隙ありっ Short Stories

□隙ありっ 番外編
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  なんだこれは。

  300000hit企画にて制作した番外編。
  赤井秀一が逆行するお話。



「…ん?」



 バサッと見えた黒い長髪に1人目を見開いた。
 そして顔を上げると見覚えのある部屋の中に居る。
 此処は組織に潜入していた頃の、
 そう呟きかけて言葉を飲み込んだ。



「(…どうなってる?)」

『大君?』

「っ!」



 ばっと振り返って目を見開いた。
 肩より少し長い程度の赤みがかった茶髪。
 随分と若く幼いその姿に思わず体が硬直する。
 本当にどうなってる、まさかあの頃に戻ったなんて事は…。



『ジンが呼んでるわ、早く起きて』

「あ、あぁ」

「何やってる。遅ぇぞ」

『何よ。ついさっき呼びに来たばかりでしょ』



 ジンに鋭い視線を投げかけた黒凪。
 その目付きと雰囲気にやはりそうかと目を見張った。
 時間を遡っている。
 でないとジンと対峙している自分も彼女の姿も何もかも納得が行かない。



「早くしろ。スコッチとバーボンを待たせるな」

『ほら、ぼーっとしないの。』



 ジンの前では触れて来ない所も一緒だ。
 とりあえず起き上がり服を着替えて部屋の外に出る。
 外ではジンと黒凪が無言で待っていた。
 何か用事が無いと話さない所も昔と同じ。



「俺とライは外に出ている。スコッチとバーボンを呼んで来い」

『はいはい』



 ジンと共に外の車の側へ。
 少しすると少し小走り気味でスコッチとバーボンが黒凪と共に現れた。
 連れて来たわよ。あとこれも。
 そう言ってジンに拳銃を放り投げる黒凪。
 その様子を横目に見てバーボンが微かに眉を下げた。



「(…そういえばバーボンも黒凪がジンの前では冷酷なふりをしている事を知っていたな)」

『今日のターゲットはこの男。狙撃はライに任せる様に。あ、ライフルはこれ。』

「悪いな」

『!…どうしたの、私がライフルを持ってくるの何ていつもの事じゃない』



 少し目を見開いて言った黒凪に「なんでもない」と目を逸らす赤井。
 すると隣のバーボンがフンと鼻で笑った。



「媚でも売ってるつもりか?ライ。」

「別に。…君は相変わらずだな」

「は?」

「そんなに黒凪を俺から奪いたいか?」



 むっと眉を寄せるバーボン。
 その様子を見ていた黒凪はぽかーんとした。
 今日の大君、なんだか変…。
 そう呟いた黒凪に少し眉を下げる。



「くだらねぇ話をする暇があったらさっさと行け」

「あぁ。分かってる」

「チッ」

「まあまあ、あんまり喧嘩するなよお二人さん。」



 運転席にバーボンが乗りその隣にスコッチ。
 後部座席に赤井が乗り込み扉を閉じた。
 そうして走行を開始した車に揺られながらバックミラー越しにバーボンを睨む。



「…彼女には手を出さないでくれよ?」

「彼女?」

「黒凪の事だ。」

「お前、まだしつこくそれを…!」



 おいおい、運転が雑になってるぞ。
 そう言って宥めるスコッチに舌を打って黙るバーボン。
 したたかな未来の彼を想像すると幾分か可愛く見えた赤井は小さく笑った。



「君とは仲良くしていきたいんだがな…」

「あ?」

「仲良くする為に君が黒凪に愛の告白をした事は見逃しておくとしよう」

「な、」



 微かに頬を赤くさせて振り返ったバーボン。
 うわっとスコッチが横からハンドルを握りどうにか運転を安定させる。
 おま、なんでそれ…!
 そう言った安室に赤井が小さく笑った。



≪任務先には着いた?≫

「っ!」

≪…もしもし、バーボン?≫

「あ、あぁ…。そろそろ着く」



 そう、と無線で話す黒凪が言った。
 バーボンは一旦息を吸ってゆっくりと吐き前方に意識を戻す。
 くつくつと喉の奥で笑う赤井に気付いた黒凪が「どうしたの?」と彼に問いかけた。
 赤井は「別に?」と返すとバックミラー越しにバーボンを見る。



「…(苛めるのはこれぐらいにしておくか)」

≪ガガッ…――もしもし、赤井さんですか≫



 思わず息を飲んで目を見開いた。
 まずい、本名が組織の人間に…そう思ったのも束の間。
 見えた景色にまた体を硬直させゆっくりと周りを見渡した。
 手元にはスーツケースと服が数着、片手には携帯が握られ耳に押し付けられている。



≪赤井さん?≫

「あ、あぁ。どうした?」

≪組織の人間を偶然目撃しまして…。今跡をつけているんですが、どうしましょう?≫



 この会話を知っている。
 またか、と思い浮かんだ言葉を飲み込んで「誰だ?」と返答を返した。
 大体の予想は付いている。確かこの時仲間が見かけた組織の人間は…



「宮野黒凪か?」

≪!…そうです。よく分かりましたね…≫

「いや、…お前が態々連絡を入れると言う事はそう言う事かと思ってな」

≪来ますか?≫



 あぁ。是非行かせて貰う。
 懐かしい。またあの光景を見るのか。
 眉を下げて車のキーを取り出し車を発進させる。
 すぐに着いた現場にもまた懐かしさを感じて少し笑った。



「こっちです。あそこに……あ。」

「……。」



 あの時に見た光景と全く同じだな。
 俺は警告をした筈だぞ安室君。
 展開が分かっていただけに怒りは湧き上がって来なかった。
 仲間は隣で随分と焦っているが。



「…あのー…あの男は…?」

「組織の幹部の1人だ。バーボンと言う」

「(あれ…?そこまで怒ってない…?)」

「さて、俺は渡米の準備があるんでな。失礼するよ」



 え、良いんですか?
 仲間の驚いた様な声が背中に掛かった。
 薄く笑って振り返った赤井は何でもない様に口を開く。



「あぁ。別に取られるわけでもないんでな」

「え?」

「アイツは俺の所に戻ってくる。…それも命がけで、だ」

「はぁ…」



 ぱちぱちと瞬きをして赤井の背中を見送る。
 そんな後輩に気付きつつ車を走らせさっさと渡米した。
 さて、次はニューヨークだ。
 確かあの時俺は、
 そこまで考えた所で雨の中の暗い路地の中、前方に見えた背中に目を細めた。



「何をしている?」

「っ!」



 面白い程にびくついた背中に思わず笑みがこぼれた。
 ゆっくりと振り返った少女はそんな赤井の姿を見て思わずぽかーんと目を見開く。
 彼氏でも待っているのか?
 そう聞くと少女はこくこくと頷いた。



「その彼氏は何処に居る?」

「こ、この建物の中に…。私のハンカチを探して、」

「ほう」



 ゆっくりと近付いてくる赤井を見上げる少女。
 その小さな背丈に微かに目を見開いて、それから眉を下げる。
 そんな赤井の表情に少女はまたぽかんと目を見開いた。



「名前は?」

「あ、も、毛利蘭です…」

「そうか。では蘭さん、その彼氏を一緒に探しに行っても構わないか?」

「え」



 構わないか?同行しても。
 改めて言った言葉に蘭は小さく頷いた。
 そうして2人で建物の中に入り階段を上る。
 そんな赤井の背中を見て蘭が徐に口を開いた。



「あ、あの。」

「ん?」

「どうしてわかったんですか?」

「?」



 私が建物に入ろうか迷ってる事…、連れの事、それに。
 雨が一層強く降り注いだ。
 私の声、雨で殆ど聞こえなかった筈ですよね。
 どうして…。
 蘭がそう言ったとほぼ同時に上の方から焦った様な足音が聞こえてくる。
 其方に目を向けると焦った顔をした銀髪の男が姿を見せた。



「っ!?」

「逃げろ蘭!そいつは例の通り魔…」

「やっと見つけた。」

「な、」



 男は赤井を見ると大きく目を見開き拳銃を構える。
 あの時は捕まえられなかったからな。
 そう言って赤井が手を伸ばすと男はすぐに一歩下がり、背後の策に背中をぶつけた。
 すると途端に背後の柵が外れ男の身体がふっと柵の向こう側に投げ出される。



「!」

「駄目…!」



 蘭がすぐさま手を伸ばし男の手首を掴んだ。
 そのまま投げ出されかけた蘭を支えて赤井も男の手首を掴み、落ちる事を免れた蘭に息を吐き赤井が口を開く。



「この男は通り魔だ。手を離せ」

「い、いやです!」

「おい、」

「通り魔だからってそいつを殺して良い理由にはならねぇ!」



 隣から新一の手も加わり赤井が目を見開いた。
 そしてその横顔を見て思わず眉を下げる。
 …やはりボウヤによく似ている。
 新一の力も加わり男を引き上げると舌を打って男は逃げ去って行った。



「…。君に免じて逃がしておくか」

「!」



 蘭を横目に見て言った赤井。
 そんな赤井に警戒を籠めた目をして新一が蘭の前に立つ。
 新一を見た赤井は薄く微笑んだ。



「やあ。元気そうだな」

「…え?」

「黒ずくめの男に気を付けろ。…どうにもならんだろうがな」

「…アンタ何言って…」



 それ以上は何も言わず歩き出した赤井。
 新一と蘭はそんな赤井を追う事はしない。
 赤井はふっと微笑んで降り注ぐ雨に目を細めた。



『…いち、…秀一!』

「!」



 目を見開いて起き上がる。
 随分寝てたわねぇと笑い交じりに言った黒凪は家事に戻るのだろう、すぐに赤井の部屋から出て行った。
 それを目で追い彼女を追う様に部屋を出る。
 見慣れた風景、見慣れた自分の姿。
 …見慣れた、



「…黒凪」

『ん?なあに?』

「……いや、」




 愛している人が居て。


 (夢でも見てたのかしら?)
 (あぁ。…随分と面白い夢だった)


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