Long Stories

□京紫が咲いた
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「皆聞いてくれ!なんと本日、会津公より正式に我等をお預かりくださると書状が届いた!」

「おお!」

「ついに…!」



 喜びを露わにする隊士達に紛れて原田や永倉も顔を見合わせ笑った。
 その様子を少し離れた位置で見守る龍之介。
 彼は徐に胸元に手を持って行き目を閉じる。



「(黒凪)」

『………』



 反応の無い黒凪に眉を下げ目を開く。
 気配はまだ中にある。居る事は居るのだ。
 …ただ、以前の様に応えてくれない。
 あの日から龍之介の右眼は黒凪と同じ金色に染まっていた。
 それを見られまいと怪我をしたという事で眼帯をしている。
 そう指示したのは大体の事を理解したらしい土方だった。



「さて。それでは島原にでも行って祝杯を挙げるとしよう」



 芹沢の言葉に皆立ち上がり自室に戻る。
 龍之介の中に居る黒凪が微かに嫌がる気配を見せた様な気がした。
 しかし芹沢に誘われた永倉が手当たり次第に原田や平助、斎藤に沖田まで誘い始める。
 黒凪の事を気遣って去ろうとした龍之介だったが彼の場合は芹沢本人に呼び止められてしまった。
 断ろうとした龍之介だったが永倉に抑え込まれ結局島原に行く事になってしまう。
 龍之介は黒凪に一言謝った。
 …やはり返事はない。





























 島原の道の真ん中を全員で歩く。
 そうして店に入り芹沢を真ん中に、他は隅に座った。
 綺麗に化粧を施した女が何人か部屋に入り芹沢の隣に着く。
 初めて見る色町に龍之介は周りを見渡してばかりだった。



「おい沖田!貴様、色町に来ておいて男の方ばかりが気になるらしいなぁ」

「…僕はあまりこういう所に興味無くて。」

「ならば何故此処に居る?何故俺について来た」

「決まってますよ。…一緒にいればアンタを斬る隙が見つかるかもしれないでしょう?」



 斎藤ばかりを睨んでいた沖田が芹沢を挑発する様に言った。
 しかし酒も入りその上自信家である芹沢には効果は無く。
 くだらない冗談だと笑い飛ばされてしまった。
 沖田は目付きを鋭くさせ他は呆れた様に酒を煽る。



「お前ごときには殺されやせんよ。…土方なら別だがなぁ」

「!」



 土方も色町には興味が無いらしく不参加だった。
 そこで土方の名前が芹沢から出た事に沖田が眉を寄せる。
 芹沢は酒を飲み目を細めた。



「あの時の土方の目…」

「(…あぁ、土方さんにどやされた時か)」

「奴の目には流石に俺も肝が冷えた」



 沖田が眉を寄せた。
 あの目に比べれば、お前の殺すなどただの冗談にしか聞こえぬ。
 あっけらかんと言った芹沢に「なら本当に斬ってあげましょうか」と沖田が凄んだ。
 すると沖田の隣にいた斎藤がお猪口から口を離す。



「総司。止めておけ」

「ん?…ほう。貴様かなりの人間を斬っておるな」

「(一君…!)」

「そこの男と比べても沖田、貴様はまだまだ弱い上に若い。凄みが違う」



 芹沢を振り返った沖田はぐっと眉を寄せ拳を握りしめる。
 その様子に芹沢が龍之介を見た。
 顔を上げた龍之介の表情を見るとむっと眉を寄せ顎をくいと動かす。
 代れと命令されていると感付いた龍之介だったが気付かぬふりをして目を逸らし立ち上がった。



「?…何処行くんだよ、龍之介」

「ちょっと風に当たってくる」



 襖を開き外へ。
 縁側に腰掛けていると奥の方から若い舞子と少し年配の花魁が歩いてくる。
 小さく頭を下げた2人に龍之介も反射的に頭を下げた。
 浪士組の居る部屋の襖を開き頭を下げる2人。
 その内の若い舞子に龍之介は目を奪われた。
 やがて2人は部屋の中に入ってしまい龍之介は何をするでもなく空を見上げる。



「…なぁ黒凪。」

『……』

「寝てるのか?…返事、してくれよ」



 龍之介の声に中で微かに目が開いた。
 すると部屋の中からパリーンと食器の割れる音が響き龍之介が襖を開く。
 部屋の真ん中に立った芹沢。彼が睨む先には先程の舞子が座っていた。



「うちは思た事をそのまま言うてるだけどす」

「舞子の分際で…!俺が誰だか分かって言っているのか!!」

「偉いお侍はんでしょう。ならお金や地位に物を言わせて偉そうな態度取らんといてください!」

「芹沢はん、お許しください。この子もまだ若い子で…子鈴ちゃん、はよお詫びしな…」



 嫌どす。と凛とした声が響く。
 芹沢は顔を歪ませ子鈴にお猪口を投げつける。
 額にぶつけられた子鈴にすぐさま龍之介が走り出し子鈴を護る様に前に出た。
 ばっと振り降ろされた扇子が龍之介の眼帯を弾き飛ばす。
 覗いた金色が左目を侵食した。
 その様子に芹沢が目を見開くが龍之介が歯を食いしばる。



「出て来るな!!」

『っ!』

「此処は俺が…!」

「貴様がでしゃばるな!!」



 ドカッと蹴り飛ばされ花魁達が悲鳴を上げる。
 すう、と左目の金色が退き龍之介は側に落ちていた眼帯を右目に付けた。
 そして周りを見渡せば芹沢は永倉が宥めに掛かり平助は土方を呼びに行く。
 原田の言葉で花魁達は部屋を出ており龍之介も後を追って部屋を出た。



「なぁ!大丈夫だったか!?」

「!」



 花魁に連れられて歩いていた子鈴が振り返る。
 頬を腫らし口元に血を滲ませる龍之介に子鈴が駆け寄った。
 こちらこそ、さっきはうちの為に…。
 眉を寄せて「堪忍どすえ」と頭を下げた子鈴に「大丈夫」と龍之介が笑った。



「あの人はいつもあんななんだ。こっちこそ悪かったな」

「っ!…違います、うちよりお客さんの方が…」

「だ、大丈夫だこれぐらい」



 着物の袖で口元の血を拭おうとした子鈴の手を掴み、片手で血を拭う。
 そして笑うと子鈴が困った様に笑った。
 そんな笑顔に話題を変える様に龍之介が「それより」と口を開く。



「アンタ女の癖に武士に逆らうなんてどうかしてるよ…。気を付けた方が良い」

「女やからてうちらは道具やないんです!花魁にだって心はある!それなのにうちらを力尽くで押さえつけてくるお武家さんなんて、うちは嫌いや!」

「!」



 目を見開いて龍之介が固まる。
 自分と同じことを言う女性だと、不意に思った。



 
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