隙ありっ Short Stories

□隙ありっ 番外編
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  あの頃私達

  探偵連載番外編。
  このお話は夢主の夢に出て来る謎の女性とのお話。
  謎の女性の名前は●●としておきます。ご了承ください。



「あんたが黒凪?」

『!…ジン、この人は?』

「新しく幹部に昇格した女だ。コードネームは●●」

『●●?…よろしくね。』



 無表情に言って再び正面に目を向ける。
 そんな黒凪の視線の先には彼女の妹であるシェリー。
 シェリーを護る事が任務である事は●●もジンから聞かされている。
 ベルモットと何度か顔を合わせている為に黒凪はシェリーとジン以外には無愛想である事も聞いていた。



「(…確かに愛想の欠片もないな)」

「おい。行くぞ。」

「!…分かった」



 最後にちらりともう一度だけ黒凪の背中に目を向ける。
 彼女は組織の中でも珍しい生まれた時から組織と関係のある人物。
 私は外部から組織に加わったわけだけれど、ずっとこの組織の中で生きて来た彼女はどんな人間なのだろう。
 …ジンの元で育ったのならどうしようもないクズなのだろうな、と想像出来た。
 人を躊躇い無く殺すようなクズなのだろう、と。





























『新しい薬?』

「ううん、これは前から作ってる薬よ。最近ちょっと改良したけれど。」



 ジンに命令されてシェリーを呼び出す為に彼女の研究室へ足を踏み入れた。
 そこにはやはり彼女の護衛を任されている姉の黒凪も居る。
 他の研究員達は丁度休憩に入っているらしく、研究室の中で会話をする2人に思わず足を止めた。
 黒凪は初対面の時の反応などとは全く違ってシェリーに笑顔を向けて穏やかな口調で話している。
 その様子に●●は驚いた様に目を見張った。



『あまり無茶しちゃ駄目よ。ちゃんとご飯は食べてる?夜は何時に寝てるの?』

「もう、そんなに心配しなくても健康的な日々を送ってるわよ。私が倒れたら大目玉所じゃないもの」

『…偶には倒れても良いのよ。私がジンに上手く言っておくから。』

「ええ、ありがとう。」



 …なんだ、この間のあれは演技か。
 壁に背を着けてそう考える。それともこちらが演技か?…いや、
 あの表情は本物だ。ジンや私と話していた時は張り付けた様な無表情だった。
 ●●は目を細め、カツ、とヒールの音を響かせる。
 途端にシェリーと黒凪が振り返り、黒凪の手が腰に回った。



「警戒しないで。私よ。」

『…。…確か●●、だったかしら』

「ええ。ジンに頼まれてシェリーを呼びに来たの。貴方も同行して良いって。」

『分かったわ。わざわざありがとう。』



 無表情で冷たい口調であったとしても彼女の根本は消えない。
 先程の様子が本物だと言うのなら、時折入る彼女の気遣いはそこから来るのだろう。
 幹部達は命令されて行った事に対して礼など言わない。
 …この人は、ずっとこの組織に居る筈なのにこの組織の中で少し異質だ。
 それは何故なのだろうか。



「シェリーだけ中に入れ。お前は外で待っていろ」

『はい。』



 ガタン、と大きな扉が閉められ黒凪は慣れた様に扉の側に立つ。
 その様子を見ていた●●は徐に彼女の隣に並ぶ様にして立った。
 …シェリーと話している時の貴方が本物?
 そんな風に問いかけて来た●●に黒凪が振り返る。



「…どうなの?」

『…。いいえ、あれは演技。こっちが本物よ。』

「嘘よ。」

『どうして?』



 私も一緒だから。
 此方を真っ直ぐに見て言った●●に黒凪が表情を変えずに目を向ける。
 気付かない?私の変化に。
 続けて言った●●に視線を廊下に向けて黒凪がため息を吐いた。



『…そう、貴方も演じてるのね。』

「ええ。私みたいな女がこんな組織に入るには多少なりとも狂暴じゃないといけなかったし。」

『そうまでして入りたい様な組織かしら。…馬鹿ね貴方。』

「貴方に馬鹿にされる筋合いはないわ。」



 少し不機嫌にそう返した●●に黒凪が振り返り、少しの沈黙の後に「ごめんなさい」と謝った。
 ジンや妹としか接してこなかったから、他人がどんな事で怒るのか分からないの。
 素直にそう言った黒凪に「何でも言えってジンに言われた?」と●●が返した。
 するとまた驚いた様に黒凪が●●に目を向ける。



『…ごめんなさい、あまりそう言う事も言わない方が良いのかしら』

「いいえ?私は貴方が素直にそう言ってくれて助かったわ。」

『助かった?』

「ええ。貴方がわざと私に喧嘩を売ったんじゃないって分かったから。」



 …そう、さっきのあれは喧嘩を売った事になるのね。
 目を伏せて言った黒凪に「何も知らないのね」と声を掛ければ「ええ」と間髪入れずに返答が返って来た。
 それはそうだろう。ジンの様な粗暴な男に育てられたのではこうなるのも頷ける。…ただ分からないのは、



「でもそれにしては不思議ね。口調がやけに丁寧だわ。そんな人間この組織に居たかしら。」

『…母が日本人ではないの。だから日本人よりある意味日本語が綺麗な人だった。』

「!」

『私は母を真似たのよ。あの人の日本語が好きだったから。』



 笑って言った黒凪に暫し固まって「…そう」と返答を返した。
 てっきりもっと違う人間なのだと思っていた。でも違った。
 母を真似る様な可愛らしい部分もあり、妹の為に非情になる強さと優しさを持っている。
 そして自分の非を認める賢さも持っていた。



「…貴方の事誤解してたわ。ごめんなさい」

『良いの。寧ろ私は誤解されようとしている立場なんだから』

「…。私に本当の事を明かして良かったの?」

『ええ。貴方も明かしてくれたから。』



 だから良いの。そう言って笑った黒凪に●●も笑顔を見せた。
 途端に扉が開き、ジンがシェリーを連れて姿を見せる。
 2人共素早く表情を戻しジンを見上げた。



「…●●、まだ居たのか」

「下がれと命令は出ていなかったからな」

「ふん、ご苦労なこった。…黒凪、シェリーを研究所へ連れて行け」

『ええ』



 ジンと別れて歩き出す。
 ●●は先程の彼の言葉からもうあの2人について回らなくて良いのだと判断をし、あとを追う事はしなかった。
 それから●●は組織内での空き時間の間に組織の中にある黒凪の部屋に訪れる様になった。
 監視カメラの無い黒凪の部屋の中は彼女達にとって唯一楽に会話を出来る場所だった。



『今日はどんな任務があるの?』

「確か政治家の暗殺だったかしら。やっぱりこの組織は裏社会とのパイプが太い分、沢山依頼が入ってくるわ」

『そう、大変ね。あまり無茶はしないでね。怪我も駄目よ。』

「私が怪我をすると思う?」



 顔を覗き込んで言った●●にふふ、と笑って「思わない。」と黒凪が言った。
 この牢屋の様な冷たい部屋の中で沢山の話をした。
 その日に起こった嬉しかった事や悲しかった事まで様々な事を時間がある限りずっと話していた。
 …彼が現れた時も、黒凪は変わらず●●に話をした。



「…え、貴方が仲良くしていた諸星って人、"こっち"の人間だったの?」

『ええ。私も驚いたわ。…組織の事に勘付かれて殺す覚悟までしたのに拍子抜けよ。』



 俺も実は殺し屋なんだ、その組織で雇ってくれないかって。
 もう開いた口が締まらなくて。…でも嬉しかった。彼の事は結構気に入っていたから。
 そう目を細めて話す彼女の表情は初めて見た。
 ●●は何処と無く楽しそうな彼女の様子に眉を下げる。
 その感情は危険ではないか、と一瞬だけ頭を過ったが、既に大切な存在となっていた彼女の幸せを壊したくはなかった。



『―――私、きっとあの人の事好きなの』

「…ライが?」

『そうよ。…最近怖いわ、志保が1番大事だった筈なのに彼は同じぐらい…いいえ、もしかすると志保よりも…』



 知り合って数年、最初はシェリーと呼んでいた妹の事を志保と私の前で呼ぶ様になっていた。
 そしてその頃には彼女は初めて経験する恋と言うものに振り回され、混乱しきっていた。
 彼女よりも5歳程年上だった●●はそんな黒凪を見守る様にして側に居た。
 自分が首を突っ込むべきではないと思ったのだ。それにライともあまり関わりはない。
 彼女自身、またはライが解決してくれる事を祈るばかりだった。



「―――…黒凪、来たわよ」

『●●!聞いて、大君が!』



 彼女の部屋に入った途端に駆け寄ってきた黒凪に目を見開いて中に入る。
 そして勢いよく聞かされた話は長らく自分が待ち望んでいたものだった。
 私を愛してるって言ったの!驚いたわ、こんな事ってあるのね。
 興奮した様子で捲し立てる様にそう話す黒凪に眉を下げる。
 彼女は今までにない程に輝いていた。…そして。



『●●、あのね』

「?」

『私大君と外で暮らそうと思うの。勿論ジンには許可を取ってあるわ。社会勉強として外で暮らすのも良いだろうしそれに…』

「ライと一緒に過ごしたい?」



 そうなの。そう言った黒凪の目はキラキラと輝いていた。
 そんな彼女に"寂しい"だなんて言えばどうなるだろう。と一瞬だけ考えて「良かったわね」と笑顔を見せる。
 私彼の事が好きよ。…勿論貴方も好きよ。志保も好きだし。
 そんな風に言ってうふふ、と笑う黒凪が可愛らしい。
 笑顔でその横顔を眺めて長らく彼女から預かっていたこの部屋の合鍵を手放した。
 そして間もなく、あの事件が起こる。



「(なんてことを知ってしまったの、)」



 暗い夜道を駆け抜ける。
 黒凪から彼等のアパートの場所は聞いていた。…そろそろ組織の人間にばれてしまう。その前に。
 街頭だけの道を走り抜け、目当てのアパートを見つけて彼等の部屋のインターホンを鳴らした。
 インターホンの映像を見た黒凪は驚いた様に通話ボタンに指を伸ばす。



『●●?どうしたの、息を切らせて…』

「そっちに行かせて黒凪。話したい事があるの。…ライは居る?」

『大君?大君は今仕事で…』

「そう、分かったわ。とりあえずあげてくれる?」



 すぐにロックを外して●●をアパート内に招き入れる。
 ●●はエレベータに乗ると暫しの時間で必死に考えた。
 あの事を話すべきか。話してしまえば彼女は確実に傷ついてしまう。でも。
 ずっと私は彼女に気を遣って、彼女を護って来た。でもこればかりは。
 …どんなに辛くても、あの子は知るべきなの。きっとまだ、まだ大丈夫な筈。



『●●、…どうしたの、汗だくじゃない…』

「落ち着いて聞いて黒凪。実は、」



 先程手に入れた事実を彼女にゆっくりと伝えていく。
 最初は普通に聞いていた黒凪も話の内容が進むにつれて顔色を無くして行く。
 そして最終的には逃げる様に両耳を塞いでしまった。その手を退けようとすると抗って側の食器を落としてしまう。



『―――そんな』

「悲しまないで、黒凪」

『そんなの無理!…無理よ…』

「黒凪、」



 嘘だと言って!!
 響いた声にびくっと身体を跳ねさせてしまう。
 こんなに感情を乱すなんて。…まさか。



『私彼と考えてたの』

「!!」

『…考えてたの…っ』



 そこまで、彼の事を。
 …遅かった。その言葉が頭をぐるぐると回る。
 遅かったんだわ。何もかも。私がこの事実に気付く事も、全て。



『もっと早く、どうして今…』

「っ、…今しかないの。分かって頂戴、」

『それでもどうして今なの…!』

「知らなかったの、貴方と彼がそこまで考えてたなんて!」



 もう何も言わないで、と両手で再び耳を塞ぐ。
 その手首を●●の冷たい手が掴んだ。走って汗を掻いて冷えてしまったのだろう。
 掴んだ黒凪の手首はじんわりと温かい。



「耳を塞いでしまわないで、時間が無いの」

『聞きたくない!』

「黒凪!!」



 びく、と肩を跳ねさせて恐る恐る黒凪が両手の力を抜いて顔を上げた。
 ●●はそんな黒凪の様子に締め付けられる胸元に気付かぬふりをして両肩を掴む。
 先程の事実も伝える事はとても心苦しかった。…でも私にとっては、この事実の方が苦しい。



「私はこれから貴方に会えなくなる」

『…会えなくなる…?』

「そうよ。私達はもう会えない」

『…ジンがそう命令したの?だったら私、』



 ゆっくりと首を横に振る。
 私に命令したのはジンじゃない。
 じゃあ誰よ、間髪入れずそう問い掛けた黒凪に言葉を噤む。
 これは彼女に話す事が出来ない事実。話してしまえば彼女まで巻添えとなる。…いいえ、私と違って殺されてしまうわ。
 黒凪の頬を涙が伝った。



『嫌よ、私達ずっと一緒に居たじゃない』

「……」

『貴方がいなかったら、』

「馬鹿ね、貴方にはもう彼が居るわ」



 そう、だけど。
 泣きながら言った黒凪の言葉に眉を下げる。
 あんな事実を知らされても尚彼に任せるしかない事が心苦しい。
 はあ、と一度だけ息を吐いて言った。



「――…思えば私達は本当によく似ていたわね」

『っ、』

「特に外では本心を偽っている所なんてそっくり。」



 だからこそ私達は親友になれたのよね。
 っ、と言葉を飲み込んで涙でぐしゃぐしゃの顔を黒凪が両手で覆う。
 ごめんなさい黒凪。どうか許して。…どうか。




 どうか忘れないで。


 (私はこれからもずっと貴方の味方よ。)
 (…大好き。)



 2017.11/26
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