隙ありっ Short Stories

□隙ありっ 番外編
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  邪魔者払い

  夢主がまだ組織に居る頃の過去編。



『…もしもし』

≪俺だ≫

『ジン?…珍しいわねこんな時間に』



 微かに目を見開いた黒凪は大学にある施設の物陰に隠れて声を潜めた。
 黒の組織に所属しながらも大学に通う黒凪。
 大学に行く時も帰る時も組織の人間が車で来るため連絡が来る事は多いがジンから連絡が来たのは初めてだった。
 最近は厄介な知り合いも出来たって言うのに…。タイミングの悪い人。



≪今日の夕方からライが任務を1つ受け持ってる。監視役にお前を付けたい≫

『私が?…これからの私の仕事は志保の警護の筈よ』

≪人手が足りない。命令だ、行け≫

『…解ったわよ。迎えは誰?』



 俺だ。あっけらかんと言ったジンに再び目を見開いた。
 ジン自ら来るとは本当に人手が足りないのか。
 捨て駒である下っ端は数多いが幹部は少人数。
 贅沢な事に私の送り迎えは幹部であるウォッカかバーボン、時間がある時はライが来るようになっている。
 毎回目立つ人物が迎えに来ていると言うのに更に目立つジンが来ると聞いて黒凪は頭を抱えたくなった。



≪授業は何時に終わる予定だ≫

『色々と頼まれている事もあるから早くて16時かしら』

≪遅い。14時には出て来い≫

『…貴方ね。時間に制限があるなら最初から言っておいて頂戴』



 少しきつく当たってみるが「頼んだぞ」とだけ言って通話を切られてしまう。
 黒凪はため息を吐いて眉を寄せた。
 乱暴に鞄に携帯を詰め込むと「あら黒凪さん」と威圧的な声が耳に届く。
 その声に聞き覚えがあった黒凪は嫌な表情を表に出さず振り返った。
 そこには長い茶髪を上品に巻いた背の高い女性が立っている。



『何か用かしら、椿さん』

「また派手な人でも連れて学校から帰るのかしら。お嬢様は違うわねぇ」

『…何度も言っているけれど私、お嬢様じゃないの』

「フン。目障りなのよ。毎日毎日黒い車を呼ぶわ目立つ容姿をした人間を連れてくるわ」



 今日は誰が来るの?金髪の彼?長髪?それともサングラスの男かしら。
 得意げに言う彼女に内心で舌を打ちたくなる。
 何が気に入らないのか彼女は毎回黒凪に突っ掛ってくる。
 彼女の両親は中小企業の社長と取締役。この大学の中でも裕福な人間にカウントされるだろう。
 変わって黒凪の家族構成は至って普通の職業に就く一家だと表向きには伝えてある。



『(誰の目で見ても違和感はあるだろうけれど)』

「良いわねぇ。゙お嬢様゙は」

『(此処まで表立って非難されると困るのよね…)』

「私は車の迎えも無いって言うのに…図々しいのよ」



 睨みつけられ黒凪は困った様に笑う。
 するとその態度が癪に障ったのか「何よ!」とヒステリックな声を上げて足元の砂を蹴り上げた。
 黒凪は服に着いた砂を払おうとはせずチラリと側に在る時計を見上げる。
 そろそろ14時になる。ジンが来てしまう。



『…ごめんなさい。そろそろ迎えが来るの』

「はぁ!?貴方こんな話をしている時によくもまあそんな態度を取れるものね!」

『悪いけれど付き合っている暇はないの。待たせると煩いのよ』

「こ、の…!馬鹿にして!!」



 ドン、と壁に押さえつけられた。
 短気でキレやすい。これも椿の特徴である。
 こうなってしまったら殴られても可笑しくは無い。
 しかし此処で引き下がれば確実に時間内にジンの元へは行けないだろう。
 時計を見る。あと2分程しかなかった。



「何よ、なんなのよアンタ!」

『っ、止めて椿さん…!』

「煩い!アンタなんか、アンタなんか…!!」



 ガクガクと肩を揺さぶってくる椿に眉を下げる。
 これ以上遅れてしまっては任務にも支障が出るだろう。
 小さな頃から組織で生きて来た黒凪にとっての優先事項は任務。次に自分の命。
 黒凪はため息を吐いて携帯を放り投げた。
 ガシャンと音を立てて転がる携帯。
 その携帯を誰かの手が拾い上げた。



「時間通りに来ねぇと思えば…何してる」

『ごめんなさいね。ちょっと絡まれたの』

「あ?」

「っ、…何よ。アンタこの女の部下か何か!?だったら分かるわよね、私はあの椿株式会社の令嬢……」



 知らん。と一刀両断。
 ジンの大きな手が黒凪の細い腕を掴んだ。
 そのまま力任せにぐいと引っ張られ引き摺られる様に連れて行かれてしまう。
 転びそうになりながら黒凪はジンを見上げた。



「さっきの女、椿株式会社の令嬢だとか言ってやがったな」

『ええ』

「始末しといてやる。その代りに次からは俺との約束時間に遅れるな」

『分かってる。…貴方が校内に入っただけで凄い噂になるわ』



 チラリと大学の施設を見れば腰まである長い銀髪を揺らした大男であるジンを好奇の目で見ている。
 明日の登校が少し面倒だと思ってしまった。
 学校の前に現れたライやバーボン1人に信憑性の無い噂が一気に流れるのだ。
 この男の存在1つでどれだけの噂が広がるか。



「待ちなさいよ!!」

『…あら、』

「チッ」



 ヒステリックな声と共に投げつけられたブランド物の鞄。
 ジンの手が胸ポケットに伸びる。
 それを咄嗟に止める黒凪。ジンも普段の癖の所為で咄嗟に行った行動だったのかため息を吐いて手を戻した。
 次には鋭いヒールの付いた靴が飛んでくる。



「何だあの女」

『短気で有名な先輩って所かしら。随分怒ってるわね』



 チッ、と軽く舌を打ってジンが電話をかけ始めた。
 その間にも椿はずんずんと近づいてきている。
 電話を掛けている相手がすぐに出ると間髪入れずにジンが口を開いた。



「おい。今何処だ」

≪か、会社ですが…≫

「今すぐ南洋大学に来い」

≪えぇ!?一体何が――――≫



 ブツ、と容赦なく通話を切り携帯をポケットに沈ませる。
 すると間もなくすぐ目の前まで来た椿がジンを睨んだ。
 そんな椿の視線にも表情1つ動かさずジンは静かに椿を見下ろすだけ。
 その冷たい瞳に体を硬直させた椿は標的を黒凪に移した。



「本当に図々しい女…!アンタなんて死ねばいい!」

『(大学生になってもそんな幼稚な事を言う人もいるのね)…ジン。時間は大丈夫なの?』

「構わねぇ。アイツが余分に待つだけだ」



 それじゃあ大君が損するだけじゃない。
 一瞬だけジンを睨んで目の前で此方を睨んでいる椿を見る。
 彼女の表情は怒りと憎悪に塗れており既に普通の判断は出来ない状態だろう。
 もう一度ジンを見れば彼は先程掴んでいたのか椿のハイヒールを指に引っ掛けていた。
 すると背後で物凄い勢いで高級車が南洋大学に到着する。



「…来たか」

「黒澤さん、一体何が―――」

「パパ!?」

「香帆!?」



 親子のご対面だなァ。
 そう言ってジンがニヒルな笑みを見せた。
 ジンが持っているハイヒールを見た男は顔を青ざめさせる。
 娘の短気な性格を理解しているのだろう。一瞬で合点がいった風な顔をした。



「お、お前あの方に靴を投げたのか!?」

「鞄も投げてやったわよ。誰なのよあいつ等!」

『毎回この時間に彼女に捕まって困っているんです』

「今日もその女の所為で俺達の仕事を1つ辞めざる得なくなった。…どう落とし前をつける?」



 ジンの冷たい声にだらだらと男の額から冷や汗が噴き出す。
 父のその姿から徐々に状況を理解し始める椿。
 黒凪は微かに震えた携帯を取り出し耳に押し当てた。
 着信を寄越したのは今日この後に落ち合う予定である諸星大、通称ライ。



『もしもし?』

≪まだ来ないのか?随分待たされているが≫

『ごめんなさい、もう少し待っててくれる?』

≪…解った。≫



 少し不貞腐れた声に眉を下げて携帯を閉じる。
 すみませんと平謝りする男を見下ろしていたジンは「別に構わねえ」と声を掛けた。
 ジンの言葉に笑顔で顔を上げる男。
 しかしジンの微かな笑みを見た黒凪は肩を竦めた。



「お前等とは縁を切らせて貰うんでな。…精々ムショの中で楽しく暮らしな」

『あら速報。…椿株式会社の社長に賄賂疑惑ですって』

「黒澤さん!申し訳ございませんでした、どうか…どうか…!!」

「パパどういう事!?」



 ヒステリックに叫ぶ椿にぽいとジンがハイヒールを返した。
 そのまま背を向ければ「ちょっと待ってよ!」と混乱が混じった声で叫ぶ椿。
 反応しないジンに再びハイヒールを振りかぶった。
 男が「香帆!!」と叫ぶ。
 すぐさま黒凪がそのハイヒールを掴み取り地面に叩きつけた。
 バキ、と鈍い音が響く。ジンはその様子を尻目にニヤリと笑った。



『悪いけれど上司に絡まないでくれるかしら』

「宮野黒凪…っ!」

『仕事があるの。じゃあね』



 踵を翻し会社に乗り込む黒凪に一連の騒動を見ていた野次馬が「おぉ〜」と歓声を上げる。
 男は携帯を見て崩れ落ち娘である椿香帆も唖然と立ち尽くした。




 美しい薔薇にはトゲがある


 (面倒な事に巻き込んでごめんなさいね)
 (フン。別に構わねぇよ)
 (あら、私の首も切るのかしら?)
 (テメェの死に場所は此処じゃねぇ)

 (死ぬならシェリーを護って死ぬんだな)


 
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