Long Stories

□京紫が咲いた
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「…おい…」

「あ、あはは…」

「何だこれは。なんで死体なんざ持って帰ってきやがった」



 それがさぁ、土方さん…。
 少し混乱した様子で言った平助に彼の目が向いた。
 コイツ生きてるみたいなんだよ。
 その言葉に真剣に聞いていた土方の顔が微かに歪む。



「何言ってやがる、明らかにこの女が見に着けてる物は何年も前の代物だ。しかも池の底に沈んでたんだろうが」

「でもなんかこう、…生温かいし…」

「はぁ?」

「まあ触ってみたらどうです?ホントに生きてるみたいですよ」



 眉を寄せて土方が額に触れる。
 予想以上の温かさに目を見開いて手を引っ込めた。
 信じられないものを見る様に見ていた土方は「あの、」と控えめに掛けられた声に顔を上げる。



「黒凪さんも居なくなってしまって、…もしかするとその中に」

「…この死体の中に入ったってのか」

「はい。…黒凪さん、池に付いた時゙此処だ゙って…。」



 理由は解りませんが、きっとその方を探していたんだと思います。
 目を逸らして言った千鶴にため息を吐いて目元を覆う。
 分かった、その女を別室に寝かしておいてやれ。
 その言葉に沖田が水を含んだ女の髪を摘まみ上げる。



「でもこの死体、池の底に沈んでいた所為かベタベタしてますよ?」

「あー…このまま布団に入れるのはなぁ…」

「…千鶴、風呂の場所を教えてやるから入れてやってくれるか」

「は、はい!」



 他の隊士達が居ない事を確認して風呂場へそそくさと死体を運ぶ原田。
 その後をついて行った千鶴を見送った土方は静かに沖田と平助と永倉に目を向けた。
 とりあえずあの死体が本当に生きているかを確認し、生きているなら目覚めるのを待つ。
 それまではあの女については他言無用だ。良いな。
 彼の言葉に頷いた3人は静かに部屋から出ていく。



「千鶴、どうだ?風呂入れられたか?」

「しんぱっつぁん死体だからって裸見ようとしてんだろ」

「ばっ、んな下心ねぇよ!」

「じゃあ僕は見ようかな」



 おま、総司!
 どたどたと外で暴れる永倉達を呆れた様に見ていた原田は風呂場から名を呼ばれ戸を開いて中に入っていく。
 その様子にばっと目を向けた平助と永倉は布に包まれた死体に落胆した様に肩を落とした。



「総司、寝間着あるか?」

「男物しかないけどね。…はい。」

「ありがとな。千鶴、これ着させてやってくれ」

「はい。」



 男は出るぞ。
 そう言って永倉達を押し退け出て行った原田。
 彼等を見送った千鶴は着々と着物を着させていく。
 白い寝間着に負けぬほどの白い肌色に不安になり頬に手を添える。
 ほんのりと温かい肌にほっと息を吐くと再び外の原田を呼んだ。
 寝間着姿の女の姿を見た4人は少し目を見開いた。



「やっぱり改めて見るとすげぇ美人だな」

「…ふーん。思ってたより小さいんだ、この子。」



 あんなごつい鎧付けてたからどんな屈強な女の人かと思ったら。
 そんな沖田の言葉に確かになぁ、と永倉も同調した。
 この細く華奢な体に不似合な黒く重たい鎧。
 それを着けて歩いていたとは到底想像出来なかった。



「んなじろじろ見るモンじゃねえよ。」

「おー…、軽そうだな。左之さんが持つと」

「重さはどれぐらいなんだ?左之」

「思ってたより軽い…って何言わせんだ。」



 ひょいと持ち上げて速足に部屋へ運ぶ原田。
 幸い誰にも見られる事無く寝床に運ぶと寝かせて布団をかぶせた。
 最後に長い髪を邪魔にならない様に流すとその姿は只眠っているだけの少女に見える。
 落ち着いて見てみると胸も微かに上下しているし生きている事は間違いないのだろう。































「…千鶴。」

「はい!」



 水を絞っていた手を止めて顔を上げると静かに襖を開き土方が入って来た。
 彼はまだ眠っている女の顔を見ると静かにため息を吐く。



「まだ目覚める気配はねぇな」

「はい…。もう随分と食事も取っていない筈ですし、生きてらっしゃるのが不思議なぐらいで…。」

「…。お前、鋼道さんを探す為に巡察に加わりたいと言ったそうだな」

「は、はい!」



 刀の腕は。
 率直に問われた問いに護身術なら、と千鶴がすぐに返答した。
 それを聞いた土方は背後に目をやり斎藤の名を呼ぶ。
 すぐに呼ばれた斎藤が顔を見せた。



「コイツの刀の腕前を見てやってくれ。巡察に出しても問題が無いなら連れて行ってやってほしい」

「…承知しました」

「千鶴、刀を持って外に出ろ。今日の巡察はもう少しで始まる」



 女の額に冷水に浸した布を置き急いで立ち上がる。
 そんな千鶴と共に外に出ようとした斎藤はチラリと眠っている女に目を向けた。
 しかし何も言わず静かに出ていく。



「…。良かったんですか?土方さん」

「?」

「一君、見てましたよ彼女のコト。」



 チラリと閉められた襖を見て言った沖田。
 彼は刀を抜いて向き合っている斎藤と千鶴を横目に土方を見上げる。
 土方は斎藤を見て静かに口を開いた。



「仕方ねぇだろ。お前にアイツの腕試しをさせる訳にもいかねぇし、他の奴等は今手が離せない」

「…あぁ、枡屋とか言う店に長州の間者が居るだとかって言うあれですか?」

「そうだ。島田や山アにも既に監視を任せてある。」

「ふーん。…ま、僕ならあの子を殺しちゃいかねないですもんね」



 今なら黒凪ちゃんも居ませんし。
 だからお前には頼まなかったんだ。
 そんな会話を交わした途端に勝敗が付く。
 勿論の事、勝ったのは斎藤だ。
 刀を仕舞った斎藤に目を向けると彼が千鶴を見つつ静かに口を開く。



「問題ありません。巡察に付いて回るぐらいなら構わないかと」

「そうか。なら早速総司と斎藤が率いる班に入れてやってくれ」

「はーい。」

「承知しました」



 すたすたと歩き始めた斎藤の後を既に羽織を羽織っていた沖田がついて行く。
 その後を千鶴も小走りについて行った。
 それを見送った土方は背後の襖を少し開き中を覗き込む。
 そして思わず息を飲んだ。



「お前…!」

『……』



 目が開き金色の瞳が覗いていた為だ。
 しかし話す事はおろか動く事も出来ないらしく何も反応を示さない。
 ただ金色の瞳だけは土方を捉えていて。



「…黒凪、なんだな」

『……。』



 やはり何も答えない。
 しかし金色の瞳は間違いなく見覚えのあるもので。
 そしてそこでやっと、これが黒凪の本当の姿なのだと理解した。
 白い肌、黒い髪、そして金色の瞳。
 今まで龍之介の中に居た時や千鶴の中に居た時の違和感など皆無のこの姿に土方が眉を下げる。



『…、』



 金色の瞳が瞼に隠れていく。
 恐らくまた眠るのだろう。
 千鶴の事を心配したのか、それとも単に目が覚めただけか。
 様々な考えが頭を巡るがそれを確認する手立てはない。
 静かにまた眠る様に目を閉じた黒凪の様子を見守るしかなかった。



 池の底にずっと、


 (恐ろしいと言葉を浴びせられ)
 (抵抗する気力を無くした事を覚えている。)


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