隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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  天秤が揺れる時

  ジン成り代わりの赤井秀一オチ。
  探偵連載"隙ありっ"とは全く関係ありません。

  ※夢主は女性です。



 初めて会ったあの女は、思わずゾクリとさせられる程の恐ろしい目を此方に向けていた。
 俺はその時の記憶を今でも忘れられずにいる。
 まず、自分が潜入した組織の最高幹部と詠われている存在が女だと言う事に驚いた。
 そして、その美しさにも。



『―――ベルモット、その男は誰だ』

「あら、自分の部下になる男ぐらい覚えておきなさいよ」

『あ?』

「あの方から連絡が来てないの?」



 ベルモットの言葉に黙って視線を逸らす女性。
 組織に潜入して約半年。
 今の所で任された任務を失敗したことはない。
 そろそろ中枢に潜り込める頃か、と考えていると幹部であるベルモットからお呼びがかかった。
 遂にコードネームか、と僅かに期待を抱きながらついて行けば、そこには女が1人。



「(…この女の部下になるのか?)」

『……あぁ。新しくコードネームを与える男か』

「えぇ。連絡を受けてたって事はコードネームは…」

『既に決まってる。……諸星大、だったな』



 すっと冷たい双眼が此方に向いた。
 長い銀髪の間から覗く目の色は自分と同じく深い緑色だった。
 ブロンドの髪と美しい容姿を持つベルモットと並んでも劣らない美貌を持つこの女は一体何なのか。
 幹部であるベルモットと対等に話しているのだから、幹部である事は間違いないのだろうが…。



『お前のコードネームはライだ。覚えておくんだな』

「…ライ」

『あぁ。外に居る時も組織の人間と会話をする時はそのコードネームを用いろ。良いな』

「あぁ…」



 小さく頷いた赤井はアンタは一体誰なんだ、と言う意味合いを込めて目の前の女を見下ろす。
 女はその視線を受けると目を細めベルモットを見る。
 私が誰だか教えずに此処に来たのか?と些か低くなった声が部屋に響いた。
 ベルモットは吸っていた煙草の煙を吐くと忘れていたわと素直に認める。



『…私は今からあの方に会う。私の事はお前が教えておけ』

「あら。直々に会って何を話すのかしら」

『お前には関係のない事だ』



 あの方に会う。その言葉に微かに目を見開いた赤井。
 催促する様にベルモットを見れば、彼女は去っていく女の背中を見ていた。
 そして目を逸らす事無くベルモットは口を開く。



「彼女のコードネームはジン。私よりも立場は上だから機嫌を損なう様な行動は止めておきなさい」

「…あぁ。分かった」



 ジン。コードネームだけなら聞いた事がある。
 ……彼女がそうなのか、と思わず緩みそうになる頬をどうにか抑える。
 僅か半年で自分が標的だと考えていた人物と接触できるとは。
 その上そのジンの部下になれるなど、予想もしていなかった事だ。
 ――だが、上手く行ったと思ったのも束の間で、部下になったは良いが共に任務に行く事は結局無かった。























「(精々、任務の下見に付き合ったぐらいで…)」

「赤井さん?」



 ゆっくりと眼鏡の向こう側にある目が開いた。
 いつの間にか眠っていたらしい。
 目を開けば前にはコナンの姿があった。
 そしてジョディとキャメルの姿も。
 昨夜は来葉峠で安室の部下達と一戦交えていた為にあまり眠る事が出来なかった。
 その所為か、疲れが溜まっていたらしい。



「…悪いな、眠っていたらしい」

「別に良いけど…。シュウ、貴方寝言言ってたわよ?」

「寝言?」

「……ジン、って」



 微かに沖矢の眉が寄せられる。
 コナンとキャメルを見れば、少し複雑そうな表情を浮かべている。
 …どうやら本当らしい。
 はー…、と息を吐いて項垂れる。
 確かに夢の中で過去の記憶を思い出していた訳だが、寝言で呟いてしまうとは。



「どんな夢を見ていたのよ、シュウ」

「…組織に居た頃の事を思い出してただけだ」

「シュウ、貴方…」



 伏せていた顔を少し上げ、目をジョディに向ける沖矢。
 もはや赤井の物ではない顔で此方を見た彼に少し眉を寄せたジョディ。
 少しの間、沈黙が降り立った。
 コナンもキャメルも何も言えない雰囲気に呑まれ、口を閉ざしている。



「…貴方、殺せるの?奴等を。………彼女を」

「―――…あぁ。勿論」



 眉を下げて少し笑う。
 そんな沖矢の表情にジョディの目が見開かれた。
 その表情に一瞬赤井の表情が重なった。
 こんな表情をした赤井を自分は知っている。
 そう、あれは―――。



《シュウ!》

《?》

《貴方の恋人の…、宮野明美の、死体が見つかったそうよ》

《―――…そう、か》



 困った様な、仕方がないと諦めた様な。
 そんな、複雑な表情。
 笑うべきなのか、泣くべきなのか。それとも怒るべきなのか。
 そんな風に感情を見失った様な。
 ジョディが目を伏せ、唇を噛む。



「(――悔しい)」

「…ジョディ?」



 1番に自分の中に溢れたのはその一言だった。
 自分は彼にそんな表情をさせた事が無い。
 彼が自分の道を見失う程のショックを受けるような、それ程に思われた事が自分に会っただろうか。
 こんなふうに自分が宮野明美や、ジンに劣っていると気付いてしまう時が最も辛いのだ。



「…忘れちゃ駄目よ、シュウ」

「……」

「貴方の恋人を殺したのはジン。…その他にも奴等は許されない様な事を―――」

「分かっている。…大丈夫だ、ジョディ。」



 ぐ、と言葉を止めたジョディは何も言わずに部屋を出て行った。
 その様子を眉を下げて見ていた沖矢は「君達もそろそろ、」と沖矢の口調でキャメルとコナンに告げる。
 素直に頷いた2人はジョディの後を追う様に部屋を出て行った。




 忘れるな、あの女の罪を。


 (やはり駄目だ)
 (一度会ってしまえばまた思い出してしまう)
 (あの頃の、自分の感情を)

 (頬の傷、結局跡が残ったのね)
 (うるせぇぞ、ベルモット)
 (愛しい女の顔に傷を残していくなんて、まるで呪いじゃない)
 (……呪い、か)


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