Long Stories

□世界は君を救えるか 番外編
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 そして次の日。
 学校が昼休みのタイミングで今回、旧校舎での怪奇現象に巻き込まれた全員が校長室に集められた。
 そして全員が集まったことを確認した渋谷がカーテンを閉め、赤いライトを点灯させる。



「光に注目してください。」

「(一種の暗示…催眠術みたいなものか。)」



 渋谷の指示に従いながら、閃がそんな風に考える。
 何かを誘発するものなら俺も黒凪も暗示に引っかかるべきではない。
 無意識下にでも力が抑えられなくなればやばいし。
 それは黒凪も分かっているのだろう、2人ともかすかに視線をライトから外し今回の暗示を乗り切った。
 そして次の日の放課後…。



「さて、じゃあこの板を外そうか。」



 そう、旧校舎の一室の入り口部分につい最近取り付けられたかのような真新しいベニヤ板を前に渋谷がそう言った。
 板にはジョンと麻衣のサインが掛かれており、それはこのベニヤ板がつけられた時から動かされたり、破壊されたりしていないことを物語っている。



「この板は昨日のうちにジョンと麻衣の協力でここに取り付けたものだ。教室の中には椅子が1つ。そして仕掛けたカメラがある。」



 ベニヤ板を外し、中に設置されていたカメラを取り外してその映像を全員で鑑賞する。
 そして映像の中で、昨晩のうちに椅子が不自然に動いていたのが見て取れた。



「これは…立派なポルターガイストじゃねえか!」

「ほらね、やっぱり幽霊がいるのよ! これでわかったでしょ影宮君、霊以外の可能性なんて考えても無駄…」



 滝川を皮切りに黒田がそう叫ぶ。
 しかし渋谷はいたって冷静に応えた。



「ポルターガイストの原因のほとんどは人間だ。」

「…え」



 黒田が言葉を止める。
 そんな中、麻衣が怪訝な顔をして言った。



「じゃあこれも人の仕業だっていうの? でもこの教室は入れないはずじゃ…」

「ああ。しっかりとベニヤ板で入り口は塞いでいたしな。」

「じゃあどういう…」



 首をかしげる麻衣を見て渋谷が続ける。



「僕は昨日、此処に居る全員に暗示をかけた。その日の夜…つまり昨晩にこの教室の中にある椅子が動く、と。」

「で、でも…やっぱりここに入れない以上人が椅子を動かすのは無理なんじゃ…」

「ポルターガイストは一種の超能力だ。それは例えば一時的に掛かった強いストレスや、強い思い込み、注目してほしいという欲求…様々な無意識の感情が引き金となる。」



 そういう場合、暗示をかければ十中八九その通りのことを引き起こす。
 そこまで言った頃には、教室内にいた全員の視線がまっすぐに黒田を捉えていた。
 この中で思い込みが強く、自己顕示欲が強い人物は誰か。明白だった。



「そ、そんな…私がやったって言うの?」

「まあ、ここにいる全員に暗示はかけているし、個人を特定するにはまたもう数回実験を重ねる必要がある。だが…」



 貴方達なら、分かっているのでは?
 そう言った渋谷の視線の先には、黒凪と閃。
 渋谷の言葉に他の全員もこの2人に視線を移した。



「ヒントをどうもありがとう。影宮君、だったかな。そして黒田さんの力で開かなくなっていた扉を容易に開けてみせた…貴方も。」

『…。閃、京は?』

「…来たよ、ようやく今。」



 がら、と教室の扉が開く。
 そしてぬっと姿を見せた銀髪の大男に扉の傍にいた松崎と滝川が少しのけぞるようにして道を開く。
 そんな大男…翡葉京一の視線の先に立つ黒田は微かに肩を跳ねさせ、近くに立つ麻衣の方へと少し逃げるようにして動く。



『ご両親はなんだって?』

「大分ごねられたが、ようやく理解は得られた所だ。」



 家で前兆は見られなかったからな、信じてもらうのに時間を大分使った。
 そう無表情に言って翡葉が改めて黒田に目を向ける。
 ほかの面々はその異様な空気感に皆何も言えないでいる。



「黒田早紀。急で悪いが、これからあんたは学校に通わず夜行で過ごしてもらう。」

「や、夜行…?」

『…閃、順を追って分かりやすーく説明してあげて…。京じゃダメだわ。』

「あ?」



 翡葉が微かに目つきを悪くさせて黒凪を見下ろす中、閃が一歩踏み出して口を開く。



「あー、まずあんたにはちゃんと自己紹介をするべきだよな。こいつは間黒凪、この人は翡葉京一…俺達3人とも、裏会っていう組織からやってきたんだ。裏会は日本全国の異能者の情報を管理する組織で、特に翡葉さんと俺は夜行っていう裏会実行部隊に属してる。」



 で、まずなんでそんな俺たちが黒田を連れて行こうかとしているかというと…。
 そこまで言ったところでぱちん、と麻衣が両手を叩いて言った。



「分かった! 黒田さん、超能力者だったんだ⁉」

「え…」

「…。ま、そういうことだな。で、今回黒田には短くて数か月、長くて数年の…まあいわば超能力講習をうちで受けてもらう。で、完全に能力をコントロールできるようになってもらいたい。」

「能力を…コントロール…」



 実際、今回に巫女の松崎さんと校長先生を傷つけちまったんだし、その重要さはわかってるよな?
 そう閃が確認するように言うと、静かに黒田が頷いた。



「…え、じゃあちょっと待って。あなたたち最初からそこの子を目的にここにきてたってこと?」

『まあ…実際に此処での幽霊騒ぎの連絡をしてきたのはここの校長先生で、様子見で閃を投入したところ黒田さんの存在に気が付いてね。』



 それで私も来て、今回のことで黒田さんには夜行に来てもらう必要があるっていう決断に至って…ここにいる翡葉が来たっていう感じ。
 そこまで黒凪の言葉を聞いていた滝川が眉間に皺を寄せて口を開いた。



「だったら、怪我人が出る前に止めることだってできたんじゃねーのか? それにここまで時間をかけなくとも、簡単に終わった話だっただろうに…」

「いや。先ほどそこの翡葉という彼が話していた内容から察するに、彼らは今まで彼女のご両親と交渉をしていたはずだ。」



 たとえ公的な組織だとしても、親の許可なしに子供を連れていくことはできない。
 つまり今まで彼らは黒田さんを強制的にその夜行へと連れていくことはできなかったはず。
 …となると、自分の力を制御できないサイキックの彼女を下手に刺激するより、ご両親の許可が下りるまで待つ方がはるかに安全だ。



「…最終的に怪我人は出てしまったわけだが。」



 その言葉に黒凪が肩を竦め、翡葉が面倒くさげに後頭部を掻いて一歩踏み出した。



「ま、そういうことだ。行くぞ。」

「っ…」

「…俺が怖いのはわかる。が、夜行の人間は皆が皆こんなじゃない。来ればわかる。とりあえず来い。」

『自分で自分を “こんな” だなんて…あんたもついに謙遜って言うのを覚えたのねえ。』



 目元を着物の袖で拭うようなしぐさをする黒凪を無視して翡葉が黒田の元へと進んでいく。
 しかし顔を青ざめた黒田が一歩身を引いた途端に旧校舎の天井がミシミシと音を立て、天井が突然崩れた。



「きゃあっ⁉」

「天井がっ…!」



 入口近くにいたジョン、滝川、松崎、そして真砂子はかろうじて崩れる教室から出られたが、教室の中央付近にいた黒田、渋谷、麻衣…そして裏会の面々は脱出できなかったらしい。
 それに気づいた滝川とジョンが焦って砂埃を払った所、裏会の3人を除いたこの旧校舎にいる全員が一様に表情を固まらせた。



「ったく、結局こうなる…。」



 そう言って天井を見上げた状態から黒田に目を向けた翡葉。
 慣れた様子で周辺に作られた結界を見上げて黒凪に目を向けた閃。
 そして人差し指と中指を立てていた右手を下ろし、徐に黒田の元へと歩き出した黒凪。
 そんな彼らを含めた教室の中にいる人々全員が透明の箱のようなものに囲まれていた。



「透明の…箱?」

「これが ”結界術” というものですわ。実際に見たのは私も初めてですけれど…。」

「って、きゃあ⁉」



 麻衣の声に視線を結界から動かすと、また驚きの表情を浮かべる面々。
 麻衣や渋谷、黒田の周りにはうねうねと動く蔦が伸びており、鋭い木の欠片などを正確に掴み取っていた。
 その蔦は翡葉の上着の中の方から伸びている。



「…成程、これがアヤカシというものですか。」



 渋谷の落ち着き払った声に翡葉が同じようにして返す。



「いや、俺は混ざってるだけだ。だから霊感が無くとも見える…。」



 そうこう言っている間にも黒凪が気絶してしまって麻衣の腕の中にいる黒田の額に手を触れる。
 麻衣はその様子を心配げに見つつもちらちらと翡葉の蔦を見ていた。



「あ、あの…その ”混ざっている” って言うのと黒田さんはどうしても同じには見えないんだけど…」

『この子はただの超能力者。京…、翡葉は妖の力を宿す人間ってところかな。黒田さんは能力のコントロールさえ身に着ければ普通に人の社会で生きてもらうことになるけど…妖混じりは違う。』



 根本から人とは違うから、人と一緒にって言うのは難しいところがあるからね。
 そこまで言って黒凪が結界を入り口にまで引き延ばし、翡葉に目を向ける。



『じゃあ京、黒田さんよろしく。』

「じゃ、その子頂戴。」



 麻衣に右手を差し出し、片手で軽々と黒田を持ち上げる翡葉。
 そんな彼は入口へと向かっていく黒凪と閃の後に続いていく。
 そして全員が入り口までくると結界を解き、結界の上に積もっていた天井の木や砂埃が一気に教室に落ちた。



『さて、校長先生への報告はどうしようかな。』

「それは僕が適当に言っておきます。今回のポルターガイストの原因の彼女がここから離れるのだから、もうこれ以上怪奇現象は起きないでしょうし。」



 そう名乗り出た渋谷に「ありがとう」と黒凪が返事を返し、よっこらせと閃の背中に乗った。



『じゃあ皆さん、またいつか機会があればね。あと滝川さん、あなた住所の更新出来てないみたいだからまたしておくようにね。記録室から本人に伝えておくようにって。』

「げっ、確かに山を降りてから住所変更してねーや…。」

『それから…麻衣ちゃん。』

「…え、あ、はいっ⁉」



 またね。そうとだけ言って姿を消した3人にぽかんとする麻衣。
 皆の怪訝な視線が彼女に突き刺さる中、校門の方から人影が近付いてきた。



「――麻衣。」

「はいっ! …って、あ…お母さん⁉ どうしてここに…ってもう下校時間とっくに過ぎてるー!」


「…” お母さん ” …?」

「全然似てないわね…。寧ろ似ているって言ったら…」



 さきほどこの場所を去ったばかりの少女、間黒凪を一様に思い浮かべる面々。
 しかしそんな彼らの表情には気づかず、麻衣がカバンを持って大きく手を振った。



「それじゃあ皆ー! またねー!」

「”またね” って…事件は解決したからもう会うこともないのに。」



 麻衣にお母さん、と呼ばれた白髪の女性。
 そして麻衣の背中を見送り、渋谷は静かに考えるように視線を落とした。



 幽霊がいっぱい⁉


 (――麻衣。)
 (うぅ〜ん…おはようお母さん…)
 (渋谷さんからお電話よ。)
 (ん…ぅえっ⁉ ナルから⁉)

 (――お母さん! バイトしていい⁉)
 (いいわよ。)

 (あ、もしもしナル⁉ バイト、ぜひやらせてください!)


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