隙ありっ Short Stories

□隙ありっif
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  せかいはまわる

  ジンがFBI捜査官で黒凪の兄、かつ赤井秀一の親友だったなら…なんていう妄想。
  ジンの本名は黒澤陣と言う事に。



『ふふ、長髪コンビもこれで見納めね。』



 そうこちらを見て言った黒凪に、短くなった襟足へと手を伸ばして応える。



「ヘマをして揃って組織に正体が露見し、おまけに今は追われる身だ。髪も切りたくなる。」

「いや、ならねぇな。」

「…ならないらしい。」



 俺の言葉に間髪入れずにそう言ってきたのは長く苦楽を共にし…共に組織へと潜入していた黒澤陣。
 なんの因果か、組織でもジンというコードネームをつけられていた、俺が唯一親友と呼べる存在だ。



『でも兄さんもその長髪、そろそろどうにかしたら?』

「あ?」

「止めておけ黒凪…。お前の兄さんは頑固だぜ。」



 黒澤陣。アメリカ出身の日系人。FBI捜査官として活動を開始し、組織へと潜入していた折り…ミスを犯して組織を追われる身となった。
 赤井秀一。イギリス出身の日系人で、FBI捜査官となったのは黒澤陣と同時期だという。また彼とともに組織に潜入し、ともに追われる身となった。2人はお互いを腐れ縁だと表す。
 そして黒澤黒凪。黒澤陣の妹でFBI捜査官。とある事情から証人保護プログラムを受けた彼女はほどなくして連邦捜査官となるために様々な訓練を受け、女性ながら男性捜査官に引けを取らない実力を持つ。
 この3人は今、組織を共に追うパートナーだった。



『これから空港でしょう? 荷物は出来たの?』

「あぁ。出来てるよな? ジン」

「当たり前だ…。」

「今日の運転は?」

「お前だライ。前に運転してやったことを忘れたか。」

『ちょっと。コードネーム出てる。』



 ペラペラと流ちょうに話される日本語。
 しかしおよそ日本人とは言えないその整った容姿を持つ3人に道を行く人々は彼らを振り返ったり、凝視したりしていた。



『他に組織について嗅ぎ回ってる人が居たらどうするの。疑われるわよ。』

「問題ねェさ、俺達なら結局人相の時点で疑われるだろうからな…」

『もー…。私は全然そんな事無いのにどうして兄さんはそんなに人相が悪いのかしら。』

「…確かにあまり顔は似ていないな。お兄さん?」



 ”お兄さん”。その言葉にジンが露骨に嫌な顔をする。



「止めろ気色悪い」

「そろそろ慣れてもらわんと。いずれそう呼ぶ日が来ることだしな。」

「チッ…」

『あはは…』



 舌を打ち帽子を目深にかぶるジンに思わず笑みが溢れ、恋人である黒凪へと目を向ける。
 彼女も俺と同じようにニマニマと笑顔を浮かべてジンを見上げていた。



『ふふふ、親友に“お兄さん”って呼ばれるのはどう? 兄さん。』

「…気色悪い」

『ですって、秀一』

「それは困ったな。」



 海外出身の日系人、年齢も同じ、FBIに入ったタイミングも同じ…またその実力も同格とくれば黒澤陣と赤井秀一が親しくなるのは時間の問題だった。
 それは今でも彼らを知る存在が口を揃えて言うことだ。



「おや、3人ともまだ本部にいたのかね?」

『あら、ジェイムズさん。』

「フライトの時間は確か夜の8時だっただろう? そろそろ向かわなければ…。」



 そう腕時計を怪訝に覗き込んで言ったジェイムズ捜査官にこちらも時計を確認する。
 おっと。確かに時間に余裕を持って到着するには今すぐ出る必要があるな。



「表まで車を出すから、お前たちは上に出ていてくれ。」

『え、いいわよ別に…』

「行くぞ。」

『あ、ちょ、兄さん、』



 こちらに気を使って眉を下げる黒凪と真反対の反応を見せたジンにまた笑みがこぼれる。
 本当にこの兄妹は似ていない。
 小走りに車へ向かい、約束通りに地下の駐車場から車を出して路肩に止めれば、悠々と歩く兄、ジンを半ば引きずる勢いで黒凪が小走りにこちらへ向かってくる。




「…くく、」



 バックミラー越しにそんな兄妹を眺めながら煙草に火をつける。
 そうして車に乗り込んできた2人を確認し、車を発進させた。
 …やがて赤井秀一、黒澤陣、そして黒澤黒凪のFBI捜査官3人は日本に到着し、日本の首都、東京に潜伏しているとされる組織の裏切者…シェリーを独自に探し始めたのだった。
 そうして、シェリーとよく似た少女を見つけたのは、日本に到着してから約数か月が経った頃。



『うう、アメリカと違ってそれほど寒くはないって言ってたイーサン、帰ったらとっちめてやる…。』

「イーサンが日本に言ったのは随分前の話だろ。それを鵜呑みにしたテメェも…」

『何よ。馬鹿だって言いたいの?』



 しんしんと雪が振り続ける、とある日。
 電話ボックスでFBIの日本支部へと連絡を取るライを横目にせめて雪から逃れるようにと屋根のある店の前で縮こまる妹、黒凪。
 自分は随分と身長も伸び大きく育ったにも関わらず華奢で小さな妹を横目に煙草へ火をつければ、黒凪がコキ、と気だるげに肩を鳴らした。



「…行くぞ。」

『ん? ああ、秀一電話終わったのね。』



 電話ボックスから出てきたライを見て歩き出す。
 この時、俺はこちらとは反対側からこちらへ歩いてくる女子高生と小学生ほどのガキへと目を映した。
 あの2人、ライを凝視してやがる。知り合いか? いや、あのガキは…。
 ポケットへと手を差し入れれば、それを見た黒凪も俺の視線を追って2人へ目を移し、ちらりとライを見てくい、と2人を顎で指した。



「…。」



 途端にライも2人の存在に気付いたのだろう、こちらに向かいかけていたその体を反対側に向け、女子高校生とガキの方向へと歩いていく。
 シェリーらしき子供と良くつるんでいるヤツだな。俺やライの愛車を見て目を殺気立たせている妙なガキ…。



「…あ、…あの人…」



 雪の中、江戸川コナンと共に町を歩いていた毛利蘭が思わずといった風にそう呟いた。
 しかしその隣を歩くコナンは電話ボックスから現れた男に1人考えを巡らせていて、その声を彼の頭が認識することはなかった。



「(アイツは…、少し前から灰原の周りを嗅ぎまわっている3人のうちの1人…!)」



 コナンの脳裏に帝丹小学校の通学路などの傍に車を止め、灰原を監視していた3人の顔が浮かぶ。
 銀髪の長髪の白人で、いつも煙草を銜えた男。その男にどこか雰囲気の似ている女。
 そして今目の前を歩く、黒髪にニット帽の男…。



《か、感じるのよ…組織の人間が放つ、殺気のようなものが…》



 そう両腕を抱えて呟く灰原の反応から、あの3人は必ず組織と関係がある。
 そんな3人のうちの1人と、偶然にも鉢合わせてしまうなんて。蘭だって傍にいるのに。
 どう切り抜ける? それともこれほど人通りが多ければ…何もしては来ないか、?



「…前に会った時も泣いていたな。」



 肩が跳ねる。思っていたよりも低い声だ。
 待て、泣いていた? 何を…。
 顔を上げて男を見れば、彼の視線の先にいるのは…



「(え、蘭…?)」


「…。ニューヨークの時以来ですね。」

「(ニューヨーク…!?)」



 蘭がニューヨークに行ったのなんか、俺との旅行以来だろ? どういうことだ!?
 混乱して言葉が出ずにいると、男の背後からぬっと現れた銀髪の男に息を飲む。
 よく見れば、銀髪の女もいる…3人が揃ってる!



「ライ、何やってる。」

「…あぁいや、…昔の知り合いに会っただけだ。ジン。」

『あら、顔見知りだったの。』



 ライ。そしてジン。
 どちらも酒の名前…コードネームか!



「(くそ、組織の人間じゃねえか…! どうする、どうすれば…)」

「あの、皆さんFBIの方々ですか…?」



 蘭の言葉にまたしても思考が止まる。
 え? FBI?



「…なんだ、そこまで知ってる知り合いか。」

「いや、そこまででもないんだがな。ニューヨークで仕事中に会っただけだ。」

「あ? 職務中にテメェ…」

「あ、あのそうじゃなくて、FBIって書かれた服を来た人達と一緒にいたから…」



 「ああ成程」と顔を見合わせる3人。
 そんな彼等の様子に俺は唖然と立ちすくむしか出来ない。
 FBI? 組織の人間じゃないのか?


『良かったじゃない。人相で変な風に思われなくて。』

「怖がらせていた事に変わりはないらしいがな…。」



 そう言った銀髪の男が見る先にいるのは俺。
 そりゃあてめー等の人相で怖がらねえはずがねえだろ…。



『兄さんが言う? この中で一番怖いのは貴方。』

「あ?」



 ぎろ、と女を睨む銀髪の男にごくりと生唾を飲み込む。
 …本当にFBIかと疑ってしまうほどの、人相。
 とはいえまだ確信を持てたわけではない。これから先もこの3人を信頼するにはまだ…。



 悪役ですか? いいえ、お巡りさんです。


 (黒凪さんのお兄さんが、…ジンさん)
 (ええ。)
 (黒凪さんの恋人が赤井さん)
 (あぁ)
 (…だから赤井さんのお義兄さんがジンさんになって、)
 (あ? ならねぇだろ)

 
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