夢見がちな絵本たち

□拍手特別編
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――前回までのあらすじ。
津川が仲良くなりたいのに相手にしてもらえない女子がいるらしい。

…そしてざっくり言うと、まさかのご本人登場。



「お、お前一体何の用でっ?」


津川が焦ってるなんてねぇ。…珍しい。
どこか急いたように言葉を紡ぐ生意気な後輩に思わずにやにやと頬が緩む。
相手の女子は津川の陰に隠れてここからでは姿をうかがうことはできない。

…もうちょい近づいてみるかな〜。

完全な野次馬根性で俺はつかつかと体育館の入り口に向かう。


純粋に「あの津川」を一喜一憂させる子の顔が見てみたい…その一心だった。要するに興味本位。
誰かを惑わすほどよっぽどかわいいのか、はたまた人の心をつかんで離さない小悪魔ちゃんなのか。


「俺に、届け物?」

『うん。津川くん今日の放課後補習公欠だったから。先生が補習のプリント渡して来いって。』

「まさか、みょうじ…俺の為に率先して…。」

『席が隣というただそれだけの理不尽な理由でドラマの再放送に間に合いませんでした。』

「…遠回しに俺を責めるのやめよう?やめようって。」


津川の後ろから例の女の子の顔を覗き込もうとして聞こえてきた会話。

…その瞬間、俺の思考は一時フリーズした。
ていうか考えるより先に体が動いた。

自分でもびっくりするくらいの素早さで津川の前に回り込んだ。

…だって、今の声聞き覚えが。


「やっぱり、君この前の、」

『げっ…、ぎ、牛乳先輩!?』


びっくりするくらいネーミングセンスの無いあだ名に突っ込む余裕もなくて俺は目の前の女の子を見つめた。

真新しい制服とやっぱり見覚えのある顔。申し訳ないけど蘇ってくるふわふわとした感触。

そう、間違えなく俺が入学式の日に牛乳をひっくり返してかけてしまった女の子だった。
…まさかこんなところで会うなんてね〜。


あの入学式の日。

今まで出会ったことのないタイプの彼女に興味を持った。
岩村が呆れるのも構わず「なんとかしてあの子の名前とクラスをつきとめる!」とはりきっていたものだけど…部活が忙しすぎてそんな暇もなく。

けっきょうずるずるとこのまま、あの女の子のことも忘れていくのかなぁ、と思ってた矢先の出来事だ。

なんとなく緩む頬のまま唇に弧を描き俺は口を開いた。


「あのときは、どーもー。」

ゆるゆると首を傾けてそういうと彼女は冷たい視線をこっちに送って無言で会釈を返してきた。

…俺、女子にこんな扱い受けるの初めてかも。え、怒ってる?怒ってる〜?
…そりゃあ牛乳かけちゃったのは悪いと思ってるけど〜。


「…みょうじと春日さん、知り合いっすか?」

津川の不思議そうな一言で一気い現実に引き戻された気がした。あれ、ていうか津川が仲良くなりたいのって、この目の前の子で、でもこの子俺が牛乳零しちゃったおもしろい子で、えっと〜?

要するに「津川が仲良くなりたいクラスメイト=牛乳の子」ってこと〜?


…なにそれ。


さっきまでは津川の恋路?を見守る野次馬根性だったけどなんだか無性に腹が立って、俺は「優しく後輩を応援する先輩」というスタンスを放棄した。

…いや、あれだって。なんていうか、津川はね〜、ほら友達的な意味で仲良くなりたいんだってきっと。変な者同士?ってやつ。あれ、俺なんでこんなに一生懸命になってんの〜。え、意味分からないよ〜。


俺は津川に「まぁ、そんなとこ〜?」と軽く答えると再び彼女…みょうじさん、に視線を合わせた。
俺が視線をやると恨めしそうに俺に向けられていた彼女の視線が急いで逸らされる。なにこれ超楽しい。


「ねぇ〜、名前な〜に?」

ちょっと屈んで無理やりみょうじさんと同じくらいの目線で覗き込む。
途端にみょうじさんがあからさまに嫌そうな顔で『み、みょうじです。』とすっごくぶっきらぼうに答えた。

…人が嫌がってるの見るのが好きだと初めて思った。
なにこれ、超 お も し ろ い。


「違うよ〜。名字は知ってる。下の名前、俺が知りたいのは。」

にっこり笑ってこういえば完璧。
…って思ってたんだけど。

『…なまえです。』

と相変わらずの仏頂面。


「なまえかぁ、名前可愛い。」
『美辞麗句ありがたくお受けいたしまして候う。』
「なんでそんな古文みたいな敬語なの?」


みょうじさん、もといなまえは結構頑固みたいだ。
…ていうか相変わらず発想が突飛というか〜…変わってるというか。

見てて、飽きない。
表情も言葉もくるくる変わって。


『あの。』


そんな頑なななまえがふいに俺に自分から話しかけたものだから危うく変な声が出そうになった。


「なに〜?」

『クリーニング代。』

「え。」

『クリーニング代。』



…津川が口をはさむ隙も無く呆然と俺らのやり取りを見ている。

なまえは何が何でも牛乳の件を許すつもりはないらしい。


「いや、悪かったとは思ってるよ〜?」

『あの日、牛乳臭くて大変だったんですからね!!』


勢いづいたように俺の方へ身を乗り出すなまえ。
俺が言った言葉一つ一つに打てば響くように言葉が返ってきて俺は楽しくて仕方がなくて。


「クリーニング代、かぁ。」
『払ってくださいよ。』


なんだかどうしてもいじめたくなるんだよねぇ〜。


「払ってあげてもいいけど〜?」
『是非!!』
「ふぅん、でもさぁ。」

俺がにこにこと口を開くとなまえが少しきょとんとした顔になる。…ていうか顔に出過ぎ。



「クリーニング代払うんだから、それ相応の対価を要求しても良いわけだよね?」


満面の笑みでなまえを覗き込むとまだ状況を飲み込めてないなまえの頭上にたくさんのはてなマークが見えた気がした。



(だって興味が湧いちゃったんだもん。仕方ないよね〜?)
(この先輩…なんか、苦手かも。)

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