隙ありっ Short Stories

□隙ありっ 番外編
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  お礼をさせて

  探偵連載番外編。
  降谷零と夢主のお話。




『――…ん?』

「…、」



 ふと目についた金髪に振り返る。
 見えた横顔は安室で、その様子に思わず片眉を上げた。
 紳士的に振る舞い普段から姿勢もしっかりしている彼が珍しく背中を丸めて気だるげに立っているのだ。
 組織に居る間でさえ隙を見せない彼が随分と具合が悪い様子でふらふらと歩いている。



『…安室さん?』

「え、」



 やはり振り返った顔は青白い。
 普段見ない彼の様子に思わず一瞬固まってしまった。
 …神崎さん?と安室が怪訝に声を掛けてくる。



『…大丈夫、ですか?』

「え、あぁ…最近少し忙しくて。でも全然大丈夫ですよ」

『…本当に…?』

「!」



 眉を下げてそう問いかけた黒凪に安室が微かに目を見開いた。
 そして困った様に笑うと「はい」と一言返事を返す。
 しかし途端に苦しげに眉を寄せ頭を片手で押さえた。
 ふらっと揺れた安室の身体を咄嗟に支えて顔を覗き込む。



『ちょ、安室さん!?』

「…すみませ…大丈夫、なので」



 そうは答えているものの顔色は依然として悪いまま。
 やがて彼は足の力さえ抜けた様に倒れ掛かってしまった。
 その身体をぐっと支えて「安室さん、」と背中を叩く。
 どう見ても具合の悪い彼の様子に眉を寄せ、徐に彼の片腕を自分の肩に回した。



『送ります、どっちですか?』

「…すみません…」

『良いですから。どっちに行けば良いですか?』

「…右に、」



 今が夜だったのが幸いした。
 真昼にぐったりとした男を連れて歩いていたら嫌でも目立ってしまう。
 今の時間帯ならば泥酔した恋人でも引き摺っている様に見える筈だし、暗い道を使えば目立つ事も無い。



『…大丈夫ですか?』

「…、」



 ぼーっとした彼に少し眉を寄せてポケットからずり落ちかけた携帯を掴み取る。
 じっと携帯を見て再び安室の顔を覗き込んだ。
 すると安室が道を見渡してぼーっとした表情のまま「左です」と消え入りそうな声で指示を出す。
 彼の言葉の通りに道を曲がった。



「…このマンションの5階に…」

『鍵は何処に?』

「……右の、」

『ポケットですか?』



 どうにか手を伸ばして鍵を取りエレベータに乗って上がっていく。
 体調の悪い彼にとってはエレベータの動きさえも苦痛なのだろう、青白い顔で眉を寄せていた。
 エレベータから降りて部屋を探すが安室の表札も降谷の表札も見当たらない。



『(…おかしいわね、組織関連で部屋を取っているなら組織に明かしている安室の名前で部屋を取る筈…)』

「…風見」

『え?』

「表札…風見、です」



 はっと顔を上げれば確かに1番奥の部屋の表札が"風見"となっている。
 思わず眉を寄せた黒凪に気付いたのだろう、彼はぼーっとした顔のままで「部下の…名前で…」と呟く様に言った。
 そこではっと目を見開く。そしてすぐさま先程から持っている安室の携帯に目を向けた。



『(電源を切っておかないと、)』

「…神崎さん…?」

『あ、はい!今開けますから!』



 この部屋は恐らく"安室"のものではなく"降谷"のもの。
 となれば組織に見つかってはいけない隠れ家の筈だ。
 あまりこの場所がばれる可能性のあるものを持っている訳にはいかない。



『(携帯のGPSは考え過ぎかもしれないけれどね…)』

「…すみません、真っ直ぐ行けばソファが…」



 真っ直ぐ行ってみるがソファは無く、ふかふかとした椅子が1つと机が1つ、テレビが1つ。
 右側にはキッチンらしき場所があったが随分と殺風景な部屋だった。
 ソファがあると言ってたのに無いと言う事はやはりこちらは隠れ家。
 元々此方に帰る気は無かったがぼーっとしていた為に誤って来てしまったのだろう。



『とりあえず座ってください。キッチン使って良いですか、何か作ります』

「…すみません」



 はー…と深いため息を吐いて片腕を目元に乗せている。
 そんな安室を横目に冷蔵庫を開くと見事に何も入っていなかった。
 周りを探ってみるとインスタント麺ばかり。
 ため息を吐いて安室の元へ戻ると彼が今座っている椅子はリクライニング式だった。
 すぐにその背凭れを倒して寝かせると額に冷水で絞ったタオルを乗せ、眠った彼の髪を掻き分ける。



『(…そりゃあ疲れるわよ、あんた場所に潜入していたら)』



 組織に敵が紛れてるなんてあの頃は微塵も思っていなかった。
 安室がいる部屋から出てスーパーに向かい食材を買って帰り道を歩く。
 あんなに恐ろしい組織の中でずっと自分を偽り続ける事の苦しさは知っていた。
 スパイとして紛れ込んでいる人達は全員その苦しさを感じ続けているのだろう。…今も。



「――…神崎さん?」

『あ、起きましたか?』

「!」



 キッチンに立って調理をする彼女の姿に安室がビクッと動きを止めた。
 そして周りを見渡す彼は思わずと言った風に眉を寄せる。



『風見さんってお友達ですか?』

「っ!…え、ええ。今は彼の部屋を使っていて」

『へー。仲が良いんですね。』

「…そう、ですね」



 曖昧な返答にチラリと目を向ける。
 彼はじっと此方を見つめていた。
 …どうかしましたか?そう言って首を傾げると彼の瞳が微かに揺れる。



「…いえ、」

『…。もうちょっとで出来ますからね。』

「……」



 伏せられた睫毛、邪魔にならない様にと耳に掛けられた髪。
 その姿に目を細めて眉を下げる。



《――黒凪さん》

《…え、どうしたの?》

《ジンが呼んでいたので呼びに来ました。…随分と殺風景な部屋ですね》

《ふふ、そうでしょう?可愛いものなんて何も買ってくれないの》



 たった一度だけ彼女が暮らす部屋に入った事がある。
 日本にある組織が管理する建物の最も奥にある一部屋。
 普段は常に閉ざされている扉を開いて初めて足を踏み入れた。
 殺風景な部屋の奥にはキッチンがあり、彼女がそこで昼食を調理している。



《…料理は自分でやるんですね》

《昔は調理されたものを与えられていたんだけどね、最近は自分で作る様にしてるの。…だってそれが普通なんでしょう?》



 大君が言ってたわ。
 困った様に笑って言った黒凪に「そうですか」と同じく眉を下げて言う。
 もしかすると赤井秀一が組織に居た頃は彼の分も調理していたのかもしれない。
 奴が組織を抜けるまではこの建物では無い他のマンションで共に暮らしていたらしいから。



《(奴が組織を抜けた所為で一度自由になったのにまたこんな場所に戻されて)》

《…ジンは一体何の用かしらね》

《(どうして貴方は奴をそんなに――)》



 はい、沢山作ったので食べてくださいね。
 置かれた料理に思わず目を見開いた。
 普段から2人分の料理を作っているかのような手慣れた料理。
 そこではっと目を見開いて顔を上げる。



「そう言えば沖矢さんはどうしたんです?一緒に暮らしているんじゃ…」

『今日は1人で食べる様に連絡を入れておきました。心配しないでください。』

「…でも流石に恋人でもない僕と2人きりと言うのは…」

『…。何もしないでしょ?私なんかに。』



 にっこりと笑った彼女に微かに目を見開いて眉を下げる。
 昴を連れて来ても良いんですけどね、喧嘩になっちゃうと駄目ですし。
 おかずに箸を伸ばしながら言った黒凪に笑って安室も箸を伸ばす。




 ぼーっとしまくり降谷さん


 (秀一、ただいま)
 (あぁ)
 (…やっぱり起きてたのね。もう真夜中よ?)
 (そっちに乗り込んでいかなかっただけマシだろう)


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