Long Stories

□京紫が咲いた
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「…俺はどうすれば良いんだろうな」

『知らん。』

「……。んなテキトーに返すなよ…」

『…、惚れたの?』



 眉を下げて仕方無さ気にそう問うた黒凪に龍之介が目を向けた。
 彼の弱り切った目を見た黒凪は龍之介を光の下から引っぱった。
 表では龍之介が突然気を失い倒れた形になる。
 龍之介は伏せていた顔を徐に上げた。



「…かも、しれない」

『はっきり良いな。』

「…惚れた」

『…ふーん…』



 ふーん、ってお前な…。
 眉を寄せて言った龍之介は黒凪の表情に目を見開いた。
 良かったじゃない。彼女は見た事も無い様な笑顔でそう言った。
 …凄く柔らかく温かい笑顔だった。



『じゃあその惚れた女とこれからどうしていきたいの』

「…まずは島原から出してやりてぇ。でも金はねぇし…」

『だったら攫えば良いんじゃない?』

「はぁ!?」



 私とお前なら出来る。
 黒凪の言葉に動きを止めた。
 ま、考えときな。あの子を攫う事は出来る。
 後はアンタの問題だ。
 龍之介が怪訝に顔を上げた。



『芹沢にはなんと言って浪士組から抜ける?』

「!」

『生憎な事に私達は羅刹を見ている。簡単に抜けられはしない』



 …ま、力尽くならどうにかなるだろうけど。
 そう言って黒凪が龍之介に目を向けると彼は首を横に振った。
 そんな風に抜けたくはないと言う事だろう。
 フッと笑った黒凪は「んじゃあどうするか自分で考えな」と彼の背を押した。
 はっと目を見開いた龍之介はゆっくりと背を起こす。



「…本当に邪魔だよね。」

「!」



 沖田の声に目を見開いた龍之介が静かに立ち上がり声の方向へ進んでいく。
 すると芹沢を抜いた幹部達である土方や沖田達が1つの部屋に集まっていた。
 恐らく話しているのは芹沢の事だろう。
 彼が最近いつにも増して暴挙を繰り返している事は噂でかねがね聞いている。
 つい数日前も悪徳商人だと判断して独断で大和屋を火の海にした所だ。



『(もっと息を殺して)』

「!」

『(気付かれれば余計に浪士組から抜けられなくなるよ)』



 話に夢中になっていた龍之介は黒凪の言葉に改めて息を潜めた。
 特に最近は浪士組の評判を上げようと土方達が奮闘している様だし、余計に彼等にとって芹沢は邪魔なのだろう。
 その会話を聞いていた黒凪はくっと笑った。



『(随分嫌われたねぇ)』

「(…あぁ)」

『(暗殺でもされそうなぐらい。)』



 ゙暗殺゙の2文字に目を見開いた龍之介だったが確かに彼女の言う通りだった。
 これ以上好き勝手やっていると本当に暗殺されかねない。
 …浪士組だけではなく町の人々にも。



「(芹沢さんはこんなに敵を作って一体何を考えてるんだ?)」

『(さあ。…ちょっと観察してみる?)』

「(はぁ?芹沢さんをか?)」

『(うん。何か分かるかもしれないし)』



 そうと決まればさっさと行こう。
 入れ替わった黒凪が足音を殺して屋根に飛び移り周りを見渡した。
 んー…。芹沢は…。
 そう呟いて見渡していると彼の屋敷に本人が姿を現した。
 あちらも黒凪に気付いた様で扇子で「来い」と此方に命令している。
 黒凪は素直に其方に向かった。



『…龍之介、代わるからな』

「へ?うわっ!」

「何をしている。犬」



 屋根から飛び降りた所で交代した龍之介は着地に失敗して芹沢の前で倒れた。
 それを見た芹沢は鼻で笑うと「ついて来い」と背を向ける。
 地面にぶつけた胸元を擦った龍之介は何も言わずついて行った。





























「昼間っから酒かよ、芹沢さん…」

「喧しい。良いから追加の酒を頼んで来い」



 これで何本目だよ…。
 そう呟いて廊下に出た龍之介は追加で酒を持って来てくれと声を掛けた。
 そうして部屋に戻ると「芹沢はん!?」と焦った様な声が聞こえてくる。
 目を見開いた龍之介はすぐさま部屋に入り込み倒れている芹沢を見て更に目を見開いた。



「芹沢さん!?大丈夫かよ、おい!」

「……誰だ、お前は…」

「…は?」

「何故俺はこんな場所に…」



 目を見開いて周りを見渡す芹沢に黒凪が眉を寄せる。
 暴れ出した芹沢を見た龍之介はすぐさま黒凪と交代し彼女が芹沢を抑えに掛かった。
 力で黒凪に敵わない芹沢の鋭い眼光が黒凪に向く。



『しっかりしろ。』

「何だお前は…!」

「俺だ、井吹龍之介だよ!目を覚ませ芹沢さん!」



 眉を寄せた黒凪と交代した龍之介がそう声を荒げた。
 その声を聞いた芹沢はパチパチと瞬きをしてゆっくりと龍之介を見下す。
 正気に戻った彼の様子に息を吐いた時、背後で「あれは芹沢か!?」と驚いた様な声が響いた。
 何だよ次から次へと…。そう思って振り返れば武士が数人此方を睨んでいた。



『(…あ。暗殺じゃない?)』

「んな堂々とした暗殺があるかよ…!」

「ほう、暗殺か。」



 芹沢が調子を取り戻した様子でニヤリと笑った。
 勝てる自信があるなら来い。
 そう言った芹沢に武士達が刀に手を掛けた。



「…黒凪」

『あいよ。』

「引っ込んでいろ」

『酔っ払いが何言ってんだよ』



 止めておけ。
 そんな低い声が響いた。
 その2人には貴様等が何人束になっても敵わん。
 声の方向を見た黒凪は目を見開いた。
 金髪赤眼の日本人らしからぬ姿を持つ男だった。



『…人じゃないな、お前』

「?…ほう…」

『…。芹沢さん、行くぞ』

「命令するな。犬が」



 降って来た扇子を掴み取り彼の手首に手を回す。
 そうして引っぱって行くと「待て」と男が此方に目を向けず声を掛けてきた。
 ギロ、と目を向けると男の目もゆっくりと此方を映す。



「貴様も気付いているのだろう?その男は病に侵されている」

『!』

「立っているのもやっとの筈だ」

「…離せ。犬」



 黒凪は手を離そうとしない。
 その様子に眉を寄せる芹沢。
 お前は何だ?
 男を睨んだままそう言った黒凪。
 男は薄く笑った。



「貴様こそ何者だ。…我等と同類では無いな…」

『…お前の様な奴は度々町で見かける。』



 人間に紛れる事が上手いものだ。
 皮肉にそう言った黒凪に男の目が細まった。
 人に紛れないと生きれぬ様な種に名乗る名は無い。
 一歩下がって芹沢を支える様に体勢を変えた黒凪は共に男の前から去って行った。



「…離せ。もう構わん」

『……人間ってのは随分と弱いんだな』



 病などと言うものに侵されて無様に死んでいく。
 色町から出た所で離された手に芹沢が目を向けた。
 だからこそ人から外れた力を求めるのかもしれないが。
 そうとだけ言って龍之介と入れ替わった黒凪。
 彼女は龍之介の中で不機嫌な様子で目を閉じた。




 人は弱い。


 (なんでお前はその、病とか人じゃないとか分かるんだよ…)
 (勘だよ、勘)
 (勘!?)
 (うん。)
 (うんって、えぇ!?)


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