隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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  Like a father,like a son.

  探偵連載"隙ありっ"とは全く関係ありません。
  赤井秀一と彼の息子とその母親のお話。



「秀哉君カッコいいんだから彼女とか居るんじゃないのー?」

「いないよ作る気もないし…。好きな人はいるけど」

「え、好きな人いるの!? 誰!?」



 わっと盛り上がるクラスの端辺り。
 それを呆れた様に眺めてため息を吐いた灰原に「うわ、子供らしくねえな」とコナンが渇いた笑みを浮かべる。
 灰原はちらりとコナンに目を向けると女の子が6割、男の子が4割と言った比率で囲んでいる少年に目を向けた。



「…広瀬秀哉だったかしら。随分とモテ男だって有名じゃない?」

「そーだよな…。小学校1年生の時点でそんな噂が立つんだしよっぽどモテるんだろ…」

「見た所ハーフっぽいし面白いんじゃない?こっちでは西洋人に憧れる人も多いらしいし。」

「……そのハーフだからか知らねーけどよ、お前とあいつなんか似てねーか?」



 実はお前が転校してきてからずっと思ってたんだよな…。
 そんな事を今更言ってのけたコナンをじと、と睨んで再び秀哉に目を向ける。
 黒髪の癖毛と切れ長の目。でも二重でぱっちりとしているし恐らく成長すればかなりの男前になるであろう。



「似てないわよ。洒落にならない冗談はやめてくれる?」

「冗談じゃねえって。ったく…」

「秀哉が好きなのってお母さんなの!?」

「えー!?」



 また大きく盛り上がった秀哉の周りに目を向ける。
 その会話の内容に灰原が小さく笑った。
 母親に恋してるだなんて可愛いじゃない。
 そう言った彼女の表情は少し悲しげだった。



「そーだよ。だから俺は彼女は作らない」

「でもお母さんと結婚は出来ないよ?」

「するよ。どうにかなると思うし」

「すげー…」



 何が凄いんだ…。
 話を聞いていたコナンと灰原の頭の中がシンクロした。
 やがてそんな不毛な会話も授業も全て終わり、下校時間となる。
 少年探偵団のメンバーで下駄箱に向かうと丁度秀哉も靴を履きかえている所だった。



「秀哉君、今から帰るんですか?」

「ん?…あぁ、今から帰るよ」

「そういやお前の家って何処にあんだ?結構近いのか?」

「アパートだよ。この前火事があった所の近くなんだ」



 火事って昴さんの所か?
 そう言った元太に「きっとそうですよ!」と光彦が笑った。
 昴さん?と秀哉が首を傾げると歩美が「とっても優しいお兄さんなんだよ!」と嬉しそうに言う。
 秀哉は「へー…」と返答を返すと暫し考え込む様に黙った。



「…皆帰る方向ってどっちだ?」

「その昴さんのアパートの近くならそっちの方向です!」



 じゃあ一緒か…。
 そう呟いた秀哉は此方を不思議気に見ながら靴を履きかえるコナン達にばっと目を向ける。



「じゃあ悪いんだけどついでにうちに寄ってくれよ。母さんが友達連れてきて欲しいって言ってんだ」

「うな重あるか!?」

「母さんなら作れると思う」

「え、うな重食べさせてもらう気ですか元太君…」



 結局元太が行く気満々になったので少年探偵団全員で彼の家へお邪魔する事にした。
 やがて辿り着いたアパートは元太の予想通り、かつて沖矢が住んでいたアパートの側にあるアパートだった。
 エレベータに乗って4階まで上がり"広瀬"と記された扉の鍵を開いて中に入る。
 おじゃましまーす!と元気よく声を掛ければぱたぱたと足音がした。



『あら、お友達?』

「うん。母さんが連れて来てって言ってたから連れて来た」

『そうなの?いらっしゃい』



 そう言ってにっこりと笑った黒凪は秀哉と何処か似ている様な気がした。
 しかしとても似ていると言う程ではないし、大まかな部分は父親似なのだろうとコナンと灰原が思う。
 それに彼女はどう見ても日本人だった。
 部屋に上がって小さなリビングへ入る。棚の上に沢山の写真が置かれていた。



「これがお前の父ちゃんか!?」

「え?…あ、そう。それが俺の父さん」

「秀哉君にそっくり!」

「ホントですねー…」



 コナン君達も見てくださいよ、そっくりですよ!
 興奮した様に言った光彦に「はいはい」と気だるげに立ち上がり写真を覗き込む。
 そこに映っている人物にコナンが大きく目を見開き、灰原に見えない様にと傾けた。



『あら、恥ずかしいわ。もうおばさんになっちゃったから見る影もないでしょう?』

「ううん、秀哉君のお母さんすっごく綺麗だよ!」

『そうかしら、』

「うん!」

「ねえ秀哉君のお母さん、もしかしてアメリカに住んでた?」



 真剣な顔で言ったコナンに「よく分かったわね」と黒凪が驚いた様に言う。
 20歳の頃に留学して、その人とはアメリカで出会ったの。
 その写真は5年前ぐらいかしらね…。
 笑って言った黒凪にすぐさまコナンが「今はこの人どうしてるの?」と問いかける。
 その問いに黒凪は困った様に笑った。



『もう別れたわ。今は秀哉と2人きり。』

「だから俺が母さんと結婚するんだ。」

『またこの子はそんな事…』



 そんな会話をする親子を見て再び写真に目を落とす。
 赤井さんに子供が…?
 あまり詮索すべきではないのかもしれないが、一応にと沖矢の元へ赴き訊く事にした。
 快く招き入れてくれた赤井の前に座ると徐に携帯に保存しておいた写真を見せる。
 それを見た赤井の顔色は一気に変わった。



「…何処でそれを?」

「同級生の家だよ」

「…何?」

「赤井さん、この人に見覚えあるの?」



 暫し黙ってから赤井が頷いた。
 アメリカに居た頃に付き合っていた女性だ。組織に潜入する際に別れている。
 そう言った赤井にコナンは困った様に後頭部を掻いた。



「…子供、出来てるみたいだけど…」

「…は?」

「赤井さんとこの人の子供…。広瀬秀哉君って言うんだけど」



 一応にと撮っておいた秀哉の写真を見せる。
 赤井はその写真をまじまじと見て考える様に黙り込んでしまう。
 やがて彼が言ったのは「似ているな」という一言だった。



「…。今この2人は何処に住んでる?」

「結構近いよ。前に赤井さんが住んでたアパートの二軒隣」

「……」



 また沈黙が降り立った時、唐突にチャイムが鳴り響く。
 沖矢の姿をしている赤井は徐に立ち上がり玄関へ向かった。
 すると「コナン君いますか?」と光彦の声がする。
 続けて「おじゃましまーす」と元太や歩美の声も聞こえた。…そして、



「お邪魔します…」

「!」



 ――秀哉の声も。
 元太達と共におずおずと入って来た秀哉の背中を沖矢はまじまじと眺めていた。
 そして突然の登場にそれはそれは驚いたわけだが、少年探偵団が提案した事には更に驚く事となる。



「はぁ!?秀哉の父親を探す!?」

「うん!だって秀哉君のお母さん1人で可哀相だもん!」

「たった1人でお仕事をして家庭を支えているそうですし、絶対に旦那さんを探さないといけません!」

「とっ捕まえて秀哉の母ちゃんの手伝いさせるぞ!」



 えいえいおー!と拳を高々と持ち上げる元太達にコナンが顔を片手で覆う。
 お前等は…その父親を目の前に何を…。
 どうぞ、と同様を微塵も見せずジュースを出す沖矢に拍手を送りたい。
 実の息子の登場にも驚いているのにさらには自分を探すと言い出す子供達。
 心中穏やかではない筈なのに。



「まずどうやって探しましょうか…」

「秀哉君、何か特徴とか知らない?」

「うーん…。母さんは俺が父さんに似てるっていつも言ってる。ませた所も、顔も、声も全部似てるって」

「秀哉君にとても似ている、と。」



 あとは凄く強いらしい。
 それに警察だったって言ってた。
 ふむふむ、と光彦がメモに取っていく。
 背が高くて、あんまり笑わない。
 頭が凄く良いんだ。それに優しい。
 つらつらと秀哉の口から溢れ出す言葉をコナンも赤井も静かに聞いている。



「…あとは、…母さんは今でも大好きだって言ってた」

「!」

「絶対見つけなきゃだね!」

「おう!」

「はい!」



 沖矢が徐に考える様に腕を組んだ。
 やがて会議を終えて少年探偵団が帰る支度をする。
 鞄を背負って靴を履き、頭を下げた秀哉の手を沖矢が掴んだ。
 振り返った秀哉に沖矢はあまり怖がらせない様にと微笑み口を開く。



「夜道は危ないから送るよ。君のお母さんにも話を聞きたいし」

「…母さんに話…?」

「そっか、沖矢さんも探偵さんだからお父さんを探してくれるのね!」

「安心してください秀哉君!昴さんに協力してもらったらすぐに見つかりますよ!」



 そ、そっか。
 怪訝な顔をして頷いた秀哉にビッと親指を立てて少年探偵団が去っていく。
 そうして2人で徐に夜道を歩き出した。



「…秀哉君はお母さんが大事ですか?」

「うん。…きっとこの世界で一番大好きだ。友達より、先生より。」

「……。」



 世界で一番彼女が大好きなのだろう。そんな考えをあの頃は確かに持っていた様な気がする。
 彼女はとても慎ましく、美しく。細やかで繊細な人だった。
 FBIと言うアメリカ人だらけの組織の中に居るとそう言った日本人らしい人が珍しく思えて、気になって。
 …気付けば俺は偶然留学してきていた彼女を好きになっていた。



「…お母さん、ただいま」

『お帰りなさい。夜ご飯は…あら、送ってもらったの?』

「うん。沖矢昴さんって言うお兄さん」

『態々ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました』



 そう言って綺麗に頭を下げる彼女に相変わらずだなぁと思う。
 日本の女性らしく礼儀正しい。
 綺麗な人だと、そう思った。



「綺麗な黒髪ですね」

『!』



 思わず出てしまった言葉だった。
 しまった、と黒凪を見れば彼女は此方を暫しじっと見つめて。
 やがて目を伏せる。



『…、良ければ夕食をおすそ分けさせてください。せめてものお礼に』

「それはありがたいです。是非。」

『よかった。肉じゃがはお好きですか?』

「ええ。大好きです」



 淡々とした表面上のやり取りの様な会話。
 そんなやり取りに沖矢が眉を下げる中で急いで台所へ向かい、タッパーに肉じゃがを詰めて黒凪が戻って来る。
 そうして沖矢に手渡した黒凪は笑って頭を下げ「頑張ってくださいね」と言った。



『とてもお忙しいのでしょう。お身体には気を付けて。』

「…ええ」

『どうぞご自愛ください。』



 …さっきの一言で俺と気付いたのだろうか。
 先程思わず出てしまった言葉は彼女とアメリカで初めて会った際に言った言葉だ。
 あの時、彼女は少し驚いた様に目を見開いて。「…貴方の黒髪も綺麗ですよ」と。
 ――彼女は自分が赤井秀一だと知ればどう動くだろうか。
 …恐らく今の様に他人のふりをするだろう。
 彼女はそういう人だ。



「黒凪さんこそ、ご自愛ください」

『はい』



 外に出て扉を閉めていく。
 しっかりと閉じられた扉を見た黒凪はその場に崩れ落ちた。
 そんな母の元に秀哉が焦った様に駆け寄る。
 沖矢は温かいタッパーを片手に元来た道を戻って行った。




 父親が父親なら、息子も息子である


 (沖矢さん!)
 (!)
 (…また、会いに行っても良いですか。忙しい内はあまり余計な事はしません)
 (……ええ。勿論。)


.
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