夢見がちな絵本たち

□拍手特別編
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4月。

窓から見えるのはうざったいほど晴れた空。連日の雨で散りかけの桜。…ていうかこれもう葉桜だよね〜。


「今年はどのくらい新入部員入ってくるんだろうな。」

売店で牛乳を買っていると隣に来た岩村がぽつりと呟いた。

「さあ?またたくさんだろーけどねぇ。」

お馴染みのスリーステップを踏んでコップに注がれた牛乳を取り出すと俺は首を竦めて見せた。
「ま、今年もレギュラーを退く気はないけど。」

俺らの高校は県内随一のバスケ強豪校だ。したがって新入部員もレベルが高い。
こっちも3年生だからとはいえうかうかしてられないのが現状だ。

「岩村、なんか買わねーの〜?」
「俺、スポドリあるし。」

俺が踵を返しながら聞くと岩村は事もなげにそう言った。じゃあなんで着いてきたんだ。謎。

今日の練習は午後からしか許されていない。理由は簡単、入学式だからだ。
牛乳片手に歩く廊下の窓から見えるのはまだまだ似合ってない制服とともに顔を綻ばせる新入生。おーおー、初々しいこったねぇ。

でも俺たちは講堂にあまり近づきすぎないこと。あとはうるさくしないこと。この二つを条件に午前中も練習こそ許されていないもののストレッチや準備運動などの許可は下りた。…廊下などでストレッチをやるのは正直あまり好きじゃない。でもまぁ、文句は言えないか。


「お前が牛乳?珍しいな。」

俺の手元を覗き込んで岩村が言う。え〜そうかなぁ。

「もうすぐ身体測定っしょ?」
「…春日、お前身長平均以上はあるだろ。」
「いやぁ、そりゃそうだけど〜。もっと高いやつとかごろごろいんじゃん。」

気休めにすぎないけど〜、と呟いて歩きながら牛乳に口をつける。それに俺、牛乳嫌いじゃないし。



そうやって岩村と話しながら廊下を歩いてる時だった。


差し掛かった角を曲がった時、俺は誰かにぶつかった。

『ぐえっ。』

声的に、女子。…なはずなんだけどなんだろう。俺の知ってる女子のリアクションじゃない。

そんなことを思ってる間にも他人事のように衝撃で持っていたコップが手を離れて。
…目の前で尻餅をついている女の子にかかってしまった。

ご丁寧に頭の上に紙コップが乗ってる。…これ何てギャグ。

呆然としてる女の子もようやく自分の状況が把握できて来たらしい。だんだん青ざめていく顔。よく見れば胸元に花飾り。…新入生だ。やっべ〜、謝った方がいいよね。

『へ?』

女の子が気が抜けたような声を出した。うわあ、ショックで言葉も発せない、とか?すごく申し訳ない気がしてきた。謝ろう早く謝れ俺。

そう思ってると女の子が予想外のアクションを起こしだした。


『へっ?冷たい!!ってうわあああああああ牛乳ちゃんじゃないですかあああああ君とはちょっとエンカウントしたくなかったってかその、もっと違う形で出会いたかったよおおお!!』

なんかシャウトしだした。
…えっと?ん?俺は?謝るんだよね?どうすればいいのこれ。


『そこのパツキンさん!!』

謝るのも忘れてぽかん、としている俺は自力で立ち上がって俺を下から睨みつける女の子の声で我に返った。あ、背小さい。

牛乳被ったままで制服がびしょびしょだ。

『なんで今日と言う日に牛乳と言うチョイスなんですか!!これがピーチティとかだったら桃の香りとかで女子力だったかもしれないのに!!牛乳って!!牛乳はないですよ!!せめてミルクティーで!!』

あ、文句言うのそこなんだ。

牛乳を零したことに怒りをぶつけられるのかと思いきや牛乳と言う飲み物のチョイスに腹を立てられた。

呆然としている隣の岩村の顔を見て我に返る。
そうだ、謝らなくちゃ。

「ごめんね〜?それじゃ俺はこれで。」

逃げるが勝ち。
いや、女の子には悪いけどね?ごめん俺普通の女の子の扱いは心得てるつもりなんだけどちょっとこういう新人類の接し方は分からないかなぁ、うん。

通り過ぎようとしたら何かにセーターを引っ張られた。
振り向くとさっきの女の子が恨めしげな顔をして立っている。


『許すとは言っていません。』

え。

『でも先輩でしょうし許さないといけないと判断しました。』

ええええええ?

『というわけで。』


そういうとその女の子は後ろから俺の背中に思いっきりぶつかってきた。えっ?ええっ?
え、これ、え、どうすんの。
本人には自覚は全くないんだろうけど、こう、抱き着かれたみたいな感じになってしまってる。え、分かってる?俺男子だよ〜!?え?いや、これ確信犯か?

『はい、というわけで先輩の麗しいセーターにも牛乳のおすそわけです。』

あ、確信犯とかそういう問題じゃなかった。いや、そっちかよ。ある意味確信犯だけどさぁ。ていうかこの子若干ずれてない?え、世の女の子ってこんなものなの?仕返しの為なら抱き着けるの?いや本人はぶつかってるだけだろうけど。
地味にしっとりしてくる俺のセーター。うわあ、これ牛乳染みたな。ていうかこの状況。必死に冷静さを保ってるけど実際は全然ヤバイ。全然ヤバイってなんだ。なんなんだ。俺しっかりしてお願い。


『ざまあみろ、とか思ってません。先輩のことはクリーニング代的な意味で永遠に忘れませんので!!では!!』


俺が放心している間にさっさと女の子はどこかへ去って行った。…捨て台詞だけを残して。ていうか制服どうするんだろうねぇ。


女の子の去っていった方角を黙って見つめる。

「…おい、春日。」
「…なに?」
「なんか悪そうな顔してんぞ。」

あと、セーターどうにかしろ。と岩村が言う。へぇ、悪い顔ねぇ。


「当たり前っしょ?あ〜あ〜あの子も分かってないなぁ。俺があんなことされて黙ってるとでも思ってるの〜?」
「は?おい、ちょ、春日?」

岩村が意味が分からない、と言った様子で俺を覗き込む。
あ〜、なんだかすっごく楽しくなってきたなぁ。


「新学期早々、いいもの見−っけ。」

俺はそう呟いて笑った。


(…ていうかめっちゃ柔らかかった。女子って柔らかいのな〜。)
(おい!?春日!?春日戻ってこい!!)

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