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□小悪魔なきみに恋をする
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 思わせぶりはきみの特技だ
 with 真田龍 from 君に届け



『お疲れ様。今日も走ってんね』

「……ども」



 毎日8時頃に走るのが俺の日課。
 ピンに渡されたメニューに走れって書いてあるんだから仕方がない。
 その時間帯に同じ場所で毎度違う飲み物持って待ってる女が最近現れた。
 俺の為に待ってると言うコイツを置いておくことも出来ず、俺は毎度ここらで休憩している。



『今日は最近話題の味が付いた水だよ』

「味が付いた水?」

『うん。知らない?』

「水の味じゃねーの?」



 桃の味!にぱ、と笑って言った黒凪。
 そんな彼女を見て小さく笑った。
 話せる様になったのも笑う様になったのもつい最近だ。
 真田君が笑う様になるまでだいぶ粘った。長かった。
 水を飲む彼を隣に黒凪が小さく笑う。



『美味しい?』

「…微妙。俺はふつーの水が好き」

『ありゃりゃ。じゃあ次は蜜柑味にする!』

「…………。うん」



 ながーい沈黙の後に頷いた。
 どことなく悲しんでいる様な気がする。
 それでも文句ひとつ言わない彼は随分出来た人だ。文句なしに優しい。



『野球の試合いつなの?』

「…来る気?」

『駄目?』

「いや、いーよ。別に」



 いえい、とまた笑った。
 嬉しそうに笑うんだな、千鶴とは違う。
 そう思っていると少し遠目に千鶴が見えた。
 …あの挙動不審な動きは俺等の事見つけてんな。



『あ、千鶴ちゃんだね』

「ん」

『いーの?』

「何が?」



 好きなんでしょ?そう言った黒凪の言葉に一瞬動きを止める。
 そして「うん」と返したがなんだか小さな違和感。
 小さく首を傾げた。
 それから数分程話してまた走り出す。
 チラリと見た黒凪の横顔はコンビニから出た千鶴を真っ直ぐ見ていた。





























「おっちゃん!ラーメン頂だ…」

「あ、千鶴」

『あれ?千鶴ちゃん』

「………」



 がばーっと口を開いたまま固まる千鶴の頭を龍が徐に叩いた。
 はっと目をパチパチさせた千鶴はまじまじと黒凪を見る。
 そして無視するわけにもいかないのだろう、彼女の隣に座った。



「…塩ラーメンちょーだい…」

「あいよ!」

『おいしーよね。』



 ビク!と過敏に反応する千鶴。
 その様子をチラリと龍は横目で見ていた。
 千鶴が横を見ると挑戦的な目で黒凪が見ている。
 数秒程見つめ合うと千鶴は覚悟を決めた様に口を開いた。



「好きなの?」

『…塩ラーメンが?』

「違うよ!りゅ、」

「注文聞きましょうか?」



 隣をすっと通った龍に固まり、彼が通り過ぎた事を確認すると声を潜めて言った。
 龍の事、好きなの?…と。
 黒凪は肯定を籠めて笑った。
 その様子にまた千鶴が固まっていると黒凪は机にお代を置き立ち上がる。



『じゃあね、真田君』

「あ。サンキューな」

『美味しかったよ〜』



 手を振って出て行く黒凪。
 すると龍の目にカウンターに引っかかった折り畳み傘が見えた。
 傘を掴んで後を追えば黒凪の背中が見える。



「六道」

『?』

「傘」

『…あ、ごめんごめん』



 手渡してすぐに背を向ける龍。
 その手を黒凪は咄嗟に掴んだ。
 すぐに此方を見る龍。
 黒凪は眉を下げる。



『…来てくれてありがと。』

「うん」

『……千鶴ちゃんの事好き?』

「…うん」



 もや、とまた違和感。
 日に日に大きくなっている様な気がした。
 そっかと黒凪が笑う。
 ズキンと一層大きな違和感。
 手が離れた。…また、違和感。



『またあし、た!?』

「…………」



 黒凪を抱きしめた腕に力が入る。
 え、と振り返った黒凪は顔を伏せた龍を見て目を見開いた。
 幸いな事に周りには誰もいなかった。
 …千鶴ちゃんも、いなかった。



「…わかんなくなってきた」

『え?』

「……すげー違和感する」

『い、違和感?』



 うん、と頷いた龍がゆっくりと腕を解く。
 表情を見ればいまいち理解できていないらしい。
 黒凪は眉を下げると覚悟を決めた様にため息を吐いた。
 龍が黒凪を見る。



『思わせぶりでも良いよ!』

「…ごめん」

『違うって!それでも良いの!…良いから、ちゃんと考えて』



 間違わないで。ちゃんと選んで。
 龍は微かに目を見開いた。
 なんだ、見透かされてるのか?俺…。
 黒凪が龍の両手を掴んで持ち上げた。



『私、待ってる』

「……うん」



 かちり、と頭の中で音がしたような気がした。
 多分この瞬間俺はこっちだって思ったんだと思う。
 千鶴じゃなくてこの子だって。
 全ての行動が言葉では上手く言い表せない程完璧なものの様に思えた。
 傘を忘れて行った事も、俺を態と泳がせた事も。






















「…六道」

『?』

「……俺は、六道。」

『…ん?』



 六道を選ぶ。
 そう言った俺の目を真っ直ぐ見て黒凪は笑った。
 嬉しいと言って抱き着いてくる。
 …違和感は、無くなった。




 計算された優しさも


 (止めちゃえばいいのにって思ってた。)
 (叶わない恋なのにって思ってたの)
 (だから私が掻っ攫ってやった)


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