隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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  日本の姉、アメリカの弟

  探偵連載"隙ありっ"とは全く関係ありません。
  赤井秀一とその双子の姉のお話。



「おいこら世良ぁ!!」

『はっ、はいぃ!』

「この資料はこっちの机だって言っただろうが!また間違えて他の資料と混ざってる!」

『す、すみません! ごめんなさい!』



 ひたすらに謝る世良と呼ばれた女性。
 彼女は癖毛の長い黒髪を三つ編みにして右肩から前に流し、黒縁眼鏡の下は厚化粧。
 そんなアンバランスな容姿をした世良黒凪は無駄に縦に長い身体を必死に曲げて頭を下げている。
 その様子を慣れた様に見ていた男は一つため息を吐いて己の担当している事件の資料に目を落とした。



「(全く、何故あのようなどんくさい人間がこの公安に…)」

『か、風見さん』

「うん?」

『こここ珈琲とかどうでしょうか。私頑張って淹れてみたんですけど…』



 カタカタ震えるお盆の上に乗っている珈琲はいつ自分は冷たい床に落とされてしまうのだろうかと怯えている様にも見える。
 あ、あぁ。どうも。そう言って珈琲を受け取った風見は周りに他の珈琲を配る黒凪の背中を見て珈琲を口に含んだ。
 珈琲の味は良くも無く悪くも無い。普通だった。
 ――そんな彼女に、突然大きな任務が転がり込んでくる事となる。





























『…え、赤井秀一の確保…?』

「そうだ。丁度今は人数が足りて居なくてな。確かお前は車の運転だけは上手いらしいじゃないか」

『は、はあ…』

「この任務は絶対に失敗が許されない。…良いな」



 は、はい!と震えあがりながら言った黒凪に不安気な色を隠しきれない公安の面々。
 黒凪は青い顔をしながら車のエンジンを掛け、上司である降谷零の命令通りにFBIの車を追う。
 うわああ、FBIが目の前の車に居る…。なんで私こんな大きな仕事任されてるんだろう…。
 青い顔で車を運転しながらそんな事をぐるぐる考える。



「他でもない降谷さんの命令だ、必ず確保するぞ」

「あぁ。」



 後部座席でそう話す先輩達に此方までドキドキしてくる。
 …それにしても嫌な役回りだなあ、公安とFBIなんてこんな風に露骨に戦う事なんて無いと思ってたのに…。
 嫌だなあ、弟が所属してるとこなのに…。
 そう頭の中で呟いてため息を吐いた。



『(今は別人に変装してるとかって言ってたけど…一体何してるんだろう、あの子)』

「おいこら、ため息吐くなよ」

「そうだぞ。士気が下がるじゃないか、世良。」

『す、すみません!』



 …私なんかが心配する事じゃないよね。
 再び前方に意識を向けてハンドルを切る。
 この先には他の公安の車が道を塞ぐ様に止まっている。
 私の役目は前のFBIの車がしっかりとその道を走っているかの確認だ。
 …視界にFBIの人間が乗っている車が鮮明に見えた。
 秀一は私なんかよりなんでも出来たし、頭も良いし強いし…。
 ぐんっとアクセルを踏んで速度を上げる。



『(あの子に勝てた事なんて無かったし…。)』

「もう少しで予定の場所だ。後ろに逃げられない様にぴったり張りつけ。」

『は、はい』



 前方に公安の車が見えた。
 よし、此処で私のこのハラハラドキドキの任務は終わりを迎え…
 大きく目を見開く。岩肌に乗り上げて車を持ち上げ、左側だけのタイヤで隙間を…!?
 わー!無理無理!あんなテクニック持った人に勝てるわけないって!



「な、」

「世良!追え!」

『えっ、ええええっ!?』

「死ぬ気でやれば何でも出来る!」



 死ぬ気でやるなんて事やった事無いです!
 …とは言えず。更に速度を上げてサイドミラーを犠牲にして車の間を無理矢理進んだ。
 うわー…他の車のサイドミラーも絶対壊しちゃったよね…。
 ううう、と縮こまる黒凪に「よくやった!」なんて言うのは熱血で知られている先輩達2人だ。



『(始末書は私かなぁ…。私だよなぁ…。)』

「そんな顔するな世良!あの車を捕まえれば始末書なんて書かなくて良い筈だ!」

『…え、ホントですか…?』

「おう!(分かんないけど!)」



 …だったら頑張ってみよう。
 始末書は嫌いだ。面倒だし。自分がみじめに感じるし。…いつもみじめだけど。
 でも何も出来ないなりに、始末書だけは提出したくない!
 速度を上げる。車に近付いて行く。



『(確か拳銃の使用は許可が下りてた筈)』



 絶対捕まえて―――…ん?
 何だろう、なんで車の屋根なんか開いて…。
 え。そんな黒凪の声に後部座席の2人も前方に目を向け、大きく目を見張る。



『(…秀一…?)』

「おい、あれ…」

「赤井秀一…!?」



 や、やっぱりそうですよね?え、なんで…。
 此方を睨む顔は確かに私の弟である秀一だった。…双子である私が見分けられない筈がない。
 先輩は焦った様に携帯を開き上司である降谷さんに電話をかけ始めた。
 そんな中でも黒凪はただ只管に真っ直ぐ己の弟を見つめている。



「…良いなキャメル。指示通りに頼むぞ」

「はい!」

「無茶よ!タイヤを負傷していてただでさえ揺れているのに!」

「……。」



 ちょっとシュウ!
 そんなジョディの声に「ん?あぁ…」と彼女の先程の言葉の答えにもならぬ返答を返し拳銃を構える。
 そしてすぐ真後ろを走る車の運転席を見ようと目を細めた。
 光の関係で全く顔が見えない。でも何故だろうか。



「(…あれは公安だろうからな…。黒凪が居る可能性は無い事は無いが、)」

『…あの子撃つ気です。先輩』

「何っ!?」

「(黒凪は居ないだろう…、いや、)」



 もう少しでストレートです!
 キャメルの言葉に一旦目を閉じて、そして開く。
 いる様な気がする。それは双子特有の勘と言うヤツだ。
 だがあいつが居た所で俺のする事は変わらない。



『(秀一だからって見逃したら私は始末書を書かなきゃならない…!)』

「…どうやって撃つつもりだ…!?」

『此処から先はストレート…。』

「…世良?」



 車のナビを見て目を細め、一気にハンドルを切って蛇行する。
 赤井は舌を打つと黒凪が乗る車の後ろに照準を定めた。
 黒凪が一気に速度を上げる。先輩2人はその速度に思わず背凭れに倒れ込んだ。



「お、おい世良…」

「そんなに始末書が嫌なのか…?」

『嫌に決まってます!』



 あれ、俺もしかしてヤバい事言ったかな。
 多分な…。そんな先輩2人の言葉は耳に入らない。
 ガウンッと拳銃が撃たれ後ろの車が操縦不能になり黒凪の乗る車を残して止まって行く。
 黒凪はそれに構わず赤井の真横まで車を持って行った。
 窓を開く。黒凪が眼鏡を下にずらし、同じ色の瞳が互いに見つめ合った。



『…車を止めてくれる、秀ちゃん』

「……良いだろう。」



 赤井の言葉に目を見開いてキャメルが振り返る。
 静かに頷いた赤井を見るとキャメルは車を止め、黒凪もブレーキを踏んだ。
 横に並ぶ様にして止まると黒凪がばっと先輩達を振り返り2人がビクッと肩を跳ねさせる。



『こ、これで始末書は無いですよね!?』

「あ、ああ…多分…」

≪おい!そっちの状況はどうなってる!≫

「何だ、丁度良い相手に電話をしてるな」



 黒凪が開いた窓から覗き込む様にして言った赤井に先輩達が顔を上げる。
 そしてその視線がゆっくりと黒凪に向けられた。
 その目を見た黒凪はすぐさま眼鏡を掛けてふいと顔を背ける。
 それに気付いた赤井が窓から腕を中に入れて先輩に手を開いた。



「その携帯を俺に渡してくれないか」

「…なんだと」

「代わりと言ってはなんだが、この拳銃を君達に譲り渡す。組織の人間である楠田陸道が使っていた拳銃だ。」

「!」



 この拳銃の入手ルートを君達なら完璧に調べ上げられる。
 そしてその情報は組織を壊滅させるにあたって必要な情報となる筈だ。
 先輩2人は顔を見合わせ拳銃を受け取ってから携帯を赤井に手渡した。
 どうも。と笑った赤井は携帯を耳に押し当て「やあ」と声を掛ける。
 黒凪はその声にハンドルに項垂れた。



『(うわああ、弟が上司に"やあ"だって!殺される!)』

「バーボン、いや…今は安室透君だったかな」

『(上司に"○○君"!?やばいやばいやばい!)』



 君の部下に楠田陸道が扱っていた拳銃を渡しておいた。入手ルートを調べれば何か分かるかもしれない。
 先程先輩に言っていた事と同じことを伝え、やがて一言二言言葉を交わした。
 己の上司と双子の弟が険悪な状況下で話しているのだ、聞いている姉の身としてはとても穏やかには居られない。
 物凄い勢いで動く心臓の音に赤井と安室の会話は全く聞こえていなかった。



「――姉さん」

『っ!?』



 すぐ耳元で囁かれた言葉に耳を抑えて距離を取る。
 ななな何!?と問えば「ん」と差し出される携帯。
 その携帯を受け取れば「行くぞ」とキャメルに声を掛けて赤井が去って行った。
 その様をぼーっと見ていると「返せ!」と先輩が携帯をひったくり指示を仰いでいる。



『え、あの、…え?』

「お前なあ…。赤井秀一にずっと声掛けられてたの聞こえなかったのか?」

『へ?』

「ずっと呼ばれてたんだよ。」



 おい、そこの眼鏡の。…おい。聞こえてないのか?
 今更になって弟の声を思い出した。
 あわわ、姉だとばれない様に気を遣ってくれたのに私ったら…!
 だから耳元で呼んだんだ、私の事…。



「はい、…はい。…分かりました、退却ですね」

「退却か…そうだよな、降谷さんも本名までばれてたらなあ…」

『え、あ…そうなんですか…?』

「…お前本当に何も聞こえてなかったのな…」



 戻るぞ。そんな声に先程まで話していた先輩が頷き、黒凪もハンドルを切る。
 そうして本部に戻り、報告をして皆自宅へ戻った。
 …疲れ果ててベッドに倒れ込んだ黒凪はいっそこのまま眠ってしまおうかと目を閉じていく。
 しかしその眠りを妨げる様に携帯が着信を知らせた。



『んー…はい…』

≪なんだ、寝ぼけてるな≫

『…秀ちゃん…?』

≪あぁ。久々だな姉さん≫



 今から出て来られるか?
 そんな言葉に「無理かなぁ…」と呟く様に言うとチャイムが鳴り響いた。
 え。と顔を上げた黒凪はのそのそと扉に近付き来客が誰なのかを大体勘付きながら扉を開く。
 目の前にはマスクを着け帽子を深くかぶった男が立っていた。



『…秀ちゃん』

「一緒に来てくれ」

『……やだよう、眠たいし…』

「車で眠っても構わない。」



 うー…と項垂れると黒凪の手を引いて扉の鍵を閉めて彼女を半ば引き摺る形で車へ連れて行く。
 そして助手席に座らせれば彼女はすぐに眠りへ落ちて行った。


 
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