Long Stories

□世界は君を救えるか 番外編
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  神を、

  結界師長編とジブリ作品である"千と千尋の神隠し"の混合作品。
  特殊な混合である為少しご注意を。
  完結後のお話です。



「…またあの湯屋に行くんだって?」

『あ、正守。』

「今回はそんな大人数で行くんだ。」

『うん。神様だらけだって説明したら興味持ったみたいで。』



 よいしょ、と立ち上がった黒凪の横には限、閃、火黒が立っている。
 そして真ん中に立つ彼女の影には鋼夜の気配もあった。
 その様子に少し笑みを見せた正守は「例の件?」と黒凪を見て言う。
 その言葉に小さく頷いた。



『やっと丁度良い神佑地を見つけてね。今日も色々と話し合わなきゃ。』

「ふーん。ま、頑張って」

『うわ、何そのテキトーな感じ。』

「だってあそこの経営者嫌な感じの魔女だろ?俺だったら話し合いとか絶対嫌だし」



 ちょっと怖いけど経営者としてはちゃんとしてるから大丈夫。
 そう言って背を向けた黒凪は後ろ手に手を振って夜行の本部から出て行った。
 そんな彼女の背中を見送った正守はため息を吐いて玄関を後にする。
 外に出て少し進んだ所で閃が徐に口を開いた。



「なあ、今から行く湯屋ってどんな所なんだ?頭領があんなに嫌な顔するなんて珍しいし…」

『朝に説明したまんまだって。神様が体を休める旅館みたいな所。』

「じゃあ経営者ってのは?魔女だって言ってたよな」

『あー…。まあちょっと怖くて力が強い魔女って所かな。』



 彼女がやった事がこっちとしても放っておけない事でね。
 困った様に言った黒凪に側を歩いている閃達が顔を向ける。



『色々あって神佑地を無くした神様が居てさ。その神様を奴隷みたいにして働かせてんの。』

「…実際その神サマと魔女ってのはどっちが力は上なんだァ?」

『んー…五分五分かなぁ。かなり強力な魔女だから…』



 それにその神様の方から魔女の元で働きたいって申し出たらしいしね。
 じゃあ俺等は手を出せないんじゃ…?
 眉を寄せて言った閃に目を向けて「そう言う訳にもいかないの。」と困った様に言う。



『元が妖の神様なら別に構わないんだけど生粋の神様だからさ。そう言う存在は在るべき場所に納めないと色々とパワーバランスが狂ってくるの。』

「ふーん。…世界の均衡を保つってのも大変なんだな。」

『そだねぇ。元々気にはしてたんだけど眺める者に何かされてからどうにかしろって頭の中で警告がさ…』



 今でもさっさと行けーって煩くて。
 ゔー…と額を抑える黒凪の頭にぽんと手が乗った。
 顔を上げると火黒が前を向いたまま彼女の頭に手を乗せている。



「結局随分と不憫な体になっただけだったなァ」

『…何、同情してんの?』

「憐れんでんの。」

『うーわ。うわうわ最低。』



 アンタなんか湯婆婆に苛められれば良いんだ。
 ふいと顔を背けた黒凪に「ゆばーば?」と閃が問い掛ける。
 その経営者の魔女の名前。そう言うと変な名前だな…と閃が少し眉を寄せて言った。



『ま、会えば色々分かるよ。どれだけその湯婆婆が頭が固い老魔女かってのが。』



 ふーん。と聞き流していた閃や火黒。
 しかし彼等は実際にその湯婆婆の前に到着すると彼女の言葉に納得せざる負えなくなるのだった。























『湯婆婆様。』

「あぁ?…ったく、またアンタかい」



 黒凪を見て嫌な顔をした湯婆婆が近付いてくる。
 ちらりと湯婆婆の部屋の床に座り込んでいる少女に目を向けた。
 少女は窓から入り込んだ黒凪達を見て唖然としている。



『彼女は?』

「迷い込んだ小娘だよ。…なんだい、今度は妖まで連れて来て。」



 表の方には連れてくんじゃないよ。
 不機嫌に言って自分の椅子に座るとその態度のまま黒凪に向き直った。
 しかし黒凪の目は依然座り込んでいる少女に向いたまま。



『…普段は迷い込んでも外に放り出しているでしょう。何故此処に?』

「あの小娘の親がお客様の料理を食い散らかしたんだよ。だから豚に変えてやった。」

『ではその親と彼女を本来の場所へ戻すべきです。…彼も、ね』

「…またその話かい。アイツはもうそんな昔の事なんて忘れてるよ。」



 ふー…、と大きな鼻から煙草の煙が勢いよく出て行く。
 その煙を払う事をせず黒凪が再び口を開こうとした。
 しかしそれを遮る様に一足先に湯婆婆が声を発する。



「で?あの神佑地狩りとやらは終わったんだろうね。」

『…勿論。そろそろ此処にも客が戻って来る頃だと思いますが?』

「全く人間ってのはすぐに馬鹿みたいな事を始めるもんだ。」



 おかげで客が減っていい迷惑だったよ。
 ふう、と今度は口から態と黒凪に掛かる様に煙を吐いた。
 それを眉を寄せて限が払う。
 限を見た湯婆婆は舌を打って忌々しそうに彼を見た。



「ったく。無駄に力だけは持ってるようだね。もっと下等な妖なら今此処で消してるとこだよ。」

『御冗談を。そんな事をなされば私とて黙ってはおれません。』

「生意気な口を利くんじゃないよ。大体人間風情が、…」



 不自然に途切れた言葉に黒凪が片眉を上げる。
 湯婆婆はじっと黒凪を見て立ち上がるとその大きな顔を彼女の目の前まで近付けた。
 巨大な瞳が黒凪の顔をじっと凝視する。



「…アンタ何をしたんだい」

『?』

「まるで、……。」



 眉を寄せる湯婆婆に黒凪も同様に眉を顰めた。
 んんん、と少女の声が聞こえる。
 再び少女に目を向けると少し眉を寄せて閃が彼女に近付いた。
 話せない様子の少女のぴったりとくっついた口を見た閃は黒凪に目を向ける。



「口がくっついてる。」

『…湯婆婆様。』

「……、」

『湯婆婆様。彼女の口を元に戻してあげてください』



 黒凪の言葉にはっと目を見開いた湯婆婆が少女に目を向ける。
 彼女の口を。再びそう言った黒凪に湯婆婆が指を横に滑らせた。
 ぱっと離れた口に気が付いた少女が息を吸う。



「此処で働かせてください!」

『な、』

「ほらねぇ。あんなふざけた事を言うから口を…」

「あー!」



 ドンッと奥にある木の扉が揺れた。
 すぐさま其方に目を向ける湯婆婆。
 再び衝撃が起こると扉を大きな足が突き破る。
 その足を見るとふわりと上空を飛んで湯婆婆が扉に近付いた。



「あらあらどうしたんだい?」

「あー!!」

「…あれは?」

『湯婆婆の息子だよ。癇癪を起こすと手が付けられなくなる。』



 扉の向こうに進んで行く湯婆婆の背中を見送って黒凪が少女に近付いた。
 貴方の名前は?そう問われた少女が「千尋、です」と戸惑った様に応える。
 名前を聞いた黒凪は少し安心した様に息を吐くと彼女の肩を掴んだ。



『どうして働くだなんて、』

「言われたんです、働かないと動物にされるって…」

『動物に?…全く、まだそんな馬鹿げた事を…』

「それにお父さんとお母さんも助けなきゃ…。その為には此処に居ないと、」



 まだ居たのかい。
 低い声が響き振り返る。
 どうにか坊を落ち着かせたらしい湯婆婆が何食わぬ顔で部屋に戻ってきた。
 そんな湯婆婆を見て黒凪が再び千尋を見る。
 本気?そんな黒凪の言葉に閃が眉を寄せた。



「…此処で働かせるつもりかよ?」

『仕方がないんだよ。私は魔術を解く術を知らない。その上この子の両親が捕まっているなら…』

「本気です!此処で働かせてください!」

「まだそんな馬鹿げた事を言っているのかい!」



 働かせてあげてください。
 振り返って言った黒凪に湯婆婆が眉を寄せた。
 彼女は本気だ、やらせてあげて下さい。
 黒凪の言葉に続く様に「お願いします!」と千尋が頭を下げる。
 そんな2人の様子に湯婆婆が深くため息を吐いた。
 そしてふわりと髪とペンが浮かび上がり千尋の目の前へ移動する。



「…契約書だよ。そこに名前を書きな。」

「!」

「雇ってあげると言ってるんだ。その代わり帰りたいだとか泣きべそを掻いたらすぐに子豚にしてやるからね。」

【随分と簡単に了承するんだなァ】



 働きたい者には仕事を渡す誓いを立ててるの。
 ボソッと答えた黒凪を湯婆婆が睨む。
 すると千尋が名前を書いていた手を止めた為契約書が湯婆婆の手元へ移動した。



「…ふん。千尋と言うのかい。」

「は、はい」

「贅沢な名だねぇ…」



 ぺり、と契約書から文字が浮かび上がる。
 その様子に閃がぎょっとしていると文字が湯婆婆の手の平に吸い込まれぎゅっと握り潰された。
 これからアンタの名前は"千"だ。
 そんな湯婆婆の言葉に閃がビクッと反応し限と火黒も思わず目を向ける。



「分かったら返事をするんだよ。千!」

「は、はい!」

「っ、(返事しかけた…!)」

「…お呼びですか。」



 部屋に響いた新たな声に全員が目を向ける。
 部屋の扉の前に立っている少年を見た黒凪が微かに目を見開いた。
 しかし少年は黒凪に目を向けず湯婆婆を見ている。



「今日からその子が此処で働くよ。世話をしな。」

「はい。…名は?」

「ち、…千、です」

「では千。私と共に来なさい」



 すたすたと歩いて行った少年に黒凪達を気にしつつ付いて行く千尋。
 彼女達を見送った黒凪は湯婆婆をキッと睨んだ。



『神をあの様に扱って…』

「ハクはもうアタシの奴隷だよ。契約だってしてある」



 アンタとてそう簡単には此処からハクを連れ出す事は出来ないよ。
 坊によって荒れた部屋を元に戻しつつ言った湯婆婆に黒凪が眉を寄せる。
 それじゃあこうしましょう。そう言って湯婆婆に向き直った黒凪に彼女の大きな瞳が向いた。



『あの神が此処を抜けたいと申し出た際には必ず此処に来ます』

「…懲りないねえ」

『懲りるわけにはいかないのです。…丁度主が高齢の神佑地があります。倅も居ない為、新しい主が必要なのです』

「フン。その主にハクをねぇ…」



 今更神が務まるとは思えないよ。
 呆れた様に言った湯婆婆に「務まる務まらないの話ではないのです」と反論した。
 彼は神です。…神であるべき存在なのです。



『その神を奴隷の様に扱っている貴方の行いにはもう目を瞑っていられない。…近い内に彼への術を解いてもらいます』

「やれるものならやってみな。この湯屋はアンタが贔屓にしている土地神達も使う場所だ」



 そう簡単には潰せないよ。
 余裕の表情で言った湯婆婆を一度睨んで「失礼します」と頭を下げた。
 そうして窓から外に出ると黒凪は肩の力が抜けた様に息を吐いて暗い空を見上げる。




 厄介な魔女。


 (…言ったとおりでしょ?)
 (確かにあれは面倒だな…。)
 (下手に力を持ってるから手ェ出せねぇしなァ)
 (…全く隙が無かった)


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