Long Stories

□世界を変えたのは
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【よう、隣に座らせてもらうぜェ】

『…。関東大猿会の狒々か』

【儂もあんたの事はよう知っとる。なんせたった1人で乗り込んで来た時は驚いたもんだ】



 人間の餓鬼がよくもまあ奴良組に喧嘩売れたモンだなァ。
 たしか結界師だとか言う名前だったかァ?
 ケタケタと笑って言う能面をかぶった大柄な男に何も言わずに酒を煽る。
 すると「おいおい無視かァ?」と能面を片手で持ち上げずいと狒々の顔が近付けられた。



『…驚いた、関東大猿会の会長は女顔か』

【あんだとォ?儂ァ喧嘩なら喜んで買うぜェ】

『あぁ、すまなかった。そう言うつもりで言ったんじゃない』



 …それにしても実力で言えばぬらりひょんよりもお主の方が幾分か上だろう。何故奴良組に?
 酒を飲んでいた狒々が「ん?」と振り返る。
 彼女から声を掛けて来た事が嬉しいのか、能面を顔に戻したままずいっとまた顔が近付けられた。



【儂はなァ、あの男に惚れておるのよ。総大将こそ魑魅魍魎の主に相応しい。そう思ったから加勢しとる】

『成程、良い理由だな。』

【なーに他人事みたいに言っとるんじゃ。あんたも儂と同じ口じゃろう?】

『…。それは答えかねる。』



 そう誤魔化して立ち上がり両脇の空いたぬらりひょんの元へ向かっていく。
 その背中を見送り、狒々は変わらず上機嫌に酒を煽った。
 ぬらりひょんの元へ向かう黒凪を警戒する様に一ツ目の目が向けられる。
 その目を見た黒凪は一旦足を止めると方向を変え一ツ目の隣にドカッと腰を下ろした。



【…何のつもりだ】

『睨まれたから喧嘩を買いに来たのさ』

【あぁ?】



 …京では悪かったね。
 改めてそう言った黒凪に一ツ目が酒を煽っていた手を止める。
 京での宴でも同じように謝罪をされたが、昨日の今日で赦す気にもなれず一ツ目は返答を返さずにいた。
 まさかそれを覚えていて改めて謝罪に来たのだろうか。
 そう考えた所で彼の目がぎょろりと黒凪に向けられる。
 その背後には牛鬼が近付いてきているのが見えた。



【結界師。…結界師】

『…っ、この酒強いな…』

【…黒凪】

『!…あぁ、もしかして先程から声を掛けていた?』



 牛鬼の声に黒凪が驚いた様に振り返る。
 その様子に無表情で「いや、」と牛鬼が返答を返した。
 そこで改めて気付く。今隣に座っている結界師はまだ子供で、自分よりも随分と小さく。
 …そして彼女は結界師では無く間黒凪と言う少女なのだと。



【おい黒凪】

『!』

【…んだその目は】

『い、いや…。大丈夫だ、結界師と呼ばれても反応する様にする、無理にそう呼ばずとも』



 テメェの名前は結界師かよ、あぁ?
 不機嫌に言った一ツ目に同じくその会話を聞いていた牛鬼が小さく笑った。
 確かにそうだな、お前の名前は間黒凪だ。
 牛鬼の言葉にも驚いた様に黒凪が振り返った。



【黒凪。テメェの事は総大将に免じて赦してやる。良いな】

『…あ、あぁ』

【………。さっさと総大将の所に行くなら行け。】

『そ、うだな。…ありがとう、一ツ目。』



 フン、とそっぽを向いた一ツ目の反応に小さく笑って歩いて行く。
 牛鬼が空いた場所に座ると一ツ目の目がぎょろりと彼に向けられた。



【珍しいじゃねぇか牛鬼よぉ。あの餓鬼の肩持つなんざ】

【…別にどうと言う事はない。強いて言うならお主と同じだ】

【あ?】

【…毒気が抜かれた。改めて対峙すればあの娘は只の子供だ】



 少しばかり腕っぷしのある、怒らせれば厄介な子供だ。
 だが自分の身の程は理解している。そんな利口な子供。
 牛鬼の言葉に「確かになぁ」と一ツ目も同意した。
 そんな黒凪はぬらりひょんの正面に座り「おめでとう」と声を掛けると彼も「おう」と笑顔のままで返して来る。



【どうだ?ちったぁ馴染めそうか?】

『…馴染む必要はないがね。でも楽しくやらせては貰っているよ』

【そうかそうか。そりゃあ良かったな。】

『……ぬらりひょん』



 ん?と酒を煽りながらぬらりひょんがそう返す。
 そんな風ないい加減な態度を取られても嫌味に感じない。それがこの男の不思議な所だ。
 黒凪は決してその雰囲気に呑まれる事はせず静かに口を開いた。



『これから何かあればいつでも私を呼んでくれて構わない。今回の様に人にしか出来ない事を頼んでも構わないし、戦いに行く時に呼んでくれても構わない』

【!】

『…魑魅魍魎の主となったお前と奴良組を私も支えていく。これからのこの世の為に』

【…そりゃあ儂と盃を交わすって事か?】



 おちょこ片手に言ったぬらりひょんを見上げ、黒凪は静かに首を横に振った。
 その様子にぬらりひょんがまた微かに目を見開く。
 続けて彼の顔に戸惑いが見えた。



『盃を交わせばあんたの傘下だ。それはつまり奴良組を1番に考えると言う事。…そう言う訳には、いかない』

【…そうなのか?】

『あぁ。私にはあるものを封印すると言う目的がある。その目的が達成出来れば私は死するつもりでいるのだ』

【!】



 奴良組の為に死するつもりはない。他の幹部達とはそう言った所の認識の違いがある。
 だからお前とは盃を交わさない。…いや、そもそもこんな考えの私と盃を交わすつもりはお前にもないだろう。
 そこまで黙って聞いていたぬらりひょんは酒を煽る手を止めて静かに口を開いた。



【そんな大層な目的があるならそっちに集中すりゃあ良いだろう。儂等に気は遣わんで良いぞ?】

『…私はその目的と共にこの江戸を護る事を頼まれている。此方の妖達を滅する事が出来、抑止力となれるのは裏会ぐらいだ』

【……】

『私はそこの筆頭だからね、…だから言ったのさ。"これからの世の為に"君達を支えると』



 江戸の妖を君達が抑止してくれるのなら私も封印の方に集中しやすい。
 …だから私は君達を利用しようとしているのと同義だ。私の目的の為に君達に手を貸していく。
 話を訊き終わったぬらりひょんはがしがしと後頭部を掻くと「おい、盃寄越せ」と側の妖怪から盃を奪った。
 そしてそこに酒を注ぐと黒凪の目の前に少し雑に放り投げる。



【だったら儂等が兄弟になりゃあ良いんじゃ】

『…は?』

【ほれ、盃を持て】



 おおお、とぬらりひょんの言葉を聞いていた小妖怪達が黒凪に群がり彼女の手に盃を持たせた。
 その様子に「おい」と黒凪が焦った様に口を開くと一気に近付いたぬらりひょんが黒凪の腕に己の腕を絡め交差させて己の口元へ盃を持って行く。
 ほらほらこうするんだよ!そう言って小妖怪達に黒凪もぬらりひょんと同じような体勢にさせられ黒凪の目がぬらりひょんに向いた。



【お主と儂は京で共に戦った仲じゃ。その上これから先も儂等に力を貸すと言うんならそいつはもう他人じゃねえ】

『……』

【儂と兄弟になれ。な?】

『…強引な…』



 腰が引けとる奴が相手で、だがそんな奴をどうしても仲間に引き込みたきゃあな。
 ぬらりひょんの声に盃を見つめていた黒凪が顔を上げる。
 多少強引に引き込んじまえば良いんだよ。そう言ったぬらりひょんに呆れた様に息を吐いた。



『…言っている事が滅茶苦茶だぞ』

【そうか?儂は今までこうしてこんだけの仲間を集めて来たんだがなぁ】

『……解ったよ。私も協力すると言ったんだ、その証がこれなら甘んじて受け入れよう』



 腕を交差させて酒を一気に喉へ流し込む。
 あ゙ー、美味ぇな。
 低い声でそう言って笑顔を見せたぬらりひょんに小妖怪達がわーっと両手を叩く。
 この部屋にはかなりの数の妖達が居る為、その歓声は少し他の妖達の話し声や笑い声に埋もれていた。
 妖全員に祝福される様なものではない。ぬらりひょんは妖であり対する黒凪はその妖を滅する術を持つ結界師だ。



【…おいテメェ等――】

『良い。…皆に知らせる様な事ではないだろう』

【…んな事ねえさ。あんたは儂の兄弟になったんじゃ、胸張りゃ良い。】



 聞けテメェ等!!
 ぬらりひょんの声に部屋中の妖怪達が一斉に言葉を止めて振り返る。
 少し離れた場所で雪麗と話していた珱姫の大きなくりっとした瞳も向けられた。
 それを見たぬらりひょんは満足げに笑うと肩身狭く酒を飲み目を逸らしていた黒凪の腕を掴み持ち上げる。



【今日からこいつは儂の兄弟じゃ!何かあれば心置きなく頼れよ!】

【…全く、総大将は結界師とまで兄弟の盃を…】

【相変わらず自由なお方だ…】

「で、では結界師様では無く黒凪さんとお呼びしても…?」



 ぱたぱたと駆け寄ってきた珱姫に目を向け、黒凪が小さく頷いた。
 ぱあっと笑顔を見せた珱姫に笑ったぬらりひょんが彼女を持ち上げ、ガラッと襖を開く。
 お、今度は何だ?と妖達がまた騒ぎ始めた。



【っしゃあ、このまま気分よく百鬼夜行と行こうじゃねえか!儂と珱姫の背中について来い!】



 わーっと歩き出した奴良組の百鬼夜行にげんなりとしてその場に座る。
 やがて誰も居なくなった屋敷の中で酒を煽り、黒凪は静かに屋敷の中を見渡した。
 妖怪と盃まで交えて、一体私は何をしているのか。



『…。妖に従わされるなんて、父様が聞けばお怒りになるだろうな』



 でもまあ、気分は悪くない。
 妖怪は楽だ。人の様に寿命では死んでしまわない。
 そこまで考えてふと脳裏に京に置いて来てしまった彼女の事が思い浮かんだ。
 長い黒髪の美しい少女だった。…名前は知らない。



 兄弟の盃を


 (どうかあの妖が、)
 (彼女の様に死んでしまわぬ様に)


 
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