隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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  零れて

  100000hit企画にて制作。
  探偵連載"隙ありっ"とは全く関係ありません。
  赤井秀一とスコッチの婚約者で工藤新一の妹のお話。



『いやあぁあああ!!』

「!?」

「っ、ゴホッ、」

「……何だ?」



 突然聞こえた声に有希子は野菜を切っていた手を止め、優作は飲んでいた珈琲を喉に詰まらせ。
 新一は読んでいた小説から顔を上げて玄関を見る。
 叫び声の主は聞き慣れた妹の声だった。
 先程知り合いが来たとかで外に出たが、何があったのか。
 3人で扉を開くと、泣き崩れる黒凪とサングラスとニット帽をかぶった男が居た。



「どうしたの!?」

「テメェ…!」

『違うの。…違うの、兄さん、』

「…黒凪…?」



 ぽろぽろと涙を流す黒凪の手には1つの指輪が乗せられていた。
 シンプルなデザインのそれは何故か俺には結婚指輪の様に見えて。
 それと同時に脳裏に1人の男が浮かんだ。
 妹の婚約者であった男だ。



「……まさか、」

「…黒凪さん、僕はもう行きます」

『っ、』

「……。」



 頭を下げ、男が車に乗り込む。
 その様子を黒凪は見る事無く、ただ虚ろな目で指輪を見つめていた。
 涙で歪んでいる筈の視界で、何も言わず。
 ただ指輪だけを。



























『お帰り、母さん』

「ただいま。新…、コナン君から事情は聞いてる?」

『勿論。…その人が例の?』

「ええ。早速変装させるから」



 有希子の後をついて家に上がり込んだ男。
 フードの下に隠れていた目と目が合う。
 微かに見開かれた目をチラリと見て扉を閉める黒凪。
 男は有希子に続いてリビングに入って行った。
 彼は数日前コナンに変装を依頼された男だ。確か名前は…。



「そこに座っててね、赤井君」

「はい」

『(そうそう。赤井秀一)』



 兄を幼児化させた張本人が所属する組織と敵対するFBI捜査官。
 今回は組織に死んだと思わせる為に彼を全くの別人に変装させなければならない。
 兄が幼児化してからずっと協力してきた工藤一家はその要求を快く受けた。
 だから外国に父と居た母が態々日本に帰国し、私が1人で暮らす実家に帰って来たのだ。



「どんな感じが良いかしら…。やっぱりイケメンよね」

『そりゃね。…眼鏡掛ける?』

「あら良いじゃない!眼鏡でイケメンで…。茶髪が良いわね!」

『眼鏡でちょっと地味な感じになるから髪型はカッコよく…』



 わちゃわちゃと2人で相談をしながら変装させていく。
 その間赤井は何も言わず、また動かずただじっとしていた。
 徐々に彼自身の面影が無くなっていく。
 丁寧に目元の隈は化粧で決して、鬘も準備して。



「……はい、出来た!」

『疲れたー…。……後は変声期だよね』

「あ、あと首元が隠れる服ね。…優作の服にそんな感じのがあったような…」



 どたどたと階段を上がっていく有希子。
 彼女を見送り、黒凪は赤井に変声期を渡した。
 それを首に着ける赤井を見ながら「名前どうします?」と問いかける。
 すると「ああ、」と取り敢えずと言う様に返事を返す赤井。



『私は個人的に゙昴゙って言う名前が好きなんです。…どうですか?』

「じゃあそれで。…苗字は知り合いから取って沖矢で」

『沖矢昴…。良いですね!』



 ぱあ、と笑った黒凪に少し笑う赤井。
 すると服を片手に部屋に戻って来た有希子が赤井に服を渡した。
 どうも。と受け取った赤井はすぐに着替え、変声期の電源を入れる。
 たちまち変わった声に赤井は片眉を上げ、有希子と黒凪は軽くパチパチと手を叩いた。



「ありがとうございました」

「いえいえ、お安い御用よ?」

『イケメンだもんね。』

「あらヤダ黒凪ったら!」



 黒凪の言葉にチラリと彼女の顔を見る赤井、基沖矢。
 どうしました?とすぐに視線に気づいた黒凪に沖矢は「いえ、」と目を逸らした。
 少し距離があるが、マンションを借りているそうなので当分はそちらで過ごすらしい。
 そんな赤井を見送り、2人は顔を見合わせた。



『すぐにまた父さんの所に行くんでしょ?』

「ええ。ごめんね黒凪、一緒にいてあげられなくて。」

『ホントよ、もう。兄さんも蘭ちゃんの所にいるし…。』



 そんな会話をしながらせっせと準備をする有希子を眺める黒凪。
 暇そうにうろうろとする黒凪を見た有希子は徐に黒凪に携帯を渡した。
 何?と携帯を開いた黒凪はプッと吹き出す。
 携帯の画面には赤井の横顔が映っていた。



『あははは!そんなに気に入ったの?赤井さんの事!』

「格好良いから車の中で撮ちゃった♪」

『赤井さん怒ってたでしょ?』

「消してくださいって言われちゃったわよー…。忘れそうだから消しといて、黒凪」



 仕方ないなあ、と消去ボタンに手を伸ばす。
 が、何処か見覚えがある顔に動きを止めた。
 背後では有希子が崩れた化粧を直していた。
 見た事がある、様な。



《…どうして?どうしてあの人が…?》

《殺されたんです》

《……誰、に》

《……。》



 何も言わず此方に向けられた携帯の画面。
 黒凪は携帯を差し出した降谷を見上げ、画面を覗き込んだ。
 隠し撮りだろう、其処には1人の男が立っている。
 黒髪の長髪にニット帽、目の下の隈。
 チンピラみたいな人だと思った。



《…この人が?》

《……はい。》

《………許せない、》

《…必ず僕が殺します》



 降谷の言葉に黒凪の目から涙が溢れた。
 すっと黒凪の手から携帯を取った降谷は携帯を閉じ、ポケットへ。
 呆然と立っていた黒凪の頭に画像の中に居た男がぐるぐると浮かぶ。
 許せない、…許せない。



『!……ぁ、』

「消してくれた?…んもー、まだ消せてないじゃない!」



 ピッと携帯を操作して画像を消す有希子。
 ゙消去しまずと言う文字を唖然と見ていた黒凪。
 脳裏で赤井と降谷に見せられた画像の男がピタリと重なった。
 そしてゾクリとした。



『(FBIなんでしょう?……どうして公安のあの人を殺したの)』

「じゃ、行くからね黒凪」

『……うん』



 バイバイ、と手を振る有希子に同様に返す。
 閉じられた扉にだらりと腕を降ろす黒凪。
 彼女は壁に凭れ、ずるずるとしゃがみ込んだ。



 
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