿みたいな事するかよ。」
目を逸らして言った良守の頬は微かに赤い。
そしてチラリと正守を見れば彼の同級生が来ていたらしく囲まれていた。
正守は少し困った様に笑って手を振り去っていく。
本当にこれ以上留まる気はないらしい。
「なァ」
「「っ!」」
「…火黒…」
「脅かすの止めてやれ。」
耳元から聞こえた火黒の声に思わずビクッと反応した時音と良守。
その様子を見ていた限と閃は呆れた表情で火黒にそう声を掛ける。
彼はサングラスの下で目を細めニヤリと笑った。両手はポケットの中にある。
体育祭日和の晴天の下に黒いスーツは不似合だった。
「別に脅かすつもりは無かったんだがなァ…。俺はただ限を呼びに来てやっただけで。」
「だったら何で俺等の耳元で声掛けんだよ…」
『で?限が何?』
「なんだっけなァ…リレーか?出るんだろ?」
「…あ。」
ばっと振り返れば「志々尾くーん」と数人の生徒が叫んでいる。
行って来い、と閃が背中を叩くと限は走って其方に向かった。
それをニヤニヤとした表情で見送った火黒はチラリと良守を見て更に笑みを深める。
「いやぁ、さっきの借り人競争は良かったね。特に閃とそこのお嬢ちゃんが良かった」
「んな、」
「当然でしょ。勝負事で良守に負けるの嫌だもの。」
『限の足の速さには流石に敵わないよ…。でも本気だったね時音ちゃん』
うん。と頷いた時音に火黒が笑い良守がショックを受ける。
固まる良守にニヤニヤと笑っていると火黒は自分を手招きする良守に近付いた。
耳を貸せとジェスチャーで伝えた良守に耳を近付ける。
「ち、ちなみにどんな風に良かったと…」
「あぁ、どっかのロマンス映画みたいだったなァあれは。」
「ろ、ろ、ロマンスとか言ってんじゃねーよこの江戸っ子がぁぁ」
「あ。良守が走ってった」
「つか俺江戸っ子じゃねェし」
ちくしょーなんて言いながら走って行く良守に火黒が喉の奥で笑う。
その様子を呆れた様に横目で見て運動場のトラックに目を向けた。
そこにはやはり他の生徒などものともしない様な速度で走り抜ける限が居て。
1位でゴールした限には他のクラスメイト達が群がっていた。
いつの間にかその中に良守も居て、やはり笑う。
(人間ってのはこんなくだらない行事を本気でやりたがるんだなァ)
(あんな時代じゃあこんなの無かったもんね)
(…お前俺と同年代かァ?)
(え。アンタいつ生まれたの)
(……忘れた)
(私も…)