隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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「……あの、黒凪さん」

『…はい』

「料理を教えてくれませんか。暇なもので」

『………』



 一瞬睨んで「良いですよ」と笑顔を張り付ける。
 その様子に気づきながらも沖矢は「ありがとうございます」と笑った。
 彼とは数日前から一緒に暮らしている。
 沖矢が住んでいたアパートが火事に遭った所為だ。
 …火事さえ起きなければ会う事などあまり無かった筈なのに。



『…ああ、玉ねぎは水に浸しておいた方が良いですよ』

「分かりました」



 互いにあまり話す事無く夕食を作る。
 時折手間取ると沖矢の作業を黒凪が変わった。
 沖矢は火を使う作業などの時は率先して行う。
 2人で作れば多少の時間は短縮になる。
 すぐに夕食が出来上がり、2人で食べた。



『…。そのお皿、下げますね』

「ああ、どうも」



 空になった皿を持ち上げ、台所に向かう。
 その様子を見ていた沖矢は野菜を口に持って行った。
 するとふと沖矢の目に足元の水滴が映った。
 嫌な予感がした彼は立ちあがり、黒凪に近づく。
 足元が見えていない黒凪は案の定滑り「きゃ、」と短い悲鳴が聞こえる。
 沖矢は賺さず黒凪を受け止めた。



『!』

「大丈夫ですか?」

『…な、んで』

「足元に水滴が見えたもので。もしやと思いましてね」



 優しく微笑んだ沖矢の顔に少し頬が赤くなった。
 が、すぐに赤井の顔が浮かび顔を逸らす。
 ありがとうございました、そう言って黒凪はせかせかと歩いて行った。
















 沖矢と共に暮らす事になって1ヶ月程経った。
 たったの1ヶ月だったのに、色々な事が起きた。
 まず少年探偵団の面倒をよく見る様になった沖矢と黒凪は子供達に関係を怪しまれ恋人だという事に。
 それに伴い沖矢が私を呼ぶ時は黒凪と呼ぶ事になる。



『(…どうかしてる、)』



 はー…、とソファに座りながら項垂れる。
 共に暮らしている男は婚約者の仇だなんてどこのサスペンスドラマだ。
 だが心のどこかに彼を受け入れ始めている自分が居るのだ。
 それが途轍もなく私には腹立たしい。



「黒凪」

『っ!』

「…話がある、聞いてくれ」

『……。』



 飛び上がった心臓を抑える様に胸元に手を持っていき、ゆっくりと立ち上がる。
 その様子を見た沖矢は赤井の表情で微笑むと「立たなくていい」と言って隣に座った。
 沖矢は指を組み、何から話せばいいか…。と言葉を濁した。



「組織の人間が俺に勘付き始めた」

『!』

「近頃また面倒な事になるかもしれない」



 そう言って徐にこちらを見る沖矢。
 彼は肝心な事は何も言わないが、有無を言わせぬ雰囲気で。
 …手伝え、と間接的に訴えていた。
 黒凪はため息を吐き、わかってますよ。と再び立ち上がる。



『ちゃんと協力はします』

「…悪いな」

『いえ。コナン君は大事な親戚ですから』



 黒凪の言葉に沖矢が微かに眉を下げた。
 その表情に胸が痛んだのには知らないふりをして。
 私はこの人の事を何も思っていないと、そう言い聞かせて。


























「黒凪」



 低い声にビクッと反応した黒凪はばっと振り返った。
 そこには変装を解いた赤井が立っていて、背中がさあっと寒くなる。
 沖矢の時には感じなかった恐怖が黒凪を襲った。
 あの人を殺した男が今、目の前に立っている。
 黒凪の顔を見た赤井は小さく微笑んだ。
 その笑顔は沖矢のもので。



『沖矢、さん』

「…今は沖矢じゃないんだがな」

『!』

「そろそろバーボンが来る。工藤さんは?」



 沖矢の時とは違う低い声に息を飲んだ。
 …一緒に暮らす様になって1ヶ月と少し。
 1ヶ月経った後からだろうか。仲良くなっていった2人の会話は偶に軽いものになっていく。
 沖矢の口調は基本的に敬語だが、2人きりになると先程の様な口調になった。
 それだけ心を許されたのだと思った時、私は何故か嬉しかった。



「黒凪」

『!…何?』

「…そう怯えるなよ。一緒に過ごした仲だろう?」

『っ!』



 優しく微笑んでそう言った赤井に思わず赤面する黒凪。
 彼女は気づいていた。この数週間で彼を好きになってしまった事に。
 いつもいつもそれを改めて認識する度に脳裏に彼が浮かんだ。
 大事な人を殺した赤井。そんな赤井に恋をしてしまうなんて。



『……馬鹿。』

「俺か?」

『違う。…私が、馬鹿』



 一緒に料理を作って、一緒に出掛けたりもして。
 一緒に話して。…偶に赤井の素の口調が出たりして。
 徐々に、好きになってしまった。
 彼の仇なのに。



『…時間は大丈夫なの?』

「ん?…あぁ、そろそろだな」

「準備は出来たかね、赤井君」

「ええ。出来ました」



 沖矢の姿で現れた優作に頷く赤井。
 赤井は顔を隠し、外に出て行った。
 この後に降谷が来る。赤井を探して。
 降谷は赤井を殺すと言っていた。
 あの時はその言葉が本当になればいいと思っていた。
 …でも、今は。



『(ああ、どうか。)』

「無事に事が運ぶと良いが…」

『…うん。そうだね、父さん』



 あの人を傷つけないで。
 彼の仇でも、それでも。
 ……好きなの。どうしようもなく。
 馬鹿よね。わかってる。
 ごめんなさい、許して。



 
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