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□きっかけの恋のお題
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 名前の付けられない感情
 with クロス・マリアン from D.Grayman



 私は貴方の何なんでしょうか。
 ふと、私は思うのです。
 貴方に私は愛されているのかと。



「よぉ、ちょっと匿ってくれねぇか?」

『クロス、様?』

「あぁ。1年ぶりだな黒凪」

『…どうぞ中へ』



 突然現れた赤髪の長身の男。
 彼を家に招き入れ、扉を閉める。
 ドカッと椅子に座る彼の前に珈琲をことりと置いた。
 この人はいつもこうだ、突然用事が出来たと出て行ってはまたふらりと此処に戻ってくる。
 …いや、戻ってくると言う言葉は語弊かもしれない。立ち寄る、と言った所か。



『エクソシストのお仕事は大丈夫なのですか?』

「まあな。最近は暇な方が多い」

『そうですか…。』

「…もっとこっちに来いよ」



 ぐいっと腕を引かれてクロスに凭れ掛かる様に倒れ掛かる。
 驚いた様に体を起こそうとした黒凪だったが、ニヤリと笑うクロスに阻止された。
 そして改めて動きを止めるとふわりと甘い香りが鼻につく。
 あぁ、この人はまた。



『此処に来る前まではどちらに?』

「あ?…中国」

『中国、ですか。それはまた』

「何だ?匂うか?」



 悪びれる事無くそう言った彼に少し眉を寄せる。
 ええ、匂いますとも。
 私が持てる筈も無い様な、高級そうで、とても鼻につく甘い香りが。
 黙った黒凪にクツクツと喉を鳴らしたクロスは彼女の頭に片手を持っていく。
 ぐりぐりと頭を撫でられた黒凪は静かに目を伏せた。



『クロス様はずるいです…』

「でも惚れてるんだろ?」

『…自分で言わないでくださいまし』



 黒凪の言葉に再びクツクツと笑う。
 そんなクロスの顔を徐に見上げる黒凪。
 彼は目で何かを探す様に部屋を見渡していた。
 恐らく酒でも探しているのだろう、そんな彼の顔を下からじっと見る。
 やっぱりかなり整った顔。そして綺麗な赤髪。
 世の女性が放っておく筈が無かった。



『すみませんが、貧乏な私の家には酒なんてございませんよ』

「…ん?」

『お金も貸す事が出来ません。…ごめんなさい』

「………」



 目を逸らしてそう言った黒凪を無言で見下すクロス。
 そう言えば何故だろう、彼が此処に来てくれるのは。
 金もない、酒も無い、只の貧乏人の私の元へ。
 訊きたいが、訊きたくない。怖くなった黒凪は徐にクロスの側から離れた。



『もう遅いですし、ベットをお使いください。』

「…一緒に寝るか?」

『いえ、私は仕事がございます』

「そうか。じゃ、お先に」



 立ち上がって頭を掻きながら部屋から出て行こうとするクロス。
 その後ろ姿を見た黒凪は徐に彼を呼び止めた。
 ん?と振り返ったクロスを見た黒凪は胸元で両手をぎゅっと握り、口を開く。



『行ってしまわれる時は、私に一言下さいね』

「…あぁ。」

『よかった。…おやすみなさい』



 今度こそ部屋を出て行くクロス。
 黒凪はへなへなと椅子に座り込んだ。
 先程まで彼が座っていた椅子。
 微かにぬくもりが残っている。
 ぽたた、と服に涙が落ちた。



『(ああ、また行ってしまわれる)』

「…黒凪」

『!』



 低い声にばっと振り返った。
 クロスは微かに目を見開いて黒凪を見る。
 泣いているとは思っていなかったのかもしれない。
 彼の驚いた様な顔を見た黒凪は涙を拭い、笑顔を彼に向けようとした。
 が、クロスの大きな片手が黒凪の目を覆う。



「…笑顔は別に良い」

『……でも、クロス様』

「悪かった。お前はそんな事では泣かねぇと思ってたんだ」

『す、みません…。私もまさか涙が出て来るなんて』



 そんなに嫌だったのか。とクロスが徐に黒凪を抱きしめる。
 やっぱり甘い匂いがした。
 でも私が泣いたのはそれじゃない、と思う。
 彼が行ってしまうのが、また会えなくなるのが嫌だった。



『クロス様が行ってしまうのが悲しくて…。すみません…』

「……。」

『っ、ひっく、』

「…一緒に来るか?」



 低い声にゆっくりと顔を上げる。
 ああ、きっと酷い顔だろうな。
 目が腫れて、鼻も赤くなっていて。
 でもそれよりも、私はクロス様の言葉に驚いていて。



『…え?』

「一緒に来るかと言ったんだ」

『良いのですか…?』

「…死ぬかもしれん」



 私は今まで彼が誰かを連れているの何て見た事がない。
 いつも1人だった。女性を連れているのも、見た事がない。
 良いの?本当に?それとも私が気づいていないだけで他にも女性を連れて…。
 黒凪の心境を見抜いてか、クロスは目を細めて徐にこう言った。



「他には誰も連れてない。女を連れて行くのはお前が初めてだ」

『嘘…。』

「本当だ」

『…どうして、』



 目に涙を浮かべながらそう問いかける黒凪を見たクロスは徐に目を逸らした。
 さぁな、と返す彼に再び黒凪の目から涙が溢れ出る。
 でもこれは悲しみの涙じゃない。だってほら、微笑んでいるでしょう?
 笑いながら泣いている黒凪を見たクロスはフッと笑って涙を拭った。




 あの瞬間に、あの表情を見た時


 (師匠!?)
 (あ?なんだ馬鹿弟子)
 (な、ななな…。遂に女性を連れて歩く様になったんですか!?)
 (別に構わんだろ。)
 (女遊び激しいくせに何言ってんですか!悲しむでしょう!?)
 (あ?遊ばなきゃいいんだろーが)

 (…え?)
 (あ?)


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