Long Stories

□京紫が咲いた
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「…入るぞ」



 聞こえた声に少し目を開く。
 開かれた襖から入った日の光に目を細めるとすぐに戸が閉められた。
 そして微かに顔を照らす光を遮る様に土方が座る。
 彼は部屋の中を何度か黙って見渡した。



「山アが妙な奴を見たと言っていた」

『……』

「…お前か?」



 遠慮気味に問う彼の様子から断定は出来ていないのだろう。
 生憎この部屋には黒凪が外に出たという痕跡はない。
 …それは山南の手助けによるもの。
 彼は帰って来た黒凪の部屋に着替えを用意し、着替えて床に戻った彼女の部屋を訪れ血に塗れた偵察用の服を処分したのだ。
 そこまでしてくれたのは芹沢暗殺の際に怪我を負わせた負い目だと、服の回収の際に言っていた。



『(土方の様子だと、山南は本当に黙っているらしいな)』

「……。声は出せねぇのか?」

『…まだ身体は思う様に動かない。』



 そこまで言って黙る。
 決してあの時外に出たか出ていないか等については何も言わなかった。
 沈黙の後、千鶴は?と掠れた声で問い掛ける。
 土方が少し目を逸らした。



「…池田屋で捕まえた奴等の仲間が布陣を構えているらしい」

『…』

「そいつ等を迎え撃つ為に会津から正式な要請が下ってな。俺達も出陣の準備をする事になった」



 それに千鶴も同行するそうだ。
 ピクリと黒凪の眉が寄せられた。
 今日はその事も合わせてお前に報告しとこうと思ってな。
 チラリと黒凪の目が土方が羽織る浅葱色の羽織に向けられる。



『(コイツ…出陣する直前に来やがったな)』

「…お前もあまり過保護になり過ぎるな。あいつは池田屋でも決して足手まといだったわけじゃねぇ」

『……』

「アイツを、俺達を信じて此処で待ってろ」



 土方の言葉に目を細め、やがて閉じる。
 その様子に小さく笑みを見せた土方は羽織を翻し部屋を出て行った。





























 どれほど時間が経ったのだろうか。
 静かに開かれた襖は同様にして閉じられ、眠っている黒凪の側に沖田が座る。
 気配に目を覚ました黒凪の金色の瞳が彼を映した。



「やっぱり意識は戻ってたんだ?」

『…。…傷はどうだ』

「…やっぱり"あれ"、君だよね」

『……』



 土方には誤魔化しが効くが、流石に直接会った沖田には効かない。
 ゆっくりと腹筋を使って起き上がった。
 その様子に沖田が小さく笑う。



「…ねえ、君と龍之介って芹沢さんの病について気付いてたよね」

『…あぁ』

「なんで?」



 沈黙が降り立つ。
 やがて黒凪が正直に話した。
 それが勘である事、…だが外した事は無い事。



「ふぅん。…じゃあ君が病を抱えてるって言えば、そうなんだ」

『…あぁ』

「……僕は?」



 目を逸らして言った沖田に目を細める。
 何かは持っていると思う。
 ボソッと言われた言葉に分かっていた様にため息を吐いた。



『その内症状が出てくれば、…そう言う事だろうな』

「…そ。」

『……人とは弱いものだ』



 どんなに強くても、どんなに強い意志を持っていても。
 …どうしても人には勝てないものがある。
 顔を伏せている沖田の頭に黒凪の手が乗った。



『なんでお前なんだろうね』

「……」

『もっとどうでも良い者が病に罹れば良いのに。…新撰組に必要のない奴がなれば良いのに。』



 どうしてだろうね。
 黒凪の言葉に沖田は何も返さない。
 嫌味が出て来ない彼は珍しいものだった。
 …表情が見えないのも、珍しい。
 徐に手を伸ばして抱き寄せる。



『(これだから嫌なんだ)』



 また同情してしまっている。
 この男は龍之介を川に突き落とした男だ。…芹沢を殺そうとしていた男だ。
 千鶴の事も殺せば良いと言っていた。
 それでもこんなに弱った部分を見せられてしまったら。



『沖田。』

「!」

『…受け入れろ。そしてこれからどう自分が生きるべきか考えるんだよ』

「……」



 自分の思う様に一生を終えられたら、…それが病に負けた結果だとしてもお前の負けじゃない。
 ほんの少し他の奴等より生き辛いだけだ。
 …ほんの少し他の奴等より不憫なだけ。
 黒凪に抱締められたまま沖田はずっと黙っている。



『…落ち着くまで此処に居れば良いさ。』



 まだ土方達は帰ってこない。
 沖田の腕が背中に回った。
 …本当は1人でずっと悩んでいたのかもしれない。
 池田屋での事件から随分と時間が経っている。
 あの日から悩み続けているなら、それは随分と長い時間の事だ。



「……」



 嗚咽も聞こえない。震える息も聞こえない。
 彼は今も必死に感情を押し殺して、色々な事を考えているのだろう。
 本当は知りたく何て無かった筈だ。自分が病である事など。
 それでも気になって、仕方が無くなって。
 遂に聞きに来てしまった。



「…、ありがとう」



 暫くして背中に回っていた手が肩に回り、身体が離される。
 くしゃ、と髪を掴んだ沖田は沈んだ顔のまま小さく笑った。
 そんな表情に眉を寄せるもすぐにけろっとした表情をして顔を上げる。



「夜兎はさ、病には罹らないの?」

『…そだね。私は大丈夫』

「…そっか」



 その笑顔のままゆっくりと立ち上がり襖に手を掛ける。
 開く寸前、沖田が振り返った。



「君も早く元気になりなよ。千鶴ちゃんの事、護るんでしょ」

『…あぁ』



 黒凪の返事を聞いて襖を開き沖田が去っていく。
 その影を見送った黒凪は再び床に戻り目を閉じた。



 
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