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□きっかけの恋のお題
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思えばずっと前から
with ザークシーズ=ブレイク from Pandora Hearts
私はレインズワース公爵家に仕える使用人。
右隣に居るのはザークシーズ=ブレイク。
彼とは長い付き合いだ、言ってしまえば、50年程。
そう、私は彼と共に50年前にアヴィスに堕とされた。
そして現在、彼と共にシャロンお嬢様に仕えている。
「お嬢様は来ませんネェ…」
『貴方に愛想が尽きたんじゃない?』
「失敬な。ワタシは何もしてませんよー。」
『この間からかっていたじゃない』
気の所為デスー。と言いながらガリッと飴を噛む。
風に揺られて彼の長い前髪が揺れた。
白い髪の下には風穴となった左目が隠れている。
黒凪は徐に手を伸ばし、彼の左目の部分に手をかぶせた。
つい、とブレイクの赤い瞳が此方に向く。
「…何デス?」
『……ケビン』
「その名は捨てマシタ」
『…そうね』
すっと手を離し、顔を伏せる。
彼とは切っても切れない縁がある。
50年前のとある日、一緒にアヴィスに堕ちて一緒に出て来た。
彼はその事実を嫌っている。
『私は、貴方にとって邪魔じゃない?』
「………。」
『私は……"貴方を知っている、唯一の人間だから"』
「……何馬鹿な事言ってるんデスカ」
そうね、と眉を下げて笑う。
…思えばあの時から。
主人を蘇らさんと彼がおかしくなってから、ずっと私は―――…。
ねえ、闇に葬ってしまいたい?
貴方以外に唯一真実を知る私が邪魔?
貴方の手になら、殺されても良いのよ――。
そんな意味を込めて、私はいつも彼に背を見せる。
両手をふざけた様に上げて、肩を竦めてみせるの。
『お嬢様を探して来るわ』
「…どうも。」
『私の分のケーキ、残しておいてね』
「それは約束できませんネェ」
手をヒラヒラと振って、歩き出す。
早く、早く。私を殺して。
どうせ貴方もこの先短いのなら、私を殺して。
偶然貴方と同じで体の老化が起きない体になれたの。
貴方と同じく美しいまま死ねるのなら、本望だわ。
「…黒凪」
『?』
「ワタシに背中を見せるのは止めなサイ。殺せと言われている様で不快デス」
『不快?…可笑しな事を言うのね』
黒凪の言葉にピクリと眉を寄せるブレイク。
不快だなんて言わないで、私はあの時から死にたくてたまらないの。
貴方が、シェリー様に忠誠を誓ったあの時から、私は。
何も言わないブレイクを見た黒凪は再び彼に背を向け、歩き出した。
ブレイクは徐に立ち上がると速足に黒凪に近づいていく。
「黒凪!」
『っ!』
「貴方は最近可笑しい!何かあったんデスか!?」
『(ああ、嫌いよ。その可笑しな話し方もシェリー様に会ってからでしょう。)』
眉を寄せて笑う黒凪の肩を掴むブレイク。
彼の焦った様な顔。
怖いの?意味の分からない事を口走り始めた私が。
不気味だと思うなら、殺してしまって。
黒凪は目を見開いて彼の赤い隻眼を見た。
『殺して、ケビン』
「っ、は?」
『私を殺して。貴方はもう貴方じゃない』
「何を、」
貴方はもうケビンじゃないの!と眉を寄せて叫んだ。
私は今もこの男と恋人同士だが、貴方はあの頃から変わってしまった。
どうして?アヴィスに堕ちた時も私と貴方は恋人同士だった!
でもアヴィスから出てみれば、貴方はアヴィスの意志の為に動く様になり、シェリー様に忠誠を誓った!
私が愛していたあの頃の貴方は完全に消え去ってしまった…!
『大好きだったのよ!私達の主人の為に動く貴方が、あの方達の為に"白の騎士"と契約した貴方が!』
「!」
『人を何人殺しても変わらなかった。貴方は違うの?貴方は…!』
「…違いマス」
ひゅ、と息を飲む。
ブレイクの言葉が頭に響いた。
彼の腕が伸びて、ぎゅう、と抱きしめられる。
目を見開いて固まった黒凪を強く抱きしめ、ブレイクは「はー…」と息を吐いた。
「…違うんデス。ワタシは、あの頃…貴方の事を愛してなんていなかった」
『っ!』
「でも、ワタシと共にアヴィスに堕ちた貴方を。上手くワタシを慰める事も出来ないくせにワタシの側から離れない貴方を」
ワタシは本気で好きになってしまった。
このままでは駄目だと思った。
自分は人を沢山殺し、そして自分を好いている彼女よりも主君の事を考えていた。
そんな自分を捨てなければならないと思った。
…でも、食い違っていたらしい。
「すみませんデシタ。ワタシは貴方を愛しています」
『……っ、さっきのは前言撤回よ』
「……」
『今の貴方も大好き…っ』
眉を下げて笑ったブレイクは再び黒凪を抱きしめた。
黒凪はブレイクの服を掴み、彼の耳元に口を寄せる。
ブレイクは素直に耳を傾けた。
ん?と訊いて来たブレイクの声はとても優しかった。
『ケビン、って呼ぶのはこれで最後にするわ。でも1つだけ約束して』
「はい」
『貴方が死んでしまう時は、私も一緒に…』
「…勿論デス」
互いに寿命は短い。
ならば、どうせ死んでしまうのなら。
2人で共に。
抱きしめている女性がもしも現代の女性なら、自分はこんな約束など結ばなかっただろう。
50年前から、自分と共に同じ道を歩いてきた彼女だからこそ、結べた約束なのだ。
壊れてしまった私達は
(オレは!この馬鹿の左眼だ!!)
(高らかに宣言している所悪いですけど)
(…げっ、黒凪…)
(ザクスの左眼は譲らないわよギルバート!)
(ばっ、ちょ、今そんな事言ってる場合じゃ…!?)
(あーあ。頑張って下サイ、ギルバート君)
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