隙ありっ Short Stories

□隙ありっif
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  せかいはまわる

  ジンがFBI捜査官で黒凪の兄、かつ赤井秀一の親友だったなら…なんていう妄想。
  ジンの本名は黒澤陣と言う事に。
  1ページ前の作品の続きもの。



「――…元気だったか? 蘭ちゃん!」

「わっ」

「お、世良…」

「うわ、新一君じゃないか! 元気だったか!?」



 こんな風に会話が始まる程度には、世良真純と会うのも随分と久しぶりになる。
 何ていったって、組織を壊滅に追い込んだのは3年ほど前。
 組織が開発したAPTX4869の影響で幼児化してしまっていた俺、工藤新一、灰原哀こと宮野志保…そして世良の母親であるメアリー・世良さんが元の身体に戻った後、世良は母親とともにすぐにイギリスに戻っていたから…。



「俺はこの通り元気だよ。…その後メアリーさんは大丈夫か?」

「うん、ママも調子いいよ。ほら、あそこで参列者と話してる。」



 遠くで話すメアリーさんを見る。あの口の動きは英語で話しているな。
 今日の主役は様々な国にルーツを持つ2人だから、そりゃあ参加者も多国籍になる。



「ちょっと世良さん! 私もいるんですけど!」

「あ、園子君! …それに京極さん。久しぶり〜。」

「はい、お久しぶりです。」



 びしっとスーツを着こなした京極さんが園子の隣で微笑む。



「はは、相変わらず堅いなあ。園子ちゃんとはいつ結婚するんだよ?」

「…然るべき時が来れば」



 馬鹿真面目に答えた京極さんに「おおお、」と俺や蘭がニマニマと園子に目を向ければ、園子もまんざらでもない様子。
 俺と蘭もいつになるか分からねーけど、こりゃタイミングによっては結婚ラッシュになるかもな…。
 そう1人百面相をするボウヤ…いや、工藤新一君を遠目に、ワインの入ったグラスを傾ければ、FBIの同僚であるジョディがこちらへ近付いてきた。



「Cheers (乾杯). シュウ。黒凪は?」

「道が混んでいるらしくてな。今ジンとこちらに向かってるらしい。」

「あら、まだ一緒に住んでなかったの? …ははーん。ジンの所為ね?」

「ノーコメントだ。」



 黒澤さん、厳しそうですもんね…。ハハハ。
 俺のジョディへの返答にそう答えたのはキャメル。
 ジョディもキャメルもジンとはそれなりの付き合いだ、俺がノーコメントな理由もさぞ分かってくれることだろう。



「…それにしても、皆多忙な中随分と今日は集まってくれたものだな。」



 そう会場を見渡して呟く。
 視界に入った人物だけでも、公安に所属する降谷君。
 弟の秀吉、そしてその恋人だという女性。真純、母。
 共に組織を追った工藤新一君。毛利蘭さん。その友人たち…。
 そして日本で活動していた、このFBIの面々。…ああ、キール…いや、本堂さんもいるな。



「当たり前でしょ。1週間後には私達と一緒にアメリカに帰るんでしょ? しかも結婚式も披露宴も開かないんだから皆必死よ。」

「そうですよ赤井さん。アメリカに行ってしまう前にせめて結婚されたお2人を一目見ようと皆さん無理矢理予定を合わせたそうですから。…皆さん寂しいんですよ。」



 そうジョディとキャメルが口をそろえて言う。
 まあ確かに、組織との対決を終え、すべての事後処理を終えた俺たちFBIは本国であるアメリカへ帰国する。
 その前に入籍の手続きをある程度終え、知り合いたちに一斉に結婚の報告をすれば、せめてパーティなりなんなりを開いてくれと沢山の人から要望をいただいて、今に至る。
 そんなドタバタでもこれだけ集まったのだから、思っていたよりも我々の人望は厚かったらしい。



「あ、あのお客様…」

「あ?」



 震えたホテルスタッフの声に顔を上げれば、そのスタッフよりも頭いくつ分だろうか、巨大な銀髪の長髪を携えた男…ジンが立っているのが見えた。
 その隣には俺のフィアンセである黒凪も立っていた。



「この会場ではその、お煙草は…」

「…チッ」

『ちょっと兄さん。不機嫌な顔しないの。ここは日本なんだからそりゃ駄目よ。』



 煙草の火を消して吸っていた煙を吐きだすジンにびくびくとするホテルスタッフ。
 そんな彼女を見て黒凪が慣れたように言った。



『ごめんなさい、この人人相が怖いだけで怒ってるわけではないんです。』

「は、はい…」



 ワイングラスを追加で拝借し、口さみしさから若干不機嫌な親友の元へ向かう。
 周囲を見渡すジンよりも先にこちらに気付いた黒凪がにっこりと微笑んだ。



「――ジン。」

「…よォ。」

「まあ飲めよ。親友。」

「ああ。煙草を吸うか酒を飲むかしねえとテメェを蹴り飛ばしたくなっちまうんでな。」



 ニヒルな笑みを浮かべてそんな物騒なことを言うジンにこちらも同じようにして言ってやる。



「ああ。存分に飲んでくれ…ただし、アメリカに帰国したらお前の妹は俺と来るんだから今日でその未練、断ち切ってくれよ?」

「言うじゃねえかライ…。テメェ俺の妹泣かせたら容赦しねえからな…」

「ははは。」

「笑ってんじゃねェ」



 うふふふ、と笑う黒凪に眉を下げれば、ジンは相変わらずの無表情ながらに…どこか思うところがあったのだろう。
 その大きな手を彼女の頭にのせ、軽く上下させた。
 今日のパーティのためにしっかりとセットされたその髪をぐちゃぐちゃにしないようにとの配慮だろう。
 それでも随分と優しいその手つきに黒凪が少し驚いたようにジンを見上げた。



「黒凪。テメェもいい大人だ…ちゃんとやれよ。」

『…うん。分かってるわよ、兄さん。ありがとう。』

「……何かありゃ容赦なく殺せ。」

『ははは。』



 こいつは冗談が冗談に聞こえないところが難点だ。
 それでもこれだけ長く付き合えば、それが微かに笑いを誘うつもりで放たれたブラックジョークだということは容易にわかる。
 黒凪は笑顔を見せ、俺の元へ歩いてきた。



『エスコートしてくれる? 秀一。皆さんに挨拶しましょ。』

「了解。…じゃあ言ってくるぜ、お義兄さん。」

「止めろ気色悪ィ。いけ。」

『兄さん、ちょっと待っててね〜』



 そうして2人で会場を回るべく黒澤さんの元から去っていった赤井さんと黒凪さん。
 そんな黒澤さんの元へ蘭を半ば引きずって近付けば、ワインを一口味わって黒澤さんがこちらに目を向けた。
 その視線を受けた途端に俺の後ろに立つ蘭が少しだけ身を固くしたのが分かった。
 やはり怖いのだろう。この人は。いつまで経っても。



「黒澤さん、お久しぶりです。」

「…工藤か。高校は卒業したのか?」

「はい。蘭と同じ大学に通っています。な? 蘭。」

「う、うんっ…」



 そうか。あれからもうそれほど時間が経ったか…。
 そう黒澤さんが呟き、にや、と笑顔を見せて俺の頭にその大きな手を乗せた。
 本当、元の姿に戻っても巨大に見えるほどガタイの良い黒澤さん。
 この人、マジでけーぜ…。



「元に戻った感想はどうだ…名探偵。」

「…最高です。全部、黒澤さんと赤井さんのおかげだ。」

「俺たちは何もしてねェよ。これも仕事だ。」



 黒澤さんがワインも落ちあげかけて、その腕を下ろす。
 どうやら俺たちの他にもこちらに誰か近付いてきているらしい。
 振り返れば、そこに居たのは安室さん…いや、今は降谷さん、か。



「あ、安室さん! じゃなくて、降谷さん…」

「ははは。どちらでも大丈夫ですよ、蘭さん。お久しぶりです。工藤君も。」

「降谷さん…最近仕事はどうですか?」

「とりあえず大きな仕事が終わったからね…ゆっくりさせて貰ってるよ。ま、FBIはそういうわけにもいかないようですが。」



 降谷さんがそう言って黒澤さんを見上げれば、黒澤さんはワイングラスを何度か揺らして降谷さんの目を見返す。



「傷は完治したのか? バーボン。」

「ああ、組織に潜入した際のものですか? もう3年も経ってますからね…しっかり完治しました。というか、いい加減にそのコードネームで呼ぶのやめてくださいよ。」

「まだあいつをライと呼んじまう程度には癖づいちまってな…」



 黒澤さんに倣うように降谷さんが振り返り、挨拶に回る赤井さんと黒凪さんへ目を向けた。



「ま、僕もあの組織に潜入していた時のことは一生忘れられそうにはありませんがね…。本当に危険な現場だった。皆が生きているのが不思議なくらいだ。」

「違いねェ。」

「……」



 ああ。場がしんみりとしてしまった。
 この2人は組織を追っている間も常に真剣だったからなあ…。
 どう切り抜けようかこの空気。そう考えていると、



「あ! いらっしゃったんですね黒澤さん!」

「…チッ」

「(あ、羽田さん…っていうか今黒澤さん舌打ちした?)」



 黒澤さんを驚いて見上げれば、羽田さんを見てなんだか微妙な顔をしている。
 羽田さんは赤井さんの弟だ。親族づきあいをするのであれば避けては通れないが…相変わらず、赤井さんとは全然似てねーなあ、この人…。



「どうぞどうぞ、もう1杯!」

「ちょ、ちょっとチュウ吉、まだ飲んでらっしゃる…」



 若干酔っているのだろうか、嬉しそうにグラスを持ってくる羽田さんを必死に止める由美刑事。
 すると遠目にその様子を見ていたらしい世良がぱあっと笑顔をこちらに向けたのが見えた。



「吉兄ー! ジンさんと話してるのかー?」

「あ、真純。一緒に話すかいー?」



 心配で黒澤さんを見れば…ああ。目元を片手で覆っている。
 そしてその様子を見た降谷さんが若干震えている。あれは多分、笑ってる。
 噂によれば、FBIの中でも赤井さんや妹の黒凪さんとしかほとんど親交が無かったらしいし、暫くの間は苦労するのではないだろうか。



『ふふ、兄さん囲まれてる。』

「ん、本当だな。」

『秀吉君も真純ちゃんも貴方と違って陽気だから…反応に困ってるわ。』

「放っておきなさいよ。いい加減にジンももう少し社交的にならなきゃ。」



 ジョディさんの言葉に「そうね」と笑えば、真純ちゃんに続いて園子ちゃんたちも兄さんの元へと向かっていくのが見えた。
 どうかこのまま、皆幸せに暮らせますように。
 …そして兄さんがもう少しだけ社交的になれますように。
 そう、子供のころから私をずうっと護ってくれていた、ぶっきらぼうな兄を思い、願った。



 頑張れ義兄さん!


 (なんでテメェと席が隣なんだ…ライ。)
 (さあ。兄弟水入らずで話せと言う事じゃないか? ジン。)
 (飛行機の中で態々んな事しなくても良いだろ)
 (…。アメリカに帰る人間の中でお前と隣で耐えられる奴が何人いると思う?)
 (……)

 (私の隣で良かったの? 黒凪。)
 (ええ。兄さんも秀一もきっとお互いに沢山話したいと思うし、きっと私が秀一と座れば兄さんは気まずくなっちゃうわ。)
 (ジンももう少し社交的になれば良いのにね。)
 (ふふ、そうねえ。ジョディさんもこれからまた話しかけてあげて。)


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