Long Stories

□世界を変えたのは
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 あれから250年程経った。
 目を閉じて無言の中で互いに片手を握り続けている鯉伴と黒凪。
 毎日一刻をこうして過ごす事をしていては話の内容が尽きるのも無理はない。
 鯉伴は黒凪から手を離さず器用にキセルを吹かした。



『……、そろそろだ』

「!」



 突然の黒凪の言葉に鯉伴が目を見開いた。
 染木も他界して随分と経つ。今となっては鯉伴の呪いがどれだけ彼の身体から消えているのかを知りえるのは黒凪だけ。
 そんな彼女が今日になって初めて"あと少しでまじないを終える"事を言い放ったのだ。
 驚きのあまりに固まっていた鯉伴の手からキセルが灰を1つ彼の足に落とす。



「あっつ!」

『何をしている馬鹿者。手を離すな』

「っ〜、あんたが急にんな事を言うからだな…!」

『もうそろそろ250年…。お前の身体の呪いも既に大半が私の中にある』



 …今日はこの後に用事は在るのかい。
 無表情のまま言った黒凪に鯉伴が首を横に振った。
 すると側の襖が開き、時間を図っていた山吹乙女が顔を覗かせた。



【あの、そろそろ一刻です…】

『山吹。今日はあともう一刻こうさせておくれ。…そうすれば全ての呪いを私に移せる』

【!】

『出来る限り早い方が良いだろう。』



 そう言って目を閉じた黒凪に山吹乙女が鯉伴に目を向ける。
 鯉伴は小さく頷き、キセルを置いて黒凪と繋いでいる手に力を微かに籠めた。
 250年。長いようで早くも感じた。これまで全ての段取りを黒凪1人に任せて。



『(…この世に生を受けてから既に400年程経っているのではないだろうか)』

「……」



 目を閉じ、鯉伴から呪いを受け取りながら己の寿命を移していく。
 そんな作業を行いながらそう思う。
 1日に一度はこの奴良組へ訪れる様にしながらも日本中を走り回ってはいたが、まだ目的は達成出来そうにない。
 父様にこんな事をしていたと知られればなんと言われるだろうか。
 …そこまで考えて小さく笑った。



『(これが終わればもう会う事は無い)』



 そう思えば少し、この作業を終わらせてしまう事が寂しくもある。
 鯉伴と山吹乙女の間に生まれる子とは会えぬのだろうか。
 山吹乙女が幸せそうに暮らす未来を、見る事は出来ぬのだろうか――。


































【――…失礼致します、黒凪様!】

『は?』



 とある日の夕方。
 鯉伴の呪いを全て受け取り、染木によるまじないを全て終えてから1年近く経った頃。
 九州の辺りで妖退治を行っていた黒凪の元に黒羽丸が血相を変えてやってきた。
 何かあったのかと問おうとすれば、先程の通り。説明も無しに抱えられ今は上空を飛んでいる。



『…何事か説明してくれるかい。君の息が整ったら』

【は、はい…。申し訳ございません、全速力で、来たもの、で…】



 そう言っている黒羽丸だが、今現在も全速力と言って相違ない速度で進んでいる。
 はあ、と息を吐いて彼の肩に手を置き、軽く力を流し込んだ。
 途端に軽くなった己の身体に驚いた様に目を見開いて黒羽丸が黒凪を見る。



『楽になっただろう。…何があった、黒羽丸』

【…山吹乙女様が本日ご出産なのです】

『!』

【貴方様を呼んで下さいと命を受けました。…共にリクオ様を抱いてやってほしいと】



 リクオ?と訊き返せば黒羽丸が小さく笑った。
 奴良リクオ様。三代目のお名前でございます。
 山吹乙女様も元々は人間でしたから、少し妖の血は薄まっていると聞いております。
 しかし三代目を継ぐには申し分が無い程の妖気もお持ちだとか…。
 嬉しげにそう話す黒羽丸に目を細める。



【…急ぎましょう】

『うん』



 ぐんっと速度を上げた黒羽丸の速度はとても速い。
 やがて奴良組に辿り着けば出産に立ち入っていないぬらりひょんが2人を迎えた。
 すると途端に鳴き声が屋敷に響き、どっと小妖怪達が其方へ押し寄せていく。
 しかしぬらりひょんが「退けてめえ等」と声を掛けるとすっと道が開かれた。
 小妖怪達は廊下をぬらりひょんと共に進む黒凪に顔を見合わせる。



『山吹』

【!…黒凪さん…】

「黒凪…、」



 鯉伴の腕に抱かれた子供に目を微かに見開き、黒凪が近付いた。
 そしてゆっくりと手を伸ばし大切な宝物を扱う様に持ち上げた黒凪は見えた愛らしい顔に眉を下げる。
 元気に生まれた様だね。黒凪の言葉に山吹乙女が頷いた頃、赤子の鳴き声を聞き付けて部屋の前まで来ていた幹部達が一斉に顔を見せた。



【やっと生まれたか!】

【おー、元気な子じゃなあ】

【すげー、可愛いー】



 各々そう言った幹部達を横目に暗く日の落ちた空を見ると鯉伴と山吹乙女にリクオを返し立ち上がった。
 そんな黒凪に皆が顔を上げる。
 それじゃあ私はそろそろ、そう言えば「えええ」と皆から一斉に声が掛かった。



【なんでえ、もう帰るのかい】

『ああ。私もそれ程暇じゃないんでね。』

「そうは言ってもよ…いてっ」



 食い下がる鯉伴の頭を軽く叩いて背を向けて部屋を出て行く。
 そんな背中を見送った皆は落ち着いて眠ったリクオに目を向け、顔を見合わせた。
 それを見たぬらりひょんは空気を変える様に手を軽く叩き口を開く。



【んな微妙な空気にすんなよ。折角三代目が元気に生まれたんだ、今夜は宴だろ。なあ、鯉伴】

「あ、あぁ!今日は宴だ!」

【マジで!?やったー!】

【今日はめちゃくちゃ飲むぞー!】



 わーっと騒ぎ出すあたり、小妖怪達は本当に単純で元気だ。
 周りの雰囲気に流される様に笑顔を見せた山吹乙女に鯉伴も微笑み、父であるぬらりひょんに目を向ける。
 そんな鯉伴にぬらりひょんも笑うと忙しなく宴の準備に向かった雪麗や毛倡妓の背中を見送った。






























 奴良組の屋敷を抜け、それから数年は多くの神佑地を訪れて力を蓄えていた。
 それと同時に式神も置いて行く様になり、数百年程顔を合わせていなかった土地神達とも久々に会話を交わす日々。
 そんな日々は自分が思っていたよりも随分と早く過ぎたが、奴良組に通っていたあの頃は長かった様に思う。
 奴良組に時間を費やした為に裏会とも随分連絡を取っていないし、妖の知り合いとも今では疎遠となっている。
 長らく烏森の方に行っていないから父親とも連絡を取っていなかった。



『(力も随分と蓄えたし、とりあえずまずは父様と連絡を取らないと。それから…)』

「…ああ、やっと見つけた。お姫様。」

『うん?』



 感情の抑揚がない声が掛けられて顔を上げれば目の前に音も無く1人の結界師が降り立った。 
 真っ直ぐな漆黒の髪を揺らした女性は感情の読めない笑顔をこちらに向ける。
 彼女の着物が紺色である事や長刀の様な天穴に目を細めた黒凪が静かに口を開いた。



『君は?』

「私は墨村守美子と申します。」

『墨村…ああ、分家の。それにしても見慣れない顔だね。』

「それはもう、何百年と経っていますから…」



 そう言って申し訳程度に眉を下げた守美子は徐に構え、その呪力を一転に集中させていく。
 その様子に黒凪がちらりとそちらに目を向けた。



「本日はあなた様に掛かった術を解くためにここに来ました。」

『…それは勿論、許可を貰って?』

「はい。」

『…ふふ、ただの霊体になってしまったせいで私の居場所さえももう探し当てることができないのか。』



 目の前に開かれた彼女の手が薄く光を帯びる様を見ながらそう言えば
 守美子は何も言わず小さく頷いた。



『ありがとう、守美子さん。』

「ええ。きっと、これで貴方はもう置いて行かれる事は無いでしょう。」



 置いていかれることはない? それは父が言っていた?
 そう問えば守美子はまた小さく頷いて続けた。



「貴方は優しい子だから、色々な人の死に直面して。…だから嫌になって連絡を取らなくなったのではないか。と。」



 その言葉に目を細める。
 強ち間違いだらけでも無いけど…。
 そう言うと守美子の目がちらりと黒凪に向いた。



『そこまで私は弱くない。と、付け足しておこうかな。』

「ふふ、そうですか。」



 パンッと何かが弾ける様な音がした。
 同時に倒れ込んだ黒凪を受け止めて守美子が言う。



「この後、あなた様はしばらく眠りにつくことになります。やはり何百年と共にした術と引きはがされることになりますから…。」

『…っ』

「目覚めた後は、私の長男の元へ向かってください。事情はある程度伝えておきますから――。」



 遠ざかって行く声に眉を寄せ、完全に意識を手放した。
 …長男。…息子かあ…。
 真っ暗な世界で目を開いた黒凪は走馬灯の様に流れていく奴良組との記憶に目を細めた。



 未来へ託す


 (良いタイミングだ。)
 (これで心置きなく頑張れる…。)


 
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