Long Stories

□世界を変えたのは
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「私は京都で妖怪退治を生業とする花開院家の末裔なんです。」

「花開院…確かにテレビで見た様な…」

「それはきっと祖父の花開院秀元です。」



 秀元。その名前に思わず眉を下げてしまう。
 親交があったのは十三代目の秀元だけ。…彼が死んで、もう何百年経った事か。
 それにしても、そんな有名人がどうしてこんな所に…?
 そんな清継の問いにゆらが淡々と答えた。



「この浮世絵町では度々妖怪が目撃されているし、噂では妖怪の主が住んでいるとも聞きます」

「(い゙っ!?)」

「私は一族から修行の為にこの町へ送られてきました。…より多くの妖怪を滅し、私は陰陽師の頂点である花開院家の当主になるんです」

「すっ、凄い事だ!この町にもプロが来たんだ!」



 凄い凄いとゆらに群がる清継達を見てまたあからさまに顔色を悪くさせるリクオ。
 一方の黒凪は何かを考える様に黙ってゆらを見つめている。
 …おかしいな、この地には花開院は手を出さない事になっている筈…。



『(長い年月の所為であやふやになってるのか?結界師を嫌っていた彼等は近付く事さえ…)』



 そこではっと目を見開く。
 そうだ、結界師はとっくの昔に衰退して今や結界師の一族は烏森を護る墨村と雪村のみ。
 しかも墨村も雪村も烏森を護る任を終えたし、今や結界師は絶滅したと思われても仕方がない。
 花開院め、関東にも手を伸ばし始めたのか…?



「それでは失礼します」

「う、うん。また来てね…」

「勿論だとも奴良君!有意義な時間をどうもありがとう!」



 やがて奴良家の門を潜り、互いに帰り道を確認する為に顔を見合わせた。
 カナとゆらは門を出て左。清継と島は右が帰宅路らしい。
 黒凪が目配せをして閃と火黒がカナ達の方へ、限と黒凪が清継達の方へ歩いて行った。



「……こ、怖かったね。今日の鼠…」

「あ、…驚かせてしまってすみません」

「ううん、大丈夫。ゆらちゃんが護ってくれたし!」



 少しぎこちなく会話をする2人の後ろを閃と火黒がついて行く。
 先程の鼠も気になるし、彼等は一旦2人を送り届けてから夜行へと帰るつもりだ。
 …あのう、と背後から声を掛けられ閃と火黒が振り返る。
 そこには1人のホストの様な身なりの男が立っていた。



「そこのお兄さん、今晩一杯どうですか?可愛い子達が沢山居ますよ」

「…興味ねぇなァ」

「まあまあそう言わずに、ね!」



 がっと掴まれた腕に火黒の目がちらりと向いた。
 そしてにやりと笑った火黒が首をひねって閃に目を向ける。
 閃、そこの2人頼んだ。
 火黒の言葉に閃がげんなりとして眉を降ろした。
 話しかけて来た時点で男が妖怪である事には気が付いていた。
 向こうは火黒を人間だと思っているだろうが、火黒は軽く男をぶちのめすつもりで居るのだろう。



「(ったく、戦闘狂が…)」

「あれ?影宮君、不知火先生は?」

「あー…なんか遊んで来るっぽい」

「…保護者とか言うといて…変な先生ですね。」



 ゆらの言葉にくすっと笑ってカナも「ほんとにね、」と同調した。
 すると突然ゆらが眉を寄せて前方を睨む。
 カナと閃も前方に目を向けると数人のホストが立っていた。
 一瞬で妖怪だと見抜いた閃は「みーつけた。」と笑った奴等に目を細める。



「え、何…?」

「家永さん、影宮君。そっちの路地へ。」

「(…よりによって俺の方かよ…)」



 ゆらの指示通りに路地へ入り前に出た彼女の後ろにカナと共に非難する。
 カナが「誰?一体何なの?」と問いかけるとゆらが男達を睨みながら静かに言った。
 さっき言った通り、知性はあっても理性はない…最悪の奴等や。
 そんな言葉に「妖怪…!?」とカナが顔色を悪くしてゆらに問いかける。
 それを見た男達の中央に立つ金髪の男がゆっくりと口を開いた。



【酷い言われ様だなあ…。女は可愛く振る舞ってないとモテないぜ?】

「っ、いや…」

「大丈夫や家長さん。うちの後ろに隠れとき。」

【さぁて…お楽しみの始まりだ】



 そんな言葉と同時に男達の顔が鼠の様に変形して行く。
 それを見たゆらは不敵に笑い「鼠風情が、偉そうにしやんといて」と式神を取り出した。
 貪狼。その名と共に現れた巨大な狼は近くに居た鼠を前足で踏みつけ、低い声で唸る。
 その上にゆらが勢いよく跨った。



「行くで貪狼。食ろうてしまい」

【…行け。】



 飛び掛かってくる妖怪達を次々にゆらの式神が倒して行く。
 その様を怯えた様に見ていたカナは飛び散った血液に思わず側に立っていた閃に抱き着いた。
 閃はそんなカナにちらりと目を向けて徐に周りを見渡す。



「(どうにかして黒凪達に知らせねぇとな…つか火黒は何やってんだよ…!)」

【きゅ、旧鼠様…仲間達がどんどんやられて行きます、】

【兄貴…っ】

「…ふうん、旧鼠か。猫をも喰らう大鼠の妖…。」



 人に化けてこんな地上に出て来とるとはなあ。
 ゆらの言葉に旧鼠がにやりと笑いゆっくりと彼女に近付いて行く。
 完全に旧鼠に気を取られているゆらを見ていた閃は周りに集まり始めている鼠達に眉を寄せた。



「(俺達を人質にする気か…。でもこいつだけ逃がした所でまた捕まるのがオチだろうしな…)」

「か、影宮君!鼠…っ」

「…わー、やべえ、怖えー」



 完全なる棒読みでそう言ったわけだが、驚いた様に振り返ったゆらは一気に顔色を悪くした。
 そして旧鼠に目を向けると「関係ない2人に危害を与えやんといて!」と声を上げる。
 しかし旧鼠は更に笑みを深めると式神を指差した。



【そいつを仕舞ってくれるなら考えても良いぜ?】

「…っ、」

「(此処は捕まって、確実に奴等を倒せる奴が来るのを待った方が良いな…)」



 ぼふんっと姿を消した貪狼に目を細め、旧鼠がゆらを殴った。
 倒れ込んだゆらはそのまま気を失い、カナも共に殴られ気を失う。
 閃も同じ様に殴られて倒れたが、その程度の衝撃では流石に彼の意識を奪う事は出来ない。



【…運べ。】

【はい】

「(…火黒の奴、まじで何やってんだよ…)」



 持ち上げられて連れて行かれながら閃が今何処で何をしているか分からぬ火黒の事を考える。
 そんな火黒は先程己の腕を掴んだ妖怪を筆頭に襲い掛かってくる妖怪達を一気に一掃していた。
 そうして積み上がったぐったりとした妖怪達を見上げると大通りに戻り閃達を探す。
 既に閃達の気配は無く、火黒は後頭部を掻いてとりあえずと黒凪達の元へ向かった。
 一方の黒凪と限は清継達を送り届けると少し離れた路地を走る2組の影を見つけて足を止める。



『…。あれは良太猫かな』

「良太猫?」

『奴良組傘下の化猫組当主の事。』



 そう話していた2人の側にある路地に猫妖怪が入り込み、その前に旧鼠組の鼠妖怪達が先回りする。
 化猫組は奴良組には珍しい非武闘派の組。
 そんな彼等が武闘派の旧鼠組に敵う筈がない。



『限、助けるよ』

「…解った」



 睨み合う化猫組と旧鼠組の間に限が音も無く降り立ち、旧鼠組に目を向ける。
 そうして一瞬で旧鼠組の背後に移動するとその微かな時間の間に全員の意識を奪った。
 唖然としている良太猫の前には姿を元のものに戻した黒凪が降り立つ。
 良太猫は現れた黒凪の姿に大きく目を見開いた。



【黒凪様…!?】

「!(…黒凪、"様"?)」

「おーい黒凪さんよォ」

『…火黒』



 現れた火黒の片手にはぐったりとした鼠妖怪がぶら下がっていた。
 そしてそんな火黒の背後には少し傷を負った様子の猫妖怪達。
 どうやら別の場所でも旧鼠組と化猫組の妖怪達が走り回っていた様で、どうせ火黒はムカツク方に攻撃でもしたのだろう。



【黒凪様…】

【黒凪様だよな、】

【遂に戻ってこられたのか…!】



 口々に言う化猫組の妖怪達に火黒も怪訝に眉を寄せて「あ?」と訊き返す。
 良太猫は奴良組の傘下として随分と長い。それに首無とも親交があったし、恐らく鯉伴達と黒凪の関係性は知っているし今の状況も知っている。
 …リクオの事があっても別段仲が悪くなったわけではない事も知っている。



【黒凪様、総大将とはもうお会いに――】

『旧鼠組がどうも好き勝手やってるらしいねえ』



 良太猫の言葉を遮る様にして言った黒凪はゆっくりと人差し指を口の前に持って行く。
 それを見た良太猫は眉を寄せて自分達を見ている限や火黒に目を向け、口を噤んだ。
 限が徐に「この鼠は何だ」と倒れている鼠妖怪を持ち上げる。



『その妖は奴良組の元傘下だった旧鼠組ってとこのでね。どうせ憂さ晴らしか三代目の座を狙って暗躍してるんだろう』

【へ、へい。その通りです。戦えないオイラ達の島に攻め込み、ご覧の通り…】

『…もう乗っ取られた後みたいね。…そう言えば火黒、閃は?』

「あ?…あー…どっか消えた。」



 …目、離したね?
 呆れた様に言った黒凪に悪びれた様子も無く「まあなァ」と火黒が笑った。
 ため息を吐いた黒凪は「閃の事だから誰一人殺されては無いだろうけど、多少の怪我は仕方無いかもね」そう呟いて良太猫に目を向ける。



『良太猫。今から急いで奴良組に向かって"私が居た事を除いて"事の経緯を鯉伴に言いな』

【え、黒凪様の事を伏せるんですかい…?】

『今はまだ私が戻ってきた事を知られたくないからねえ。…もう少し影から見守ってたい。』

【!…分かりやした、任せてください】



 少し笑みを浮かべて言った所から、誰を見守っているのか理解したのだろう。
 それじゃあ行ってきやす!と走り始めた良太猫を見送り、黒凪が限と火黒に目を向けた。
 閃を探そうか。彼女の言葉に頷き、限が黒凪を担いで火黒と共に走り出す。



「…黒凪」

『うん?』

「黒凪様ってなんで呼ばれてるんだ?」

『あぁ、昔に奴良組を助けた事があってね。それからそう呼ばれてんのよ。』



 限と火黒はじっと黒凪を見ると「ふーん」と目を逸らす。
 その瞬間に黒凪が姿を学校に通っていた時のものに変えた。
 長い黒髪の只の中学生。そんな姿になった黒凪は己の手を見下し、眉を下げる。



『…眺める者と同じ様な存在になってから、よく思うんだよ』

「?」

『今では自分の姿も、声だって自由自在だ。…その内本当の自分の姿が分からなくなるんじゃないかと、そう思う』



 姿に囚われる必要のない私は、これから頻繁に自分を隠していくだろう。
 そう言った所が人間だねえ。本当。
 眉を下げて言った黒凪に限が「大丈夫だ」とぼそっと言った。



「お前が忘れても、俺が忘れない」

『…』

「俺が思い出させる」

『…そだね。』



 私にはあんた達が居るもんね。
 笑って言った黒凪に「ふはっ」と火黒が笑った。
 クツクツと喉の奥で笑い続ける火黒に「なによう、」と黒凪が手を伸ばし頭を軽く叩く。
 それと同時に黒凪が持っていた箱に火黒が纏っていた人皮が戻って行った。



【あーあ、面白ェ】

『何が。』

【暗ェ顔しやがってよォ。もっと気楽に行こうぜ。】

『何言ってんの。あんたみたいな楽天的な馬鹿が居るから私達は楽しく成り立ってんのよ。』



 全員あんただったらそもそもチームを組めてないわ。
 笑って言った黒凪に「違いねェ」と火黒がまた笑う。
 君みたいな面白いのが居るから俺も付いて来る気になってんだもんなァ。
 そう言った火黒に限も同調する様に「あぁ」と呟いた。



『はいはい、ありがとね。とりあえず閃を見つけなきゃ。』

【場所の目星は付いてんのかァ?】

『閃は私の共鳴者よ?見つけるの何て容易い。』



 
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