Long Stories

□桃色に染まる
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 ―――カラン。
 響いた音の根源を見る様に落ちた額当てに目を移した。
 そして表情を変えず側に倒れているナルトを見る。
 力を使い果たして気を失ったナルトの表情は随分と疲れ切っていた。



「…俺は、」



 そうサスケが呟いた時、トンと背中に小さな衝撃がぶつかってくる。
 何処か慣れた気配に大体の想像を抱きつつ振り返った。
 桃色の髪を見たサスケは解り切っていた様に前に目を移すと小さく息を吐く。
 自分に凭れ掛かる様にした背後の気配はナルト同様に随分と疲れている様子だった。



「…サクラ」



 ぴく、と背後で気配が揺れた。
 空から大粒の雨が落下してくる。
 さて。サクラもナルト同様に気絶させるか。
 そう思った時だった。



『違う』

「…!」

『…サクラじゃない』



 思わず体を硬直させた。
 そしてゆっくりと振り返る。
 顔を伏せたサクラがふらりと倒れ掛かった。
 その体を咄嗟に支え顔を覗き込む。
 …薄く開かれた目は暫く見ていなかった金色で。



「…黒凪…?」

『あぁ。…アンタを追って、しぶとく戻って来てやった。』



 薄く笑った黒凪をサスケが抱きしめる。
 そんなサスケの行動に微かに目を見開いて、そして眉を下げた。
 なんでそんなにボロボロなんだ。
 サスケが掠れた声で言う。



『…もう限界なんだよ。サクラに乗り移って動く事も、…もう…』

「俺に、」



 サスケの声に言葉を止める。
 俺に乗り移れば良いだろ。
 震えた声だった。無理だと分かっていてそう言っている。
 静かにまた眉を下げた。



『…無理だよ』

「っ、」

『無理なんだよ。サスケ』



 もう無理なんだ。
 サスケの腕に力が入る。
 なんでだよ、とまた震えた声で言った。



『…泣いてんの…?』

「るせぇ、お前は何で」

『…何が』

「なんでそんな状態で、そんな無理してまで…!」



 そんな状態なら俺の所に来るなよ。
 態々俺の所に来るな。
 俺の所に来たら、
 サスケの言葉が止まった。



『サスケ』

「…んだよ…」

『……里に戻ってよ』

「…っ」



 ゆっくりと腕を持ち上げサスケの背中に腕を回す。
 そんでさぁ。
 背中に回るその腕の力の無さにサスケが眉を寄せた。



『私を迎えに来て。』

「!!」

『ずっと氷の中で独りなんだ。…私はサクラにも会いたいしアンタにも会いたい』



 カカシ先生にも会いたいし、ナルトにも。
 ずるずると腕の力が抜けて落ちて行く。
 体も倒れて行きサスケが力を籠めてその場に留めた。
 声も小さくなっていく。
 必死に聞き漏らさぬ様に耳を近付けた。



『もう私に力尽くでアンタを止める力は無い』

「…黒凪、」

『…だから』

「黒凪…!」



 アンタの意志で里に戻って。
 閉じていく目に縋る様に体を揺らす。
 待て、行くなよ…!
 そんなサスケの声に眉を下げて微笑んだ。



『…待ってる』

「!」



 そう言い残してガクンと倒れる。
 そんなサクラの身体を支えて呆然と立ち尽くした。
 顔を上げると大粒の雨が顔に降り掛かる。
 サスケはサクラの身体を地面に寝かせ静かに立ち上がった。






























「――…黒凪、」

『!』



 静かに振り返った黒凪は背後に立っているサクラの表情に目を見開いた。
 そして自分の手を見て納得した様に眉を下げる。
 もう両手は崩れてしまって文字通り゙無くなっていだ。



「行っちゃうの?」

『…みたいだね。サクラに呼び戻される前も本体に戻ってはいたんだけど』

「……もう此処には来れないのかな」

『そうだねえ。…゙此処゙も無くなっちゃったしね』



 周りを見渡しても湖なんて無い。花畑も無い。
 もう何もない只の暗い闇。
 花畑、無くなっちゃったね。
 そう言うとサクラも小さく頷いた。



『花畑は私達が初めて会った場所だった。』

「うん。…苛められてた私を助けてくれた場所。」

『…サクラ、』

「黒凪はサスケ君の事が好き?」



 サクラのその言葉に黒凪が言葉を飲み込んだ。
 黒凪をじっと見るサクラの顔は泣きそうな程に歪んでいる。
 目を伏せた黒凪は数秒の沈黙の後に口を開いた。



『解らない』

「……」

『でも大切な事には変わりない。…これが好きだって事なのかは、分からない』



 でも私はサスケを待ってると思う。
 私の所に、私を追って、…私を思って来る事を待ってると思う。
 その答えに眉を下げたサクラは「そっかぁ」と一言言って顔を伏せた。



「…私はサスケ君が好き」

『……うん』

「黒凪の事も、勿論好き」

『…うん』



 でもサスケ君が黒凪の話をするのは嫌だった。
 その言葉にも「うん」と返す。
 サスケ君の目に移ってる゙黒凪の時の私゙が嫌いだった。
 …また「うん」と返す。



「黒凪が居なくなった後にね、告白したの」

『!』

「サスケ君はずっと黒凪を見てたって言ってた」

『…、』



 分かってた。サスケ君が黒凪の事を好きな事。…私の事なんて見てなかった事。
 今度は何も言わない。
 下を向いて黙っていたサクラが徐に顔を上げ口を開いた。



「私、…黒凪が大好きだから、」

『…うん。』

「だから、」

『……うん。』



 聞いてるよ、と言葉を止めたサクラに言った。
 聞いているから、ゆっくり言って良いよ。
 そんな黒凪の言葉にサクラの目に涙が浮かんだ。
 パキ、と頬のヒビが広がっていく。
 …時間は、あまりない。



「サスケ君を取られただなんて思ってない、」

『……』

「私はこれからずっと…」



 足が崩れ膝を着く。
 ぼろぼろと崩れていく。
 どうにか顔を上げてサクラを見上げた。
 サクラは泣きながら笑っている。



「2人の幸せを、願ってるから」



 サクラの言葉に小さく微笑んだ。
 ありがとう。
 黒凪の言葉に頷いたサクラの顔は笑顔なのに涙でぐちゃぐちゃで。
 黒凪はそんなサクラに困った様に眉を下げて、
 …そして。



『サクラ、』

「…黒凪…っ」

『…大好きだよ』

「行かないで、」



 涙が零れた瞬間に崩れた彼女はすうっと消えて行った。
 先程まで黒凪が居た場所に膝を突いて項垂れる。
 黒凪、帰ってきて。
 そう呟いてみても今度こそ返答は無くて。




 最高の結末を


 (…あぁ、また戻って来てしまった)
 (響いた声は随分と虚しい。)


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