Long Stories

□世界は君を救えるか 番外編
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  ありがとう。傍にいてくれて。

  夢主がもしも数千年前に迷い込み、丁と出会ったら、という妄想話。
  夢主の実年齢は15歳の時。(姿は10歳)



『……?あれ』

「おや、何処から来たんだいお嬢ちゃん」

『…すみません、此処は…』

「此処は小さな集落さね。あんたご両親は?」



 ああ…、と言葉を濁す。
 小さな集落か。どうやらまた変な場所へ迷い込んでしまったらしい。
 最近は魂蔵に無尽蔵に蓄えられる力の影響で無意識下で空間を移動してしまう事が多くある。
 今自分に話しかけている女性の羽織る衣服を見ても時代を超えてしまった事は明白だった。



「捨てられたのかい?」

『…まあ、そうですね』



 適当に言った答えに面倒臭がって放っておくだろうと予想していた女性の行動は予想の真逆を行った。
 うちへおいで、と快く招き入れたのだ。それはいわば"拾われた"とでも言っておくべきか。
 …しかし貧困であったこの時代にそんな心優しき人が居る筈も無く。



「――おお、見つけたのか!」

「ええ。そこに捨てられておった。丁度良かろう。」

「これで贄が揃った…!」



 そうして気付けばこの有様だ。
 そんな風に考えながら此方に向かって拝む村の人々を見下した。
 白い着物を着せられ、頭には何やら飾りの様なものを着けられ、首には勾玉の飾り。
 隣には、同じ姿をした少年。



「恨むなよ、丁。お前しかいなかったのだ…。」

「そうよ。だからどうか安らかに。」

「…良いのです。この時代ですからね…人の心を休める方法はこれだけですし。」



 恨みなどない。そんな風に穏やかに少年が言った。
 随分と変わった子供だ。彼のその悟った性格を知っているのか、誰も彼を縛りはしなかった。…私とは違って。
 そりゃあそうだろう。数日前に拾われただけの得体の知れない子供が私だ。
 怯えて逃げ出そうものならこの雨乞いの儀式は失敗してしまう。
 身体をきつく縛る縄をちらりと見下した。こんなものが無くとも逃げはしないのに。



「もしもあの世と言うものがあるのなら、この村の人間全てに何らかの制裁を与えてやる…」



 そんな風にたった一度だけ少年が呟いた。
 それは村の人々が去り数日経った夜更けの事だった。
 村人の前では利口に振る舞い、互いに飢餓で倒れるまでは文句1つ言わなかった。
 そんな少年がそう言ったのだ。



『…、』



 その言葉にごそ、と音を立てて身体を起こす。
 さっさとこの縄を解いて逃げようかとも思ったが、魂蔵にある力は私を殺さない。
 だからせめてこの運命を受け止めているこの少年と共に一度事切れようと思っていた。
 …だがもしも村人に恨みを持っているのなら、死にたくないのなら。



「…あぁ、貴方も話したいんですか?」



 色の悪くなった少年の小さな手が猿轡を解いた。
 口元が自由になった途端に言葉を放とうとしたが、予想以上に飢餓の影響が強い様だった。声が出ない。
 でもどうにか絞り出そうとしたら、乾いた声が飛び出した。



『…生きたい、なら』

「?」

『…助け、ら…』

「……。良いんです。この時代にはよくある事ですから、これは。」



 この少年の声も掠れている。でも随分と簡単そうに話すものだ、と感心してしまった。
 この時代はいつなのか、そんな事を聞く間もなくこんな事になってしまった。
 そんな風に考えながら徐に少年に手を伸ばす。
 私もこの子ももう限界だった。



『(すぐに元の時代に戻る。でもその前に。)』

「……、」



 少年の着物を力なく掴んで引き寄せる。
 そんな黒凪を少年は拒む事無く目を細める。
 この少年にも母や父はいないのだろうか。
 この少年にも、…頼れる人は誰も。



『…ちょう、』

「…」



 掠れた声に少しだけ少年が目を開いた。
 そして小さく笑った黒凪にまた目を細めて行く。
 やがて2人は身を寄せ合う様にして事切れた。
 そしてその数分後に鬼火が周辺に集まりだし、黒凪がゆっくりと目を開く。



【お、良い身体があるぜ。子供だし。】

【餓死させられたんだ…無念だろうに…。】

【どうする?女の方か男の方。】

『……。よいしょ。』



 ヒッ、と小さな声がした。
 その声に振り返ると黒凪は鬼火を見て表情を変えず木の葉が乗った髪を手櫛で整える。
 そして目の前に音も無く立っている影に目を向けた。
 その影に気付くと怯えた様に鬼火達が退散する。



『……。(あぁ、この森の神か。)』

【…贄…】

『これは水神に捧げられたものだ。貴方に宛てたものではありません。』

【…今まデノ贄ハ全て我ガ喰ッたガ…?】



 ああ成程。だからそんな姿に成られたのですね。
 呆れた様に言った黒凪の視線の先にはどす黒く汚れ、形も定まらぬ影が立っている。
 およそその姿は神とは呼べない。恐らく今までの生贄達が望まぬ死を遂げ、その魂を勘違いしてこの神が喰らった為だろう。



【寄越セ…】

『(この時代で神を殺した所で私を罰するものは居ない。それにこれだけ弱っていてこの森が無事ならば森が死ぬ事はない筈。)』

【寄越セ!!】



 事切れた丁に向かって影が一気に動く。
 そんな影を結界で囲み押し潰した。一気にどす黒い液体が周辺に飛散する。
 そして再びそろそろと戻ってきた鬼火をちらりと見てから徐に己の目の前の空間を歪めた。
 神と同じ様に鬼火を滅しても良かった。でも。



『…。』



 目を伏せて空間の歪みに飛び込む。
 あの鬼火が入って鬼となったならこの世に留まるかもしれない。
 あるいは本当にあの世があるのなら、きっと彼はそこで生きる。
 確固たる確証はない。でも彼ならどうにかするだろう、決して悪い様にはならないだろうと。そんな気がしたのだ。






























「…ああ、あのイザナミさんの所の柱ですか?あれは100%私の趣味です。」

「え、そうなんですか?罪がどーとかじゃなく?」

「ええ。私が個人的に灼熱地獄の大焼処に落としました。彼等はこの地獄のシステムが出来る前に来ていたのでルールは関係ありませんし。」



 実際地獄に行った丁改め鬼灯は地獄にて閻魔大王の次の地位である第一補佐官となり、己を殺した村人達を終わりのない苦痛の中に閉じ込めた。
 見事有言実行を遂げた彼は現在その過去を目の前に立つ茄子、唐爪に語っている最中である。
 現在話している"柱"とは初代第一補佐官であるイザナミの住む御殿にある複数の亡者を火炙りにし続けるオブジェの事である。
 勿論その亡者は全て鬼灯を殺した村人達であり、彼等は数千年前から現在に至るまで常に火あぶりの痛みに縛られていた。



「いや〜、中々ハードなしっぺ返しですね…」

「罪を憎んで人を憎まずと言いますが、それが通用するなら地獄は要りませんから。」



 そもそも私は生贄にされた事より、孤児などと言う本人にはどうしようもない理由で排除対象にされた事がどうしようもなく不愉快なんですよ。
 そこまで言って不自然に言葉を止めた鬼灯に茄子と唐瓜が顔を上げる。
 一点を見つめて考え込んだ鬼灯に2人が小首を傾げた。
 そんな2人に気付くと鬼灯は何事も無かったかのように会話を再開する。



「…で、あの村人達を探し出すのには苦労しました。何せ顔がうろ覚えだったもので。」

「("で、"って…しかも自分殺した奴の顔がうろ覚えってどうなんだソレ…)」

「あの鏡を見たら思い出せたんじゃない?」

「…ああ、浄玻璃鏡は閻魔殿に設置してからのものしか見れないので私の過去は見れません。」



 しかし村人達に何らかの制裁を与えると彼女に宣言しましたからね。
 さらっと言った鬼灯に「彼女?」と茄子と唐瓜が食い付いた。
 そんな2人にまた鬼灯が停止する。そして暫しの沈黙の後に「あ。」と呟いた。



「思い出した。そう言えば私と一緒に生贄にされた人がいました。」

「なんでそんな大事な人の事忘れてんのー!?」

「へ〜、それが"彼女"なの?」

「はい。雨乞いの儀式には男女の生贄が必要で、確か彼女も私と同じ様に孤児であったが故に。」



 最期を一緒にした人の事も忘れるなんて…流石鬼灯様…。
 白眼を向いてそんな風に考える唐瓜は早足に踵を返し書庫へ向かった鬼灯の後に続く。
 茄子も好奇心からその後に続いた。



「鬼灯様、何するの?」

「過去の資料を漁って探します。」

「その"彼女"をですか!?この数千年分を!?」

「勿論。」



 ええええ…。
 絶句。この一言に尽きる。しかしそれをやってのけるのが鬼灯様だ。
 彼は僅か2〜3時間で全ての資料を読み切り物凄い音を立てて机に資料を叩きつける。
 そんな彼に「ヒッ」と肩を跳ねさせてそろそろと近付いた。



「ど、どうでした…?」

「…居ません。」

「…へっ?」

「二度見返しましたが全くそれらしき記録が残っていない。…これは現世まで探しに行く価値アリです。」



 え、ええええ!?
 これまた絶句。しかしそれをやってのけるのが鬼灯様…!
 彼は瞬く間に己とこの地獄に差し支えない程度の自由時間を作りさっさと現世へ行ってしまった。
 しっかりと迷惑の掛からない様にしていく辺り流石だが、あまりの行動力に言葉が出ない。


 
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