夢見がちな絵本たち
□クリスマス番外編
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『うわ、何これ本物!?』
(…想像してた反応と違うんだけどさ。ま、いいか。それがなまえだし。)
真たちと壁がある殺風景な空間で話し合っている最中、急に壁の向こう側から現れたのはカイだった。
ちょいちょい、と手招きされて周りを見るけど誰一人としてカイに気付いていない。…これは、私が呼ばれてるってことであってるよね!?うっわ間違ってたら超恥ずかしいやつだこれ。
恐る恐る『私?』という意味を込めて自分を指さすとカイはゆっくりと頷く。
カイの動きに合わせてさらっさらの銀髪が流れるように肩から零れ落ちるのが見えた。
…カイが私を呼んでいるとか嫌な予感しかしない。
こうなったら気づかないフリとか…今更できないですよね確認しちゃったもんね私の馬鹿野郎。
思い悩んでうだうだしている私にしびれを切らしたのか(ちっ)という小さいけど悪意たっぷりの舌打ち。
出たよカイのお怒りキャラ崩壊モード。
そしてそのまま声には出さずに口パクで何かを言っている。
(逆らったら粉々にすんぞ。)
…うわぁ物騒。
ていうか粉々にするって何を!?ハートを!?精神的に立ち上がれないほど心を砕いてやろうかって!?それともまさか物理的に破壊されるとかじゃないだろうなもうやだ物騒すぎる。
『ち、ちょっと私行ってくる。』
「ああ。」
「いってら。」
「無事を祈る。」
…こいつら全然人の話聞いてねぇ。
私の一言に上から真、宮地さん、日向さんとなんとも気のない返事だ。
全員の議題は専ら古橋さんたちや青峰くんのような行方不明者の居場所についてでその論争は私の声が耳に入らないほどに白熱していた。
…まぁ、分かるけどね?大事な仲間だしね?真に至っては仲間意識っていうより全員を見つけることになにか、こう…ポ○モンバッジ的なものをコンプリートするようなそういうゲーム感覚的精神みたいなのを根底に感じるんだけどもさ…。
私の発言に対して反応適当すぎか。
仕方がないので諦めてそのまま立ち上がるとカイの方へ歩いていく。
『…何の用?』
カイの目の前まで行ってそう尋ねると何故か肩を竦められた。
(つれねぇの。見せたいものがあっただけ。)
そう言ってカイは私を壁の内側に連れ込むとぱちん、と指を鳴らした。
その瞬間、私達の周りをはじめとする壁のこちら側が一斉に銀世界になった。
『これって…。』
(雪。大抵の女って雪が好きなんだろ?)
『…それどこ情報?』
…そうして冒頭の会話に戻る。
当たっているような…当たっていないような…?いや多分、多分だけどね!?世の中の女性たちはみんな雪っているよりも、こう…雪についてくるイベントとか物とかの方が好きなのでは?クリスマスとか…彼氏とのデートとか彼氏からのクリスマスプレゼントとかくっそリア充め!!この雪赤く染めてやろうか!?
(あんまり喜ばないんだ。)
どこかつまらなさそうな顔をするカイの意図が分からないままとりあえずさっき思ったことを後半の恨みつらみは省いてかいつまんで説明する。
(クリスマス、ってあれ?キリスト教のさ、救世主(メシア)が誕生した日を祝うっていうやつ?)
『そう…だけど。私たちが住んでる日本ではそういう意味合いよりもむしろカップルがいちゃこらいちゃこらしてるだけの日だよね。カップル同士がプレゼント送りあっちゃったりしてさ!!』
(何怒ってるわけ?)
『怒って!!無い!!』
世の浅はかさを嘆いているだけです!!日本の未来を憂いているだけだから!!断じて!!
(そっか、雪じゃなくてクリスマスが好きなわけだ。)
『うん、大体の女の子はね。』
(なまえは?)
『…好きだけど?ケーキ食べられるし。』
(…君に聞いた俺が馬鹿だった。)
『何かよく分からないけど馬鹿にされたことは分かった。』
…何故か残念そうな顔を向けてくるカイに心底殺意が湧く。
ていうかクリスマスっていう行事をカイが知っていたことにまず驚きだよね。
(はぁ、分かった。)
ため息をついてカイは鎖骨のあたりまで伸びた銀色の横髪を耳にかける。
伏し目がちの愁いを帯びた表情も何かの絵画のように美しくて、やっぱり浮世離れしている。至近距離で改めて向かい合って気付いたけどカイの冬の日の吐息のように白い耳には血のように赤い石のピアスが嵌まっていた。
(ここで、待ってて。)
吸い込まれそうな銀色の瞳に真っ直ぐ射抜かれて訳も分からないままとりあえず頷く。
私が頷いたのを確認してカイは身を翻しかけて止まった。
少し悩んだように小首をかしげてまた指を鳴らす。
途端に私の身長より少し高めのクリスマスツリー…のような物体が姿を現した。
…のような物体と言っている理由は飾りが一切なくて一番上に赤いリボンが結ばれているだけのものだったからだ。
すごく、殺風景なんですけど。
(くりすますつりー、ってこんなかんじ?)
否定の言葉を望んで無さそうなカイの一言に説明するのもめんどくさくなって適当に頷くとカイは満足したように口角を上げた。
(じゃあこれでも眺めて待ってて。)
そう言うとカイは背後の雪の色と同化するように消えて行く。
…何だったんだ。
「おい、お前勝手にふらふら歩いてんじゃねぇよ。…んだこれ。」
少しいつもより声色の低い聞き覚えのある声に振り向くとジャージのポケットに手を突っ込んだ真が機嫌悪そうに突っ立っていた。
視線は私の足元に広がっている雪とクリスマスツリーらしきものに向けられている。
その目は明らかに不審なものを見る目だ。確かに急に雪とクリスマスツリー(?)があれば誰でも困惑するだろう。
てか勝手にふらふらって…一応私申告しましたけどね!!
『なんかカイが…。』
「カイ?」
カイの名前を出した途端真の機嫌が氷点下になった。
「は?カイに呼ばれてほいほいついて行ってこの状況とかじゃねぇだろうなお前。」
『その通りですさすがエスパー真。』
「ばぁか。」
不機嫌を隠そうともせず暴言を吐く真。そういえば真はカイのこと嫌いなんだっけ?なるほど同族嫌悪か。まぁ私も好きじゃないけど。だって酷い目に遭わされたし。
…だけど何故か。
あまり悪く思えないのはどうしてなんだろう。
「これ雪かよ!?なんでこんなとこにあんだよ?」
宮地さんまで驚いたようにこちらへ駆け寄ってくる。
そしてその長身を屈めて雪を掬ったかと思えば
「ほらよ。」
『うえっ!?』
な ん か 飛 ん で き た ん で す け ど 。
ギリギリで避けたものの、確かに私の真横を掠めたのは紛れもなく
『宮地さん、今雪玉投げました…?』
「いや、雪と言えば雪合戦だろ。」
何故か素晴らしく良い笑顔の宮地さん。
『いやだからって今なかなかのスピードだったんですけど…、』
「つべこべ言ってっと投げるぞ。」
『ってもう構えてますよね!?うわあああああ!!』
綺麗な投球フォームで雪玉を構える宮地さん。くっそ無駄に良さそうな運動神経を生かすところが完全に間違っている。もっと世のため人の為に使え!!
『ちょ、真!!バリア!!バリア!!』
「あ?んだよ。」
私たちのなんともくだらないやりとりを馬鹿にしたように見ていた真の後ろに急いで隠れると変な顔をされる。
「…どういうつもりだ。」
『真バリア。』
「はあ?…痛ってぇ。」
私の方を向いていた真の後頭部にかなりのスピードで雪玉がぶつかった。
もちろん投げたのは宮地さんである。あんたやっぱすげーよ…。
煌めく金髪を払いのけながら爽やかな笑みを浮かべたどっからどう見ても隙のないイケメンが雪玉をせっせと作成している姿はぶっちゃけ面白い。
「お前、分かってんだろうな?」
一方ぶつけられた本人である真のドスの聞いた声。
振り向くと唇の端に邪悪な笑みを湛えた真が立っていた。
…その手に雪玉を握りしめて。
しかもすごく、固められたやつ。氷みたいになって痛いパターンのやつだあれ。
こちらも足の速さから見て抜群に運動神経が良さそうな真から放たれた雪玉はまっすぐに宮地さんの方へ飛んでいき、
「っぶねー。」
首を傾けて華麗にかわした宮地さんを通り抜けて、
「痛っ!!」
奥で日向さん相手に初デートの計画の立て方について切々と語っていた森山さんの眉間に一切スピードが衰えることなくクリーンヒットした。
「…よくもやってくれたな…宮地。」
「俺かよ!?」
何故かその怒りの矛先は交わした宮地さんに行き、森山さんも駆け寄ってきて「打倒宮地清志雪玉。」とかなんとか言いながら雪玉を作り始めた。
「あ、森山さん。俺、めっちゃ痛い雪玉作れるッスよ。」
どんな雪玉だよ。
謎の言動を引っ提げて黄瀬くんも乱入し黄瀬くんが乱入するとむっくんや劉さんも加わって。
『か、カオスだ…。』
平均身長を余裕で越えたイケメン男子高校生による雪合戦というなんとも珍妙な光景が出来上がってしまった。