隙ありっ Short Stories

□隙ありっif
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  が一筋、

  探偵連載if。
  本編と違い、赤と黒のクラッシュ直後に灰原と夢主が出会ったバージョン。
  また夢主は本編と違ってハッカーである設定。



「……。」



 1枚の手紙を片手にランドセルを背負ったままで道を歩く。
 そうして1つの路地を曲がって足を止めると少女は手紙を見下して息を吐いた。
 心臓の音が煩い。…本当に大丈夫なのだろうか。
 そんな不安が過ると頬を冷や汗が通った。



『――あら、ごめんね志保。呼び出したのは私なのに』

「っ!」



 聞こえた声に肩を跳ねさせゆっくりと振り返る。
 路地の反対方向からサングラスを掛けた黒髪の女性が姿を見せた。
 女性はにっこりと笑うとサングラスを外して灰原を見る。
 その下に見えた顔に強張っていた灰原の表情が崩れた。
 そしてその目に涙が浮かび、零れ落ちる。



「…お姉ちゃん…っ」

『久しぶりね志保。…暫く連絡出来なくてごめんなさい。拠点を作るのに時間がかかって』

「ううん、…無事で良かった、」



 しゃがんで両手を広げた姉の胸に飛び込んで嗚咽を漏らす。
 そんな灰原の背中を撫でた黒凪は小さなその背中に眉を下げた。
 組織に居た頃からAPTX4869の幼児化現象の話は聞いている。
 だから改めて小さくなった妹に出会っても驚きはあまり無かった。



『志保。手紙で書いた通りに此処へは1人で、誰にも言わずに来たの?』

「…ええ。お姉ちゃんが書いてた通りに工藤君にも内緒で来たわ」

『そう、ありがとう』



 宮野志保がAPTX4869を飲む前に黒凪は組織を抜けている。
 組織の中でも公でも彼女は死んだ事になっているが、実は妹共々組織から逃げ果せていた。
 それから彼女は1人で自分の拠点を作り、密かに妹の居場所を把握し見守って来ていたのだ。



『…志保、工藤君から赤井秀一については聞いた事ある?』

「え?…ええ…。FBIの凄腕だって聞いたけど、」

『その人にだけは私の事を絶対に感付かれないで。…赤井秀一は私にとってとても大切な人なの。知られるわけにはいかないのよ』

「…大切な、人」



 そうよ、と頷いて怪訝に眉を寄せる灰原の両肩を掴む。
 …彼はね、大君なのよ。
 その言葉に灰原が眉を寄せ、顔を歪めた。



「…まだ好きだったの?」

『ええ。…彼が原因で確かに私も、貴方も危険な目に遭ったわ。…それでも私は彼が好きなの』



 でも彼には私が生きている事をまだ知らせていない。…これから先も、知らせるつもりはない。
 …どうして?そう灰原が黒凪の目を真っ直ぐに見て言った。
 その質問が返って来る事を予想していたのだろう、彼女は困った様に眉を下げて。



『…あの人、とても優しいのよ。普段はあんなだけど、とても優しい人なの。…そして責任感が強い』

「……」

『私が生きてる事を知ったら、きっと彼は無理をしてでも私を護るわ。私の為に生きると思うの。…そう言う人なのよ』



 例え私の事を愛していなくても、きっと私への罪悪感で私の側を離れない。
 …そんなのあんまりでしょう?
 黒凪の言葉に灰原が首を横に振った。



「だったらそうさせれば良いのよ。…お姉ちゃんをあんなに危険な目に遭わせたんだから」

『私は彼が好きなのよ。好きな人に、そんな事させたくない』

「……っ、」



 私はこれから神崎遥として生きるわ。
 でも貴方の事は組織から護り続ける。必要ならば組織の情報を貴方と工藤君に流すわ。
 でも工藤君にも私の事は話さないで。大君に情報が洩れるかもしれない。
 …だからね志保。



『私の事は私と貴方だけの秘密。私が生きている事を、貴方以外は誰も知らない。』

「……分かったわ」

『ありがとう。…これを連絡用に使って。セキュリティはしっかりしてるから普通に使ってくれて構わないから』



 1つの携帯を灰原に手渡し黒凪が立ち上がる。
 そしてサングラスを掛けると「それじゃあよろしくね志保」と言って去って行った。
 その背中を見送り、灰原がぎゅっと携帯を握りしめる。
 他でもない姉からの頼みだ、彼女の頼みを断るつもりはない。
 一度だけ息を吐き、灰原は何事も無かったかのように帰路に着いた。





























≪…もしもし、遥さん?≫

『ええ。…どうかした?志保』

≪工藤君が自分の家に大学生を居候させる事になったの。彼にしてはあっさり家を譲っていたし、ちょっと気になって≫

『…分かったわ。少し調べてみる。』



 通話を切りパソコンを開いてキーボードを叩く。
 灰原の手助けもあって博士の家には沢山の盗聴器やカメラを仕掛けられていた。
 …だから気付いていた。恐らく博士の家に盗聴器を仕掛けていった男がその居候している大学生。
 気になって調べてはいたのよね。



『……。』

≪シュウ…!≫



 パソコンの中に保存されている音声を再生する。
 これはFBI捜査官であるジョディの車に仕掛けていた盗聴器の音だ。
 …CIAからのスパイであったキールを組織に帰してから秀一は組織に殺された。
 その際にジョディが車の中で泣き崩れた時の音声だ。



『(恐らく彼の事だから本当に死んだなんて事は無い筈。…しかも工藤新一までバックに着いているんだから)』



 だからこそ、彼が死んだと公表された後に現れた大学生…沖矢昴には目を付けていた。
 でも今回の話で確信した。
 工藤君がそれ程簡単に自分の家を譲るのは沖矢昴が秀一だから。
 志保が住む家に盗聴器を仕掛けたのは、



『(…私への罪滅ぼしかしらね)』



 本当に優しい人。
 カメラに映り込んだ沖矢昴の姿を拡大する。
 盗聴器を仕掛ける彼の聞き手は左。背丈も秀一と殆ど同じ。
 …彼が秀一なら今更工藤君の家に盗聴器なんて仕掛けられないだろうし、志保の情報を聞きながら彼の行動を把握して行くしかないわね。
 万が一にも鉢合わせれば顔はそのままなのだからばれてしまう。
 特徴的な赤み掛かった茶髪は黒に染めているが、顔を見られてしまえば確実にばれる。



『…大君、』



 出来る事なら貴方に会いたい。
 貴方に会って、ちゃんと話をしたいわ。
 でも貴方はきっと私を見捨てる事なんて出来ないから。…だから。



『……大好きよ』



 貴方とはもう、会わない。






























『――こんにちは、安室さん』

「あ、いらっしゃいませ。遥さん」



 にこ、と笑顔を見せ合って安室が立つカウンターの前に腰を下ろす。
 安室はそんな黒凪に慣れた様に珈琲を差し出した。
 ありがとう、と礼を述べて珈琲を飲んだ黒凪がほっと一息を着く。
 そんな彼女を安室は微笑んで眺めていた。



『…そんなに私の顔を見るの、楽しい?』

「ええ、楽しいですね。長らく会えず…いや、会えないと思っていた顔ですし?」

『懐かしむ為に貴方に連絡を取ったわけじゃないのよ、零君』



 カチャ、とカップと受け皿が当たって音が鳴る。
 黒く染められた長い髪の天辺から茶髪が覗いていた。
 サングラスを外した彼女の瞳は暗い色をしている。…カラーコンタクトを入れているのだろう。
 化粧だって昔とは全然違う。親しい者でも彼女が黒凪だと気付くには時間を要する筈だ。



「で、僕に連絡を取った理由は何です?…随分と危ない橋を渡りますね」

『貴方の事は信頼してるのよ。なんたって"ゼロ"なんですからね』

「あはは、いつからそれを?」

『組織を抜けてから調べたわ。警察の機密情報に貴方の情報があった時は嬉しかった』



 貴方は彼等とは違うって知って、嬉しかったわ。
 改めてそう言った黒凪に安室が眉を下げて微笑む。
 そうして彼は「それで、何の用ですか」とサンドイッチを作る手元に視線を落とした。



『…秀一を追ってるわね』

「!……貴方が来たと言う事は、やはりあの男は生きていると?」

『そうよ。彼は生きてる』

「…昔も今も、貴方は奴の事で頭がいっぱいの様ですね。」



 呆れた様に言った安室に黒凪は「ええ、そうよ」と恥じる様子も無く返答を返した。
 私は彼が大好きだから。
 笑って言った黒凪に「止めて下さいよ。嫌味ですか?」と安室が言う。
 そんな彼に黒凪は笑顔のままで眉を下げた。



『…私はね、貴方の事も好いてるわ』

「……」



 安室の手が止まる。
 だから貴方に直接言いに来た。
 …ゆっくりと安室が目を黒凪に向けた。



『秀一に手を出さないで。…彼の邪魔をしないで。』

「……」

『…私に、貴方を始末させないで』



 秀一に手を出すのはシェリーに手を出す事と同義と考えて。
 安室が微かに目を見張った。
 …あの子が絡んだ案件に対する私の姿勢は知ってるわよね?
 困った様に笑って首を傾げた黒凪。
 安室も困った様に笑うとサンドイッチを彼女の前に差し出して口を開いた。



「…どうぞ、冷めない内に」

『…お願いよ零君。私は貴方と敵対したくない』

「……。…そんなに好きなら一緒に居てくださいよ」



 影でこそこそ支えるなんて貴方らしくない。
 包丁やまな板を片付けながら安室が言った。
 …悔しいですけど、貴方は奴と共にいてこそなんです。
 奴の側に居ない貴方は、独りよがりでどうも危険だ。
 カラン、とポアロの扉が開く音がした。



「僕は今貴方に対して、初めて嫌な感情を抱いています」

「うひょー!すんげー美女!」

「ちょっとお父さん!」

「あはは…」



 聞こえた声に目を見張り、ゆっくりと振り返る。
 …どうか貴方が。
 安室の声は耳に入っている。
 その声を聞きながら見えた人物に息が止まった。



「この世で最も会いたくない男に、出会いますように」

『(く、工藤新一…!)』

「(…あれ?あの人の顔、誰かに…)」

「いらっしゃいませ毛利さん。どうぞテーブル席に」



 眼鏡を掛けたあの少年は何度もパソコンのデータで見ている。
 工藤新一がAPTX4869で幼児化した姿である江戸川コナン。
 この時間帯はコナンと蘭は学校に行っている筈なのにどうして、



「あぁ、確か今日は開校記念日だと言っていましたね」

「そうなんです。小学校も高校も偶然同じ日で…」

『(しまった、完全に私の凡ミスだわ)』



 静かに立ち上がりお金を置いて黒凪が鞄を持つ。
 少し待ってくださいね、おつりを…。
 そう言って動きかけた安室を黒凪が見る。



おつりは貴方にあげるわ。…さっきの件、お願いね



 小さな声でそう言って逃げる様に去った黒凪を安室が見送る。
 その横顔を見たコナンは「今の人、知り合い?」と安室に問いかけた。
 彼はコナンを見て少し黙ると笑顔で口を開く。



「いや?初めていらっしゃったお客様だから名前も知らない人だよ」

「…そっか」



 考え込む様な顔をして黒凪の背中を見るコナンに目を細める。
 どうか、…どうか。
 早く彼女があの男に見つかりますように。
 愛する人を一心不乱に1人ぼっちで護る彼女は、とてもか細いから。


 
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