隙ありっ Short Stories

□探偵作品関連
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 ひどく曖昧に、笑う
 from the theme of, 君が、笑う



「黒凪」

『何?零』

「これからもう俺達、会えないかもしれない」

『…ああ、明日から当分仕事でこっちに来れないんだっけ』



 こっち、と言うのは公安の本部だ。
 仕事とは噂で潜入捜査だと聞いた。
 我々公安が動くのだ、随分と大きな組織なのだろう。
 潜入するのは2人。上手く行くかは誰も分からない。
 ただ、工作員に選ばれた彼は流石と言うべきか。
 人によれば彼等を羨ましがる奴等もいる。
 …でも私は。



『寂しくなるね』

「ああ。…すまない」

『謝る事無い、』



 笑い交じりに言った。
 降谷は困った様に笑う。
 彼の手がゆっくりと此方に伸ばされた。
 黒凪は応える様に一歩踏み出す。
 ぽすっと彼の胸に飛び込めばすぐに背中に腕が回った。



「…本音を言うと、離れるのは辛い」

『私だって辛いよ。…でも仕事だから』

「ああ。…仕事、だから」

『うん』



 そう言う仕事なんだ、公安と言うのは。
 潜入捜査だってするし、危険な仕事ばかりで。
 いつ帰ってこれなくなるかなんて正直解らない。
 今この瞬間も殺されるかもしれない。
 でも私達はそんな中で恋に落ちた。
 滑稽だと思う?…私はそう思わない。



『気を付けて、』

「…それでも帰って来れなかったら」

『……それでも。帰って来て』

「………」



 帰って来て、確認する様に言った。
 安室の腕の力が微かに強まる。
 縮こまる様に、噛み締める様に。
 そんな風に抱きしめてくる降谷に涙が出そうになった。
 目の奥が熱い。体が震える。



「…帰って来れたなら。」

『………』

「もしも駄目だったなら、」

『…その時は、その時。』



 黒凪は下を向いたまま右手で拳を作りこつ、と彼の胸元に押し当てた。
 微かに降谷の身体が拳に押される。
 彼の目が拳に向いた。
 黒凪が降谷の名を呼ぶ。



『頑張れ、』

「!」

『…頑張れ。零』



 酷く曖昧に微笑む黒凪。
 その笑みはとても痛々しく、悲しげで。
 胸が酷く締め付けられる。
 …ああ、俺も泣きそうだ。



「帰ってくる、…きっと」

『…はは、自信のないヤツ。零らしくない』

「それ程の相手なんだ」

『………待ってるよ、ずっと』



 うん。と数秒程黙ってから言った降谷。
 帰ってきたら、帰って来られたら。
 会う事が出来たなら。
 同じような言葉がぐるぐる回る。
 でもその言葉の後に続く言葉は全て同じで。



「きっと俺は帰ってくる」

『うん』

「そうしたら」

『…うん』



 ずっと、一緒に。
 どうかずっと。どれだけ歳を取ったとしても。
 体に障害が残っても、死んでしまっても。
 どうかずっとずっと一緒にいられますように。
 そう願わずにはいられない。




 結婚しよう、


 (何度も夢を見た)
 (結婚して、子供が出来て)
 (孫だって出来て、そして。)

 (夢は本人の願望だとも言われている)
 (どうやら俺の願望とやらば、随分平和らしい)


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